表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国境の空  作者: SKYWORD
52/96

首都編 30章

 ホテルの四階に着いた俺とリーフは、廊下の案内板でベランダの位置を確認し、そこまで二人で手をつないだまま歩いていく。

「夜景、きれいだよ多分。さっき部屋の窓から見たらすごく綺麗だったもん」リーフが弾んだ声でそう言った。

「そうだよな。俺も部屋から見たよ。ちょっと意外だった」俺がそう言うと、リーフは、ずっと住んでたくせに知らなかったの?、と少し呆れたように問いかける。

「だって、こんなとこ泊まりにこないだろ、普通。家があるんだしさ」俺の言葉に、リーフは穏やかな笑顔を返す。


 廊下を歩いていくと、ベランダに向かう小さなドアの前で、誰かがベランダを覗き込むようにして立っているのが見えた。俺はリーフの手を離し、その人影に目を凝らす。人影は俺とリーフに気がついたようで、ゆっくりと俺たちの方に近づいてくる。

「ジョディさん?」リーフが呟く。人影をよく観察すると、それは確かにF二五のようだった。


 F二五は俺たちの前まで来ると、人差し指を唇に当て、静かに、と囁くように言う。

「どうしたんですか?」俺が声を落としてそう聞くと、F二五は、大尉とアキさんがいるんです。と答える。そして俺とリーフについてくるように促すと、またベランダの入り口まで向かう。少しだけ開かれたドアの向こうには、何やら深刻な表情をしたアキと大尉が見えた。

「あの、盗み聞きっていうのは少し……」そう言いかけた俺の口をF二五が素早く塞ぐ。

「……黙っていてください。気付かれます」F二五は静かな声でそう告げた。やがて、静かになった廊下に、ベランダから、アキと大尉のやり取りがうっすらと聞こえてくる。幾ばくかの罪悪感を抱えながらも、俺はそのやり取りに耳を傾けていた。


「……大尉がおっしゃる事はよくわかりました。要は、私が戦場で、ボストに対して私情で動くのではないか、と、それを心配されている訳ですね」アキがそう言って、冷静を絵に描いたような表情のまま、クリス大尉に問いかける。クリス大尉は、まあ、そういうことになるかな、と気まずそうに答えた。暗くてよくは見えないが、ベンチに落ち着いて座っているアキとは対照的に、大尉はそのベンチの前に立って、落ち着かなげに体を揺らしている様だった。


「私が同行を希望しているのは、ボストに復讐するためではありません。もちろん、彼らに対して少しも思う所が無いか、と聞かれれば、そうでないとは言えませんけれど」

「勘違いしてほしくはないんだが、お前を過小評価してる訳じゃないし、使えないとか、役立たずとか思ってる訳でもないんだ。たださ、心配っていうか、俺も実戦経験って言うのは無い訳だし、そう言う所で、人がどうなっちゃうかってのが解んないんだ。だから……」


「大尉、私たち一般兵は、まずセルーラの刃たれと教えられます。それは士官学校でも同じなのですか?」いきなりアキに話題を変えられて驚いたのか、大尉はアキの方を振り向くと、怪訝そうな眼差しをアキに向けて、同じだよ、と答える。

「大尉も、そうあるべきと考えておられる、という認識でよろしいのですか」

「ああ。俺個人ではなくて、セルーラによって振るわれる刃であろう、とは思ってるよ。まあ、口にすんのは簡単だけどな」大尉はそう答えながら、アキの隣に座る


「……大尉、私は、セルーラの刃であろうとは思っていません」しばらくの沈黙の後、アキが口を開いた。

「いくら言葉を飾った所で、結局、セルーラの統一された意思というものは存在しません。議会や、首相府の決定が、必ずしも民意を反映した物ではないでしょうし、国民すべてが賛同する意思など、所詮幻想に過ぎません」


「いきなり、だな」クリス大尉が困惑の響きが混ざった声で、そう呟く。

「結局は、我々は、首相なり、議会なり、参謀府なりの誰かの意思によって振るわれる刃なのです。私のような一般兵であれば、上官の意思によって、その上官は、更に上の意思によって。いくら、セルーラの刃と言った所で、人が、組織を動かす限りは」アキは淡々と言葉を続けていく。

「まあ、言われてみれば、そうだよな。確かに」大尉は感心した様子でそう口にする。

「だからこそ、私は……」アキはそう続けると、なにか言葉を探すように、口を閉じ、視線を落とした。


「だからこそ?」クリス大尉がそう言って、アキの顔を覗き込む。アキは視線を落としたまま、口を固く閉ざしている。沈黙がベランダを、そして、俺たちがいる廊下を、覆っていく。やがて、アキは立ち上がると、クリス大尉の前に立ち、アキを見上げるクリス大尉の目をまっすぐに見た。


