国境編 15章
駐屯地から、一番近い村を、俺たちはサンドシティと呼んでいる。サンドシティは、五年前までは、ボストの侵攻で壊滅したジョシュアの端の一区画だった。住民の七十%が死亡、行方不明という壊滅的打撃を、復興という形で回復する余裕はセルーラにはなかった。攻撃を逃れたわずかな区画だけが、小さな村として、改めて行政区画に組み入れられ、ジョシュアは半ば捨てられた廃墟の町になった。セルーラでは、ジョシュアを呼ぶときに、廃都という頭文字を付ける。廃都ジョシュア。その名の通りの巨大な廃墟だ。
俺は、駐屯地から朝と夕方にだけ運行されるシャトルバスで、サンドシティに向かっている。俺たちの部隊の兵士が、休日に外出する所と言えば、大体がこの村だ。酒を飲むにしても、なにか物を買うにしても、軍の購買を除けば、この村くらいしか需要を満たしてくれる場所がないからだ。サンドシティでは、青果や雑貨物などを販売しているバザールが、村の中央にある大きな広場で、ほぼ毎日開かれている。元々は長い歴史を持つ町、ジョシュアの一部だった事もあって、サンドシティには、石造りの古い建物が並んでいて、小さな細い路地裏の道路にも、奇麗に切りそろえられた四角い敷石が敷き詰められている。俺は、そんなサンドシティの町並みや、景色が嫌いではなかった。なんとなく、俺の故郷に似ていたからだ。
シャトルバスの停留所はサンドシティの中央広場にある。俺はバスから降りると、目の前に広がる二十店舗ほどの屋台を眺める。今日は俺のように外出してきている兵士や、買い物に来ている住民が少ないようだった。俺が屋台と屋台の間の細い道を歩いていくと、涼しげな風が時折吹き抜けていく。
「お兄さん。今日はいろいろ入荷してるよ」そう声をかけられて、俺は一つの屋台の前に足を止めた。俺に声をかけてきたのは、カエタナの若い女で、リーフのように奇麗ではなかったが、笑顔が印象的な、感じの良い店員だった。その屋台はかなり大掛かりなもので、このバザールの中でも突出している。俺は色々な宝飾品や、衣服、雑貨、青果から菓子といったその屋台の豊富と言えば豊富、節操がないといえば節操がない品揃えを眺める。
「何屋なんだ。ここ?」俺がそう聞くと、店員の女は胸を張って、何でも屋だ。と答える。確かにそれ以外にこの品揃えを形容する言葉は無い。
「で、お兄さんは今日は何を探してるの?」
「とくに、何を探してるってわけでもないんだけどな。まあ、なんかいい物があればなあって感じだな」俺がリーフが喜びそうな宝飾品や、ディルが喜びそうなおもちゃの類いに目を向けているのを観察しながら、店員はなんだか困ったような表情を浮かべている。
「言ってくれれば、それなりに探せるよ。他の屋台にも顔は利くしさ。思いついたら声かけてね」そう言い残すと、店員は、他の客を捜しに行くのだろうか、大通りの方に走っていく。元気がいい娘だな、と俺は思う。
店員のいなくなった静かな屋台の中で、品揃えを一通り確認して、リーフには小さな宝石が付いた青いカチューシャを、ディルには色鉛筆のセットとスケッチブックを選ぶ。
「どこにいったんだ。あいつ」俺は思わずそう呟く。店員は大通りに行ったままなかなか戻ってこない。
「しばらく戻ってこないかもね。あの娘は」となりの屋台のおばさんが、商品を抱えたまま辺りを見回している俺を見かねて、くすくすと笑いながらそう声をかけてくる。
「……まあ、いいか」俺は屋台の前に置かれた小さな丸椅子に腰掛ける。おばさんは、暇をもて余しているようで、俺に小さな器を渡すと、そこに冷たいお茶をいれてくれた。
「ゆっくりしていきなさい。あなた、兵隊さん?」おばさんは太った体を重そうに揺すりながら、俺の前に折り畳み式の椅子を開いて、腰掛ける。
「はい」俺がそう答えると、おばさんは俺の顔を覗き込む。
「あなた、どこの出身なの?」
「ブルームって知ってますか?首都からずっと南にある小さな村なんですけど」
「また、遠い所から来たのねえ。ここはどう?気に入った?」
「休日には良く来ます。結構、好きです」俺はおばさんのいれてくれたお茶を口に含む。いい味だ。口の中にさわやかな香りが広がっていく気がする。
「気に入ってくれたならよかったわ。ジョシュアがあんな事になる前はもっと奇麗だったのよ」おばさんは俺から目をそらして、遠くに見える廃墟に目を向ける。寂しげな影が少しだけ、おばさんの顔をよぎったような気がした。
おばさんと、いろいろ他愛も無い世間話をしていると、客を捕まえられなかったのか、残念そうな表情をうかべたまま、店員が戻ってきた。おばさんが、立ち上がって店員さんの頭を軽くはたく。
「だめじゃないの。この兵隊さん、ずっと待ってたのよ」
「ごめんなさい。つい、遠くまでいっちゃって」店員は、大きな声でそう言いながら大げさに頭を下げる。
「いいよ。お茶もごちそうになったし、いい物も見つかった。勘定、してくれるか?」俺がそう言うと、店員は、ありがとうございます。と大きな声で言い、笑顔に戻った。リーフもそうだが、カエタナの女の子は笑顔が似合うと、改めて思う。
待たせたお詫びなのか、俺が渡したそれらの商品を大きな紙袋に放り込みながら、店員はかなりの値引きをしてくれた。首都のちゃんとした店で買うより、三割から四割は安い。俺が礼を言って、立ち去ろうとすると、なんだか楽しそうな笑顔を浮かべて店員が、食事はとったのか、と聞いてくる。
「取ってない。何かいい店があったら教えてくれよ」
「うちの兄貴がレストランをしてるんだ。もし良かったら行ってみてよ。まあ、腕はいいから」店員は、小さな紙片に地図を書き付けて、押し付けるように俺に渡す。
「ありがとう。行ってみるよ」今日は、夕方まで特に予定もない。俺はその店で昼食をとる事にし、屋台を後にする。
そのレストランは、村と、廃墟のちょうど境目にあって、古ぼけてはいたが、清掃の行き届いた感じの良い建物にあった。俺がドアを開けると、驚いた事に、アキが四人がけのテーブルに一人で座っているのが見えた。俺はそのテーブルまで歩くと、俺に気付いて多少驚いた様子のアキに声をかける。
「ここ、空いてるか?」俺がそう聞くと、アキは無言で小さく頷く。俺は荷物を空いている椅子に置くと、アキの向かいに座る。いつもと比べると、なんだかアキの様子は少し落ち着きが無いように見えた。