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国境の空  作者: SKYWORD
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国境編 1章



 俺が、ろくに騒ぐところもないような辺境の田舎、「セルーラ国境警備隊第三二三五部隊」への転属辞令を渡されたのは、数週間前の事だった。掲示板に貼り出された辞令の紙は、ひらひらと頼りなく揺れていて、なんだか今後の自分の進路を暗示されているようで俺は何とも言えない不安を感じた。狙撃班という国境の戦場に似つかわしくない兵種を選んでしまったことを呪っても、出てしまった辞令は結局どうしようもなかった。


 無為に日々を過ごすうちに数週間が経ち、首都から国境への荷物を抱えた軍用トラックに乗り込んだ俺は、荷台の固い床に座り込む。同時に異動になった兵隊から、国境は首都と比べて訓練も仕事も厳しいそうだ、などという言葉を聞いて、俺は何となく暗澹とした気持ちになる。同じ連邦の中にありながら、俺が配属になった国境で向かい合っているボストという国は俺たちの国セルーラと仲が悪い。俺が十五のときにも国境線を巡って戦争になっている。俺は、今でも国境の町が壊滅したというテレビのニュースを鮮明に覚えている。また、あんなことがあれば、間違いなく俺は戦場に放り込まれることだろう。ろくに実戦経験も無いような俺みたいな兵隊がいた所で弾よけ以外の使い道があるのだろうか。自虐的な気持ちになりながら、トラックに揺られていると、体調まで悪くなっていくような気がした。特に胃の辺りが。


 到着した国境警備本部の事務的な受付で、俺は所属する班を知らされた。六人編成の小規模作戦班。俺は渡された基地内の地図を見ながら、兵舎を探す。大まかな見当をつけて、だだっ広い基地の中を俺は一人で歩いていく。


 目的の兵舎まで到着するのにはそれからたっぷりと時間がかかった。無駄に広すぎだ。この基地は。俺が苛々しながら兵舎のドアを開けると、机にチェス板をおいて何やら考え事をしながら、短い髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回している士官がいた。階級章を見る限りは少尉。どう見ても威厳からはほど遠かった。入り口に立っている俺にはさっぱり気付いた気配がない。俺は、思い切って

「本日付けで着任いたしました、カイル ルフォード 伍長であります」と大声で挨拶した。

「大声は出す必要はないよ。聞こえている。優秀な狙撃手らしいね。軍歴は?」とチェス版から目を離さずに士官は答えた。どうやら、この士官が俺の上官のようだ。

「入隊して三年です。セルーラ首都教育隊で三ヶ月、狙撃、要人警護教育課程を修了しています。修了後は首都警備部隊に配属」

上官は俺の顔をなんだかぼんやりと見ていたが、やがて立ち上がると、俺が入ってきた入り口とちょうど反対側に位置するドアを開けた。ドアの向こうは小さなグラウンドになっていて、四人の人影が見えた。ゴム製のナイフで格闘の訓練をしていたらしく、やたら大柄の男が、背の低い女性兵士に面白いように斬りつけられているのが見えた。

「ちょっといいかな」上官がそういうと、四人が整列し、敬礼する。

「本日付けで配属になる。カイル伍長だ。年は二十一才」上官は俺を四人に並んで立たせる。

「私はこの班の責任者でクリス。で、」クリス少尉は俺の横に立っている背の低い若い女を指差す。さっき、大柄の男相手にやたらすばしっこく斬りつけていた女だ。

「この人がアキ。階級は、きみと同じで伍長」なんか無表情な女だ。肩に届くか届かないかというくらいの長さの黒い髪に、白い肌。セルーラ民族に特徴的な切れ長の目。アキは俺の方を目だけを動かして横目で一瞥すると、また正面を向く。お世辞にも友好的とは言いがたい。顔は悪くないが、正直苦手な対応だ。

「で、この人が、ルパード伍長。レスリングではこの間三二三五部隊近接戦闘大会で優勝している。カイルはあんまりそういうの得意じゃなさそうだから色々教わるといい」ルパードは背が高い。俺から見るとかなり上方に位置している顔から威圧するような目で俺を見ると、

「まあ、鍛えてやるよ」と低く唸るように呟く。よく見ると腕なんかは横に立っているアキの二倍は太い。

「そっちの二人は兄弟だ。グリアム伍長と、ラルフ曹長。ラルフ曹長は六年前の国境紛争で実戦を経験している。私の副官でもある」まあ、似ていると言えば似ている二人を指差してクリス少尉が俺を見る。グリアムは背格好が俺と同じくらいで、アキと同じく黒髪、白肌、切れ長の目というセルーラ民族の見本みたいな容姿をしていた。アキと違って、グリアムは友好的な微笑みを浮かべている。年も同じくらいだろうか。横に立っているラルフ曹長はまあ、容姿はグリアムに似ているが、雰囲気が全く違った。隙がないというか、どう見ても歴戦の軍人と言う感じだった。くぐった修羅場の数は半端ではなさそうだ。別に威圧されたという訳でもないのだが、自然な威厳はクリス少尉なんかよりも数倍備えているように思えた。

「何か質問があればどうぞ」クリス少尉が俺たちを見回した。

「君は、カエタナの血を引いているのか?」ラルフ曹長が俺に聞いた。カエタナというのは連邦の「六つの民族」うちの一つだ。セルーラ、ボスト、エイジア、アーベル、ラルカスの五民族はそれぞれの名を冠した共和国を構成しているが、俺の出自、カエタナは国を持たない。セルーラには比較的多くの住人がいるが、カエタナに対する差別や迫害が根強いボストやエイジアには少ない。特徴的な外観を持つため、カエタナは他の国では迫害を受けることが多かったと聞いて俺は育った。カエタナの容姿。銀髪、灰色の瞳という特徴を俺も受け継いでいて、まあ、どうみてもカエタナ以外の何者でもなかった。

「はい」俺は答えた。答えて、若干緊張した表情を浮かべている俺を、ラルフ曹長はひとしきり眺めていた。

「カエタナは弓を得意とし、狩猟に秀でていたと聞く。君は狙撃手だそうだが、やはり血なのだろうな。腕に期待させてもらおう」ラルフ曹長はそういって、初めて少し微笑んだ。迫害されることの多かったカエタナをこういう風にほめてくれる人にあんまり会ったことがなかったこともあって、俺はこのラルフという人に結構な好感を持った。

「狙撃か。お前の有効射程はどのくらいまでだ」ルパードが威圧的に聞いてくる。

「七百から九百メートル」答える俺の横でアキが驚いたような表情を浮かべた。

「優秀」短くアキがつぶやく。

「俺らが近接戦闘するときには援護を頼むぜ」ルパードはやっと表情を崩して笑った。笑うと何とも人の良い表情になる。

「兄貴」グリアムがラルフ曹長に問いかける。

「兄貴じゃない。ラルフ曹長と呼ぶように言っているだろう」ラルフ曹長が素っ気なく答える。

「ラルフ曹長、意見具申です。カイル伍長がどの程度までやれるのか見てみたいと思います。午後の近接戦闘訓練を一緒にやってみては」グリアムが俺の方を見ながら少し笑った。

「私もそのつもりだった。ナイフと近接戦闘。まあ、お互いけがをしない程度に」クリス少尉は兵舎に戻りながらそう言った。ラルフ曹長はあごに手をあて、少し考え込むようなそぶりを見せていたが、やがて口を開くと、

「カイル。それでいいか」と俺に聞いた。

「はい」俺は少し緊張しながら、そう答えていた。

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