46 成れの果て
魔王は足を崩し、その場に倒れこんだ。それを見おろしラーフは言った。
「お前、わざとだろう」
どういうことだとラーフは納得いかない表情をした。
「動きは読めていただろう」
「いや、今のは読めなかった。この世界の俺は俺であっても別の者だからな」
ラーフは魔王と違う道を選ぼうとしていた。
レンジュの願いを阻むどころか、後追いするというのだ。
自分だったらレンジュを気絶させて攫って無理やり聖女をやめさせようと考えていただろう。
もう目の前の男は自分とは違う存在なのだと魔王は感じた。
「いや……そもそも、知ることも遅かったし、レンジュがいなくなった後に後追いの機会など与えられなかったか」
「どういうことだ?」
ラーフは首を傾げた。
「そもそも未来の俺がどうやってこの時代に来ることができた? どうやって魔王になった?」
ラーフは魔王にとどめを刺す前に質問した。
今となっては過ぎたことといっても理解できなかった。
ただ人である自分が時空を超えてこの時代に来られたことに関してを。
すでに何もかも投げやりな気分になっていた魔王は自身に質問され、瞼を閉ざし今までの自分の経緯を簡単に話すことにした。
◇◇◇
自分の世界で、レンジュが消滅した後ラーフはあまりの怒りと悲しみに耐えきれなかった。
尋常ではない心の変化にスパルノがすぐに記憶を操作し平穏な生活へと放り込まれた。
確か、これはレンジュからの願いだったそうだ。ラーフが苦しまないように全てを忘れさせるようにと。
ラーフはナージャ一族の国で保護され、平穏な日々を送っていた。
サーシャの親から見合いを勧められても乗り気になれない。
何年たってもどこか忘れ去ったものへの違和感をぬぐいさることができなかった。
日々の生活に疑問を抱いていたラーフの前にある悪魔が現れた。
「どうだい? 楽しんでいる? 聖女を犠牲にした平穏な日々は」
悪魔の皮肉の言葉を聞き、ラーフはそれをきっかけにレンジュのことをすぐに思い出した。
そして、絶望に突き落された。
レンジュのいない世界への違和感。
彼女を忘れ、生きてきた自分への怒り。
そしてレンジュへの感謝の念が薄れつつある世の中への憎悪。
ラーフは悪魔の誘いのまま、禁術の研究をし過去へ戻る方法を身に着けた。
身に着けた時はすっかり容貌が変ってしまった。まだ30半ばの年齢でありながら。
早速ラーフはその術を使い、過去へ渡った。
予定としてはレンジュが最期の祈りを捧げる前へ来るはずであった。
しかし、やってきたのは百年前の世界であった。
再度、試みようと思ってもラーフの人間の肉体では限界があった。
一度の術だけでラーフの体はぼろぼろになっていた。
黒かった髪は真っ白になり、目も疲労の色が強かった。
時空を超える禁術は肉体と精神、魂自身への負担が強すぎた。
もう一度すれば肉体はおろか魂すらも消滅してしまうだろう。
途方にくれたラーフは同伴していた悪魔に知恵を与えられた。
この時代に人の世界に現れた魔王の力を奪ってみてはどうだ。
そうすれば長寿の力を得られ、レンジュの生まれる時代まで待つことができる。
ラーフはその言葉を飲み込み魔王退治に出た。
時間の流れに逆らう体力はないが、上級の悪魔や魔王と戦う力はあった。
長い旅の末魔王の元へたどり着き、魔王を倒してその血肉を食べた。
そして魔王となり果てた。
これでぼろぼろになった肉体と精神は回復し、魔王の知識と力を得ることに成功した。
そしてレンジュの誕生を待とうとしたが、魔王の力は精神に強い影響を与えた。
世界を滅ぼすことへの欲を持ち、多くの悪魔を量産し人の世界に放った。
そして、聖女にとって大事な祭壇であるスミアの山脈を拠点に奪った。
百年間、ラーフとしての記憶は薄れて行き魔王として君臨するに至った。
そして、聖女が誕生したという報告を聞き魔王はレンジュのことを思い出した。
◇◇◇
魔王の今までの経緯を聞いてラーフは首を傾げた。
「お前の前に現れた……記憶を取り戻すきっかけになった悪魔はどこにいる?」
