首都編 25章
「降下するぞ。ワイヤー準備。降下後、ヘリは着陸させろ。カイルは全員降りるまで、援護」クリス大尉がそう叫ぶ。降下要員の隊員達は一斉にワイヤーをハッチのフックに固定する。固定されたワイヤーを制服の腰に装着すると、クリス大尉は少しの躊躇も無く飛び降りた。ワイヤーを伝いながら、ほんの数秒で着地し、胸に固定していた拳銃を抜くと、背後に遅れて着地した隊員達を連れて、横転した装甲車まで駆けていく。
「ヘリを着陸させる。攻撃が無いか、監視を頼む」パイロットの声が、背後から聞こえた。俺は、了解、と叫び、再び対物ライフルを構える。
クリス大尉は、装甲車のドアを半ば引きちぎるような勢いで開け放ち、中で、おそらく衝撃で気絶しているであろう教団の過激派メンバーを引きずり出していく。数分の後、合計五人の過激派メンバーは、装甲車の横に順に座らされ、拘束用のワイヤーで後ろ手に拘束された。ヘリは装甲車から五メートルほど離れた地点に着陸し、俺は対物ライフルの代わりに、接近戦用のサブマシンガンを手に取ると、ハッチから飛び降り、まっすぐに大尉の元に走る。
「全員、怪我はしてるが、無事だ。公安に連絡して、逮捕させる」クリス大尉は走り寄ってくる俺の姿を見ると、大声でそう言った。
過激派のメンバー達は、もう気絶はしていないようで、うつろな目で、俺たちを見ていた。そのうちの一人が、何に呟くでもなく、空に浮かんだ月を見上げながら、これでよかったんだろうな、と呟く。
「だったら、最初から、こんな事してんじゃねえよ」クリス大尉が、真剣な表情でそう吐き捨てる。その言葉に、その男は、だよな、と自嘲気味に笑う。
「俺は、どっちでもよかった。軍に殺されるのでも、首都と心中するのでも」その言葉を聞きながら、俺はおそらくこの男がリオの兄なんだろうなと推測する。ボストの意を受けた諜報部員が言う台詞には思えなかった。
「お前が死にたくても、他の奴は違う。死にたいなら一人で死ね。家族やら、他人に迷惑をかけるな」クリス大尉はそう言い残すと、ヘリに戻るのか、踵を返して歩いていく。後に残された俺と、特殊作戦群の隊員達は、どうやら本気で怒っている様子のクリス大尉の後ろ姿を呆然と眺めていた。
「お前、ヨハンだろ」俺がそう言うと、その男は少し驚いた様子で俺に視線を向けた。
「確かにそうだが、それがどうかしたか」男は俺の顔を見ながら、そう答えた。
「お前の妹から、殺さないでくれって頼まれた。俺じゃなくて、大尉が、だけどな」俺の言葉に、ヨハンは、リオか、と力無く呟く。
「リオは、お前らが保護してるのか。あの公安の奴も一緒か」俺は、ヨハンのその問いに無言で頷く。
「道理で、あっけなく発見されちまった訳だ。妹に裏切られたんじゃ、世話無いな」ヨハンのその言葉で、俺の頭の何かが切れたような気がした。気がつくと、俺はヨハンの胸ぐらを掴み、横転した装甲車に思いっきりヨハンの背中を叩き付けていた。
「ふざけんな」俺はそう叫んでいた。睨みつける俺の視線から、ヨハンは気まずそうに目を逸らす。リオが、諦めと哀しさが入り交じったような表情で、ヨハンは自分の兄だと言った時の情景が、俺の脳裏に浮かんだ。リオの苦しみや気持ちを、こいつは何も理解していないんじゃないかと俺は思う。捨て鉢な台詞の数々が、一々、俺の神経を逆撫でした。
「……悪かった」ヨハンはしばらくの沈黙の後、そう呟いた。俺は胸ぐらを掴んでいた手を離す。糸が切れた操り人形のように、ヨハンは、地面に座り込み、そのまま、何も語らず、地面に視線を落とした。
後ろから足音がして、俺が振り返ると、クリス大尉が戻ってくるのが見えた。クリス大尉は、怒りが大分冷めたようで、なんだか酷くすっきりとした表情をしている。
「さすが、狙撃手だな。見事だった」俺の肩を軽く叩いて、クリス大尉はそう言った。
「運、ですよ」俺は謙遜ではなくて、本当に運だとしか思っていなかった。もう一度同じ環境で、同じ事をやれといわれても、絶対に無理だ。
「そうでも、ないさ」クリス大尉は俺を優しげな視線で眺めると、そう言って、ヨハンの元まで歩いていく。
「もうすぐ、警察が来る。逮捕される理由は解ってるな。教団本部にも強制捜査が入った。チェックメイトだ」
