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7.左足のいれずみ

 ラーフはレンジュの汗を拭いながら苦笑いした。

 ついこの前まで将軍を殺した罪で処刑を待つだけの身が、今では聖女様の看病をしているなんて。


 あの時は想像もしていなかった。

 ただ憎いラバナ将軍を殺した達成感を得ただけであった。それで何かを考えるのをやめてしまった。

 だからあのまま処刑されても何も感じなかった。


 実際はそれ以上考えたくなかっただけだったが。


 ラバナ将軍を殺したあともう自分には生きる目的などなかった。

 ただ空虚な日々を過ごすしかない。

 だからただ処刑の日で全て終われると思った。

 空虚な日々から早く脱出したい。

 それすらも考えないようにしながら。

 それを破ったのはこのレンジュという少女だった。

 彼女は透き通った空色の瞳でラーフを見つめ、ラーフの中の空虚感を指摘していた。


「ん……」


 今苦しげに眉を寄せる幼い少女が果たしてそこまで見越していたか不明である。

 何を考えたのかレンジュはラーフの命を救った。そして己の旅の供の一人に選んだ。

 国中の者たちが敬う聖女ならば元罪人ではなく立派な軍人を護衛に用意してもらえただろう。


 そういえば何で俺を選んだかちゃんとした理由聞いていないな。


 レンジュの頬を触れると少しだけ血の温もりが戻ってきているのを感じた。先ほどまであんなに冷たく汗っぽかったのに。

 汗も少なくなってきているし、表情も落ち着きを戻しつつあるようだ。


 ひょっとしたらそろそろ体内の浄化が終わりそうなのか。


 そう考え、ギーラに確認しようとしたがやめた。

 ギーラは壁に背をあずけ眠りについていたのだ。レンジュの身が落ち着いてきているのに安心してしまったのだろう。


「さて、俺ももう少ししたら寝るか」


 折角だし四肢の汗も拭いてしまおう。

 体幹はさすがに憚れるし、ギーラにばれたらいろいろ面倒くさそうだ。


 両手の汗を拭き黒い斑点が消失しているのを確認した。

 ラーフはそれを確認し安堵した。

 

