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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 2章

 ぼんやりと空を見上げながら、俺がスコーンを齧っていると、ヘリポートの向こうの滑走路から、整備服を来た兵士が一人歩いてくるのが見えた。目につく所に座るなとか、そんなことを言いにきたんだろうかと俺は思う。ため息を付きながら、俺はタラップを昇り、ヘリの中に入ると、ハッチを閉め、窓からの僅かな明かりだけの暗い空間に横たわる。


 予想していた通り、ハッチを軽くノックする音がして、俺は憂鬱な気持ちのまま、ハッチを開ける。ヘリポートの薄明かりの中に、エイジア軍の整備服を着た女兵士が立っていた。俺と同い年くらいの、若い兵士。アキと背格好や髪型が良く似ていたが、イメージは全く異なる。なんだか、憮然とした表情で俺を見上げているその目つきは、初めてあった時のリーフの様でもある。まあ、あまり、俺は歓迎されてないんだろう、とは思う。

 

「なんでしょうか?」俺がそう尋ねると、その女兵士は、手に持っているトレイを俺に差し出す。トレイには暖かそうなスープと、カップに入ったコーヒーが乗っていた。

「……悪いけど、食事はさっき断ってるので……」

「これは、ファルク少尉からの指示じゃない。整備班から。班長が持っていけって」ぶっきらぼうな口調ではあるけれど、何となく好感の持てる口調と言えなくもない。

「勝手に接触したら、あんたらにも迷惑がかかるんじゃないのか」

「いいから、黙って受け取れよ。あたしはそういうめんどくさいのは嫌いなんだよ」どうやら地が出たらしい。酷い口のきき方だとは思うが、ファルクの慇懃無礼な口調よりは、何倍も心地よかった。


 俺がそれを受け取り、ヘリの中の小さな折りたたみテーブルに乗せて、ありがとう、と言うと、その女兵士は、ありがとうじゃなくてさ、と答える。

「そのトレイ、あたしが持って帰んなきゃいけなんだよね」

「いま、ここで食えってことか」俺がそう尋ねると、そうだよ、と返事が返ってくる。

「あとで、ここまで取りにくるとかめんどくさいだろ。効率よく、手早くってのが整備班。それくらい解れ」酷い物言いだが、あまり、悪意は感じない。むしろこれくらいストレートな方が、あまり気を遣わなくて良い分、楽ではある。


 俺は、スコーンの入っている紙袋を女兵士に差し出す。礼と言うにはささやかな物ではあるが、感謝の意くらいは表しておきたかった。

「なんだよ、これ」

「俺の実家の名物。結構評判いいんだ。良かったら食べてくれ」俺がそう言って、トレイに乗せられたスープに口をつけると、女兵士は躊躇いがちではあるが、紙袋からスコーンを一つ取り出し、興味深そうに観察した後で齧りつく。

「……おい、これ、旨いぞ」女兵士は驚いた様子で、目を丸くしていた。

「名物って言ったろ。エイジアではスコーンって食べるのか?」俺がそう聞くと、女兵士は首を大きく横に振る。

「パンはあるけどさ。これ、あんたの家で作ってんの?」

「ああ。実家はセルディスでパン屋をやってる。セルディスからちょっと離れてはいるんだけどな。ブルームって所だよ」

「……これ、何個かもらっていいか?」おずおずとそう尋ねる表情がまるで子供みたいで、俺は思わず吹き出しそうになる。

「いいよ。全部持っていって。みんなで食べてくれ。その班長って人にもお礼をしときたいし」俺がそう答えると、女兵士は、明るい笑顔で、ありがとな、と短く応えた。笑うと、なかなか悪くない娘だと思う。


 スープは、エンドウ豆と豚肉と数種類の野菜が煮込まれたもので、なにやら香辛料を入れてあるのか、ぴりっとした辛さがあって、とてもおいしかった。

「このスープ、何て言うんだ」俺がそう尋ねると、女兵士は自慢げに胸を張る。

「食べた事無いだろ?」

「無い。エイジアの料理ってことは解るんだけど」

「それは、うちの整備班のオリジナルなんだ。班長考案のスペシャルスープ。旨いだろ」確かに旨かった。寒さが堪えだすこの時期に、この温かなスープは、何割増かでおいしさを増していたと思う。

「ああ、美味しかった」俺は本心からそう呟く。

「ファルクの野郎が食ってる食堂の奴より、絶対旨いって」女兵士はそう言って、大声で笑った。

「野郎って、あの人、上官じゃないのか?」酷い言い様に、吹き出しそうになるのをこらえながら、俺がそう言うと、上官?、と女兵士は吐き捨てるように言った。

「あんな奴、飛行機乗れる訳でもないし、整備できる訳でもないし。いらないよ。首都で書類でもめくってろってみんな言ってるよ」

「嫌われてんだな」俺はそう呟きながら、どうにも虫の好かない雰囲気をしていたファルクの姿を思い浮かべる。

「ああ、さっきも、班長と飯の材料取りにいったら、わざわざ厨房まできて食堂の連中に、一人分はいらないから、とか言ってたんだ。カエタナの奴がいるから、とかさ」そこまで言ってしまって、女兵士はなにかに気付いたように、あっと声を上げると、少し俯いて、悪い、と呟く。

「いいよ、気にすんな」俺はそう即答する。その話を聞いていた班長とこの娘がこっそり俺の分の料理まで用意してくれた事だけで、十分だと思えた。ファルクの暴言や、ヘリで一人で待ちぼうけという状況もなんだか許せるような気がする。

「こうやって、わざわざ料理を持ってきてくれてるだけで、ありがたいよ」俺がそう言うと、女兵士は照れたのか、俯いたまま、今日は余ってたからさ、と無愛想に呟く。


「……カエタナって、エイジアでは結構嫌われてんのか?」俺がそう尋ねると、女兵士は首を振る。

「そうでもないよ。ただ、士官学校の連中とか、政治家とか、そう言う連中は、悪く言ってる。なんでか解んないけど。あたしの友達にもいるよ、カエタナの子」

「そうか」俺は、そう呟いて、開け放たれたハッチの向こうの、基地の建物に目を向ける。ラシュディさんが、リーフをセルーラに留めておこうと思った理由が、何となく解るような気がした。


「クリス大尉、だったっけ、あの参謀さん」そう言って、女兵士は俺に視線を向けた。

「あんた、あの参謀さんの部下なんだろ。士官?」

「俺は伍長。下っ端から四番目の階級」

「あたしは上等兵だから、あんたのほうが上官になる訳か…」なにやら考え込むような表情を見せて、女兵士はそう呟く。

「気にしなくていい。敬語とか使われたら、ファルク少尉を思い出しそうだ」俺がそう言うと、女兵士は、だよね、と呟いて、肩で切り揃えた黒髪を揺らしながら、明るく笑った。

「まあ、ご飯くらいなら、こっそり用意してあげるから。安心しなよ」照れくさそうにそう言った女兵士の後ろ姿を見ながら、俺はスープとコーヒーで幾分か暖まった身体を椅子の背もたれに寄りかからせる。暖まったのは、多分、食事の所為だけではないんだろうなと思いながら。


「……名前、教えてよ」トレイを片付けながら、女兵士が別れ際にそう尋ねる。

「カイル、ルフォード」俺が、そう答えると、女兵士は、私はルカ、と元気よく言った。







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