「恐怖!実在した怪奇アパート!スペシャル羽山のホラーサマーギフト !」
ハロー、ガイズ。おれは羽山。人呼んで、スペシャル羽山。だがまあ気軽に羽山さんと呼んでくれ。
みんなは、もちろんおれの事は知っているだろうけど、おれの会社名までは覚えていないだろうか?
グリス。それがおれの属している、個人用宅配サービス。書籍に食料、日用品、雑貨。バイクに積み込める物限定の定期宅配便だ。
一般的な宅配業者は依頼が届いてすぐにサービスを開始するが、おれ達は違う。定期便だからな。
個人で設定された時間にお届けするため、例えば出勤前に弁当が欲しい、のであれば平日午前5時に間違いなくポストにブチ込む。
そのグリスのパーフェクトな仲間達の中でも更にウルトラマックスなソルジャーが、このおれ。スペシャル羽山だ。
今回は、そんなおれの活躍を見て感動してもらおう。
「恐怖!実在した怪奇アパート!スペシャル羽山のホラーサマーギフト!」
コオオオオ
朝焼けの始まる頃。熱心なアスリートが街を駆けているその横を、おれも走る。
愛機、スペシャルウイングマウンテン号で。このSWM号は宅配便専用のウルトラマシンだ。通常仕様のメインマシンに、後部キャリアーを接続。前部バスケットと荷台キャリア、そして後部大型キャリアを備えた超実践型輸送ビークル。それがSWM号。・・燃費は聞くな。ブレーキの消耗も、聞くんじゃない。
そんなモンスターキャリアーで向かう場所は、一軒のアパート。
裏野ハイツ。おれレベルのスペシャリストになると話は違うが、仲間達はこの建物を嫌う。
現代建築によるごく普通の2階建てアパート。マンション?部屋数は1階に3つ、2階に3つ。現在は5家庭が入居している。
築年数はそれなりに経っているが、建物にガタが来ているとか、そんなのじゃあない。ちゃんと塗装もし直されているし、業者の清掃も入っている。
だが、仲間はここに来るのを嫌がる。
憑かれるから・・・。
疲れる、じゃない。いい年をした大人が、憑かれる、とは。全く、そんな事じゃあ、このスペシャル羽山には追い付けないぜ。
ただし、このおれでさえ、この建物へのお届けは多少消耗する。だから仲間達の懸念も、完全に分からんではないんだぜ。
まず、建物の敷地内に入ると、マシンが止まる。
おれがエンジンを切ったんじゃない。普通に、プスン、と音を立てて自動で止まっちまうんだ。
便利だよな。駐車していいエリアまで車体総重量8キログラムを押して行かなきゃいけないのだけは、辛いけどな。
そしてパンツのゴムが切れる。ズボンの中で、あっ落ちた、という感覚が走ったら、もう手遅れだ。
おれのようなハイレベルな人間になると、バイクに積んであるガムテープとコンビニのトイレさえあれば、どうとでも出来るのだが、仲間達にはそれが出来ない。なぜ毎回新品をはいて来るのか。普通、ガムテ前提の着古しだろう。
そんなわけで、スペシャル羽山は今日も動かない愛車を待たせつつ、ずり落ちたパンツと共にお客様の元に行くのさ。
朝の荷物は、2軒。102号室の独身男性と201号室のおばあさん、この2軒のみ。ま、楽勝だな。
パン
紙袋を破裂させたような音が静かな世界に響く。このアパートに入ると、だいたい聞こえる。もう慣れたが、最初は驚いたものだ。
誰か、風船を割ってしまって泣いている子供が居やしないか、心配になったな。心優しいおれだから。
だが、ただの環境音。見回してもそんな風船は無かった。
なら、気にするほどの事はないのさ。
パン
この音は平均して、4回鳴る。行きに2回、帰りに2回。入店音みたいなもんだ。
気弱な奴は、ここでビビる。楽な仕事だから新人に回してやった事があるんだが、そいつもここはイヤだと言って来た。わけが分からん。小鳥のさえずりみたいなものだろうに。
ピンポーン
