3 白い光
「というわけでトラン村に行くよ」
レンジュは笑顔で言った。それにラーフは眉を寄せた。
ラーフが追いついた時は少年がただトラン村を救ってくれというのみしか訴えていなかった。何が起きているかも聞かずにだ。
「というわけって、詳しく聞かずに即決して」
「話は道中聞けばいいよ」
レンジュは何の問題もないと言った。
「問題ありまくりだ!」
ラーフはその無計画さに声を荒立てた。
「いいか、何が村で起きているか、おっかない悪魔が潜んでいるかもしれない。そいつらがどんな手段を使って村を苦しめているか、からどんな戦い方をするか予測しなければならない。敵がいなくとも腐敗した大地の毒気で訪れただけで病気になっちまうかもしれない。いろいろなリスクを収集して計画しなければ命が危ういぞ!」
「確かに悪魔が強敵だったら困るのはあなたたちだね。その辺は聞かなければ」
ラーフの進言にレンジュは素直にうなずいた。とても嬉しそうに。
「あ、でも瘴気なら大丈夫。私があなたたちを守るよ」
どうやって守るか不明であるが、レンジュは自信もって笑った。
「話は食事でもしながらにしようか」
レンジュは少年の手をつなぎ建物内に入って行った。
「っち、能天気な女だ」
二人の後ろ姿を見てラーフは舌打ちした。
そんな彼にギーラはぎろっと眼光を向けた。ラーフはそれにものともせず言った。
「あんた、あいつの眷属ならあれくらい進言しろよ。あれじゃ命がいくつあっても足りないぞ」
「レンジュ様がそうすると言えば私はそれに従うのみだ。レンジュ様は私がお守りするからどんな敵がいようと関係ない」
なんて甘い考えだ。
主人が主人なら従者も従者である。
ラーフはほとほとあきれ果てた。
「さぁ、どうぞ。名前はなんて言うの?」
「トウマ」
トラン村の少年は今までみたことのない御馳走を眼の前に落ち着かないようであった。
「遠慮しないで。食事はみんなで食べた方がおいしいから」
レンジュはトウマに赤いりんごを差し出した。美しい光沢を浮かべる果物にトウマはため息をつきそれに魅入った。
「おい、小僧。トラン村はカラム(ここ)から南の方角だったよな」
ラーフはバラク領の出身なのでいくらか周辺の町や村の地理を知っている。それにトウマはこくりと頷く。
「トラン村は湧き出る水を元に瓜を栽培することで生計を立てている」
夏にバラク領中の市場では、トラン村で育てられた瓜によって埋め尽くされる程有名なのだ。
ラーフも幼い頃は食卓に瓜が出たら、夏が来たと思い妹と瓜を分けあって食べたものだ。
「だけど、瓜はできなくなってしまった。悪魔が瘴気をばらまき湧き出る水は毒水になってしまった。あんなものでは、瓜は食べられるものには育たない。人にとって毒にしかならない」
他にも栽培している野菜も同様である。
それを食した者たちはもがき苦しみ死に絶えて言ってしまった。飲む水は遠方の泉からようやく汲み上げたもので補うようにせざるを得なかった。
水を汲みに行く男たちは道中悪魔に襲われて水を手に入れるのも一苦労である。
助かった男は治療を受けながら村人へ危険を訴えた。悪魔は人々の苦しむ様をみてけたけた笑っていたと。
「男たちが結成して悪魔退治にでかけたよ。でも、誰も悪魔に勝てなかった」
こうなってはトラン村の者たちは食物の水も得られず苦しみながら死ぬのを待つしかない。
そこで町へ出稼ぎに出ていた者から噂を聞きつけた。
カラムに救世神の聖女が現れたという。
聖女は悪魔の瘴気に中てられ、病弱になってしまった男を治癒したという。
それを聞き村の者たちは希望を見出した。
聖女ならこの村を救ってくれるに違いないと。
誰がカラムへ向かうかと村の大人たちが話し合っている間に、トウマが名乗りをあげて飛び出して来たのである。
「お願いします。どうかトランをお救いくださいっ!」
トウマはもう一度頭を下げようとした。それをレンジュは制止した。
