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国境の空  作者: SKYWORD
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国境編 6章

 共有スペースまで戻ると、クリス少尉が、一人でなにやら書き物をしていた。書類がたまっているという話だったので、まとめて片をつけるつもりなのだろう。大量の紙片がクリス少尉の机の周りに積み重なっている。俺はクリス少尉の向かいに座り、

「終わりました」と報告する。クリス少尉は、書類から目をそらさないまま、

「そうか。どうだった」と俺に聞いた。

「仲直り、しましたよ」俺がそう言うと、

「お前、なかなかもてるじゃないか。ん?」とクリス少尉が俺を見て、楽しそうな目つきで俺を見た。

「少尉。まさか聞いてたんじゃないでしょうね」

「少し。まあ、拘留の担当官だからさ。ほら、おかしなことになっても困るし。少しだけだよ、少しだけ」目の前で手を振りながら、ニヤニヤ笑って少尉は言う。

「趣味悪いですよ。盗み聞きなんて」俺は口を尖らせて抗議する。

「お詫びといっては何だが、ほら、許可証だ。連れて行くんだろ、リーフも」少尉は俺の不満げな顔の前に、少尉と、軍司令部のサインの入った書類をひらひらとさせた。基地内の通行許可証だ。リーフが泣いてる間に準備してたのか。

「せめて明日じゃなくて、三日後とかで約束してくれたら、楽だったんだがな。まあ、いい。いずれ許可はするつもりだったし」少尉はそのまま、書類を俺の前に置く。

「夕食時の二時間だけだ。まだ拘留中だからな。時間を過ぎたり、外出時にトラブルがあれば、取り消しになる。楽しいからってはしゃぎすぎて時間を忘れることの無いように」まじめな口調でクリス少尉がそう言う。

「了解しました」俺は立ち上がって、敬礼するとその書類を受け取る。

「で、ひとつ教えておくことがある」クリス少尉は目配せで、俺に着席を促す。俺が椅子に座ると、少尉はしばらく考えるようなそぶりを見せ、口を開く。

「ラシュディさんの職業、覚えてるか」

「はい。確か、国立研究所の研究員だったかと」

「おかしいと思わないか」クリス少尉は俺の目を結構鋭い目つきで覗き込む。こういうときのこの人はひどく切れ者に見える。優秀さを感じさせる表情で、俺はクリス少尉のこの表情が上官としての安心感を感じさせてあまり嫌いではなかった。

「差別のひどいクライドというランクにあって、果たしてそのような職場につけるだろうか?おそらく、おそらくだが、ラシュディさんはなんらかの機密を握っている。優秀な科学者であることも想像できる。身分を考慮せずにそんな仕事に就けるくらいだからな。まあ、給与なり待遇なりは酷かったようだが」

「機密?」

「連邦内で、亡命が受け入れられることは少ない。それを知っていて、あえて亡命を希望しているんだ。おそらく、その機密にセルーラが飛びつくことを知っている。まだ、話してはくれないが」クリス少尉は書類を見ながらペンをくるくると指先で回す。

「監視を抜けて、国境まで来たのも、そうだ。隠れおおせて来れたとは思いがたい。多分、権限があったんだと思う」

「確かに」

「俺が思うに、おそらく兵器、軍関連の機密だ。でなければ、国境地帯への通行が許可されるとは思えん。紛争を前提として、何らかの研究が行われていると見るのが自然だと思わないか?」紛争、俺はその言葉を何度も頭の中で反芻する。

「外務省担当官の到着まで二ヶ月という期間の長さも気になる。これは内密だが、亡命の認可はほぼ決定しているらしい。最大限の待遇を払えとも言われている。異例だよ。大抵は、一週間以内に担当官が飛んできて、即、国外退去で引渡しだからな。で、ここからが本題なのだが、お前、あの子達を連れて行くときになにか武器を携帯していく気があったか?」クリス少尉がそう言って俺を見る。

「いえ」

「おそらく、さっきの機密の件、正解であればボストの特殊部隊の連中が侵入してくる可能性がある。この兵舎でも夜間は既にアキとラルフに巡回させている。気づかなかったか?」クリス少尉が武器の棚から、小口径の拳銃と、俺のナイフを取り出し、俺に渡す。

「携帯しておけ。一応、お前以外の人間にも頼んであるし、基地内外に特殊戦に長けた連中も配備してもらっている。しかし、万が一ということもある。いざというときは、お前がある程度は足止めをしろ。勝てとはいわん。すぐに誰かを呼べ。そして、彼らを同行するときは必ず二人一組の態勢を取れ。アキが一緒ならまあ、問題ない」指示を聞きながら、俺はある疑問が頭に浮かぶ。

「少尉。それほどの重要人物であるなら、なぜ首都に連れて行って、警備しないのですか?」

「国境の方が安全だからだよ。お前がボストの人間だったら、思うだろう。当然首都に連れて行って、厳重に警備するだろうと。ところが、これが異例の長期間国境地帯の司令部にいるとなったらどうだろう?罠だと考えないか?信じて突っ込んだ先には、国境地帯の臨戦部隊がいる。首都の連中と比べて実戦経験者も多い上に、市街地とは違って戦闘に邪魔なものはないと来ている。俺がボストの人間だったら、国境地帯にいるとは判断しない。情報を鵜呑みにして痛い目には遭いたくないからな」

「そういうことですか」俺は納得がいく。

「基地内を自由に歩かせているのもそうだ。仮にボストのスパイがいたとして、それを素直に信じるかな?ラシュディを外に出さないのには理由がある。あの二人だけを歩かせることで、ラシュディだけはどこか別の場所に搬送されているのではないか?と思わせるためだ。子供二人のために特殊部隊を突っ込ませるような愚はボストも冒さないだろう。狙いはラシュディだ。とすれば、ラシュディだけを隠し、子供二人には基地内を自由に歩かせるほうがいい。首都なのか、国境なのか、ボストには思う存分悩んでもらう。実は、首都には、軍内外のラシュディに似た男に何人か無意味に警備をつけて複数箇所で尋問するように見せかけるよう依頼している。わが軍の諜報部は優秀だ。すでに手配が終わったと連絡を受けている」クリス少尉はそこまで話すと俺のほうを見て、例のいたずら小僧のような目で笑う。

「少尉はスパイがいると思っているのですか?」

「わからん。ただ、可能性として捨てるべきではないと思っている。まあ、うちの班にはいないだろうが」俺は少尉の考慮の深さに多少驚きを隠せない。確かに優秀なのかもしれない。とんだ人材だ。ラルフ曹長が若いこの上官に比較的従順なのも頷けるところだ。

「了解しました」俺はそう答える。クリス少尉は俺の固まった表情を見て、おかしそうに笑う。

「ま、緊張しすぎるな。俺の杞憂かもしれない。そうであることを願っている。特殊部隊と戦闘なんてできれば考えたくない。強そうだし」少尉はそう言うと兵舎のドアに鍵をかける。

「行っていい。もう就寝時間だ。あと、この事は他言無用だ。いらん心配をかけたくない。特にあの子供二人にはね」それには俺も同感だった。さっきのリーフの笑顔を思い出して、俺は強くそう思った。

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