このアパートがオンボロでない証明に、ここはちゃんとチャイムが鳴る。管理されていない住宅では、これが鳴らない所もあるんだ。個人宅でも、切れている事に気付いていない客も居る。
ガチャリ
開いた。
質素と言っていい、飾りっけのない玄関。靴は少なく、サンダルと作業靴のみ。革靴やスニーカーはない。
そして出て来た住人は表情の変化の少ない、中年男性。
おれは黙って荷物を客に渡す。そしてサインをもらう。
ここの独身男性は、寡黙な人間だ。おれの話術を持ってすればこいつの笑顔を引き出す事も不可能じゃあ、ない。が。
人はその人の空気を持っている。このおっさんは、喋るより好きなものがありそう。
おれはおれの商売を優先させてもらいたい。ゆえに、顧客の機嫌を損ねる真似は、極力避ける。
「それではまた、昼に」
小声で挨拶して、扉を閉める。早朝だからな。
次は、お2階のおばあさんだ。
ちなみに、ウチの会社は役所とも連携して、一人暮らしのご老人などの生活情報などを収集していたりする。最近はどこの業者もやっている事だが、新聞配達や郵便、そして宅配便、おれ達ほど街を回っている奴らは居ない。街の異常に真っ先に気付くのは、その街の住人。そして、おれ達だ。
このスペシャル羽山を始めとしたエキスパート達が居る限り、寂しい思いはさせない。
ギシ
少しのきしみ。流石に階段は、その年月の深みを隠せない。おれの生まれる前から生きてる建物だからな。
そして新人の逃げる理由その2。
2階に上がると、周囲の景色が見えなくなる。
別に周りに超高いビルが建ってるとかじゃない。ただ霧が立ち込めるだけだ。晴れの日も雨の日も曇りの日も。いつであっても、必ず霧が出る。
つまる所、ブラインドが降りただけだ。荷物を届けるだけのおれ達には、外の景色を楽しむ理由が無い。むしろ仕事に集中出来て素晴らしい環境だ。
ピンポーン
おばあさんが出て来るまでに、カートから荷物を解く。なぜかこの建物に入ると、震度3程度の揺れを感じるから、普通に手に荷物を持って歩くと、落としてしまう危険性がある。だから、バイクに積み込んである可変式カート(買い物などに使うアレの簡易版)を用いる。普通のアパートなどでもあると両手が空いて便利だが、ここでは安全のためだ。中身グチャグチャの荷物なんぞ渡したら、次からウチに仕事が来なくなっちまうからな。
「はーい。いつもありがとうねえ。羽山さん」
出て来たのは、上品なおばあさんだ。きちんと掃除された玄関に表れているように、身なりも丁寧。
「おはようございます。いつもありがとうございます」
ダンディ羽山として、レイディにはいつもこうだ。おれレベルともなると、このご挨拶だけで女を虜にするのもしょっちゅうだ、が。
「羽山さんに会えると、息子と会っているような気分でねえ。」
ここのおばあさんは、とてもクールな方でね。もう3年若けりゃ、おれの方から口説いてただろうね。ま、人妻をモノにしちゃうと、この地域に居られなくなるからな。男の我慢のしどころだ。
ガタリ
玄関先に大荷物を置かせてもらう。男のおれでも、気合を入れないと持てない。今回はいつもの奴だけではなく、特別なお届け品も含んでいる。
玄関が埋まりそうな1メートル四方のダンボール箱。当然、中身についての詮索はしない。それはプロの仕事じゃない。
「これ、サービスです。それじゃ、また明日」
「まあまあ。じゃあ、またお願いしますね」
缶切りとティッシュボックス、それにキッチンペーパー。全て会社に備え付けてある粗品類の中から持って来た物だ。
今回のお荷物は、缶詰の詰め合わせ。ダンボールの中身など、重さと重量バランス、内容物の硬度、形容から読み取れる。プロは、聞く前に分かっておくものだ。そしてこの家で缶詰の荷物が届いたのは初めて。いつも置いてある場所で見付からなければお預けになってしまう。おばあさんは果たして、台所の棚の上にしまってある缶切りに気付けるだろうか?おれは五分五分と見た。ゆえに差し入れだ。
