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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 17章

 雪が強く舞いだして地面が少しずつ白く染まっていく。今日の雪はおそらく積もるだろう。作戦の支障にならなければいいが、と俺は思う。冷たい、時として痛みを伴うような風は、俺の頬を容赦なく撫でていく。テントに戻る道を急ぎながら、俺は何度も灰色の空を見上げた。この基地に来て軍務に復帰してから、もう二週間が経つ。情報分析の日々にも、俺は大分慣れつつあった。そう長く続く日々と言う訳でもないのだろうけれど。


「お帰り。どうだった?本部は」

俺がテントに入ると、二日前から軍務に復帰したグリアムが椅子から立ち上がってそう問いかける。共有スペースにはアキとルパードとグリアムがいて、それぞれ、自分の担当区域の状況分析を行っていた。いつもの光景ではあるが、ここ数日、何らかの裏を感じざるを得ないような静けさが前線を覆っており、俺たちは情報を分析しながら、その裏にあるボストの意図を図りかねていた。大尉は作戦の発動が近づき、恐ろしく忙しいようで、殆ど毎日朝早く出かけては、日付が変わる頃に帰ってくる。深夜から俺たちが収集した情報に目を通さなければならない大尉は、おそらく俺たちの何倍も疲れていることだろうと思う。

「動きはないってさ。何処の部隊も同じだ。敵部隊の動きがここ数日で全く無くなっているそうだ」

俺は椅子に腰掛けながら、そう報告する。アキが煎れてくれたコーヒーを飲み、俺はテーブルの上に散乱している各前線部隊からの報告を眺める。

「どうなってんだ。一体。気味が悪いぜ」

ルパードは壁にかけられた地図を眺めながらそう呟く。

「このまま撤退してくれれば有り難いんだけどな」

俺はルパードにそう声をかけた。ルパードは、そう願いてえよ、と呟きながら椅子に乱暴に腰掛ける。


「僕は、ここが怪しいと思う」

二十一時を少し過ぎ、あらかたの書類整理と情報分析が終わった後、グリアムがコーヒーを啜りながら地図の一点を指差した。そこは比較的高さのある丘陵に挟まれた窪地の一画で、背の高い針葉樹林が大量に生い茂っている森林地帯だ。

「どうして?」

アキがグリアムを興味深そうに眺めながら、そう尋ねた。グリアムは、眉間にしわを寄せて、少し考え込むそぶりを見せる。

「アキやカイルが二人でまとめていた時期の動きを見ると、ボストは大体、二日間周期でほぼ全ての国境近辺を警戒しているんだ。ただ、その時も不思議な事にこの地帯には一回も現れていない」

グリアムは地図に引かれたボストの動きを示す線を指で辿っていく。

「つまり、それだけ網羅的に国境を回っているのに、ここだけ手つかずなのはおかしいと」

俺がそう口を挟むと、グリアムは、そうだね、と同意する。

「単に森で見えねえっていうだけかも知れねえぞ」

ルパードが椅子に腰掛けたまま、行儀悪く足を組んだ姿勢でそう言った。確かに一理あると思う。俺も一度見に行ったことがあるが、あの森の深さでは、たとえそこに敵がいたとしても、発見する事は難しいだろうと思う。


 皆で、なんのかんのと憶測を話し合い、結局、答えは出なかった。森林地帯の上空をヘリかなにかで偵察すればはっきりするかもしれないが、残念ながらこの一帯はボストの高射砲陣地の射程内にあたる。うかつにそんな事をすれば、あっという間に叩き落とされてしまうだろう。難しい所だ。

「ああ、なんだか気が晴れないよ。すっきりしないなあ」

グリアムはそう呟いて、椅子から立ち上がり、髪を掻きあげる。

「申請でもしてみるか?」

ルパードがそんなグリアムを茶化すように声をかけた。

「何の申請?」

「威力偵察。オフロードの単車か、徒歩か、少人数で潜入すれば、なんか解るかもしれねえぜ」

「……そんな許可は降りないと思う」

アキが水を差すようにそう呟く。俺も同感だった。山岳部隊でもあの森林には手を焼くだろう。俺たちのような山岳戦に疎い連中がそんなところにのこのこ出掛ければ、下手をすれば遭難しかねない。

「大尉には知らせておいた方がいい。留意事項でさ」

グリアムにそう声をかけると、そうだね、とグリアムが地図から目を話さないまま呟いた。


 数十分の間、雑談を交わした後、グリアムとルパードは自分のスペースに戻り、俺とアキは共有スペースに何をするでもなく残っていた。通信用の機材の電源と状態を確認し、俺は共有スペース以外のテントの照明を落とす。

