39 サーシャの狙い
「いけないなぁ」
ベールが手を差出し光の線を出した。それがサーシャの右足に命中した。
「ぐあっ」
「考え事は危ないよ」
痛みに悶えるサーシャをベールは冷笑した。
サーシャは両手を前にだし無数の水を出した。
「どんなに君が攻撃しても私は回復するよ。生きのいい回復源があるからねぇ」
「そうねぇ」
サーシャはにこりと笑った。
攻撃を続けながらも、悪魔の行動を何とか制限できないものかと考えた。悪魔は傷を負ってもすぐに近くの人形へ手をだし丸のみにする。大きさによっては数人を丸のみにしている。
回復する人形が全部なくなったら、ベールは回復できなくなるだろう。だが、その前にサーシャが力の使い過ぎで倒れてしまう。
どうしたものだと頭の中で必死に考える。顔が大きくなったベールは元に戻る前ぺっと一人を吐き出した。
その人形は他のと何が違うのだろうかとサーシャは考える。移動しながら、何度か彼が吐き出した人形の近くへと通った。
人形、ベールに操られている人間の気配を察した。呼吸はしておらず、脈動も感じられない。肉体自体死んでしまったのだ。
ベールはまだ生きている人間の血や水が巡る力を利用して操り、そのエネルギーを回復として利用している。
考え出した答えにサーシャは笑った。自分のひどさに自分で引いてしまう。だが、他に方法はない。
サーシャは一斉に水を頭上へかきあつめた。
それがうねりをあげ飛沫となりあたりに飛散した。
かなり大がかりの無数の水の攻撃であった。それでベールを攻撃しようとしているのだ。
「むだむだ」
ベールは笑ってその飛沫から逃げた。
すべての攻撃が終わりそれをすべてかわしきったベールはサーシャに笑いかけた。
かなり大がかりな力を使いサーシャの息はかなり乱れていた。周囲の水の壁も少しずつ薄くなっていった。
「残念だったねぇ」
ベールは嬉々とサーシャに光の線で攻撃を与えた。一発目は肩に二発目はサーシャの胸に、腹、左太ももと次々と命中していく。
力を使ったサーシャは無力にすべてを受けとめた。
「ぐぅ」
サーシャはその場に崩れながらも膝でなんとか倒れまいと踏んばった。そして両手合わせ、祈るように眼を閉じた。
祈りが終わるとすぐにベールに向けて手のひらを向けた。
手のひらから水が現れ竜のように咆哮をあげベールに襲い掛かった。
ベールは無駄な努力だと思い、それを身に浴びた。
たとえこれで傷を負ってもすぐに回復できるからだ。それでサーシャに無力感を味あわせてやろうと考えた。
これもかなりの技だったらしくベールの身は想像以上にぼろぼろとなっていた。
「さすがに竜神を祖に持つ一族の力、お遊びで受けてやったけど、死ぬかと思った」
ベールは息を切らしながらも、不適に笑った。いくらだって回復はできるのだ。
それをみてサーシャはついに周囲の水の壁を維持できずに力つきてしまった。
ベールは水の壁の中にあった回復源へ手を出そうとした。しかし、そこには何もなかった。
あったのは足元に転ぶ無数の屍であった。
「こ、これは」
先ほどの飛沫の攻撃はベールに向けたものではなかった。
水の壁の中の操られた人々にも向けられていたのだ。
それらは見事急所に命中しており生き残った者は一人もいなかった。
「まさか……お前」
「そうよ。回復源を絶ってやったわ」
サーシャは笑った。笑顔で言うにはあまりに残酷な言葉である。
彼女は回復源を使いものにならないようにした。それがまだ人形、生きていた人間の命を絶つ行為であるにも関わらず。
これでベールは回復できない。いくらでも回復できると思ったベールは油断し、サーシャの大技を身にくらい弱ってしまった。
「小娘ぇ!!」
ベールはいかりのあまりサーシャの元へかけよりサーシャの首を絞めた。
「うぐぅ」
「何が聖女の眷属だ。罪のない者を虐殺して」