普通の客にこんなサービスはしないんだが。ここはお得意様だからな。
揺れる廊下を通り抜け、きしむ階段を下りる。カートを折り畳み、バイクの荷台に縛る。
今朝のお仕事はこれだけ。次はお昼だ。
だから、そのために買い物に向かう。
近所のホームセンターに到着。まだ午前7時だが、朝早い職業に合わせて、この時間でも開いているのだ。夏場限定だけどな。
チェーンソー用のオイルを入手したなら、次はガソリンスタンドに向かい、預かっているガソリン缶に給油。顔なじみの店員と挨拶を交わし、ガソリンスタンドを走り去る。
では、休憩だ。
駅前公園の駐輪場に愛車を止めて、ホームセンターでついでに買っておいたジュースを取り出す。ちびちび飲みつつ、公園内の森を一周。これがおれのナチュラルバケーション。森林浴とエナジードリンク、そして体内修復機関の正常な発動により、回復効果は500パーセントを超える。
ナチュラルヒーリングを終了したおれは、お仕事に戻る。現地には、5分前には到着する。
プスン
予定通り。5分前にエンジンは勝手に切れた。
荷台から買って来たオイルを取り出し、前部荷台からガソリン缶を取る。
今回は一部屋だけ。102号室だけだ。だからカートも要らない。
ピンポーン
扉を開く邪魔にならないように缶を置いて、チャイムを鳴らす。数回続けて。
1分ほどすると、住人が出て来た。
少々薄汚れた、ホコリまみれの姿だ。
「あんがとよ」
「いえいえ。ではまたお願いします」
「おう」
ガチャリ
言葉少なだが、上のお得意様だ。あまり自分でのショッピングは好きでないようで、よくウチを使ってもらっている。
1回の利用ごとに料金がかかるのは、通常の宅配便と一緒。なので、あまり頻繁に使うと、結構痛いはずだ。
が、ここの住人は、そんな事にはお構いなしに連絡をくれる。
だから後輩にも教えてやれるほど優良顧客なのだ。
さて。これから午後の仕事まで、ちょっと暇だ。準備時間もそう要らないし、マシンの整備ももっと先で良い。
会社に仕事は溜まっているが、おれがそれをやると、本当に後輩のやる事がなくなっちまう。だから会社待機で、ヘルプの電話待ちだ。
掃除でもするか。
午後5時。時間が来た。
あれから全く電話のかからない午後を過ごしたおれは、ついうっかりシエスタに入っていた。事務所の屋上に設置してあるデッキチェアに寝転び、ココナッツジュースを味わう。真夏の定番だ。ヤシの木の生育に成功して、本当に良かった。
きちんと身支度を整えたおれは最寄りのデパートに向かい、ケーキをゲット。予約しておいたので、スムーズに受け取れた。ケーキの箱を、持って来たクーラーボックスに収めて、今度は歩いて裏野ハイツに向かう。
本日は、お子さんの誕生日だとかで、サプライズでケーキを出したいそうだ。なので、おれがこっそり調達する。
ローソクは・・・まあ一応用意するか。確か5才くらいだったな。まだ小学校には上がっていないはず。10本もブチ込んでおけば、ミスったとしても足りるだろう。ライターは事務所にあるが、帰るのもメンドい。ついでに買うべし。
ケーキを荷台に設置して走るのは、いくらなんでも怖い。おれがいかにスペシャルな男だとしても、事故は起きる。
安全第一。徒歩こそベスト。
灼熱の街並みを涼しい顔で通り抜ける。真夏のサンシャインクールガイこと、おれの歩みを邪魔するなど、太陽にも不可能。
ハンカチの出番は無い。日傘をさしているおれには。
103号室。揺れる大地の上で丁寧にバランスを取りながら、チャイムを押す。お子さんはお母様が連れて出ているはず。
「どうも、ありがとうございます!今日は大事な日でして」
お父様が大喜びで出迎えてくれた。まだ若いご夫婦だが、暮らし向きは悪くないようだ。時たま利用して頂いているからな。
3種類の靴。男物、女物、そして子供靴。それらを踏まないよう気を付けて、玄関先にクーラーボックスを下ろし、ケーキの箱を取り出す。
