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国境の空  作者: SKYWORD
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首都編 13章

 俺とアキは、男達の背面に回り込み、距離を詰める。男達は俺たちの勤務する解析施設を通り過ぎ、レーダーサイト本部に続く細い山道を、時折周辺を見回しながら、用心深く歩いて行く。集落の建物の影、山道沿いの林の中を、男達に見つからないように進みながら、俺は銃とナイフを確認する。アキが俺の顔を見て、小さく頷き、林から山道に飛び出すと、男達に銃を向け、動くな、とよく通る声で叫んだ。

 

 目の前、五十メートルほど先を歩いていた男達は俺たちの方を振り向くと、少しもひるんだ様子を見せず、ホルスターから素早く銃を抜き、俺たちに向かって引き金を引いた。俺はアキを抱いて力の限り体を跳ねさせる。林の中に倒れ込んだ俺たちのすぐ側に、男達が撃った弾が着弾し、太い木のささくれ立った樹皮をはじけさせた。俺が銃を構え、よく敵の位置も解らないまま、大まかの見当をつけて引き金を引くと、それに応じるように銃声がして俺は体を伏せる。アキは足を痛めたようで、立ち上がろうとして姿勢を崩し、また地面に倒れ込む。俺は相手の銃声の方向に発砲しながら、アキの手を掴んで、側に引き寄せる。

「躊躇無く撃ちやがった」俺が唇を噛んでそう呟くと、アキが、ごめんなさい、と呟く。

「気にすんな。こんなところで銃声を響かせていれば、そのうち特殊作戦群が来る。足止めできればそれで……」俺はそこまで話していた口を閉じ、アキを思い切り地面に引きずり倒す。数分前までアキの首があった場所に銀色のナイフの刃がきらめく。男のうちの一人が、アキの背後に回っていた。俺は銃を男に向けるが、男のナイフは俺の銃を跳ね上げ、まっすぐに俺の首をめがけて向かってくる。俺は上半身を後ろに反らせ、咄嗟に銃を捨てると胸の鞘からナイフを抜き、かろうじてその一撃をナイフで受け止める。俺は力任せに押し付けられる男のナイフを必死で支えつつ、ナイフ同士が力任せにこすれ合う不快な音を聞く。もう一人はどこだ。俺の背中に汗が流れて行く。顔にも、首筋にも。月明かりで照らされた男は目を血走らせ、食いしばっている歯を、半開きの唇から覗かせながら、低くうなり声を上げている。獣のような表情だった。


 地面に引きずり倒された時に、アキは頭を少し打ったのだろう、朦朧とした表情で半身を起こし、俺と男がもみ合っている様子を眼前に見て我に返ったのか、目に鋭い光を宿らせ、銃を構え、引き金を引いた。銃声が響き、俺のナイフに押さえつけられていた圧力がふっと軽くなる。ほぼ同時に男の頭から飛び散った血液と、肉片が俺の頬を濡らしていく。俺はそれをナイフを握ったままの手の甲で拭うと、銃を拾い、辺りを見回す。アキはまだ頭痛がするのか、木に寄りかかりつつも、銃を構え、俺と同じく辺りを見回している。

 

 しばらくの静寂があり、それは唐突に鋭い銃声で破られた。俺の頭上わずか数センチで、背中を預けていた木の樹皮が弾ける。俺は身を屈め、銃声のした方向に一発、発砲する。応射は無く、恐ろしいばかりの夜の静寂と、胃の底から絞り出されるような緊張感が、体中に染み込んで行く。不意にアキが、カイル、と叫び、山道の一点を指差す。指差された方向を見ると、男が走って離れて行く姿が見えた。逃がす訳には行かない。俺はアキに、ここで待ってろ、と叫び、男の後を追って、山道を走る。

 

 俺と男の間の距離は、約百メートル。狙撃手として、距離を目測するのには慣れている。俺の方が若干ではあるが足が速い。徐々にではあるが、男の背中が近づいてくる。俺は男との距離が五十メートル前後まで近づいた段階で走りながら銃を構え、忙しく揺れる照準を男の背中に合わせ、引き金を引く。男の体が波打つように跳ね、地面に倒れた。

 

 背中を撃たれ地面に倒れながらも、男は俺の方に向き直り、なんとか上半身だけを起こし、走り寄る俺に向けて発砲する。俺の右肩に熱い衝撃が走り、俺は体のバランスを大きく崩す。なんとか倒れずに済んだことを幸運に思うべきなのだろう。俺はさらに発砲しようとする男よりほんの一瞬だけ早く銃を構え、男に銃弾を撃ち込んだ。男の右胸に一発、そして頭に一発。男は大きく何かに弾かれたようにのけ反り、地面に倒れた。

 

 俺は荒い息をつきながら、男の側まで近づく。夜の闇の中で、赤というよりも真っ黒に見える血液が男の頭から放射状に飛び散り、その所々に白い脳片が散乱していた。血の匂いが辺り一面に広がっていく。俺は不意に抗えないほどの強い吐き気に襲われ、山道に膝をついてかがみ込むと、胃の内容物を吐き出す。何かに絞り出されるように何度も。苦い胃液が下唇から喉を伝って地面に落ちる。咳き込みながら、何度も俺は立ち上がろうとし、その度に何度も倒れた。興奮で痛みを忘れていた右肩の傷までが鈍く痛みだす。なんとか吐き気を抑え、立ち上がった俺はアキの元まで走る。山道を駆け抜けながら、俺はアキが無事でいてくれることを強く祈る。

