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国境の空  作者: SKYWORD
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国境編 13章

 五カ所の巡回ポイントを警備し終え、そろそろ今夜の巡回が二週目に入る頃、兵舎に向かってくる人影が見えた。アキが銃を構え、俺も銃を構える。

「氏名、所属を言え。返答が無ければ射殺する」俺が緊張気味にそう叫ぶと、

「あなたの班の班長さんですよう」という気の抜けた返答がする。どうやら、クリス少尉のようだが、口調から察するに、完全に酔っているようだ。クリス少尉はよろよろと俺たちの前まで歩いてくると、俺の肩をかなり強くバンバンと叩き、アキには、あれ?今日は酒飲んでないの?と言う。俺たちはとりあえず目立たない所に上官を移動させる事をほぼ目配せだけで決定し、引きずるようにして、兵舎の裏に連れて行く。芝生の上に座らせると、クリス少尉は座っているのすらきつかったのだろう、寝転んで、なにか奇妙なうなり声をあげている。そのまま、三十分ほど俺とアキはクリス少尉を呆然としながら眺めていた。


「どうする。これ」俺が寝転んでいるクリス少尉を見下ろしながらそう呟くと、

「放っておけばいい」とアキが答える。どうやら少し、我が班自慢の踊り子様は機嫌を悪くされておられるようだ。考え方に潔癖なところがあるアキからすれば、今のクリス少尉の有様はとても許容できないのだろう。

「……冷たいなあ。二人とも」幾分、さっきよりはマシになった口調で、クリス少尉が呟く。クリス少尉は上体を起こし、首を何度か回すと、俺と、アキに横に座るように指示する。俺たちがクリス少尉を挟んで芝生に座ると、満足そうにクリス少尉は微笑み、俺の顔を覗き込む。

「で、カイル伍長は、リーフちゃんとどんな感じですか?」

「会話内容は、ご報告した通りです。その他に何か?」俺が早口でそう答えると、クリス少尉は首を大きく横に振る。

「そういうことじゃないんだよ。カイル伍長。ほら、なんか、ラブラブだったでしょ君たちは。どうだったのかなあと、聞いてるんですけど」そこまでクリス少尉が口にしたとき、アキが怒り心頭と言った仕草で立ち上がり、クリス少尉を睨みつける。

「業務中です。まともな思考能力のあった頃の上官の命令を優先します」アキはそれだけを吐き捨てるように言うと、俺とクリス少尉に踵を返し、ライフルを構えて警戒地点まで駆け足で向かっていく。

「あーあ。怒ってますよ、あれ。大体何考えてるんですか、酒飲んで戻ってくるなんて」俺がアキを追おうとして立ち上がると、クリス少尉も慌てて立ち上がる。

「真面目な話の前にちょっと和ませようと思ったんだけど、やっぱ、怒ったかなあ」

「当たり前ですよ。フォローはしませんからね」俺はそう言って、駆け足でアキがいるであろう警戒地点に向かう。後ろからは、足音が少し遅れて聞こえてくる。クリス少尉もおそらく駆け足なんだろう。酔い覚ましにはちょうどいいのではないだろうか。


 ライフルを構えたまま、目すら合わせようとしないアキに、クリス少尉が半ば土下座するように詫びを入れ、真面目な話に入るまでに、それからたっぷり三十分はかかった。激怒から、不機嫌程度まで機嫌の回復したアキは、しぶしぶと、クリス少尉の横に腰掛け、俺もその隣に腰掛ける。クリス少尉は酔いが完全に冷めたのだろう。いつも通りの口調で話し始める。

「国境警備隊本部で、特殊作戦群の小隊長に会ってきたんだ。俺の元上官。挨拶がてら、なにか情報がないかと思ってさ」

「で、どうだったんですか?」

「今の所、戦闘は無し。でも、面白い情報が聞けた。そう言うとクリス少尉が唇の片端だけをつり上げる、いつもの笑顔を浮かべる。

「ボストとエイジアの国境線で、何度か散発的な戦闘があったらしい。まあ、双方死傷者は出ていないようだから、大した騒ぎではないのだろうけど」

「でも、ボストとエイジアは友好国のはず」ようやく機嫌が直ったアキが呟く。

「ところが、そうでもないらしい。士官学校の同期が、省庁間出向で、今外務省にいるんだ。そいつの話では、連邦本部委員会内部でのボストとエイジアは友好どころか、ほぼ敵対関係らしい」