「中身、崩れてないと良いんですけど。ご確認下さい」
「はい」
ご主人はキッチンに向かい、箱を開けている。大丈夫だと思うが。
バタン
冷蔵庫が開き、そして閉まる音がする。どうやら、大丈夫。
「オッケーです!ありがとうございます!」
「それは良かった。こちら、サービスになります」
ローソクとライター。必要ないかも知れんがな。
「ああ!ケーキに付いて来るものとばかり思ってましたけど、そういえば、自分で誕生日ケーキです、と言わないともらえませんでしたね」
「一応、可愛い系を選んだつもりなんですけど、お気に召されるかどうかは。あとこれはサービスなので、料金には含まれていません。ご安心下さい」
「いえいえ!これならきっと息子も喜びますよ!」
喜んでもらえて何より。
おれはお子さんが帰って来る前に退散。
夕暮れ・・と言いたい所だが、まだまだ日は高い。今日のおれの仕事は終わった。事務所に戻っても良いし、このまま家に帰っても良い。
なので、おれは一度家に帰って、夜の街に繰り出す。
駅前の居酒屋に行きつけの店があってな。おれも暇な日は毎回訪れている。
「居酒屋ドッペルゲンガー」。オリジナルカクテルを売りにしている店で、それに合わせた創作料理も美味い。ゴーストラムとブラックジン、それにブラッドオレンジを合わせたインフェルノナッツがマイブームだな。
「いらっしゃい羽山さん。みんな、もう居るよ」
「ああ。おれも、いつもの頼む」
「はい」
ニッコリ笑顔での接客。この店の看板娘、おはっちゃんだ。本名は知らない。10台で通じる見た目だが、カクテルを自分で作り、試飲もしているので、当然20才は超えている。謎の美少女という事にしておこう。
駅前一等地の店だというのに、店内にはざわつきがない。おれのような大人の男にはぴったりだが、若者には寂しい場所だろうな。まるで誰も居ないかのようだから。
「よう」
しかし。座敷に入ってしまえば、様相は一変する。
「はっちゃん!待ってたよお!」
バカのような大声が歓迎してくれた。この場で最も若い、少年と言っても通じるだろう青年。タメ口だが、気にする人間は一人も居ない。みな、そんな事は気にしないのだ。無論、ナイスガイであるおれも。
「いつ見てもガンバリングガイだな、ケイ」
「はっちゃんも!いつもの調子!」
ケイは小さな体からは想像出来ないほどの活力の持ち主で、この場の人間を集めたのも、実はケイだ。おれ達は全員、一人で飲んでいた所を、ケイに誘われ、こうして集まるようになったのだ。
座敷には9人の酔狂な奴ら。ケイも皆も、笑い騒いでいる。メンバーは日によって、増えたり減ったり。ケイは毎日居るけどな。
「はっちゃんもお仕事なんて辞めてさあ!毎日遊ぼうよお!」
ムチャクチャ言いやがる。ケイは実家が金持ちで、働く必要は無いそうだ。それでもあけっぴろげな性格と底抜けの人の良さで、誰にも嫌われない。お得な奴だし、毎日飲んでも酒に飲まれない、ムダにタフなガイでもある。こいつならいくらでも戦力になりそうなんだがな。
「これはおれの趣味でもあるんだ」
おれはおれで、働いている理由がある。仮にギャンブルに成功して使い切れないほどの金銭を得たとしても、今の仕事を辞めないだろう。若手が成長して、おれの卒業の時期が来るまでは。
飲み明かす。
飲みきれないほどの酒を注文するケイに合わせて、おれ達は飲む。この世にある酒を。この世にあった酒を。
そして朝が来る。
明るい、世の人々の目を覚ます朝が。
今日は昨日と同じ、平日スケジュール。朝食を届け、昼食を届ける。それだけだ。
いつもの耐震装備を展開、いつも通りに運び入れる。
住民もいつものように応対してくれる。倒れていたり、消えていたりする人は居ない。無事こそ、無上の成功。
102号室、201号室、共にまたのご利用も受けた。ありがたい事だ。
そして今夜は、飲みに行けない。