 そういえば病人の身体を拭くのは久々だ。

 妹のシャロンが熱を出した時面倒をみて以来だった。

 シャロンは兄のラーフが傍にいないとすぐに泣く為いつも侍女は困っていた。


 ラーフはレンジュの腕を拭き終わり、次は足を拭こうとする。

 彼女の左の脹脛ふくらはぎに触れ黒いものがついていた。


 まだ足の斑点は消失していないのか。


 ラーフはそう考えながら脹脛を見つめた。それは斑点ではなく刺青であった。

 四角の中に×を刻まれた刺青であった。

 それを見たラーフは慌ててレンジュの足を布団で隠した。

 見てはならないものを見てしまったと思った。

 もしかするとレンジュが最も見て欲しくなかったものかもしれない。


「ラーフ?」


 レンジュはじっとラーフを見上げていた。いつの間にか彼女は眼を覚ましていた。


「もしかして傍にいてくれたの?」

「いや……ずっといたのはギーラだ。俺は、今日はじめて付き添っただけだ」


 ラーフがそう言うとレンジュは嬉しそうに笑った。


「そっか、ありがとう」

「もういいのか?」


 そう尋ねるとレンジュはこくりと頷いた。


「浄化の期間のことギーラから聞いたんだね」

「ああ」


 レンジュの身につけているものが汗でべたべたしているのにラーフは気づき厨から湯をとってきた。

 外を出ると満月が出て夜を照らしていた。

 昼から付き添っていたが、もうこんな時間になっていたのか。

 そう思いながらラーフは厨でお湯をわけてもらった。盥に注ぎ、レンジュの社へ運んだ。

 レンジュの身を清める為に運んだもので、綺麗な布で濡らしレンジュに手渡す。


「自分でできるだろう」

「うん、ありがとう」


 レンジュはそれを受け取りすぐに衣類を脱いだ。それにラーフは慌てた。


「馬鹿か。男が出ていくのを待てよ!」


 そう叫びながらレンジュの身体を見てしまった。気にしないよう心掛けていたが、左の脹脛へ視線を向けてしまう。

 それに気づいたレンジュはくすくすと笑った。もう刺青を見られたことを受け入れていた。


「ラーフは優しいね」

「この状況でどうしてそう思うんだ」

「私ね……、奴隷だったの」


 レンジュはにこりと笑った。そして左脹脛ふくらはぎを示した。


「ねえ、昔話していい?」


 レンジュは身を清めながら後ろを向いたラーフに言った。

 以前のラーフだったら少女の昔話を聞いてどうするんだと思っていただろう。

 だが、気になって仕方なかった。


「好きにしろよ」


 そう言うとレンジュは笑って話を紡いだ。


 ◇◇◇


 私にはね、弟がいた。シンジュて名前の可愛い弟。

 でも、弟はとても病弱で働くのが難しかった。


 だから、私は弟の分も一生懸命働いた。

 たくさんの刈られた稲を倉庫に運んで、たくさんの紐を編んだ。

 でも、子供ができることはたかがしれていてどんなに頑張っても一人分の食いぶちを得られたら良い方だった。


 周りの奴隷の大人たちは、私と弟に二人分の食べ物をくれない領主をひどい奴だと影口を言っていた。

 でも、しょうがないことだった。

 私の住む土地は本当に貧相な場所で植えた苗も十分に実らないことがほとんどだった。


 その中で働けない奴隷の分の食事までまかなえるほどの余裕はなかった。

 影口をたたく奴隷たちも特に何かをしてくれるわけでもなかった。

 みんないっぱい、いっぱいで、肉体も限界ぎりぎりで食べ物もぎりぎりまでしか与えられず他人に構う余裕なんてなかった。


 しょうがないことだった。


 だから私は得られた食べ物を毎日弟に分け与えていた。

 満腹は得られなかったけど、飢えないぎりぎりまでは繋ぐことはできたと思う。

 そう、思いたかった。


 けど、弟の容体はどんどん悪くなっていき、ついに病気は重くなってしまった。

 私は領主の館へ行き、懇願した。


「弟を助けてください。お薬をください」


 でも領主に会うことはできなかった。

 当然だよね。薄汚い奴隷の子供に誰が相手をするんだって思われてもしょうがなかった。


 途方にくれた私の元にある奴隷の青年が教えてくれたの。

 領主の家のどこに薬が保管されているかを。

 どうやったらそこに行けるか、と尋ねると青年は教えてくれた。崩れた壁があってそこを隠し通路にすればいけるって。


 私はその言葉の通り領主の敷地内に潜入して薬の保管されている小屋に入った。

 でも、すぐに見つかってしまって私は罪人として牢屋に入れられることとなった。

 牢屋の中で私は罪を償う為に腐った泉へ鎮められることになった。


 私の故郷の泉は一番の瘴気のたまり場となっている場所だった。

 悪魔が汚した泉。

 これのせいで私の故郷は作物が実らなくなり、病気になる人が増えてしまったと言われていた。

 泉がそうなってしまってからはそこは罪人を落とす処刑場として利用されるようになったの。


 私は一晩牢屋の中で過ごす間、兵士から弟が自殺したことを聞かされた。

 どうやら私が処刑されるのを聞いてショックのあまり自害してしまったらしい。


 私は絶望しながら、腐った泉へと連れ出された。

 兵士でもおぞましい程の腐臭に顔をしかめる程であった。


 でも、不思議と私にはきついと思わなかった。

 もうすぐ死ぬから関係ないと思っていたのかな。

 私は泥で作られた船に一人乗せられ、腐った泉の上へと流された。

 船がどんどん崩れていき沈んでいく中私は何も考えられなかった。


 普通なら死を恐れたり、いなくなった弟の心配をするものなんだけど何も考えられなかった。ただ呆然と泉の中に沈んでいくのを待っていた。

 沈んでいきながら私は瞼を閉ざした。


 次に目を覚ました時は三途の河かなと考えた。

 すごい綺麗な水の中にいたから。


 けど、私が目を覚ました時見たのは三途の河ではなかった。泉の中に漂いながら青い空を見つめていた。

 私がぼんやりと空を眺めていると急に泉から引き上げられてしまった。私を処刑した兵士たちだった。

 兵士たちは罪人であった私を陸地まであげてくれた。

 起き上がった私に兵士たちは恭しく頭を下げた。

 どうしたのだろうと胸元を見ると私の胸元にこれがあったの。


 蓮の印。

 救世の聖女が持つと言われる神聖なる刻印。


 そして私は泉の方をみると今まで腐臭を放っていた禍々しい泉は清らかな水で満たされた美しい泉へと変貌していた。

 兵士たちは私が放り出された途端、白い光が現れたちまち水は浄化されたという。

 これは私がしたことなんだという。


 その後私は恐ろしい悪寒と高熱に苦しみながら寝込んでしまった。

 それを兵士たちは領主の家へと運び、領主は私の印と事のあらましを聞き私を大事に看病したのだ。

 体調が戻った私はわけのわからないまま領主の元へ連れ出され、領主の手引きによって寺院へと案内された。

 そこで聖女として奉られ、聖女としての力の使い方を学ばされた。

 その時、あの泉の変貌はただの偶然ではなく自分が知らずうちに浄化してしまったのだと気づかされた。

 この力があれば多くの人を救える。

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