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国境の空  作者: SKYWORD
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首都編 21章

 首都から解析施設までの時間は、今のままのスピードでいけば、約二時間といったところだろう。俺は首都とブルームを結ぶ、人気も建物もない、荒涼とした幹線道路に車を走らせる。助手席のF二五も、後部座席のロイとリオも、皆口を閉じたままでいる。追手の姿は今の所は見えない。うまく撒いたと判断してよいのか、それとも、泳がされているだけなのか、判断に迷う所だ。こういう状況下で、武器がナイフと、奪った拳銃一丁だけというのは、心もとないと思う。

「ジョディ、銃の弾はどのくらい残ってますか」俺がそう尋ねると、F二五はハンドバックから拳銃を取り出し、ぎこちない仕草でマガジンを取り出す。

「五発。……心細いですね」F二五はそう答えて俺に困ったような笑顔を向ける。

「解析施設まで、何もなければいいけど」俺がそう言うと、後部座席で窓の外に目を向けたままのロイが、そう願うよ、と呟いた。

「ロイ、あんた、銃とか持ってないのか」

「持ってたら、あんな所を逃げ回る必要はなかったよ。内偵中だったし、まさか、教団があんな連中を飼ってるなんて想像もしなかった」ロイは窓の外の景色から視線を車中に戻して、自嘲気味にそう答えた。多少は落ち着いたようで、その口調には余裕が感じられる。俺が、確かにね、と答えると、ロイは、だろ、と言って、微かに笑う。


 リオは、口を固く結んだまま、相変わらず無言のままだ。時折、風邪でもひいてるのか、小さな咳をする他は、まるでよく出来た人形のように身動き一つしない。背中の中頃まで伸ばした黒髪と、切り揃えられた前髪。どちらかと言えば端正な、綺麗な顔立ちではある。こんな俺と大して年も変わらない、おとなしそうな女があの物騒な教団の教祖様だと思うと、不思議な感じがする。

「基地に着いたら、どうなるんだ?」ロイがそう尋ねると、F二五は物憂げな表情でロイを振り返り、さあ、と答える。

「教団に何が起きていて、どうしてこんなことになったのか、によりますね。公安部にも連絡を取らなければなりませんし。あなた、大丈夫ですか?」

「……内偵中に身分がばれて、教祖に頼まれて逃げてましたって言っても、なかなか信じてもらえそうにはないね」ロイはそう言うと長いため息をつく。

「ごめんなさい」リオが微動だにしないまま、口を開いてそう言うと、ロイが慌てたように首を振る。

「いいんだ。気にすんな。事情が事情だし、しょうがない」ロイのその言葉に、F二五が僅かに反応する。何かに気付いたようにF二五は目を少し細めた。

「事情、というのは一緒に逃げてくれということ以外の事情、ということですか?」F二五のその問いかけに、ロイは、察してくれよと言わんばかりの困惑した表情を向ける。


「話してもらってもかまいません。私は」リオがそう口を開く。そして、何か覚悟を決めたような表情で、リオは後ろを振り返ったF二五の顔をまっすぐに見る。

「私たち、ファルト教団は、政府の転覆を画策していたのです」リオははっきりとそう言った。


 また、物騒な話が始まった、と俺は憂鬱になる。

「リオが、命令していた訳じゃない。教団の中の強硬派の連中がメインで進めていることだ」ロイがリオを庇うようにそう言った。

「その強硬派ってのは、どんな連中なんだ。あんたが止めろって言っても聞かないのか」俺がリオにそう聞くと、リオは首を振る。

「もともと、あの教団で、私の言う事を聞いてくれる人なんていませんでした」哀しそうに、リオはそう答えて、ため息をつく。そして、リオは小さな消え入りそうな声で、さらに言葉を続けていく。

「もともと、私は時折妙な物が見えるくらいで、信じる神もいないし、信仰もありません」

「それがなんで教団を作ったりとか、そんな話になったんだ」

「単に私の能力をお金に換えたかった人たちがいたからです。気付いたら、私は開祖と呼ばれて、祭り上げられていた」リオはそこまで話すと、下唇を噛んで、目を閉じる。

「もちろん、私も悪いのです。嫌なら、逃げれば良かった。いくらでもチャンスはあった。もっと早いうちにそうしていれば、こんな大きな事にはならなかった」途切れ途切れに、リオはそう言った。