「だ、な」ヨハンはクリス大尉に視線を合わせずに、そう答えると、リオを頼む、と小さく呟いた。
「頼むってのはどういう意味だ」クリス大尉がそう問い返すと、ヨハンは顔を上げ、微かに微笑んだ。
「そのままの意味だよ。あいつはこの件には関わってない。罪に問われる事もしていない。解ってるだろ。あんたにそれが出来るならだが、出来れば、首都から離れた所で暮らせるように計らってやってほしい」
「……解った」クリス大尉はそう答えて、微かに目を細める。
「虫のいい願い事だってのは、承知してる。礼はするよ。いつになるかは解んないけどな」ヨハンがそう言って目を伏せると、クリス大尉は、礼はいらないよ、と短く答える。
そんなやり取りがあってから、一時間ほど経った頃、おそらく警察の車輛だろう、警告灯を派手に回転させながら数台の車が近づいてくるのが見えた。その明かりを確認した途端、俺の体に一気に疲れが吹き出してくるのが解る。考えてみれば、朝から変装させられ、首都では派手に格闘までさせられ、一日の締めがヘリからの狙撃という、どう考えても体に優しい一日とは言いがたい一日だった。
「なんだか、疲れました」俺がそう言うと、隣に座っていたクリス大尉が、俺もだよ、と答える。
「しかも明日はアキの機嫌取りだ。どうにか納得させたけど、めちゃくちゃに不機嫌だったからな。頭が痛いよ」クリス大尉はそう言って横に立っている俺の顔を見上げると、お互いつらいよな、と付け加えた。
「……どうしてアキを同行させなかったのですか」俺は疑問というほどではないにしろ、頭の片隅に引っかかっていた疑問をクリス大尉に投げかける。
「あいつ、無理してるからな。今は」クリス大尉はそう呟くと、腕を首の後ろで組んで、座ったまま背伸びをする。
「ああいう状態で同行させてみろ。下手したら先走って、命に関わるかもしれない」
「ずいぶん、優しいですね」俺がからかうようにそう言うと、クリス大尉は、俺はいつでも優しいよ、とおどけて答えた。
警察車輛にヨハンと、過激派四人が乗せられ、首都に連行されていく光景を、俺とクリス大尉はひっくり返った装甲車に寄りかかったまま眺めていた。ヨハン以外の連中は一言も口を開こうとしなかったが、おそらく、ボストに内通していた諜報部員の連中に間違いはないだろう。とりあえずは首都を守れたというささやかな満足感に、俺は包まれていた。時計を見ると、もう二時を回っている。基地に戻って、それから家に帰ると、おそらく三時か四時になる。また睡眠不足で仕事か、と俺は少しだけ憂鬱になる。
「明日の事、ちゃんと覚えてるか」クリス大尉に不意にそう聞かれて、俺は何のことを言われているのか解らず、はあ、と気の抜けた返事をしていた。
「昨日言ったろ。ブルームで羽根を伸ばそうってさ。明日の仕事が終わったら、翌日は休みだ。とりあえず、明日はそのままみんなでブルームに行く。ホテルも押さえてる。俺とアキとF二五と、あと、お前とリーフの分も。住んでる町のホテルなんて普通は泊まんないだろ。しかも俺のおごりだからな。感謝しろよ」
「それ、幾らかかるんですか」俺がクリス大尉にそう問うと、クリス大尉は、結構かかった、とだけ答えた。
「悪いですから、自分とリーフの分は払いますよ」
「さりげなく、リーフを付け加える所がいいよね」クリス大尉に嬉しそうにそう指摘する。
「リーフはうちの実家で保護してますから。理由はそれだけですよ」俺が苦笑いを浮かべてそう答えると、そうかあ?、とクリス大尉は満面の笑みで言う。
明日は、とりあえず夕方までになんとか仕事を終わらせて、そして、体中の疲れを抜こう。俺は基地に向かうヘリの中で、心地よい揺れとエンジン音に包まれながらそう思う。ふと、隣に座っているクリス大尉を見ると、実に気持ち良さそうに大尉は眠っていた。俺はため息を一つついて、クッションもリクライニングも無い固い背もたれに寄りかかる。俺もクリス大尉に習って、少しでも眠っていた方が良いように思えた。たった三十分程度の眠りだったとしても。
やっと初狙撃シーンが書けました。21万字も書いて(笑)
次の次くらいで首都編は終わりの予定です。
首都編の次は、戦場を書いていこうと思ってます。戦記書いているくせに戦場書くのが苦手な私ですが、これからも宜しくお願いいたします。