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国境の空  作者: SKYWORD
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首都編 24章

 部屋を出て、中庭に止められているヘリまで俺は一人で歩く。ヘリの周りで警戒している警備兵に、作戦のシミュレーションをするので、と簡単に告げると、警備兵達は、どうぞ、と敬礼を交えて答える。俺は、目の前の巨大な鉄の塊を見上げながら、開け放たれたハッチをくぐり、ヘリの内部に入る。血の匂いにも似た、鉄と、機械油の匂いが漂ってくる。


 特殊作戦群の所有する兵員輸送用装甲ヘリには、固定の武装という物が殆どない。せめて自動誘導の機関砲でも積んでいれば俺が狙撃なんかをする必要は無かったのだが、国境での戦闘が続いている現状を考えると、首都の警備に使用するヘリにそこまで望むのは我が儘というものだろう。俺は数年前に研修で乗って以来の無骨な輸送ヘリの搭乗口を眺めながら、内部を確認する。対物ライフルはライフルといっても重量が十キロ以上ある。銃身についた二脚の支えを地面に固定し、射手は腹這いになって目標を狙うというのが基本的な使用法だ。揺れの酷いヘリでこれを扱うなんて事は、狙撃の常識ではまず考えられない。俺はおそらく狙撃の際に開け放たれるハッチの周辺を確認し、銃身の二脚を固定できる場所を探す。どうにか支えになりそうなタラップの窪みを確認し、俺はヘリの格納庫に無造作に置かれていた対物ライフルを実際にそこに固定してみる。思ったより安定感はあるが、実際に飛んでみれば、おそらく機体全体の小刻みな揺れと、回転するローターから巻き起こる強力な風が、狙撃の大きな妨げになることは容易に予測できる。俺は何度も頭の中でシミュレーションを繰り返し、空中でホバリングするヘリからの狙撃を、出来うる限り明確なイメージとして捉えようとしていた。


「クリス参謀も無茶を言うもんだ。お前も大変だな」俺の様子を半ば呆れつつ眺めていた警備兵の一人が、そう呟く。そうですね、と俺が対物ライフルのスコープを覗きながら答えると、その警備兵は人懐っこそうな笑顔で笑いかけてくる。

「俺は操縦を担当する。なるべくなら安全運転と行きたい所だけどな」

「そう願います」俺が真剣な表情でそう答えると、そのパイロットは、期待するなよ、と苦笑いを浮かべて言った。


 対物ライフルに、支給された徹甲弾を装填し、俺は、狙撃に必要な準備を終える。実際に二、三発撃って、感触を確認したかったが、こんな所でこんな代物をぶっ放せる訳も無く、俺は訓練で試射した時の感覚を思い出そうとしていた。こいつを使った時の、肩に走る強力な衝撃を俺は不意に思い出す。負傷している右肩で支えようとすれば、おそらく一、二発が限度だろう。左肩で支えて五、六発と考えると、発砲できる総弾数は六から八発だ。現場の状況にもよるが、心強い数とは思えない。ライフル自体の射程距離は八百から九百はあるが、夜間で、スコープによる目視と言う事を考えると、おそらく最低でも四百メートル前後までは目標に接近する必要があるだろう。しかも相手は高速で移動する装甲車だ。出来れば相手に横付けした上で並走するか、正面でホバリングしてもらった方が有り難いが、相手も当然何らかの兵器で武装しているであろう事を考えると、そう贅沢も言ってはいられない。射程内で、スコープに相手を捉えたら、躊躇無く、タイヤか車軸に照準を合わせて、狙撃するのがベストだ。まかり間違って、機関部に命中させでもしたら、おそらくガソリンに引火して、装甲車ごと吹き飛ばしてしまう可能性もある。俺は久しぶり、かつ、初の実戦での狙撃が、こんな悪条件なものになるとは思っても見なかった。

 

 首都潜入の際に着込んだままの私服姿で、俺はヘリの床に腰を下ろし、ハッチの下ろし戸に寄りかかり、目を閉じる。雑念を少しづつ頭の中から弾き出し、自分の中になんの意識も残らないように、俺は神経を弛緩させる。空白になった意識を、ただ、目的に銃弾を命中させるというただ一点に集中させるための儀式のようなものだった。

「もうすぐ、出発します」ヘリの外の若い警備兵がそう叫ぶ声で、俺は目を開ける。ハッチの向こうに、歩いてくるクリス大尉と、おそらくはヘリ降下部隊の隊員だろう、四人の特殊作戦群隊員が歩いてくるのが見えた。


 俺が立ち上がり、ハッチからヘリの外に出て、クリス大尉と特殊作戦群隊員を出迎えると、クリス大尉は、出来そうか、と短く俺に聞いた。

「状況次第、としか言い様がありません。ただ、全力は尽くします」俺がそう答えると、クリス大尉は真剣な表情を崩さないまま、俺の顔を見る。

「お前が出来ないと判断したら、すぐに言え。その時はスティンガーで目標を潰す。できれば、避けたい所だけどな」クリス大尉はそう言うと、ヘリの中に乗り込み、後ろに続く四人の特殊作戦群隊員を俺に紹介する。

「こいつらは、降下要員だ。お前が教団の暴走車を止めたら、あとはこいつらが降下して、車輛内の過激派を確保する」クリス大尉の言葉に応えるように、四人は俺に視線を向け、よろしく、だとか、頼むよ、といった短い言葉を投げかける。俺は軽く敬礼だけを返し、対物ライフルの最終チェックを開始する。失敗は許されない。僅かな気の緩みが、ここからは命取りになる。俺は緊張感が体の中を静かに満たしていくのを感じる。そのすべてを、俺は集中力という狙撃に最も必要なものに変えていかなければならない。