夜の仕事があるからな。
深夜1時。まだ街には人の気配の残る時間。ここ裏野ハイツでは、もう誰もが寝静まっている。
だからおれも安心して仕事に向かえるわけだが。
特大キャリー・・縦2メートル、横1メートル、深さ50センチ・・をバイクの後部に接続。今日はいつもにも増して、安全運転を心がける。
マンション前も静かに。流石に騒音は、あれだ。
停車させたバイクのミラーで、自分の格好を確認。うん。エブリデイナイスガイだ。問題ない。ネクタイもスーツも。
202号室をノックする。チャイムは鳴らさない。他の住人を起こしてしまうからな。
「はい・・・」
寝ぼけ眼の住民がドアを開けてくれた。
76才、独身男性。パジャマ姿。こちらの用件に、まだ気付いていないようだ。
「お迎えに上がりました。お時間になったのです。そのままのお姿で構いません。迷わぬよう、ご案内致します。さあ参りましょう」
「はあ・・・」
まだ分かっていない。だが、構わない。
おれのいつもの仕事。そして、本来の仕事だ。この対応は慣れている。
邪魔の入らない内に、終わらせる。
男性をバイクに案内し、乗せる。
「どうですか?痛くないですか?」
「はい。これは、コーヒーの香り・・」
「ええ。お好きだと聞いて」
「ありがとうございます」
男性は、笑顔を見せてくれた。まだ、自分の置かれた状況を正確には把握出来ていないだろうに。
それでも、おれも笑顔を返した。お互い様だ。
フタを閉めて、ゆっくりと発進。乗り心地を悪くしないよう、気を付けて。
男性を乗せたおれのSWM号は、夜を飛ぶ。そして目的地に着く。
「到着しました」
フタを開け、男性を下ろす。
「あちら、見えますか?あの列に並べば、順番が来ます。お疲れ様でした」
「ああ・・・・。はい。・・・ありがとうございました」
男性は、分かったようだ。深々と頭を下げてくれた。
おれも頭を下げ、今までの労をねぎらう。
今夜の仕事はこれで終わりだ。
また明日、もう1件。
さあ、早く寝よう。
夏の盛り。セミの鳴き声を意識する事さえなくなったような日。
今日の仕事は、ちょっと大きい。本来、チームを組んでやるんだが。他のメンバーも、全員出払っている。最近は地味に忙しいからな。
だから、助っ人を頼んだ。
「はっちゃん!行こう行こう!」
本当は、別の者に頼んだんだが。あの日あの座敷でこそっと話を進めていると、ケイも割り込んで来たのだ。こいつは役に立たないわけではないが、無用なトラブルまで巻き起こしそうで、ちょっと遠慮したかった。
集まったのはおれ、ケイ、山さん。この3人だ。
山さんが、おれが本来手伝ってもらいたかった先輩だ。そう、おれの仕事の、先輩だ。山さんの仕事を見て、おれも覚えたのよ。
だから仕事に関しては絶対的な信頼を寄せているし、性格上も尊敬している。
「山さん、すみません。今回は、よろしくお願いします」
「良いって良いって。羽山もよくやってるって聞いてる。今回は、その仕事ぶりを見学しようかな」
そう言って、大笑された。ケイほどじゃあないが、この方もにぎやかだ。
3人、てくてく歩いて、裏野ハイツまで行く。おれのバイクなら3人くらいは乗れるんだが、後部キャリーとの干渉を起こしてしまうから、結局は歩いてもらうしかない。座席スペースが、流石に足りない・・・。
ケイはともかく、山さんを歩かせておれだけ楽をするわけにもいかんしな。
午後2時。到着。
真夏の太陽が肌を焼きそうだ。
「山さん、周辺警戒お願いします。ケイ、キャリーだけ守ってくれ。おれは大丈夫だ」
「了解」
「はーい!」
「大声出すな!」
ケイに小声で注意をした後、おれは103号室に向かう。
ピンポーン
「はい?」
いぶかしげなご主人が出迎えてくれた。今日は何も頼まれていないから、それはそうだろう。
「・・お迎えに上がりました。ちゃんと、お三人一緒に乗れます。どうぞ、こちらへ」
「え・・・。・・・はい」
