国境編 8章
翌日の夕方、訓練を終えた俺が兵舎に戻り、シャワー室の空き待ちのルパード、グリアムと共有スペースで雑談をしていると、クリス少尉がラシュディさんに対する尋問を終え、拘留部屋から出て来る姿が見えた。毎日、尋問って言うのも疲れそうだ。と俺は思う。クリス少尉は何やら乱暴な字で書き付けた何枚かの紙片を共有スペースの隅にある自分の机の上に放り投げ、椅子に行儀悪く腰掛けると、俺たちの方を見て、なんだかひどく疲れた表情でため息をついた。
「どうかしたのですか?」グリアムがクリス少尉にそう話しかけると、クリス少尉は長めの前髪を掻き揚げながら、
「どうかしないのが問題なんだよ。何にもはっきりした事を話そうとしない。口が堅いよ。あの人は」と答える。クリス少尉は両腕を首の後ろで組み、何やらあらぬ方向を焦点が合わない目つきで見つめている。俺がその様子を見ていると、ふと、気がついたようにクリス少尉は俺に目の焦点を合わせる。
「お前、今日、リーフとディルを食堂に連れて行くんだったな」クリス少尉は何かを思いついたように、俺に尋ねる。
「そうですよ。昨日、少尉ご自身から許可証をいただいてます」俺はそう答える。
「……悪いんだが、もし機会があったらでいい。リーフに亡命の理由について、なんでもいいから聞いてみてくれないか?」
「かまいませんが、あの娘、口は堅いと思いますよ。ラシュディさんが話さないような事を話すとは思えません」
「だよな。まあ、なにかきっかけのようなものでいいんだ。二人の話す内容になんらかの齟齬があれば、望ましい。そこから推測できるものもあるだろうし」
「そうですか。わかりました。機会を見つけて、聞いてみますよ」俺は兵舎奥のシャワー室からタオル片手に出てくるアキを見ながら、グリアム、ルパードに、先にシャワー室に行くよう促す。そして、二人がシャワー室に入ったのを見届けると、俺はクリス少尉の側まで歩いて、小声で、話しかける。
「例のセルーラが飛びつきそうな機密って、まだ解らないんですか」
「解らないから、お前に助けを頼んでる」クリス少尉は俺に心底疲れましたと言わんばかりの目つきを向けて、そう答える。
「ラシュディさんの研究分野や、家族への言動、そんなものでいいんだ。世間話程度でもかまわない。ラシュディさんの話を振ってみてほしい」
「了解しました」俺はそう答えて、敬礼すると、振り返ってシャワー室に向かう。
「頼んだ。俺はすこし疲れたよ」クリス少尉がそう呟くのが、背中越しに聞こえた。
訓練でかいた汗を流すと、俺は、自分の個室で服を着替え、リーフと、ディルの部屋に向かう。ノックをすると、ディルが勢いよくドアを開ける。
「元気がいいな」俺がそういうと、ディルは俺を見上げて、いつものはじけるような笑顔を見せる。
「今日は、姉ちゃんも一緒なんでしょ」
「ああそうだ。許可がでたからな」俺はそう答えて、部屋の奥にいるであろうリーフに目を向ける。リーフは、驚いた事に、我がセルーラ陸軍の訓練時服装を着用していた。
「どうしたんだ、その服?」俺は脚にまとわりついて離れないディルを抱きかかえると、そう聞いた。
「アキさんが貸してくれたの。あの服、砂まみれだったから」リーフは服装のあちこちを指先でいじりながら、そう答える。
「似合ってるぞ。それ」俺がそう言うと、リーフは照れたように笑う。
「アキさんも言ってた。私、軍人に向いてるのかな」
「そういえば、ラルフ曹長も言ってたな。アキとは別の意味で軍人向きだって」俺はそう答えて、改めて、リーフを見る。良く似合っていると思う。黒を基調としたセルーラの軍装に、リーフの銀髪がいいアクセントになっていて、新兵募集のパンフレットあたりに載せれば、何人かは引っかかるのではないかと思った位だ。
「ラルフ曹長って、あのグリアムさんに似てる人でしょう?」リーフがそう聞いてくる。
「似てるっていうか、兄弟だからな」俺はそう答えて、部屋の机の上においてある、制帽をリーフの頭に乗せてやる。リーフは両手で、俺に乗せられた制帽を触って、少し斜めに位置を変えると、俺に向かって実にいい感じの笑顔で微笑む。
「なんか、完璧にセルーラの兵隊さんって感じだな」俺は、リーフの笑顔を何だか直視できなくなって、目をそらしながらそう感想を述べる。俺は、内心の照れを隠すように、早口で、
「さ、行こう」と二人を促した。
アキは既に、共有スペースで、俺たちを待っていた。俺たちの姿を認めると、いつも通りの無表情でディル、リーフ、俺の順に姿を眺めると、ドアを開けて、食堂の方に歩き出す。ディルは既に俺から離れて、リーフと手をつないで、二人で何やら楽しそうに話をしている。俺は、二人を先に歩かせながら、最後尾を進む。胸の部分に固定された鞘に差しているファイティングナイフの柄に触れて、俺は昨日のクリス少尉の指示を思い出していた。ボストの連中に襲われれば、勝てなくてもいいから、食い止めろ。そういう指示だった。俺は、正直、ボストの連中がどの程度の力量なのかまったく解らない。グリアムや、ルパード程度の腕なら、なんとか食い止められると思うが、相手がアキや、ラルフ曹長のレベルだったら、おそらく何分食い止められるかあやしいものだと思う。最悪、相打ち覚悟で突っ込まないと、俺は、おそらく、食い止めるという事すら出来ない。こういう技量はここ何日かを懸命に訓練した所で目に見えて上達するものではない。一体、どのくらい訓練すれば、アキやラルフ曹長のレベルまで達せられるのだろう。俺はそんな事を考えながら、目の前を歩く、楽しそうに手をつないだディルとリーフを見ていた。
初あとがきです。
最近、ユニークアクセスも増えてきて、わざわざご一読いただいてる読者の皆様に、深く御礼申し上げます。評価をいただいた方々(2名様)高評価を頂き、ありがとうございました。本当に励みになります。自分の書いた物にスピーディにレスポンスが来るというのはかなりマジで嬉しいです。
これからも【国境の空】を宜しくお願い申し上げます。
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