「いいよ」
にっこりとほほ笑みその姿はまるで光そのものであった。トウマはほうっとため息をついた。
「おい、坊主。その悪魔はどんな奴だ」
「性格の悪い巨大な蝙蝠の姿をした悪魔です。瞳は真ん中あたりにあってひとつ大きい。悪魔独特の真っ赤な色の瞳だった。口は裂けていて牙が二本あり、大きな口でけけけと笑います」
よく見かける典型的な悪魔である。大したことはなさそうであるが、村の水を汚す程の毒気を吐く者だ。用心した方がいいだろう。
「それじゃ、行こうか」
レンジュはのんびりとした口調で言った。
それにラーフはため息をついた。
本当にこいつは大丈夫なのだろうか。
◇◇◇
「良い天気だね」
レンジュはそう言いながら道端の草木を眺めた。日に照らされた草木は良い感じに影をつくりその隙間にめがけ光の線を作りだす。
カラムの役人から輿を出そうと言われたが、レンジュは断った。
歩くのは嫌いでないのだと。
「レンジュ様、少し休みましょう」
ギーラはそう進言した。
2時間程歩いた為、そろそろ疲れている頃合いだと思ったのだろう。
「まだトラン村まで半分も言っていないよ。私は大丈夫」
この年頃の箱入り姫にしては随分がんばっているなとラーフは思った。それでもその能天気な考えへの軽視はやめないが。
「あ」
トウマはふと道の端にあるものを見た。レンジュはどうしたのと首を傾げてその方をみる。
小さな鳥が倒れていた。ぴくぴくと羽根を揺らしている。まだ生きているのだがとても弱っている風であった。
怪我はしていないようである。
だが、レンジュはじっと小鳥を見つめて呟いた。
「瘴気にやられている」
よく見れば小鳥の口から黒い気を吐きだしていた。
「トラン周辺の水を飲んで中てられたのでしょう」
ギーラはそう解釈した。
「おい、早く行こうぜ」
小鳥一匹を前にレンジュは動かなかった。
「なんだ。お優しいお姫さまは小鳥の墓を作ってあげたいのかい」
そう皮肉めいて言うとレンジュは首を振った。
「少し時間をちょうだい」
レンジュはそう言うとギーラはこくりと頷いた。
レンジュはそっと小鳥を眼の前に両手を合わせた。指を重ね、静かに合わせたその仕草はとても美しくみえた。
何の変哲もないただの祈りの姿勢だというのに。
ラーフは仕方ないと祈りが終わるまで待つことにした。
レンジュを見つめているとラーフは驚いたようにじっと彼女を見つめた。レンジュの身から真っ白い光があふれ出ていた。
何だ、あれは……。
「よく見ておけ」
ギーラは今から始まることを知っていてラーフに呟いた。
「これが、私たちがお仕えする救世神の聖女の力だ」
白い光は小鳥の方へ零れおちていく。すると小鳥はすぐに苦しかったのが嘘のように起き上がった。あたりを見渡しぴぴっと鳴き、空へと飛んで行った。
「良かった」
「レンジュ様、少し休みましょう」
「うん、そうだね」
レンジュは先ほど休憩を拒んでいたが苦笑いして休憩をとることにした。
今の光景をみてトウマは興奮した。
「すごい。はじめて見た。あれが救世の力なんだね」
眼をきらきらしてレンジュを見つめた。
「あの力があれば汚れた水も、今も瘴気に中てられて苦しんでいる村の人たちも助けられるんだね!」
「そうだよ」
「お願いします。みんなを助けてください」
「勿論だよ。その為に私は行くんだ」
その笑顔を見つめラーフはため息をついた。
傷や病、悪魔の毒気を治癒する能力は珍しいことでなかった。
数こそ少ないが寺院で修行を積む僧侶も可能だからだ。ラーフの家に仕えていた僧侶もそれができたのを覚えている。
だが、早かった。
小鳥の中てられた毒気でも僧侶はもう少し時間をかけていただろう。
そしてあんな真っ白で清い光をラーフは見たことがなかった。
「あれが救世の聖女の力、か」
そしてラーフはさらなる強大な力を見せつけられることとなる。