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国境の空  作者: SKYWORD
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首都編 9章

 レーダーサイト施設入り口に車を止め、俺は眠気の覚めない体を持て余しながら二階奥の勤務部屋に向かう。部屋のドアにはおそらくクリス少尉が書いたのだろう、乱暴に「参謀府情報局第二調査部別室」と書きなぐられた紙が貼付けてあった。

「おはようございます」俺がそう言いながらドアを開けると、部屋の中ではクリス少尉が大量の書類を机の上に盛大に散らかした状態で、頭を抱えている。クリス少尉は物憂げに俺を見ると、おはよう、と言って、また書類に視線を落とす。

「また、すごいですね。何かの資料ですか」俺の言葉を聞くと、クリス少尉は大きなため息をつく。

「お前らが周辺の調査をやってる間、俺はこの無線傍受のデータやら、各地からあがってくる不審人物のチェックをやらされることになってさ。正直、つらいな。書類はいやだってあれほど言ったのにな」恨めしそうに書類の束を机に放り投げるとクリス少尉は投げやりな口調でそう言った。

「大事な仕事じゃないですか」俺が慰めるようにそう言うと、そうなんだけどさ、とクリス少尉が呟く。

「アキに怒られますよ。愚痴をこぼすと」クリス少尉は俺のその言葉に頷く。

「確かにそうだよなあ。あいつ固いからな」そう言って立ち上がったクリス少尉は、俺の机の上を指差す。なんだろうと思い、俺が机を見ると、そこにはセルーラ陸軍制式狙撃銃のセットがあった。

「諜報部の姉ちゃんが持ってきてたぞ」そういいながら、興味を引かれたのか、クリス少尉は俺の机の上の狙撃銃を手に取り、すげえなあ、などといいながら観察し始める。おもちゃを見つけた子供のようだ。俺が半ばあきれながらその様子をしばらく眺めていると、アキがドアを開け、部屋に入ってくる。おはようございます、と短く静かにいいながら、アキが自分の椅子に座ると、クリス少尉は狙撃銃を俺の机の上に戻して、じゃあ、ミーティング開始しようか、と俺たちに告げた。


「まず、なにか報告があれば、どうぞ」アキがそう言って、ホワイトボードの前に立つ。俺は昨日の晩、ボストのあの男に接触を受けた事を報告しなければならない。俺は立ち上がって、クリス少尉の顔を見る。

「クリス少尉、昨日夜半、ボスト外務省の例の男からの接触がありました」クリス少尉の顔に、多少の驚きの混ざった真剣な表情が浮かぶ。俺の目を鋭く見据えると、クリス少尉は、続けろ、と短く言った。

「男の伝えてきた情報は三点です。まず、彼らの目的がボストの現大統領ロシュビッチ政権の転覆にあること。そして、彼らの目的に対してセルーラの諜報部が支援をしている事。三点目が、我々参謀府と諜報部で連携して彼らの行動を支援してほしいという点です」俺はそこまでいい終えると、一息ついて、クリス少尉の顔を見る。クリス少尉は、時計に目をやり、ミーティングを今日は延長しよう、と言う。俺はアキからホワイトボード用のマーカーを受け取ると、昨日、ボストの男から聞いた話を出来るだけ簡潔にアキとクリス少尉に説明していく。


 三十分ほどで説明が終わり、俺がホワイトボードから離れて椅子に戻ると、クリス少尉は俺とアキに向き直って、どう思う、と聞いた。

「まず、レーダーサイト防衛については今の特殊作戦群の配置で十分だと、言いたかったのでしょう」アキがそう言って、俺を見る。俺がアキに頷くと、続けて冷静な声で見解を述べていく。

「諜報部との関わりについては、F二五に直接確認の上、ケビン大佐のご判断を仰ぐのがベストかと」アキの言葉にクリス少尉は小さく頷く。

「少尉は、どうご判断されますか」俺がそう聞くと、クリス少尉は固い表情を崩して、薄い笑みを浮かべる。

「どうもこうも無いな。とりあえずは諜報部の姉ちゃんをつれてきて、お前が持ってきたボストの男の名刺を見せる。その反応と返答の情報を加味した上で、ケビン大佐に報告を上げて、指示を待つってところだな。それにしてもグスタフ・ラザフォードさん、とはね。カイル、お前、以前俺がボストの身分制度について説明してやったのを覚えているか」俺はクリス少尉がホワイトボードに書いてくれた不格好な説明図を思い出す。

「覚えています」俺がそう応えると、クリス少尉は俺が渡したボストの男の名刺をひらひらと弄びながら、机の上にその名刺を放り投げた。

「ラザフォード家ってのはボストの中でも名家だよ。前にケビン大佐に連邦各国の官僚人名録みたいなやつをもらったんだけど、その本に結構な数のラザフォード家の名前があった。ボストの行政官僚職に何人もの幹部を送り込んでたと思う。偽名ではなく、本当にラザフォード家の人間だったとしたら、現政権の転覆を狙っているという話にかなりの信憑性が加わるよ」クリス少尉のその言葉に、俺は無言で頷く。確かに名家と言われてみれば、あの男にはどことなく気品があったような気もする。

