41 二体の悪魔
ギーラは魔王の元を目指している途中に昔のことを思い出していた。
レンジュと初めてであったときのことを。
(何故、こんなときに……)
今は感傷に浸っている場合ではなかった。
一刻も早く魔王からレンジュを救いださなければならない。
魔王を倒し、レンジュを救い、レンジュに世界のすべてを浄化する力を解放してもらわなければならない。
そうなればどうなるかギーラは知っていた。
ちらりとラーフを見つめる。
初めてであったときは信用のならない死刑囚としか思っていなかった。彼の力なくともレンジュは自分ひとりで守れると。
しかし、旅を共にしているとラーフの人となりがわかるようになり、ラーフに任せていた自分がいた。
思ったよりも悪人ではなかったからというのもある。
一番の理由はレンジュが心からラーフを慕っていたから。
ラーフを目の前にしたときのレンジュはふつうの少女であった。
長い重責を忘れられる瞬間でもあるとギーラは感じ取り、それはレンジュにとって大事な時間なのだと認識していた。
(とはいえ、魔王の正体はラーフの未来なのだ)
サーシャから教えられたことを思い出す。
ラーフ自身知らない未来、レンジュの末路に絶望し、世界に憎悪を向ける魔王となる。
いまだに信じることができなかった。
「ほう、ベールを出し抜いたか」
突然頭上から声が出た。
「お前も悪魔か」
悪魔は上から下りてきて恭しくラーフたちに挨拶した。
「ええ、私はルシル。魔王様によって作り出された悪魔です。魔王様に任された活動地はティエン地方です」
丁寧に自身のことを説明し、その一言にギーラは耳を傾けた。
ティエン地方は内陸部にある盆地であった。
山に囲われ、その中央の平地に多くの村や町があった。そのうち北の山にはデーヴァ一族が住んでいた。
「おや、あなたのその槍の拵え……デーヴァ一族ですね。その槍を見て思い出しました」
「どういうことだ?」
「昔のことティエン地方に瘴気をばらまいていた頃にすぐに私の存在に気付いたデーヴァ一族の女戦士がいました。激しい戦いを繰り広げましたが、ついに私の瘴気に中てられ狂ってしまいました」
それを聞きギーラはじろっとルシルを睨んだ。
「おっと、今はまだ私の出番ではありません。まずはあなたたちにあてる新米悪魔がいます。何分新米なもので多少の粗相は大目にみてください」
そうルシルが言うと体全体をマントで包み込んだ悪魔が後ろに控えていた。
「俺たちは急いでいるんだ。そこをどいてくれ」
ここで二人の悪魔を相手している時間も惜しい。ラーフはいらだった声でそう言ったがルシルは丁重に拒否した。
「いけません。今から大事な式なのです。それを邪魔させるわけにはいきません。あなた方の相手は私たちで勘弁を」
「そうか。なら、俺が二人まとめてやっつけてやる」
ラーフはそう言い剣を抜いた。
「だから、私はまだ相手しません。相手をするのはこの新米です」
そう言い新米という悪魔がマントを取り出した。美しい女の姿をした悪魔であった。しかし、険しい表情でラーフを見つめる。
「ギーラ、下がってろ」
「……二人でやった方が効率的だと思うが」
「あいにく今の俺は他人と合わせるという余裕がない」
それを聞きギーラは頷き後ろに下がった。女の悪魔の方をみると相当な力を持っている。ラーフでも苦戦するかもしれない。
(いや、むしろ相打ちになってくれれば願ってもないこと)
ここでラーフが死ねば、ラーフは魔王になることはない。元々レンジュを守るのは自分一人でする予定であった。
◇◇◇
「さぁ、アーテ。ラーフを丁重にもてなしなさい」
ルシルはそう女悪魔にいった。
アーテはぎろっとラーフを睨みつけ、床を蹴ったと思えばすぐラーフの目の前にまでやってきていた。
アーテの鋭い爪がラーフめがけ襲い掛かってくる。ラーフは慌てて剣でそれを受け止めた。
「思ったより早いですねぇ」
ルシルは関心したように拍手でたたえた。
アーテは獣のように呻きラーフを抑えて行った。
「っち、結構な怪力だな」
見た目以上の力にラーフは内心慌てた。だが、ここで自分が立ち止まるわけにはいかない。
アーテは身をくねらせ、大きな声をあげた。そしてラーフの右腕にかぶりついた。
「っ」
思いがけない攻撃にラーフは慌てた。急いで鞘でアーテを払いのけようとしたが、アーテはその前に腕を放しそのまま後ろへ逃げ込んだ。
ぼたぼた――。
ラーフの右腕から血が落ちていた。一部であるが、肉もちぎられている。
アーテをみるとラーフの血肉をごくりと飲み込み、にたぁっと笑った。
「化け物」
ラーフはそう吐き捨てた。
何度か接戦したが、思った以上のすばしっこさにラーフはうまく仕留めることができなかった。
ラーフはアーテを剣で襲おうとしたが、その前にアーテが回り込みラーフの首筋にかぶりついた。
「おやおや、もう終わりですか?」
ルシルは愉快そうに笑った。
「アーテ、あまり行儀悪く食べるのはよくありませんよ」
そうたしなめてもアーテはラーフの首から離れようとしなかった。
「まぁ、しょうがありません。アーテはあなたに殺されかけた鬼女の肉体を材料に作った悪魔ですもの。あれ、殺したの間違いだったかな」
肉体の記憶なのだろうか。
以前自分に恥をかかせたラーフを痛めつけるのにアーテはとても夢中であった。
「このぉ!」
ラーフは剣を振りかざしアーテを狙った。しかし、その前にアーテは逃げてしまった。
「くそ……」
血が出て頭がくらくらする。しかし、ここで止まるわけにはいかなかった。
「このぉ……」
「ラーフ、お前はそんなに弱かったか」
ギーラは呆れたように声をかけた。それにラーフはぷつっと切れそうになった。
「こいつ、思ったよりもすばしっこいんだよ」
「それでもお前に倒せない相手ではないはずだ。あの鬼女より多少強化されていても」
ギーラは大きくため息をついた。
「冷静になれ」
そうはいってもそれでアーテの動きを見極められるわけがない。
もう一度剣で襲い掛かっても思った通りアーテは素早く回り込んできた。
「あれ……」
ラーフはアーテの動き方を何度かみたパターンであることに気づいた。
この場合は確かと一瞬で判断し、剣を構え直し振りかざす。するとアーテの肩に命中した。
(もしかして……)
ラーフはひとつの考えを思いついた。だいたいアーテの動きをみてきた。
だいたい10通りはあったと思う。
そのどれかを選べば、どのあたりに回り込んでくるかだいたいの予測が立てられるようになった。
どうやらギーラはすでにこれに気づいていたようである。
ラーフはそれを手繰り寄せ、アーテの動く先を読みアーテの心臓に剣を突き刺した。
「ぎぁ」
アーテは悲鳴をあげて動けなかった。その隙を逃さずラーフは二回目の攻撃に移った。
アーテの体を真っ二つに割ったのだ。
アーテはそのまま崩れ落ち倒れこんでしまった。
さすがのラーフもアーテの動きに翻弄されかなり苦戦を強いられた。右腕と首を何度も狙われかなりの出血をしていた。
「ありがとうな」
ラーフはそうギーラに言った。ギーラは苦い顔をして視線を逸らした。
(あのままアーテに殺されるのを黙ってみてればよかった)
そう後悔しつつも、ラーフが倒れた後のことを考えると胸が苦しくなった。脳裏に浮かんだのは幼い聖女の悲しい表情であった。