 

 しばらく走ると、山道の道沿いに置かれた小さな敷石にアキが腰掛け、頭を抑えているのが見えた。走り寄る俺を確認したアキは、安心したようにため息をつき、そして、糸の切れた人形のように倒れる。俺はアキに駆け寄り、抱き起こす。

「アキ」俺が必死でそう呼びかけると、アキは目を微かに開き、少し目眩がしただけ、と呟く。頭から出血はしていないようだったが、軽い脳震盪を起こしていたのだろう。アキは何度か小さく頭を振り、俺の手を借りながら立ち上がろうとする。

「無理すんな。楽にしてろ」俺がそう言って、立ち上がろうとするアキを制すると、アキはためらいながらも俺の腕に上半身を預け、小さくため息をついた。

「……あの男は?」

「逃がしては、いない」俺はそう呟く。軍人としては情けない事なのかもしれない。俺はこの期に及んでも、死んだ、とか、殺した、とか、始末した、だとか、そんな言葉を使いたくなかった。

「そう」アキは手に握った銃を、焦点のおぼつかない目で眺めながらそう答える。


 山道を駆けるブーツの足音が聞こえる。一人ではない複数の足音が。俺は咄嗟に銃を握りしめ、音の方向に向き直る。敵では、ない。俺は安堵のため息をつく。部下を幾人か引き連れた、ガルフ隊長の姿が見える。俺は酷く痛みだした右肩を庇いながら、アキを支え、立ち上がる。俺たちの側まで駆け寄ったガルフ隊長は険しい表情で、なにがあった、と叫ぶ。

「ボストの侵入部隊残党と思われる二人組を発見し、追跡、警告したところ、戦闘になりました。一名はそこの林で、もう一名はこの先の山道で、射殺しました」俺が途切れ途切れに息をつきながらそう答えると、ガルフ隊長は背後に並ぶ部下達に遺体の回収を指示し、俺とアキに、まあ座れ、と静かに言う。


「怪我をしているのか」ガルフ隊長の言葉に俺は、大丈夫です、と呟く。肩の傷は盲管銃創でも、貫通銃創でも無かった。かすり傷というには少々深い傷ではあったが、軍務に支障はないだろう。むしろ、頭を強く打ったであろうアキの方が、俺は心配だった。

「アキ、大丈夫か」俺が、俺の左肩に寄りかかるようにしてかろうじて立っているアキにそう聞くと、アキは、大丈夫、と小さく呟く。

「……お前ら、実戦は初めて、だよな」ガルフ隊長がそう口にする。俺は下唇を強く噛み、頷く。

「特殊部隊相手に、よく無事でいられたもんだ。訓練の成果、だな。クリスがまともに部下に訓練をつけるようには思えんが、お前らはたいしたもんだ」半ば呆れたような口調でガルフ隊長はそう漏らす。


その後、特殊作戦群の隊員達に半ば抱えられるようにして俺たちは救護班のテントに運ばれた。俺たちが運び込まれて数分後に、血相を抱えてテントに飛び込んできたクリス少尉は、ベッドの横に置かれた丸椅子に座り込み、苦しそうな吐息を漏らしながら横たわるアキの顔を心配そうに眺めた後、俺の方を向いて、怪我は浅いのか、と労るように言った。俺は椅子から立ち上がり、申し訳ありません、と小さな声で呟いて、頭を下げる。生き残ったとはいえ、そして、敵を倒した、とはいえ、俺の心は晴れなかった。もし、あの男達を見つけてすぐに無線室まで走り、特殊作戦群に一報を入れていたら、こんな怪我など負わずに済んだかもしれなかった。あの男二人も、俺とアキみたいな若造ではなく、屈強な特殊作戦群の兵士が追ってきていたのなら、あっけなく投降していたかも知れなかった。


「謝るようなことは、してないだろう」クリス少尉が俺を幾分かの優しさがこもった目で眺めながらそう言った。

「……アキに怪我をさせました。俺が地面に引き倒した時に」

「そうしてくれなかったら、私は、死んでいた」いつ目を覚ましたのか、アキがそう呟く。

「でも」そこから続けようとした俺の言葉を遮るようにクリス少尉が、もういい、と静かに言った。

「お前らは、よくやった、と俺は思う」クリス少尉は怪我をしていない方の俺の肩を軽く叩きながらそう続けた。

「カイル、そして、アキもだが、こうしていればよかったと思う事があるのなら、次に活かせ。本当のベスト、なんてものは誰にもわからない。その時々で、自分が信じるベストを尽くすしかないんだ。あとは、結果で判断するしかない。出た結果に納得できないのなら、それを次に活かすようにしろ」


普段は聞く事の無い、真剣なそれでいて優しさの入り交じった口調でクリス少尉がそう話すのを、俺もアキも黙って聞いていた。ベスト、俺は小さくそう呟いてみる。自分が、出た結果に納得できないのなら、次に、それを活かせ、と言う言葉。鈍く痛む肩を抑えながら、俺は頭の中で何度もその言葉を繰り返していた。

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