5 救世の力
悪魔が倒された後、レンジュはトウマを見つめた。
トウマは青白くかたかたと震えていた。先ほどの悪魔の瘴気にかなりあてられ、病魔に侵されていたのだ。
ラーフも、ギーラもここまでではないが、気分が重たく体の動きが鈍くなっていた。
レンジュは二人にトウマの傍に並ぶように言った。
どうやら三人同時に治療をしてくれるという。
「ふたりとも、トウマの傍にいて」
「いいえ、村に着くまで待ちましょう」
ギーラは首を振りレンジュにそう進言した。
ラーフは意外だと感じた。ギーラにとってレンジュの言い分が一番だと思っていた。
「待てない」
レンジュはそっとトウマの頬を撫でた。
その時の彼女の表情はとても悲しげなものであった。
ギーラは諦めラーフにトウマの傍に寄るように言った。
言われるまま傍に寄ると三人は白い光に包まれていた。
これは先の。
ラーフは先ほどの小鳥を治癒した際に出たレンジュの聖女の力を思い出した。
レンジュの聖女の力であった。
レンジュは祈りの姿勢をし、じっと目をとじた。
先よりも大きな光に包まれてラーフは温もりの中に包まれる感覚を覚えた。
まるで懐かしいものに抱かれている、母親に優しく抱きしめられてるような感覚であった。
しばらく眠っていたような気がする。
目を覚ますと体が驚くほど軽かった。ギーラも同様なのだろう。先ほどの疲労の色がすっかりなくなっていた。
トウマも先ほどの苦しさは消えて、すやすやと寝息を立てていた。
ギーラはそっとレンジュの方に近づいた。心配するような表情を浮かべていた。
レンジュはそれににこりと笑った。
「早くトラン村に行こう」
「……そうですね」
ギーラは何か言いたげであったが、すぐにレンジュの言葉に頷きトウマを背負った。
さらに一時間程歩けばさすがのレンジュも疲れの色を見せていた。
しかし、村の姿が見えレンジュは休まず村を目指して行った。
たどり着くと僅かに瘴気が溢れていた。
ラーフの目でもわかる瘴気であり、眉を顰めた。
レンジュは動揺せず一番瘴気が強い場所を探した。
村の奥まで歩くと捜していたものは見つかった。
それは水の湧く水場であった。
この村の一番の貯水地でもあり、生命の糧を得るために重要な場所であった。
そこが悪魔によって汚されてしまい、村の人々は生命の糧を断たれてしまった。
ぱっと見、普通の水であるのだが黒い靄がところどころかかっており飲めばまずいとわかる。
レンジュはその湧き水をじっと見つめた。
その時、通りかかった老女がレンジュに声をかけた。
「あんた。何をしているんだい?」
あまり近づいたら危ないよと老女は心配しているようであった。
レンジュはくるりと老女の方を振り向いた。
「ここは悪魔に汚された水だ。触れれば疫病にかかって苦しんで、死んでしまう」
老女の娘もそれで死んでしまったという。
今は家には瘴気にあてられ寝込んでいる孫がいるとのことだ。
レンジュは老女の言葉に耳を傾けた。その表情は悲しんでいた。
レンジュは老女の話を聞いた後、ゆっくりと水の中に入って行った。
老女はそれを見て信じられないと言い慌てて止めようとした。
しかし、レンジュはかなり水につかっており、水に触れることができない老女は叱咤した。
「若いのに何でそんな……自殺なんか」
レンジュは湧き水の中央にまで自身を運んだ。
黒い靄が重なり禍々しい雰囲気を漂わせていた。
レンジュは黒い靄を見つめ、声を聞いているように首を傾げたり瞬きをしてみせた。
「うん、わかってる」
レンジュはゆっくりと両の手を合わせた。
「これが私にできることだよね」
そう呟きレンジュは薄く目を閉じた。
汚れた水に白い少女がただずんで、その姿はまるで池の中に咲く一輪の蓮のように美しかった。
ラーフがそう思うと同時にレンジュの身から白い光が溢れてきた。それはどんどん大きくなっていった。
光に触れた黒い靄は風に飛ばされるように消えてしまった。
淀んだ雰囲気は清浄なものへと変わっていくのがわかる。
それを見た老女は驚きの表情を隠せずにいた。
光はどんどん大きくなり村を囲うほどの勢いであった。
一時の間、トラン村は大きな光が集い包まれていった。それは先ほどラーフが感じた懐かしい温もりの世界であった。
ラーフは先ほどとは比べ物にならない力の大きさにただ驚愕した。
確かにすごい力である。
この規模で、ここまで悪魔に汚された災いの村を浄化するのには何人の僧侶を動員しても可能かわからない。
だから、こういった村に僧侶は派遣されることがない。
ただ政府に見捨てられるだけしかなかった。
それをレンジュは見捨てず救世神の恩恵を与えようとしていた。
確かに国が、世界が大事にしようとするのはわかる。
このまま人が滅亡するしかない、悪魔の闊歩する世界に神が使わしてくれた光の少女であった。
白い光がすっとなくなると同時にレンジュはふうとため息をついた。そしてふらりと倒れた。
水の中空を仰ぎながら倒れ、水色の長い髪を散らす。とても神秘的だった。
ギーラは水の中に入りレンジュの身を抱き上げる。
きていたマントでレンジュの身を包み、周囲に見せまいとした。
「あんた、一体……」
「おばあちゃん!」
老女の傍に小さな少年が近づいてきた。どうやら老女の孫のようだ。
「おお、……お前、こんな外を歩いて大丈夫なのかい?」
「うん、もう苦しくないよ。白い光が出たと思ったらすごい楽になって、悪いもの全部持っていってくれたみたい」
そう言うと老女は喜び少年を抱きしめた。
そんな老女たちに近づきギーラは尋ねた。
「この村の長に会わせてくれ」
「あなたは、その子は?」
「救世神の聖女レンジュ様だ」
ギーラがそう応えると老女はあわてて姿勢をただし深く頭を垂らした。
もはや見捨てられたと思っていた村に聖女が訪れてくれようとは。
「聖女は力を使い眠りに入った。彼女を休ませるための部屋が欲しい」
そう言うと老女は急いで村長の家へ向かい、ギーラの言うままの部屋を用意させた。
田舎の村であり、たいそうな部屋はないのだが村長の敷地内にある一番広い間を開けさせた。
白い布を村から集めさせ飾りを作り、しきりを作らせた。
ギーラはの部屋にレンジュを寝かせ、この部屋に誰も入らないようにと命じた。