「どういう事ですか?」連邦本部委員会とは、連邦大統領と、各共和国からそれぞれ選出された委員、統治行政を行うスタッフからなる連邦の最高統治機関だ。まあ、各国の自治権が強い連邦内においては、主な業務が各共和国間での利害調整位しかない。連邦とどこか連邦に属さない国が戦争をするときは、この連邦本部委員会に統合作戦本部の設置がなされ、選出された本部長が指揮官となる。しかし、連邦がそのような形で協力してどこか連邦の外の国と戦争したことは無く、俺たちにとっての戦争は、いつも連邦内部の共和国間で起こっている。そう考えると、どうにも、存在自体があまり役に立たなさそうな機関ではある。

「委員会内部の委員ポストは、国の勢力をほぼ反映している。エイジア五十議席、ボスト三十議席、ラルカス二十議席、アーベル十五議席、そしてセルーラ十議席だ。外務省の奴が言うには、この委員数の配分を直せという要請が出てきた事がそもそもの発端だったそうだ。ボスト、ラルカス、アーベルの三カ国が協同して議案提出したらしい。この三国が合わさると、六五議席。まあ、議決案としては、可決ラインの過半数を超えてしまう。そこで、エイジアは切り崩し工作として、ラルカスには経済援助、アーベルには技術供与を約束した。で、裏切られたボストは単独でこの要請案をそのまま議決に持ち込むか、廃案にするか、問われる事になった」

「セルーラはどっちにも相手にされてないんですね」

「まあ、十議席じゃなあ。でもよかったかもしれないぞ。セルーラにもっと議席があれば、ボストは確実に軍事力で脅しを掛けてきただろうからな」

「援助ではなくて?」アキが納得がいかない様子でそう口にする。

「軍事力を動かした場合と、援助を与えた場合とどちらかが安くすむか。セルーラ相手なら、軍事力だろうな」クリス少尉は自嘲気味に答える。

「……」アキは不機嫌そうに俯く。

「で、そもそもボストがそんな提案を出した理由だ。これが、驚きだった。まだ、マスコミにも出ていない情報だがな、資源、だそうだ。なんでも、アメリカの石油会社から、連邦本部に採掘してみないかと持ちかけられたらしい。で、その場所が、ボスト、セルーラ、エイジアの国境がそれぞれ重なる地点。俺たちがトライアングルエリアと呼んでる地区だ」俺たちのいる国境警備エリアから遠くはなれた南部の国境線にあるエリアだ。エイジア、ボストが友好関係にあった事から、いままでの国境紛争でも殆ど戦場になった事の無い地点。皮肉な事にそこが、発端になっているとクリス少尉は言う。

「連邦内で複数の共和国が関わる利害調整は連邦本部委員会が行う。まあ、仮に石油があったとすると、当然これはエイジア、ボスト、セルーラで利益を分ける事になる。分け前は当然、委員の議席数に比例したものになる。そこで、ボストは委員数の配分を是正しろと、先手を打とうとした訳だな」

「クリス少尉の読みが、裏付けされた、ということですか」俺はそう呟く。最初に、ラシュディさん、リーフ、ディルを保護した時にクリス少尉が予想した、ボストは国境紛争に備えて何らかの研究を開始しているのではという予想。それが、今回の情報と照らし合わせるとかなりの信憑性を帯びる事になる。

「だな。まあ、連邦ってのは、エイジアにしか乏しい資源が無い上に、各国とも輸出は殆ど無いっていう今時の国際社会から見るとあんまり力のない国だ。そういう国に、こんな話が持ち込まれるってのは、ある意味、災難だよ。上層部は嬉しいかもしれんが、一般国民からしたら、また戦争ということになりかねん。実際、ボストは国境地区に兵力を集中させつつあるそうだ。それもトライアングルエリアに。委員数の是正が廃案になるのであれば、軍事力で国境線を広げればいいという考えだな。おそらく」クリス少尉は苦笑いを浮かべると、立ち上がって、俺たちの方を見る。