「アキも寝た方がいい」

俺は、椅子に腰掛けたまま地図や書類を眺めているアキにそう声をかける。

「大尉も、あの森は気になると言っていた」

「グリアムが言ってたやつか?」

アキは頷いて、地図をテーブルの上に広げ、例の森林地帯を指差す。

「グリアムとルパードには言うなと言われていた。先入観を持たせずに、と」

賢明な判断だと俺は思う。最初からここが怪しいなどと伝えていれば、おそらく、その地点に偏った情報分析を無意識に行ってしまうだろう。

「明日、多分特殊作戦群が来る。大尉は多分ここに行くつもりだと思う」

「偵察か?」

「おそらくは」

心配しているのか、それともなにか他に気になる事があるのか、アキは地図のその一点と、その周辺の部隊から上がってきている報告書を交互に眺める。寝ろと言っても聞きそうにない雰囲気ではあった。とりあえずこの周辺から上がってきている報告に、もう一度目を通さない限りは寝ないつもりだろう。俺はアキの隣の椅子に腰掛け、積み上げられた報告書類の半分を手に取る。

「付き合うよ。とりあえずもう一回分担して目を通そう」

俺の言葉にアキは小さく頷くと、書類に再び目を向ける。真剣さを帯びたその眼差しは、何かを思い詰めているようにも見える。大尉に何らかの危険が迫る可能性を少しでも摘み取っておきたいのだろう。


「……異常なしって報告ばっかりだな」

俺は素早く書類をめくりながらそう呟く。アキはほんの少しだけ顔を上げると、こっちもそう、と不満げに呟く。

「少しは何かがあるかと思った」

失望の色を隠さずに、アキは机の上に積み上げた書類を眺める。もう五分の四程は目を通してしまい、残りは僅かだった。時計を見ると、午前二時を指している。ちょうど三時くらいには全てに目を通し終わるだろう。

「本当に何も無ければ、それが一番だけどな」

俺はテーブルに書類を放りながら、煙草を取り出す。少し外の空気に当りたい気分だった。


 外は酷く冷えていて、その寒気はストーブの熱気でぼんやりとしかけていた俺の頭を急激に冷やしていく。煙草に火をつけて、その青白い煙を眺めていると、テントの入り口が捲られて、アキがコートを羽織って俺の隣まで歩いてくる。

「ごめんなさい」

アキがそう口を開く。

「何が?」

「付き合わせてしまって」

俯いたまま、そう答えたアキは、敷石に腰掛けて、俺の顔を見上げた。

「仕事だから、アキが謝る事じゃないだろ?」

「……私は、少しおかしい。多分」

アキの大尉に対する幾ばくかの私情が、今夜の残業仕事にアキを駆り立てているのは解る。大尉に対してアキが抱いている感情は、多分、一般的な部下と上司の間に流れるような感情ではない。

「おかしくはないよ」

俺がそう声をかけても、敷石に視線を落としたアキは何も言わずに俯いたままでいる。


 テントに戻った俺たちが、残りの書類に目を通し終わったのは、予想通り午前三時を少し過ぎた辺りだった。大尉はまだ帰ってこない。ひょっとすると、本部に泊まり込みなのかも知れない。

「何か、解ったか?」

俺がそう尋ねると、アキは首を振る。眉間にほんの少ししわを寄せ、アキは書類をまとめると、バインダーにそれを閉じ、棚に片付けた。

「……コーヒー、飲む?」

俺に背を向けたまま、アキがそう呟く。俺が、頼む、と答えると、手慣れた手つきでアキはポットから紙コップにコーヒーを注ぎ、テーブルにそれを並べた。俺たちは二人とも疲れていたのだと思う。殆ど会話もないまま、そのコーヒーを黙々と口にする。


「明日の通信分析だけどさ、森の部分、担当部隊に頼んで解る限りは見てもらおう。朝一の通信の時に俺から頼んでみる」

「でも……」

「大尉の許可は取るよ。どうせ朝に連絡があるだろうし」

見た所で、大した情報は取れないだろうとは思う。森の近くに展開している部隊は山岳戦の専門部隊ではない。特殊作戦群が来るのを待てば、おそらくそっちの方が的確な偵察ができるだろう。ただ、万が一ということがある。ひょっとすれば、森に入らずとも、何らかの新しい兆候を見つける事が出来るかもしれない。可能性はゼロではないだろう。

「気になるんだろ?」

俺がもう一度そう声をかけると、アキは黙って頷いた。何かを願うような思い詰めた眼差しのままで。

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