 ヘリのローターが、少しづつ回転のスピードを上げ、やがて、轟音と突風をあたりにまき散らす。ハッチが閉じられ、外部の様子は、小さな丸窓からしか解らなくなる。ふと、窓をのぞくと、夜の暗闇の中で、ただ満月だけが辺りを青く照らしている。悪条件が重なる中で、せめて月明かりだけでもあるというのは、小さな救いではある。


 ヘリが宙に浮く感覚が体を覆っていく。俺は体に力を入れ、ヘリの床に自分自身を固定する。やがて最大速度で、ヘリは北に進路を変え、動き出した。俺は床に固定された対物ライフルの横に座り、静かに目を閉じる。

「リオが、何度も頭を下げていた」クリス大尉が俺の横に腰掛けて、そう呟いた。

「例え、国に仇をなすような人間でも、家族、だからな。気持ちは解る」そう続けたクリス大尉は、俺の肩に、手を乗せる。

「同じセルーラの国民だ。できれば殺したくない。お前の腕にかかってるんだ」俺が目を開けて、クリス大尉の方を見ると、窓から差し込む淡い月明かりの中で、クリス大尉の真剣なまなざしだけが浮き上がっているように見えた。

「解っています。ここで、失敗するようなら、狙撃手としては失格です」俺がそう答えると、クリス大尉は目だけを細めて微かな微笑みを浮かべる。

「緊張させたか?」

「いえ、大丈夫です」俺のその言葉に、クリス大尉は満足げな笑みだけを返す。


 時計に目を向けると、十二時を十分ほど過ぎていた。クリス大尉の言葉を信じるなら、後二十分ほどで、ヘリは目標と接触する。俺は対物ライフルの安全装置を外し、まだ開かれていないハッチの向こう側に視線を向ける。深呼吸を何度か繰り返し、俺は手のひらに浮かんでいる汗を、シャツで拭う。

 

「目標を視認。ハッチを解放する」思いのほか早く、コックピットからパイロットのくぐもった声がして、俺の目の前のハッチが、上昇していく。目の前に月明かりで照らされた街道と、その周りの荒野が広がる。地上からの高度は、約二十メートルと言った所だろう。ローターから巻き起こる暴風が、俺の髪や、服を激しく波立たせる。俺は、対物ライフルの横に腹這いになり、ライフルのグリップを握り、銃身を支える。やがて、街道の向こうに、車のヘッドライトが浮かび上がった。暗闇の中に浮かんだヘッドライトまでの距離感がまるで掴めない。俺はスコープを覗き込み、その狭い視界にヘッドライトを捉えようとする。ローターの回転音だけが心地よく体に響いていく。揺れはあるが、思ったほどではない。規則的な揺れであれば、引き金を引くタイミングで補正できる。俺は不思議なほど落ち着いている自分自身に驚きを感じる。ローターの回転する轟音でさえ、静かに遠ざかっていくような気がした。スコープの中のヘッドライトが、少しづつ大きさを増していく。


「RPG?」俺は思わず口に出して、そう呟く。スコープの中に拡大された光景には、助手席の窓から男が身を乗り出し、大きな筒のような物を構えている姿が映っていた。

「大尉っ、回避してください。敵は対ヘリミサイルをこちらに向けています」俺がそう叫ぶが早いか、赤い発射光が見えた。推進音を響かせながら、ミサイルが装甲車から発射される。

「回避する。全員何かに掴まれっ」ほぼ同時に、パイロットが大声で叫んだ。俺はライフルを抑え、片方の手で、ハッチの縁を掴む。重力が狂ったのかと思うほどの激しい揺れが俺たちを襲った。


 ヘリは大きく旋回し、装甲車から直進してくるミサイルをぎりぎりのところで回避した。ローターをかすめるように直進したミサイルは、ヘリから十メートルほど外れた所で、閃光を発して炸裂する。俺は咄嗟に目を閉じる。閃光で目が眩めば、その分、反撃が遅れてしまう。


 俺はミサイルの炸裂音が止むと同時に目を開き、旋回行動を続けるヘリの、開け放たれたハッチの向こうの光景を確認する。装甲車は見えない。俺はライフルのグリップを握りしめたまま、装甲車を探す。ライトを消されたのか、それとも、見失っただけなのか。俺の中で焦りだけが膨らんでいく。酷い揺れの中で、俺は必死に目標を探す。

「目標は右前方。ハッチから視認できるかっ」パイロットの声が聞こえる。

「出来ない。もっと近づいてくれ」俺がそう叫び返すと、ヘリが速度を増し、更に旋回する。数秒の時間の後、月明かりに照らされた装甲車の車体がハッチの向こうに浮かび上がる。距離はおそらく四百から五百。俺はスコープを覗き込む。車輛右前輪に照準を合わせようとすると、ヘリの揺れに合わせて、照準が大きく上下する。揺れのリズムを掴む必要がある。集中しろ、と俺は何度も心中で呟く。


 何度かの揺れの後で、目標の右前輪に照準が重なった瞬間。俺は引き金を引いた。


 肩に凄まじい衝撃が走り、通常のライフルよりも何倍も大きな炸裂音がヘリの中に響く。俺の右耳はその音に直撃されて、鼓膜が破れたのかと思うほどの痛みを伴った耳鳴りが頭蓋に響き渡る。スコープの中の敵車輛の前輪が破裂し、車体が大きく傾いていく。やがて、装甲車は砂煙を上げながら横倒しになり、鉄が岩に擦れる嫌な音を立てながら、停止した。

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