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42 聖女の末路

「とりあえず、アーテを倒した。次はお前だな」


 ラーフはルシルに剣で示した。


「はい、お手柔らかに」


 ルシルは丁寧にお辞儀をした。ただし、と言い加えた。


「酷い怪我ですね。とりあえず手当と休憩をしたらどうでしょう」

「無駄な時間は省きたい」


 こうしている間にもレンジュはどんな目に遭うかきではなかった。それにルシルはにこりと笑った。


「では」


 ルシルはそういいラーフの胸にちょんと指をさした。すると強い衝撃が走りラーフは後ろへ押さえつけられるように飛ばされた。


「な、なんだ」

「おや、よく飛んでいきました」


 ルシルはにこにこ笑っていた。


「くっそ、こいつも化け物だな」


 今まで戦ってきた悪魔たちとはくらべものにならない程の強さであった。

 しかも、先ほどの戦いでの傷のせいでうまく動けない。

 意識が遠のきそうになった時、城中響きわたる鐘の音がした。それにラーフははっとした。


「おお、この鐘はついに始まりましたか。魔王様と聖女の婚儀が」


 悪魔の喜ぶ声にラーフの脳裏にレンジュの顔がちらついた。


「お前たち悪魔は聖女が魔王とそうなるのを何故喜んでいるんだ」


 通常考えられないことである。聖女は悪魔にとっては敵である。

 宿敵が自分たちの親玉へ嫁ぐことに何の意義があるのだ。


「聞かなかったのですか? 聖女は確かにすばらしく清らかな身で、我々悪魔にとっては邪魔な存在です。ですが、その聖女が魔王によって汚され神の手の届かない身になった時、人々の絶望は計り知れないでしょう。そして、聖女が生む魔王の子はどれだけの力があるか興味があります」


 聞くのではなかったとラーフは後悔した。たいへん気分が悪い。


「随分と悪趣味だな。レンジュはお前たち悪魔の道具じゃない」

「ええ、人の大事な道具ですからね」


 それを聞きラーフは首を傾げた。対してギーラはぴくりと震え一瞬だけ動揺をみせた。


「気づいてませんかね。聖女が今まで浄化してきた大地はね、悪魔だけが汚したのではありません。欲にまみれた人間が何も考えずに汚したものも含まれているのです」


 歴代の聖女の歴史をおっていけば、悪魔によって汚された大地よりも人間が汚した大地の方が多かった時期もあった。


「それだけではありませんよ。朽ち果てた大地をすべて一斉に浄化し、完全に再生させるにはかなりの力を出さなければなりません。それを聖女の最後の役割としています」

「最後……」


 それに違和感を覚えるラーフにルシルは首を傾げた。


「あなた、何も知らないのですか? 眷属なのに」

「余計なおしゃべりはやめろ!」


 ギーラは慌てて話の横やりを入れた。それを聞きルシルはラーフが何も知っていないのを確信して笑った。

 なるほどとラーフの未来を理解した。


「聖女が今は悪魔の城となり果てたこの神殿で最後の役目を終えた後、聖女の肉体は消滅します」

「な、に?」


 思いもしない話にラーフは驚愕した。


「あなた、ひょっとして役目を終えた聖女はただの娘に戻るとでも考えていましたか? そんなハッピーエンドあるわけないでしょう」


 ルシルは滑稽そうに笑った。


「待てよ……嘘だろう」


 ラーフは動揺しながら言った。


「嘘だと思うなら彼の顔をみてみなさい」


 ルシルが示すままギーラの顔をみた。ギーラは眉間に皺を寄せていった。


「そんなの、悪魔のたわごとだ。耳を貸すな」

「おやぁ、ダメですよ。デーヴァ一族の者が嘘を言うなど」


 ラーフは動揺し、頭の中がごちゃごちゃしてくるのを感じた。

 頭に入ってくるのはレンジュの笑顔であった。

 レンジュは役目を終えたら、この世にいなくなる。


「何故……、何故、それを言わなかった? ギーラ」


 ラーフはギーラに問いだした。ギーラは何も答えようとしなかった。


「何だよ。それ……レンジュはあんなにぼろぼろになって、あんなに苦しんで世界を救っていっているのに」


 その見返りがなく、肉体の消滅、死んでしまうなんて。


「死ぬのではない。魂は救世神の元へ渡り、同一化するのだ」

「そんな酷い話があるかっ! 何が救世神だ。世界を救うのに、一人の少女も救わないのか!!」

「レンジュ様はそれを承知している」

「そんな話があるか! お前も見てきただろう。あいつの今までの生き方を! たくさんの人々を苦しめている瘴気を身に抱えて苦しみながら浄化していくあいつの姿を!! なのに、その果てが消滅だと? ふざけるな!!」


 ギーラはじっとラーフを見つけた。酷い形相で怒鳴りつけられているのに彼はびくりともしなかった。

 ただ頭の隅でレンジュの姿を思い出した。はじめて出会った時、彼女は死ぬ運命でしかないギーラの妹を救った。消滅するとわかっていても、彼女の心がギーラの元へ戻るように祈り、妹の瘴気を体内にため込んだ。その時の彼女の笑顔はあまりに綺麗で、痛ましかった。

 他者の救いだけを第一優先にしていた彼女が、唯一願った我儘は目の前の男である。

 きっと彼女が今最も傍にいてほしい男だ。


 ラーフの動揺がひどく楽しいのか、ルシルは滑稽に笑い言った。ラーフの言葉を一部借りたように。


「そう。ふざけるなだ」


 ラーフはルシルの方へ睨みつけた。彼は怯えることなく、話を繋いだ。


「だから、そんな聖女を愛する魔王が聖女を女性として大事にして幸せにすればいい。これで万々歳でしょう」

「違う、……それも違う」

「うるさいですよ」


 ルシルがそう言いながらラーフの首を掴もうとした。しかし、その顔面に横から衝撃が走った。

 ギーラがルシルにめがけ槍の柄で弾き飛ばしたのだ。


「交代するぞ」

「な、必要ない」


 ラーフはよろよろになりながらもギーラを睨みつけた。

 ギーラは深くため息をついて言った。


「ここでお前と問答している時間がない。スパルノ、こいつを連れて先へ行け」

「えっ」


 ラーフたちに追いついたスパルノは突然の言い方にぎょっとした。


「で、ですが」


 一応、ラーフの今後の姿のことを知っているスパルノは冷や汗をかきながら躊躇した。

 ギーラがここに残り、自分だけでラーフが絶望していくのを止められるか自信がなかった。


「早くしろ! あと、手当もしておけよ」

「はい」


 怒鳴られたスパルノは慌ててラーフを担いでその場を去ろうとした。


「いけませんよ。この先を通るのは」

「いや、通らせてもらう」


 そう言いギーラはルシルを押さえつけた。


「おい、ギーラ!」


 暴れながらもスパルノに押さえつけられる形でラーフはギーラに声をかけた。


「早く行け!」


 ルシルを抑えながらギーラは叫んだ。そして、すぐに穏やかな声を出した。


「自分でみて決めろ。レンジュ様が役目を果たすのをみているか、それとも説得して役目を果たさせず誘拐するか」

「お前……」


 ラーフはスパルノにせかされる形で先へ進んだ。


「急いでください。手当は途中でしますので」


 スパルノはそう叫んでラーフを引きずって先へ進んだ。


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