「まあいいさ。F二五がもう外に待機していると思う。カイル、お前呼んできてくれないか」その言葉に俺は、わかりました、と答え、部屋を出た。


F二五は施設入り口のドアに寄りかかるようにして立ち、腕を組んで目を閉じている。何かを考え込んでいるようでもあり、単に眠っているだけのようにも見える。

「F二五さん」俺がそう呼びかけると、ゆっくりと目が開いて、F二五は寄りかかっていた姿勢を正した。始めますか、とF二五が言い、その言葉に俺は首を振る。

「何かあるのですか」そう尋ねるF二五に俺は、グスタフ・ラザフォードと言う男をご存知ですか、と問いかける。一瞬、F二五の表情が曇って、やがて、幾分かの鋭さが宿った目が俺に向けられる。

「クリス少尉が呼んでいます。ご同行していただけますね」俺がそう聞くと、F二五は無言で頷いた。


「あなた方のいる情報局第二調査部と、私たちがいる諜報部対外工作班。その二つに連携してほしいというのがグスタフの本意です」クリス少尉の前に立ったF二五がそう口火を切る。クリス少尉は、わからないな、と呟いて、F二五の顔をまっすぐに見る。

「諜報部内にスパイがいるかもしれないから上層部同士で話せなかった、というのは、まあ、解る。でも、あんたから俺になら問題なかったはずだ。なぜグスタフを経由してカイルに接触させたんだ。あんたらの動きはいまいち理解できない」

「彼らの反政府運動組織にあたらしいセクション、つまりあなた方を絡ませるには、彼らの了承を得る必要がありました。もっとも、彼が返答の相手を私ではなくなぜカイル伍長にしたのかは、正直、私も解りません」表情に多少の困惑の色を浮かべて、F二五はそう答える。クリス少尉、アキ、F二五の視線が一斉に俺に向けられる。

「俺もわかりませんよ。サンドシティの時もそうでしたけど」俺は半ば焦りながらそう答える。グスタフがわざわざ俺のところに来る理由が解るのなら、俺も知りたいと思う。

「まあ、そうだよな。お前が何かの機密を握っている訳でもないだろうし」クリス少尉は困惑している俺の様子を眺めながらそう言って、ため息まじりの笑みを浮かべる。

「F二五、俺がケビン大佐にこの件を上げるとして、あんたらは俺たちに何を望むんだ。ボストに対する支援は既に諜報部がやってるんだろ。俺たちに何をしてほしいのか、明確にしてほしい」クリス少尉は立ったままのF二五に、空いている椅子に座るよう促す。F二五は近くの机の椅子を引き出すと、そこに腰掛け、俺とアキの顔を見て、それからクリス少尉に視線を移す。


「我々、対外工作班はもともとボスト現政権の転覆などを画策していたわけではありません。適度にボスト内の反政府組織に資金を与えて存続させておき、時として軍事的な衝突が起こりうるボスト軍部の監視をさせるのがそもそもの目的でした」

「スパイとして、というわけか」クリス少尉の言葉にF二五は頷く。

「もともと、セルーラは軍事的には強固ではありません。常に周辺の国に情報網を構築しておかなければ、不意を突かれる。ジョシュア侵攻の時のように」F二五が淡々と話す中、俺はアキの顔を見る。ジョシュア侵攻、アキの家族が犠牲になった国境紛争。アキの表情は硬いままだ。情報の不足が、不意を突かれる元になり、軍の脆弱なセルーラにとってはそれが大惨事の引き金になる。F二五の言う通りだ。

「彼、グスタフはボストにいくつか散在していた反政府組織を取りまとめた男です。それぞれが階級種別や、居住区ごとに独立していた各組織が、彼の統率のもと、初めて統合された動きをとれるようになりました。我々とのパイプも出来、ボスト軍部の動きがかなり明確に押さえられるようになった」

「それが、ここ数年間の平和につながっていると、言いたい訳か」クリス少尉の言葉にF二五は頷く。

「我々の動きだけで、という訳ではありません。ただ、我々が入手した情報を効果的に利用し、軍の国境配備を重点的に強化したことで、均衡状態に幾分かの貢献はできた、と我々は考えています」

