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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 4章

 食事をほぼ終えてしまった頃、不意に低い、何かが地の底から響くような音がして、俺は音の方向に顔を向ける。特に変わった様子はない。雷かなにかが落ちたのだろうかとも思うが、雷とは微妙に異なっているような気がする。

「雷、かな?」ルカがそう呟く。

「……かな」俺がそう同意しかけた時、ヘリの無線が入り、スピーカーからノイズまじりの大尉の声が響いた。

『カイル、そこにいるか』

「いますよ、なんでしょうか」俺がマイクを手に取りそう答えると、緊張した響きの大尉の声が間髪置かずに返ってくる。

『基地群司令部に迫撃砲が着弾した。ヘリから動かず、ライフルに装弾の上で待機。ヘリに対して攻撃があれば応戦を許可する」

「一人で、ですか?」俺がそう言うと、無線の向こうで、大尉がため息をつく様子が分かった。

『そんな訳ないだろ。警備兵の連中もそっちに向かってるが、実戦の経験は浅い。援護しろってことだ』

「了解しました」

『定期的に連絡は入れる。危険があればヘリから離れてもかまわん。ファルクの野郎くらいしか文句は言わないだろうし』

「大尉、現在ヘリに食事を運んでくれた整備兵が一名います。格納庫まで護送しても問題ありませんか?」

『問題ない。武装の上、格納庫まで護送して、その後ヘリの警備に戻れ。なるべくエイジアの士官に見つからないようにしろよ』

「三二六番の携帯無線を携行します。何かあればそちらに」

『了解した』クリス大尉の短い返事の後、無線は耳障りなノイズを残して切れた。


 ふと、後ろを振り向くと、ルカが不満げな表情で俺を睨んでいる。

「……一人で帰れる。自分の庭みたいなもんだし」

「お前、実戦の経験は?」俺がそう尋ねると、ルカはムキになって、無いよ、とそれがどうしたと言わんばかりの表情で言い返す。

「ボストの特殊戦部隊の連中なんかと遭遇すれば、まず勝てない。食事ももらってるのに、こんな中を一人で帰す訳にはいかない」俺はナイフとライフルを準備しながらそう答える。

「女だと思ってそう言ってるんなら……」

「違う。非武装の整備兵なら、男も女も一緒だ。格闘戦の経験がないから、だよ」俺はナイフを制服の鞘に納め、ライフルに装弾してそう言うと、トレイを渡し、外に出るように促す。

「傘は目立つ。悪いけど傘は差さないでくれ」俺の言葉にルカはこわばった表情で頷いた。


 雨はかなり強く、俺もルカもほんの数秒でずぶ濡れになる。小走りにルカの整備班が常駐している格納庫まで向かいながら、俺は周辺を警戒し、ライフルの安全装置を外した。視界は悪く、いきなり敵に遭遇すれば、ライフルよりもナイフの方が役に立つかもしれないとも思う。

「格納庫までどのくらいだ」

「七百から八百メートル、かな」ルカが雨に濡れた髪をかきあげながらそう答える。

「走れば、数分って所だな」俺がそう呟いた途端、遠目に見えていた格納庫の一つから迫撃砲の着弾する嫌な音が響いた。一瞬光が辺りを覆って、黒煙が格納庫から立ち上り、サイレンの音が追って響きだした。

「二発目、か」

「ちくしょう、どっからだよ」ルカが苛立たしげにそう呟いて、ほんの少しだけ哀しげな表情を浮かべる。

「急ぐぞ、走れるか?」俺のその問いに、ルカは無言で頷きを返した。


『カイル、今何処にいる』不意に無線が着信し、大尉の声が響く。

「ヘリポートから滑走路に向かう途中です。目的地まであと数分」

『すぐにヘリに戻れ。エイジアの兵隊も一緒ならそいつも一緒にだ』有無を言わせない口調で大尉がそう言うと、ルカが苛立った様子で口を挟んだ。

「なんでだよ。あたしが自分の職場に戻るのに、なんか文句あるわけ?」

『……格納庫は占拠されている。敵の詳細は不明。今戻るのは危険だ』ルカはその大尉の言葉に、一瞬絶句し、ちょっとまてよ、と叫んだ。

「大声を出すな」俺は、咄嗟にルカの口を塞ぐ。右手でルカの口を塞いだまま、俺は無線機に、了解しました、とだけ返答し、戻るぞ、とルカの耳元で呟く。

「……嫌だ」ルカが絞り出すようにそう答えた。

「嫌、とかそう言う問題じゃないんだよ。いま戻っても捕まるか、下手したら殺されて終わりだ。それくらい解るだろ」俺がそう言い聞かせても、ルカは黙り込んだまま首を振ってそこから動こうとしない。俺はため息をつきそうになるのを堪えて、周辺におかしな人影がないかだけを確認し、ルカを抱きかかえた。