「その罪のない者を家畜のように扱っていた悪魔に言われたくないわ」
サーシャは首を絞められながらも笑った。かわいた声で、悪魔をせせら笑った。
「こうなればお前の生命力を奪ってやる」
もう戦う力の残っていないサーシャには戦う力など残っていない。彼女はベールから受けた攻撃で、かなりの深手を負っていた。
腹からどくどくと血が流れて行っている。大きな血管を損傷してしまっているようだ。
これではどうせ助からない。
サーシャが絶命する前に回復源として有効利用してやろうとベールは考え、顔を大きく膨らませる。
目の前でみるととても不細工でみてられない。
サーシャは笑った。
「お生憎さま。あなたの栄養源になんてなるくらいなら豚の餌になった方がましだわ」
「何を言っているのだ……っ」
ベールは突然体のバランスが崩れるのを感じた。
右足が薙ぎ払われ欠損してしまっていた。何が起きたかとベールが考える前に自分の視界から体を引き離されるのを感じた。首を切り落とされたと気づくのはすぐ後であった。
「ふー」
スパルノは剣を鞘に納め、崩れ落ちるサーシャを支えた。
「貴様……は」
「ナージャ一族に仕える者でスパルノといいます」
スパルノは手をかざし挨拶した。普段であれば笑顔のひとつは贈りたいところだが、目の前の惨憺たる光景に顔が引きつってしまう。
「よくやったわ」
息絶え絶えにサーシャはスパルノを褒めた。
実は先ほどラーフたちを先へ進ませる間スパルノは物陰に隠れていたのだ。
途中、サーシャの危機に飛び出そうとした。しかし、すぐにサーシャに睨まれ動けなかった。
「く、……人間の癖に卑怯な手を」
「人を道具のように扱うお前に言われたくありません」
スパルノはそういい手にもっていた短剣をベールの額になげつけた。見事に命中しベールは息絶えた。
「急いで手当を」
サーシャの酷い怪我にスパルノは急いで救急処置を取ろうとした。
布で一番血がでてくる場所を抑え止血しようとする。
「いいのよ。もう間に合わない」
サーシャはスパルノの手を握り、ふるふると首を横に振った。
「それよりよく耐えたわ。私の計算をしっかり読んで、ベールの不覚を狙い見事に倒してくれた」
「お嬢を助けようとしても、お嬢がそうさせなかったんでしょう? さぁ、じっとして。喋らないで……治癒に専念します」
「いいの。見て、ここの人たち」
ベールによって操り人形にされていた人たちの死に顔をみてサーシャは苦く笑った。
「こんだけの人を殺した私が助かるわけにはいかないわ」
「でも、助けられなかったと思います。そうしないとベールは無限に回復しますし、このままでもこの人たちは死んでいた」
「それでも一時的でも、人としての最期を迎えられたかもしれない」
助けられなかったとしてもレンジュならば毒の苦痛を解き放ち人としての最期を送らせたかもしれない。
「あの子ならそれができた」
サーシャはその機会を奪ったのだ。
「でも、お嬢は許さないでしょう。ここで聖女様が無駄な力を消費すること」
「そうね。ここにあの子がいなくてよかったと思っている。最低ね」
それに安堵した自分が許せなかった。
「スパルノ、ちょっと休ませて。先、行っていて」
サーシャはにこりと笑った。
「でも」
「あなたには役目があるでしょう」
スパルノは人の記憶を操作することができた。
レンジュが役目を終え末期を辿った後、ラーフが絶望しないようにラーフの記憶を操作しないといけない。
じゃなければラーフは魔王となり世界を滅ぼそうとするだろう。
スパルノはそのためにこの場へ派遣されたのだ。
「行って。……そして見届けて、この先にあるのが地獄なのか、それとも」
「それとも?」
スパルノが疑問を投げかけたが、その答え出なかった。
「あー、お嬢。酷いですよ。旦那様になんていえばいいのですか?」