「で、均衡状態を崩す要素、油田採掘の話が出た、と」

「そうです。ボストはこの話に飛びつき、最初は軍ではなく、政治で解決しようとした。連邦本部委員会への働きかけという形で」

「それがエイジアの手によって妨げられて、軍の出番、ってわけか」

「はい。軍の動きが活発化したのはここ半年間からです。もっとも、セルーラとの国境地帯ではなく、ボストの動きが活発化しているのはエイジアとの国境地帯ですが」

「トライアングルエリア、か」F二五はクリス少尉のその言葉に微かに頷くと、さらに続ける。

「陸上部隊で一気に国境の警備部隊を殲滅し、橋頭堡を築いてしまう、というのが彼らの基本戦略です。その上で邪魔になるのが、エイジア、セルーラ双方の空軍部隊です。ボストは空軍力が劣っている。いくら精強な陸上部隊を編制したところで、空から攻められてはどうにもならない。そこで、彼らは空軍の目となるレーダーサイトの機能停止を画策した。その過程で生まれた技術を握っていたのがラシュディです。」

「ラシュディさんの亡命にもグスタフは絡んでるのか」クリス少尉が鋭い眼差しをF二五に向ける。暗に諜報部のお前たちも絡んでいるのか、と聞いているのだろう。F二五もそこには気づいているようで、小さく首を振り、クリス少尉に自嘲するような笑みを向けた。

「いや、絡んではいないですね。あの件は完全に我々の監視外で行われたものです。お恥ずかしい限りですが」

「そうか」安心したかのようにクリス少尉がそう言ってため息をつく。

「我々が参謀府、つまりあなた方のセクションとの連携を検討し始めたのは、ボストの軍事行動について大きな兆候、つまりセルーラ国内への極秘侵入の形跡が見られたからです。図らずも、グスタフからその情報がもたらされ、我々は参謀府にそれを伝える手段を検討し、そして、」そこから続くF二五の言葉を遮るようにクリス少尉が口を開く。

「俺と、カイルに白羽の矢が立ったと」F二五は、その言葉に、そうです、と短い返答をする。


「俺たちと、あんたたち。共同して動けば、軍事行動、諜報活動、そして、ボスト国内の反政府活動を連動させていける。それが狙いか」しばらく無言で考え込んでいたクリス少尉が机に落としていた視線をF二五に向けそう口を開くと、F二五は同意の頷きを返した。

「我々はボストの好戦的政権の転覆までは画策していませんでした。ただ、事ここに至れば、後顧の憂いを断つべきであると我々は考えます。仮に紛争が起これば、国境地帯にボストの軍部は釘付けになります。その隙をついて、グスタフ達が後方のボスト中枢部を制圧し、セルーラ、エイジア、グスタフ一派が共同すれば、セルーラに対する軍事的脅威の殆どを占めていたボストのロシュビッチ政権を打倒できます。長年、脅威にさらされ続けた我が国の国益にかなう事です」幾分興奮しながらF二五がそう言うと、クリス少尉が何かを決心したような表情で立ち上がる。


「俺は今日は参謀府に行く。ケビン大佐はおそらくこの話に乗るだろうと思う。ただ確約はできない。それでいいな」クリス少尉の言葉にF二五は笑顔で頷く。

「カイル、アキ、今日は昨日と同じく調査活動を続けてくれ。F二五、追って返答は連絡するが、できればあんたのボスとケビン大佐の面会をセッティングするよう手配してほしい。急いだ方がよさそうだからな」クリス少尉はそう指示をすると慌ただしく外出の準備を始める。俺たちもそれに引きずられるように慌ただしく今日の調査準備を始める。F二五はそんな俺たちの様子を冷静に眺めていた。


「銃、見ましたか」数十分後、昨日と同じ山間を俺とF二五が歩いていると、不意にF二五がそう言った。

「はい。ありがとうございました」俺がそう答えると、F二五は、気にしなくて結構です、と言って歩調を速める。

「……できれば、撃ちたくはない、と思うのは臆病な事でしょうか」俺が多少ためらいつつもそう口にすると、F二五は足を止めて、俺を振り返る。そして、しばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。

「好き好んで人殺しを熱望するような人間は、ただの人殺しです。軍人は個人の遺恨などで刃をふるってはならない。我々は国民を守るために、国民によってふるわれる刃でなければならない。セルーラの刃たれ、と教えられたはずですよ。我々は」優しい、静かな口調でF二五は俺にそう諭した。

「セルーラの刃たれ、か。懐かしいですね。入隊の時に聞かされました」俺は入隊式の時に緊張しながら読み上げた誓約書の一文を思い出す。そこには確かに、セルーラの刃たれ、という言葉があった。

「刃をふるう時に、ためらってはいけない。ただ、個人のためにそれをふるってはならない。そう言う事です。私だって、無益な人殺しなどしたくはない」F二五が俺をまっすぐに見ながらそう続け、そして、最後に一言だけ、この戦争が最後になることを願っています、と付け加える。


「俺も、そう願います」そう答えた俺に、F二五は優しい、静かな眼差しのままで、微かに頷いた。

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