今までそれらしく悪魔を見かけていなかった。もしかしたら今まで道を阻んでいた奴らだったのかもしれない。
「ここにいますよ」
明るい声がした。
先ほど魔王が拵えた陣の中にスパルノとレンジュがいた。
レンジュは後ろからスパルノの左手で抱きしめられ、右手で口を覆われていた。
魔王が先ほど出した鎖のスパルノにとって良い縛めになっている。
レンジュは声も出させず、身動きがとれなければ力も使えない。
「どういうことだ。スパルノ!」
スパルノはにぃっと笑っていた。
するとスパルノの顔がぐにゃりと変形した。そして涼しい顔をした男の顔になった。
今まで人の気しか感じられなかったのに突然スパルノだったものからは悪魔の気配が強く感じられるようになった。
「はぁ、すこぉし肩が凝りました」
スパルノだった者は首をすくめて言った。
「どうも、過去の魔王さま。私はシュール。魔王様のお世話をさせていただいたものです」
「お前はナージャ一族の術者だっただろう」
「ええ、本物の術者は廊下で死んでますよ。あなたと合流する前に姿を拝借させていただきました」
サーシャの死闘直後、スパルノはラーフたちに合流すべく前へ進んだ。
そこでシュールという悪魔に出くわし一戦を交えた。
シュールに瞬殺され、その姿をシュールにコピーされたのだ。
「気配は人そのものだった」
「私は長いこと人と悪魔の研究をしていました。悪魔の気配を消す手法も身に着けています」
「何が目的だ」
「いやぁ、ここで計算が外れるとは思ってもいませんでした。魔王様がまさかあっさりと身を引くとは思わなかったので」
シュールは冷ややかに魔王を見下ろした。その瞳に敬意など感じられなかった。
「私の目的は強い悪魔を、神も震える魔王を作ることです」
そのためにシュールは何百年もの間、人と悪魔の研究をしていた。
時には天人を捕えて実験もしていた。
種族の異なる悪魔同士を交配させてみたこともある。
時には、人の娘をかどかわし無理やり悪魔の子を産ませることもしていた。
しかし、思ったように理想の悪魔を作ることができなかった。
ただ、人の娘の中にそこそこ術者としての才能のある者を見出し試しに自分の子を産ませることにした。
その子供は生まれて五年で死んでしまったが、自分以上の魔力を持ち合わせていた。
そこでシュールが考えたのは、聖女に強い悪魔の子を産ませてみたらどうだろうかと興味を抱いた。
そういえば聖女が最近各地で人々を救う旅をしていると聞いたような気がする。
シュールは早速人の世界にやってきたが、すでにレンジュが祭壇で最期の力を使った後であった。
聖女はすでにどこにもいない。
次生まれるときは世界がまた滅び始める何百年後のことだろう。
そこまで待ってもいいとも思ったが、実際生まれるかわからない聖女を待つよりは聖女のいた時代にいくのがいいだろう。
だが、悪魔でも過去にわたる術を使うのはかなり骨がいる。
その代償で実験が続けられないかもしれなかった。
そのため、代わりに禁術を使う者を探すことにした。
禁術を扱う者として選ばれたのが聖女の眷属であったラーフであった。
シュールはラーフを唆し、禁術を使わせ過去へいくことを成功させた。
肉体労働の方が得意そうにみえたが、ラーフの執念は思いのほか強く何十年もかけ術の使役ができる程の能力を身に着けていった。
百年前の過去でいささか飛びすぎたと思ったが、百年待てば聖女が必ず現れるのだから待つことにした。
その間にじっくり悪魔をたくさん作る実験をして待てばいい。
禁術を使った後のラーフをみてシュールは彼に興味を抱いた。ラーフは確かに弱っているが、なかなかの強靭な肉体の持ち主であった。
自分の支援あれば魔王を倒すことも可能であろう。
そう考えシュールはラーフに長寿を得てレンジュを待てばいいと言い、魔王退治にむかわせた。期待通りラーフは魔王を倒すことができた。
シュールは考えた。
この男を悪魔にして、聖女にその子供を産ませてみたらどうだろうか。きっと想像以上の強い悪魔を作ることができるだろう。
そして自分の指示通りラーフは魔王となり、世界に君臨することとなった。