スパルノの声は空しく廊下に響き渡った。
◇◇◇
サーシャが深い眠りについた頃、レンジュは目を覚ました。
自分は上等な寝台で横たわっていた。
周囲をみれば美しい神殿の壁であるが、全体的に禍々しい気で満ちていた。
「私……」
レンジュははっとした。
自分は突如現れた魔王によって眠らされていたのだ。
口の中を確認する。ラーフの治療をしたときに彼の傷を背負ったのだ。その傷がなくなりうまく声が出せていた。
慌てて寝台から飛び出すと自分の体に何も身にまとっていないのに気付いた。
慌ててレンジュは寝台のシーツをとり自分の体を隠した。
「おや、お目覚めですか?」
部屋に入ってきたのは見知らぬ男であった。
「初めまして、私はシュールというもので魔王様の付き人です」
それを聞きレンジュは警戒をあらわにした。
「そんな警戒せずとも今は何もしませんよ。それより湯の準備をしています。それで身を清めてください」
「……」
部屋の中には湯殿もあり、そこにはお湯が張られていた。この瘴気に満ちた城では珍しく澄んだ水であった。
「魔王様が用意させたのです。ああ、着替えはこれです。それでは準備ができましたら、お呼びいたします」
シュールが部屋を去った後、レンジュはおそるおそる湯に触れた。
綺麗な清水であった。
悪魔たちが住む城にこのようなものが準備されているとは思わなかった。
悪魔の準備するものを使うのは躊躇した。
しかし、思いのほか疲労のたまった身を癒し清める為にはこの湯を使う他なかった。
力がなければ魔王とも対峙できない。
レンジュは意を決して湯の中に身を沈めた。
「みんなはどうしているのかな」
レンジュは湯の中で目を閉ざし、気を探った。レンジュがあらかじめ眷属たちに持たせたお守りを辿りそれぞれの気配を感じ取った。
ラーフとギーラとスパルノの気はまだある。しかし、マホとサーシャの気は感じ取れなかった。
「そんな……」
二人がすでにいないと悟ったレンジュは悲しみに顔を歪ませた。
「マホ、サーシャ……」
マホは火の神の器候補として大事に育てられた少年であった。
神は違えど、境遇はどことなく自分と似ていた。
マホもいずれは器として火の神に仕え、身を犠牲にし火山を鎮め続けなければならない。
まだ幼いながらもしっかりと自分の運命を悟った子であった。だから、レンジュは彼の前で弱音は見せられなかった。
サーシャは自分が救世神の聖女である自覚を再度確認させてくれた人であった。
そして、レンジュの苦しみを察知して支えてくれていた。
ラーフのことに関しては自分の我儘でしかないというのに、サーシャはそれを汲んでくれた。
二人ともまだ若かったのに。
それなのに死んでしまった。
「二人が犠牲になることなんてなかったのに」
レンジュは悔しいと感じた。そして魔王の存在を生み出した自分を許せずにいた。
そっと胸に刻まれた蓮の印に触れた。
改めて自分の姿を認識した。
未来の自分が魔王というものを生み出すきっかけになる。
なら、自分が何とかしなければならない。
レンジュはそう決意し湯から出た。身を新しい布で拭い、用意された衣装を確認した。
「こ、これ……」
レンジュは思わず顔を赤くした。
ほかに着るものはないのかと部屋中を探したが、これ以外にはないようであった。
自分が今まで着ていたものもなかった。
「うー」
レンジュは仕方ないとその衣装に身を包んだ。
それは純白の花嫁衣裳であった。
白い布袖や裾には細やかな刺繍が施されていた。
魔王となった男の求めるものが何か改めて再確認してしまった。
それにレンジュは複雑な気分を感じていた。
「魔王を生み出したのは私……なら、責任とらなければならない」
観念してレンジュは花嫁衣裳に袖を通した。後から訪れた悪魔がレンジュの姿を確認して、身を綺麗に整えてくれた。