「ラシュディさんを欲しがっているのは、おそらくエイジア。でも、ラシュディさんはセルーラに亡命した。どうしてだと思う?」クリス少尉は俺とアキにそう尋ねる。

「リーフ」アキが端的にそれだけを答える。

「そうだ。エイジアはカエタナに対して、ボストほどではないが、差別政策を取っているからな。だから、ラシュディさんはセルーラに来た。差別の無いセルーラに」

「セルーラに亡命申請した上で、連邦本部からエイジアへの移送が命令されれば、ラシュディさんは条件としてリーフの受け入れをセルーラに要望する。という事ですか?」

「鋭いね。カイル伍長。その通りだよ。おそらく。だから、セルーラは外務省担当官をここによこすまで二ヶ月という異例の長期間を設定したんだ。亡命受け入れまでに時間を稼いで、できればその機密とやらをセルーラで握りたい。エイジアに切れるカードを増やしたいと言うところだな。幸い、といったところか、セルーラ上層部は、ボストにその機密を売り払ってエイジアと敵対すると言う考えは露程も無いそうだよ。まあ、そりゃそうだ。ボストと一番因縁が深いのは、俺たちセルーラだからな」俺はそれを聞いて安心する。リーフがまたボストに引き渡されて、酷い目に遭うなんて考えたくもない。

「で、我々がどう振る舞うか、だ」クリス少尉はここからが本題だと言わんばかりの得意げな表情を俺たちに向ける。

「どう振る舞うかって、今まで通り、ボストを警戒しつつ、クリス少尉が尋問を頑張るしか無いんじゃないですか?」

「まあ、そうなんだけどな。お前、もし、ラシュディさんが大した機密を抱えていなかったらどうするんだ?」思わぬ事を聞かれて俺は絶句する。

「そう言う事は無いと思うよ。でも、そうだったら、下手したら、亡命の認可を後押ししてくれているエイジアもセルーラも、ボストに引き渡せと言い出すかもしれない」

「リーフも、ディルも、」アキがそう言って、頭を上げると、クリス少尉を見る。

「だからさ。俺は精一杯尋問はやるが、仮にラシュディさんが何にも持ってないと解っても、亡命受け入れの認可がでるまで、なんのかんのと情報を小出しにしつつ、あたかもラシュディさんが機密を握っているかのようにごまかし続けよう、と思う訳だ。一回受け入れた亡命を取り消せば、国連あたりからぎゃあぎゃあ言われるからな。亡命を受け入れさせれば、後でやっぱり止めたとは言えない訳さ」俺は半ばあきれて、半ば感心して、そして、密かに、リーフや、ディルや、ラシュディさんへの隠れた配慮に感謝しつつ、上官の顔を見上げる。大した人だ。皮肉ではなく。

「何にも持ってないってことは無いだろうが、それでも、情報が多い事にこした事はない。という訳で、君たちも、リーフ、ディルと会話する中で、些細な情報でもいいので、私に報告を上げるように。ということだ。了解したか?」にやりと笑って、少尉が俺たちに宣言する。

「了解しました」俺とアキはそう答える。ほぼ同時に。

「よろしい。では、巡回に戻るように。あ、あと、カイル伍長はこっちへ」なんだろうと思いながら俺はクリス少尉に近づく。耳を寄せろというクリス少尉に近づくと、クリス少尉はアキに聞こえないよう、小声で俺の耳に囁き始める。

「俺に報告できないような事を、リーフにするのは、亡命認可の後にしてな。可愛いから我慢するのは大変だと思うけど」

「しませんよ、そんな事」俺は思わず大声で叫ぶ。

「ならいいけど。じゃあ、カイルも巡回に戻るように。頑張ってな」クリス少尉は楽しそうに微笑みを浮かべながら、兵舎に戻っていく。後に残された俺がアキから怪訝そうな目を向けられ、正直に話す訳にも行かない俺がなんのかんのとごまかす羽目になるのをおそらくあの人は楽しんでいるのだろう。俺はどうしたの?と聞くアキに適当な返答を返しながら、クリス少尉の楽しげな微笑みを思い出し、いつか、ささやかでもいいので復讐してやると心に誓っていた。

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