「教団内の強硬派のトップはヨハンって奴だ。まだ若いが、教団内ではリオに次ぐ地位にある。俺の見る限りではこいつがガンさ。周りに妙な連中もいる」ロイが口を開いて、俺とF二五を見た。F二五はその言葉をしばらく噛み締めるように考え込んでいたが、やがて顔を上げると俺の顔を凝視する。

「どうしました?」俺がそう尋ねると、F二五は、これはまずいかもしれません、と呟いた。

「なにがまずいんだ?」ロイが俺たちの会話に割り込んでくる。

「公安はどこまでその連中について掴んでいますか?」真剣な表情でF二五はロイに視線を向ける。

「言えない事は解っています。でも、ひょっとしたら、私がそれを聞けば、彼らを止められるかもしれない。信じて、話してもらう訳にはいきませんか?」

「……俺も公安部員だ。命令があれば話す事は出来る。でも、命令なしにこれ以上の情報は渡せない。あんたも諜報部にいるんなら解るだろ」ロイが苦笑いを浮かべてそう答える。

「ロイ、あんたが上司に許可を取ったり、その上司がさらに上の上司に許可を取ったりとか、そんな事をしてる間に、ファルト教団が暴走したらどうする?」俺の言葉を聞いて、ロイは眉間にしわを寄せ、何とも言えない苦み走った表情を浮かべた。

「まずいっていうのは、どういう意味だ?」ロイはしばらくの沈黙の後、F二五にそう尋ねる。

「そのままの意味ですよ。教団の単なる素人がやることならば、たいした実害はない。あなた方公安であれば問題なく抑えられるレベルで済む。でも、そこにいるのが、私が考えている人間達であれば、そうは行かないでしょう。おそらく、本来であればただのカルト教団が騒いでいるだけのことが、大惨事に発展する可能性がある」

「そこまで言うんなら、まず、あんたが考えるその危険な連中ってのが、何なのかを教えてほしい」ロイはそう言って、F二五を険しい目つきで見た。F二五はその視線に臆する事はない。ただ、僅かに逡巡している。教えていいものなのか、そうでないものなのか、それが、どうにも解らないのは、多分、俺も、ロイも、F二五も同じだ。互いが互いを警戒して、提供される不足した情報の中で、やらなければならない事が、まるで見えない。


 俺は幹線道路沿いの小さな空き地に車を止めた。このままではらちがあかない。俺は訝しげな目で俺を見るF二五とロイに視線を向け、口を開いた。

「ロイ、あんたが俺たちを信用しきっていないのも解る。そして、俺たちがあんたを信用しきれない事だってあんたは理解できる筈さ。このままだとらちがあかない。施設に戻っても同じだ。だから、ここで、俺はあんたに情報を提供しようと思う。その上で、あんたが妙な挙動をすれば、この場であんたを撃つ」俺の、撃つ、という言葉にロイは動揺したような表情を浮かべる。

「あんたから話すというのでもいい。あんたの話す内容が信じられるものなら、俺も知っている内容は話すよ」俺がそう続けると、ロイは目を強く閉じて、唇を噛んだ。

「脅しって言う訳か」ロイが不愉快でたまらないといった表情でそう呟いて俺を見る。

「違う。これはお互いの信頼を得るための儀式だ。賭けっていえば賭けだよ。こんな所で腹の探り合いをしている間に、首都に何かがあってしまったら遅いんだ。だらだら時間をかけても、あんたが俺たちを信頼できずに何も情報を提供してくれなければ結局は一緒だ。だったら、俺はここで賭けに出る」俺はそう答えて、銃にマガジンを装填し、撃鉄を起こす。撃鉄がロックされる小さな金属音が静かな車中に響いた。

「カイル、命令違反です。止めてください」F二五が焦った表情で、そう言って俺を見る。演技を続ける事さえ忘れて俺の本名をF二五は呼んでいる。俺はそのF二五の言葉を無視してロイから視線を逸らさずにいる。

「賭け、か」しばらくの沈黙の後、ロイはそう呟いて、俺を見た。

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