「な、何すんだよ。離せ」小さな声ではあるが、明らかに驚きと怒りが混じった声でルカが抗議するのを、俺は無視して、ヘリに向かって走り出す。


 ライフルと、ルカを抱えて、全力疾走で七百メートル近くを疾走するというのは、大変な重労働だった。片手でなんとかハッチを開け、ヘリの床にルカを下ろし、椅子に腰掛けると、不自然な体勢で走ったせいだろう、いつもは痛まない筋肉が妙に痛んだ。降り続ける雨音を聞きながら、俺は、雨で幸運だったと思う。見つからずに済んだのは偏に雨のお陰だろう。

「……覚えてろよ」ルカがそう呟く。言葉の内容は酷いが、響きにはそう悪意がこもっている訳ではない。むしろ、謝罪や、感謝に似た響きがあるようにも思えた。

「強引だったのは謝るよ。俺はライフルを椅子に置き、奥の格納庫から対物ライフルを取り出すと、銃弾を装填し、安全装置を外す。

「なんだそれ」ルカが対物ライフルに興味を惹かれたのか、俺の隣に来て、そう尋ねた。

「対物ライフル。ヘリやら、戦車やらを潰す時に使うんだ」俺はハッチを音が立たないように気をつけて閉め、小さな丸窓から、外を伺う。誰かがヘリに向かってきている気配はない。とりあえずは、と言った所だろうが。


 ライフルを設置した後、俺は自分のリュックから未使用のタオルと、Tシャツを取り出し、ルカに渡す。

「なんだよ」ルカは渡されたタオルとTシャツを眺めながら、俺を上目遣いに見た。表情に若干の心細さのような物が感じられるのは俺の気のせいだろうか。

「夜は冷える。ちゃんと拭いとかないと身体を壊すぞ」俺は椅子に掛けてあった毛布もついでにルカに放り投げる。

「……ありがと」ルカはそう呟くと、髪を拭いて、毛布で身体を隠し、濡れた上着を脱いで、Tシャツに着替え始める。俺は、ルカに背を向けて、丸窓から外を警戒し続ける。雨で視界の悪い滑走路脇に並ぶ格納庫群は不気味に沈黙していた。敵の数や、武装が解れば対応の仕方も検討しようがあるが、この状態では、難しそうだと思う。大尉やラルフ曹長が思うように動けるならまだマシだが、エイジア軍も客のセルーラの士官に指揮なんて取らせやしないだろう。


『……カイル、聞こえるか』無線から大尉の声が響いた。

「聞こえます。現在ヘリにて待機中。エイジアの整備兵一名も同乗しています」

『現在、基地司令部で、格納庫を占拠している敵に対する攻撃部隊を編制中だ。俺たちも加えるように進言したんだが、残念ながら基地待機だ。ヘリの方への敵からのアプローチはあるか』

「ない、ですね。今の所は」俺はそう答えながら、丸窓の向こうに目を向ける。相変わらず雨が容赦なく降り続いていた。

『場合によってはヘリを捨てろ。離脱する際はこちらに許可を取る必要は無い。お前の判断に任せる』

「了解しました」俺がそう答えると、気をつけろよ、という大尉の言葉を最後に無線機が沈黙する。


 俺は閉められたハッチの内側に腰掛け、対物ライフルのグリップを握る。ハッチに据え付けの小さな銃眼から外を伺い、暗視スコープでもあればな、と思う。外は雨と夜の闇のせいで、殆ど何も見えない。

「みんな、大丈夫なのかな」ルカが心細そうにそう呟く声が聞こえ、俺は、何と答えたものか、少しだけ逡巡する。

「殺しては、無いと思う。人質を殺せば、こちらからの反撃が容易になる。おそらく人質として確保した上で、なんらかの要求をするつもりなんだろう」俺は銃眼の向こうにぼんやりと浮かび上がっている格納庫群を眺めながら、そう答えた。

「ちくしょう」ルカはそう呟いて、顔を毛布に埋める。

「反撃がうまくいくことを願おう。それまでは、つらいだろうが、待機だ」俺がそう告げると、ルカは、わかってるよ、と小さく呟いた。

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