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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 37章

 雪の降る勢いがずいぶんと強くなっている。フロントガラス越しに見える光景は白さを増し、あと数時間もすれば視界は殆ど真白になってしまうだろう。基地からブルームへの道を走りながら、俺は明日の出勤が辛くなるかもしれないと考える。場合によっては今晩基地まで戻り、宿舎の空室を借りたほうが良いかもしれない。

 いつもよりも一時間程度遅れて、ブルームの町に入ると、水神宮に向かう参道に幾人かの人影が見える。今日は寄り合いの日らしい。おそらく父さんもあの中にいるのだろう。参道入口を抜け、家に向かう急カーブをいつもよりも速度を落として走り抜けようとすると、歩道を歩く見覚えのある人影が見えた。俺は歩道脇に車を止め、ドアを開ける。

「リオ?」

俺がそう問いかけると、雪に足を取られながら歩いていたリオが顔を上げ、俺に軽く会釈をした。観光協会のロゴのついた分厚いコートを着て暖かそうなマフラーを巻いてはいるが、酷く寒そうだ。

「……リーフさんのお見舞いに行こうと思って。病気なのでしょう? お母様からお伺いしました」

幾分寒さでぎこちない感じではあるが、微笑を浮かべたリオがそう呟く。

「そっか。だったら乗せてくよ。俺も帰りだからさ。っていうかこんなところ歩いてたら、リオも風邪引いちまうぞ」

無言で頷いたリオを助手席に乗せ、再度エンジンを掛けると、俺は家に向かって運転を再開する。


 家までリオを連れて帰りリーフの部屋を訊ねると、だいぶ体の具合の良くなっていたリーフは控えめに表現しても大喜びな様子だった。先日一度家にリオを連れて帰ったときに結構意気投合していた様子で、観光協会にうちが納めているパンの売上の話に始まり、女の子同士のたわいもないやりとりをかれこれ一時間は続けている。数分前、母さんが気を効かせてくれたのか、暖かなシチューとパンを人数分部屋に持ってきてくれていて、部屋の中はまるで学生時代のキャンプの夜のような雰囲気になる。リーフと二人きりの時間も良いが、正直、こういう雰囲気も悪くないと俺は思う。

 

「えっ。リオさん歩いて来ようとしてたんですか?」

リーフが驚きを隠せない様子でそう尋ねると、ベット脇の椅子に腰掛けたリオが、そうですよ、と答えて暖かく微笑みかけた。かつては教団の聖女と呼ばれていたリオの浮かべる暖かな笑顔は、教会に掲げられている聖母の姿となんとなく雰囲気が重なる。リーフから見れば、いいお姉さんのような存在なのだろう。暖かなその雰囲気は触れる人間を穏やかに包みこんでいくようだった。

「この間、頼まれていた本を持ってきたんです。確か、この本で良かったのでしたよね?」

リオはセルーラの歴史関係の本と思われる書籍を数冊リーフの枕元に置いた。

「ありがとうございます」

リーフはその本を手に取り、リオに頭を下げる。

「歴史、とか興味あるのか?」

俺がそう訊ねると、リーフは少し得意げに、勉強してるの、と呟いた。

「ほら、私はセルーラのことよく知らないでしょ? いろいろ読んでみたかったの」

「なるほどね。リオ、ありがとな。こんな寒いのにわざわざ……」

気にしないでください、とリオが答えて、なぜだか俺とリーフを交互に眺める。そして、しばらくの沈黙の後、やはりブルームに来て良かったのかもしれません、と口を開いた。

「いきなり、どうしたんだ? なにか良いことでもあったのか?」

俺の言葉に、リオは、ええ、と笑顔を浮かべた。

「首都にいた頃には、リーフさんのようなお友達はいなかったから」

お友達、と呼ばれたリーフが照れくさそうに笑う。確かに教祖様として崇められていた首都での生活では、友人なんて呼べるものはなかなか出来にくかっただろうと思う。

「それに、いろいろと、自分ができることも増えてきましたから」

額で切りそろえた黒髪をわずかに揺らし、セルーラ民族特有の切れ長の目を細めてリオが微笑んだ。リーフとはまた違った美しさだな、と俺は思う。


「観光協会の仕事って、どんなことをするんですか?」

リーフがそう訊ねると、リオは、そうですねえと答えて、しばらくの沈黙の後、口を開く。

「参道のお掃除だったり、観光客の方の案内だったり。ブルームには結構いい場所がたくさんあるのです。観光協会では新婚旅行先として売り出せないかを検討していて、なかなか面白いです」

「へえ。新婚旅行か。そういえば、ホテルなんかも結構綺麗だもんな」

俺はかつて大尉やアキ、F二五、リーフと馬鹿騒ぎをしたホテルを思い出しながらそう呟く。

「最近は、観光客の方の案内も結構出来るようになってきて。……最初は、なかなか話しづらかったのですけれど」

リオはそう言って、慣れるものですね、と呟くと机の上に置いていた自分のマフラーをリーフの首に掛けた。リーフが遠慮する間を与えずに手早くそれを身につけさせ、喉を冷やしてはだめですよ、と呟きながら、上半身を起こしていたリーフを静かに寝かせる。


 女の子同士の話もあるだろうし、俺は空になった食器をまとめて、一旦リーフの部屋を出ることにする。閉じたドアの向こうからはリーフとリオの控えめだが楽しげな声が聞こえてきて、状況はいろいろと違うものの、どこか似ている境遇ではある二人が仲良くなれたことに俺は安堵する。なんのかんので、俺は男だし、母さんは女だとは言え、年が離れすぎている。こういうふうに話し合える友人がいることは、リーフにとっても、リオにとっても良いことだろう。

 

 二階から居間に降りて食器を洗っていると、母さんが風呂から上がってきて、リーフちゃんだいぶ具合良くなってきたみたいね、と言って洗いかけの食器を俺から奪う。

「リオさん、だったかしら。あの子も感じの良い子ねえ。今日、観光協会に納品に行ったときにも、パンを運ぶのを手伝ってくれて。……母さん、あの子見ていると黒髪が羨ましくなるのよね。うちの制服には正直母さんみたいな銀髪がちょっと似合わない気がするし。あの子だったらすごく似合うと思うのよ」

「着せようとか考えるなよ。もうあの制服はクローゼットから出さないで欲しい。それとあの制服は銀髪だろうが黒髪だろうが、誰にも似合わない」

母さんの言う制服というのが、現在の白い調理服ベースの制服ではなくメイド服もどきの小恥ずかしいあの制服を指していることは明白であったので俺はそう釘を刺す。母さんはあからさまに残念そうな表情を浮かべると、一度くらいいいじゃない、と呟いてため息をついた。

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