「私は、あなたの刃でありたい」


 発された言葉を、大尉はどう受け止めていいか戸惑っているように見えた。アキは大尉を見据えたまま、視線を逸らそうとしない。

「……私が言いたいのは、それだけです。あとは、大尉がご判断してください」アキはそう言うと、再び、クリス大尉の横に腰掛ける。大尉は無言のまま、ベランダの石床に視線を落とす。


「……外しましょう」俺がそう言うと、F二五は俺を見上げて気まずそうな表情で頷く。これ以上の盗み聞きは、気が進まなかった。俺たちは音を立てないようにドアを閉め、エレベータまで戻ると、とりあえず、下の階に向かうボタンを押し、エレベータの到着を待つ。

「なんだか、悪い事をしました」F二五がそう呟く。

「だから、盗み聞きは良くないって言ったじゃないですか」俺がそう言うと、それはそうですけど、と弁解するようにF二五は言う。

「気になるじゃないですか」

「とにかく、一階のカフェにでも行きましょう。あそこは開いてるでしょうし」俺がそう言うと、F二五は、そうですね、と答えて頷く。


 降りていくエレベータの中で、何故かリーフは無言のまま何かを考え込んでいた。俺がリーフの肩に手を触れると、リーフは少し驚いた様子で、俺を振り返る。

「どうしたんだ?黙りこくって」

「……アキさんのこと、考えてた」リーフはそう言うと、俺の顔を見上げて、カイルはどう思う?、と続けた。

「どう思うっていってもなあ。まあ、信頼できる上官の下に居たいってのはよくわかるって感じだな」俺はそう答えて、ベランダでのアキと大尉のやり取りを振り返る。

「相変わらずというか、鈍感ですねえ」F二五はそう言って、呆れ顔でため息をついた。いきなりの言葉に、俺は反論する。

「鈍感って、俺がですか?」俺の言葉に、F二五は、はい、と短く断言した。ふと、リーフを見ると、リーフもその言葉に同意するように頷いている。

「リーフさんも大変ですね」F二五がそう言って、リーフを見ると、リーフは俺に少し視線を向けてから、躊躇いがちにまた頷く。

「なんか、落ち込むな」俺は結構本気で落ち込みながら、そう呟く。

「まあ、男の人はそんなものかもしれません。カイルさんだけではないですよ」F二五が慰めるようにそう言った。


 一階のフロント近くに設けられたカフェは、まだ開いているようだったが、何分平日という事もあって、客は一人もおらず、店員が一人だけ退屈そうにジュークボックスを操作しながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。

「まだ、大丈夫ですか?」俺がそう声をかけると、店員は、笑顔を向けて、いいですよ、と答えた。どうやら相当退屈だったのだろう、やたら機嫌良く店員は俺たち三人を席まで案内すると、俺たちが注文した内容を意味も無くハイテンションで復唱し、カウンターに小走りで戻っていく。


「それにしても、あの二人、戻ってくる気配が無いですね」注文した飲み物を飲み干し、一時間ほど経った頃、F二五がエレベータの方に目をやりながらそう言ってため息をつく。

「大尉も、アキも納得いくまで話し合った方がいいんです。二人ともなんのかんので頑固ですし」俺がそう言うと、F二五とリーフは顔を見合わせて笑う。

「確かにそうですね。このところ、ゆっくり話す暇なんてあまり無かったでしょうし」F二五はそう言いながら、俺とリーフの顔を交互に見て、意味ありげな笑みを浮かべる。

「そう言えば、お二人も同じですね。ゆっくり話す時間が無かったのは」F二五はそう言うと、席を立ち、伝票を手に取る。

「ここは、私が払っておきます。カイルさんとリーフさんも、ゆっくり話しておいた方がいいです。ごゆっくり」F二五はそう言ってなんだか優雅な笑みを浮かべると、俺たちを置いたまま、カフェを出て行く。


「……気を遣ってくれたのかな」リーフはそう呟いて、テーブルの上に置かれたままの空のグラスに視線を落とした。

「まあ、大尉もアキも長そうだし。ゆっくりしようか?」俺がエレベータに向かって歩いていくF二五の後ろ姿を眺めながら、そう言うと、リーフが、そうだね、と嬉しげに答えるのが聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