表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国境の空  作者: SKYWORD
19/96

国境編 19章

 俺はアキとの食事を終えた後、ラシュディさんの部屋に向かう。部屋に入ると、三人は食事を終え、穏やかに談笑していた。俺は、空になったトレイを下げながら、三人を見る。ディルがラシュディさんの膝の上でいろいろなことを話しかけ、向かいに座ったリーフがその様子を笑みを浮かべながら眺めている。俺はその様子が楽しげであればあるほど、三人の姿を直視できない。エイジアとセルーラで別れてしまえば、そう頻繁に会う事は出来なくなる。ボストと交戦状態に入るような事になればなおさらだ。ディルやリーフがボストから直接狙われることは無いだろうが、ラシュディさんは違う。おそらく、身の安全のためにも事態が収拾するまではエイジアの厳重な軍管理下に置かれるだろう。こんな風に三人でいられる時間はそう長くない。

「いつも二人がお世話になっているそうだね。ありがとう」ラシュディさんの声が聞こえて、俺は無理に笑顔を作る。

「いえ。そんな……」振り返ってそう答えた俺に、ラシュディさんは穏やかな笑みを返す。

「リーフもディルも、わがままを言ってないかい?」申し訳なさそうにそう尋ねるラシュディさんに、

「そんなことは無いです。俺も楽しませてもらっていますから気にしないで下さい」と、俺はリーフとディルを見ながら答える。


 俺がトレイを下げ終わった頃、アキが熱いお茶を三人分用意して、部屋に入ってくる。アキは、穏やかな表情で三人に挨拶をすると、テーブルにそれを並べていく。

「お茶、飲み終わったら、言って下さい。下げに来ます」アキはそう挨拶して、部屋を出て行き、俺もその後に続く。閉めたドアの向こうの楽しげな三人の声が、何故か、耳の底に残る。


 共有スペースに戻ると、アキが椅子に腰掛けたまま、何かを考え込むような仕草でお茶を啜っていた。俺がアキの向かいの椅子に腰掛けると、アキは席を立って、俺の分のお茶を煎れて戻ってくる。

「悪い」俺はそう礼を言って、お茶を飲む。アキは横に立ったまましばらく俺を眺めていたが、やがて元の椅子に腰掛けると俺の顔を直視して、口を開く。

「何かあった?」俺はその言葉に答える事が出来ず、アキの厳しいけれど、なにか、優しさが感じられる視線から目をそらす。

「あのさ、一人って、やっぱり、つらいよな」答えに迷った挙げ句、俺は見当違いな言葉を口にする。アキはお茶のカップを静かにテーブルに置くと、

「……生きてさえいれば、また会える」と、ラシュディさんの部屋の方向に視線を向けて答えた。やはり、もう勘付いているのかもしれない。

「生きてさえ、いれば」俺はそう呟いて、天井を見る。蛍光灯の明かりがやけに眩しく感じられて、目を細める。

「そう」アキはテーブルの上のカップに視線を落として、そう呟く。


 食事の時間が終わり、俺はラシュディさんの部屋に向かうと、リーフとディルにその旨を伝える。名残惜しげにラシュディさんの部屋を後にする二人の後ろ姿は、例え民族が違っても、本当の姉弟の様に見えた。

「あ、ちょっと待っててくれるか」俺は二人の部屋のドアを閉める寸前に、土産の事を思い出す。共有スペースまで小走りに歩き、紙袋を抱えて戻ると、リーフとディルが嬉しそうに俺に寄ってくる。

「まず、これはアキから。お菓子だってさ」俺はまず一番大きな紙袋をテーブルの上に置く。ディルが中を覗いて、驚きの表情を浮かべて、すごい、と呟く。

「いいの?こんなに沢山もらって」嬉しさと驚きが混ざったような表情でリーフもそう言った。確かに俺もいま初めて中を見たが、まさかこの中にこれほどの量とバリーションがあろうとは思わなかった。やけに重いなあとは思ってはいたが。しかも包装を見るに、どうも、手作りのようだ。バードもずいぶん奮発してくれたものだ。ひょっとしたらアキが半ば強奪したのかも知れないが。

「いいよ。これ、アキの知り合いの店のお菓子なんだ。結構、美味しいと思うよ」俺は、サンドシティのレストランで、結構なレベルの料理なのに、アキにそれを酷評されて気を落としていたバードを思い浮かべる。料理があのレベルなら、お菓子もきっと美味しいはずだろうと思う。でなければ、アキも持っていけとは言わないだろう。

「で、これがディルの分」俺はディルにスケッチブックと色鉛筆のセットが入った紙袋を渡す。ディルは両手でそれを頭の上に掲げると、大きな声でありがとう、と言って、早速テーブルの上にスケッチブックと色鉛筆を広げる。楽しげなその姿を見て、俺は思わず笑みを浮かべる。

「ごめんなさい、気を使わせて」リーフが俺の横で、申し訳なさそうに俯いてそう言った。俺は俯いているリーフの頭に、リーフから見えないように、そっと、買ってきたカチューシャを着けてやる。

「これはリーフの分」その言葉を聞いても、リーフは一瞬、何が起きたのかよくわからないようだった。拘留部屋には鏡が無い。俺は、ガラス窓の方にリーフを向き直させる。リーフは、放心したような表情でしばらく窓に映った自分の姿を眺めていたが、

「似合ってるぞ」と俺が言うと、慌てて、恥ずかしそうに目を伏せて、床に向かって目を泳がせる。

「姉ちゃん、似合うよ」ディルがそう言いながらリーフの側まで寄ってくる。


 俺が、おやすみ、と言って、部屋を出ようとすると、リーフがちょっと待って、と言って、なぜか俺と一緒に部屋の外に出てドアを閉める。

「どうした?」俺がそう聞くと、リーフは何かを逡巡するかのように目を泳がせていたが、やがて、上目遣いに俺を見ると、

「あ、あの、お礼……言ってなかったから。ありがとう。嬉しかった」と言葉を区切りながら、言う。リーフのそんな態度を見ている内に、何故だか俺まで気恥ずかしくなる。

「い、いや、気にすんな。そんな高いもんじゃないし。気に入ってくれたなら、良かったよ」俺がそう言うと、リーフは俯くのを止めて、俺を見上げる。至近距離で改めて良く見ると、俺が買ってきたカチューシャはリーフに本当に良く似合っていた。同じカエタナでも、俺とリーフは少し瞳の色が違う。多分、リーフの片親がカエタナでは無かった所為だと思うのだが、リーフの瞳の色は俺の灰色とは違って、青に近い灰色をしている。その青みがかった灰色が、カチューシャの少しくすんだ青色と殆ど同じ色で、その所為もあるのだろうが、何か色彩的にも、リーフのために作ったといっても信じてしまいそうなくらいに、それは似合っていた。


「じゃあ、また明日な」俺がそう言うと、リーフは笑顔を浮かべて、

「また明日。今日はありがとう」と言って、部屋に戻っていく。ドアが閉まるのを確認して、俺は施錠をし、共有スペースに戻る。共有スペースまでの短い廊下を歩きながら、俺は何故か、アキの言葉を思い出す。生きてさえいれば、とアキは言っていた。生きてさえいれば、またいつか、リーフとディルが、今日みたいに笑って過ごせる日が来ると俺は信じたかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