ご主人はキッチンに行き、奥さんと息子さんを連れて来てくれた。
「格好はそのままで大丈夫です。では、参りましょう」
3人を引き連れて、バイクに戻る。
今度のキャリーは、ちょっとモノが違う。家族向けのファミリーサイズだ。元々一人乗り専用だったこのハコだが、時代の流れに押されて、様々な種類を用意するようになった。色柄や形、それに乗員数。個人の要望に応じたきめ細やかなサービスを心がけなければ、商売敵に遅れを取ってしまう。
なのでバイク後尾キャリーは大型の物に交換してある。縦の長さはそのままで、横幅を3メートルに伸長、家族全員が寝転がれる安心サイズに仕上げた。もちろん、4人、5人サイズもある。流石にそれ以上になると、本社に依頼する事になる。ちなみに最大で10名までだ。それ以上はチームで動く。今回のように。
左端に旦那さん。右端に奥様。真ん中に息子さん。香りは、バニラ。甘く優しい匂いの中に眠って頂く。
「羽山。大丈夫だ。急げ」
「はい」
「はっちゃん、ボクらはどうすんの?」
「これで解散だ。礼は後でな」
「はーい」
山さんとケイが確保してくれた安全の下で、おれは夜空に向かう。
ヒョ オ
風は吹かない。おれとSWD号こそが風。
風速300キロを超え、世界は溶ける。
「到着致しました。どうぞ、あちらの列へお並び下さい。ご家族全員で、大丈夫ですから」
「はい。ありがとうございました」
あの頃。ケーキを渡した時に見せてくれたのと、同じ笑顔で、彼らは列に並んだ。
カッ
見送ったおれの横に、並ぶ音。
長い、腰まで伸ばした金髪がトレードマークの生意気女。美貌はそれなりだが、性格がクラッシュしているので、おれとは天と地ほどの差がある女である。一応、同業者なので、まあまあの扱いをしてやってはいる。
「先越されたわね」
「いつもの事だろ?」
条件反射で、つい憎まれ口を叩いてしまった。本音だからどうでもいいけど。
「次は、ウチがもらうわよ。あそこの物件は、ずっとウチの管轄だったんだから」
「知るかよ。この業界は、サービス第一だ。お客様をお待たせなんぞするから、てめえらのとこは閑古鳥が鳴いてんだろ」
おれの言葉に、ギリギリと、歯ぎしりの音が聞こえそうな顔でこちらをにらんで来る。
こいつは、おれのライバル。
悪級 エツ子。えっちゃんと呼ばれている女だ。
おれとの個人的な付き合い、というよりは、職場間の縄張り争いでの敵愾心を燃やしている。
相手の会社、悪原は長い伝統に裏打ちされた実力のある大企業なのだが。それゆえに、腰が重く、充実したサービスの段取りのため時間がかかる。
そこが、おれ達グリスのつけ込む隙だ。単独送迎可能。そんなドライバーを育成している。だから足が早く、会社の了解を取るまでもなく、客先に向かえる。
エツ子を適当にあしらって、おれは裏野ハイツに戻る。
山さんとケイはもう居ない。先に帰ってもらったのだから、当然だ。
エツ子の見立ても、間違っちゃいない。201号室のおばあさんは、もうすぐだ。多分、悪原に任せた方が良いんだろうな。より良いサービスを選ぶなら。
ま。
この業界、早いもん勝ちだ。
おれは、手加減しないがな。
102号室も、そろそろ事故が起きる。これは若手に回してやるか。時期の見立てと一緒にやらせれば、良い経験になる。ついでに悪原のやり方も見学させよう。
101号室は、今までのお客様と同じ。次の暑い日に、熱中症だ。これはおれが行かないと、エツ子に取られるな。2件連続はムカつくから、おれが出張るか。
203号室はまだ空室、と。
まあ最近は超高層マンションも出来ている。こんな昔気質な境界に来る人々も少ないのだろう。
どうです?
そこの貴方。
ここ裏野ハイツに住めば、我々グリスを始めとした、ありとあらゆるサービスを受けられますよ。
ご予約もお受け致しております。
死期確定者用住宅、裏野ハイツは、いつでも新規住人を歓迎致します!