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38 毒を操る悪魔と操り人形

 一瞬だけマホの炎で弱められた城内の瘴気は勢いづいたが、すぐに弱まっていった。

 マホの目の前に敵が現れて炎を一度消されたのかもしれない。

 そう思ったが、ラーフは後ろを振り返ることができなかった。


「ラーフ、止まって!」


 サーシャの言葉にラーフは振り返った。

 簡単に足を止めるなどできない。

 こうしている間にもレンジュの身が心配であったのだ。


 足を止めずにいたら足元から勢いよく水が飛び出してきた。

 通っている場所は廊下であるが、足元から大量の水が湧き出るとは。

 これができるのはサーシャの能力だ。

 サーシャはわずかな水分さえあれば自在に水を操り多くの水を出すことができた。


「何をするんだ」


 水の勢いで歩を止めたラーフはいら立ちサーシャを怒鳴った。

 サーシャはじっと険しい表情で目の前を睨みつけていた。傍にいたギーラもスパルノ息を呑んだ。

 ラーフは足元をみると鋭い針がいくつか落ちていた。触れようとするとサーシャが気を付けるように注意した。


「それに毒が塗りこまれているわ」


 これが体に刺さったらひとたまりもなかった。サーシャがすんでのところで水の壁を作ってくれたため助かった。

 お礼を言うべきだろうと思っていたら、新しい悪魔が登場した。


「君らが聖女さまの眷属?」


 水浸しになった廊下へ足を踏み入れた若い男が首を傾げながらラーフたちを見つめた。


「あなたは悪魔ね」

「うん、ベールというんだ」


 成人した男の姿をしているが仕草があどけない男であった。ベールはゆっくりした口調で自己紹介した。


「せっかく新しい毒を試してみようと思ったんだけど残念」


 ラーフに向けて放たれた毒針のことを言っているのだろうか。


「お前は毒を操るのか?」


 ラーフが尋ねるとベールはにこりと笑って説明した。


「うん、毒……といってもいろんな種類があるんだ」


 たどたどしい口調でベールは説明する。


「神経を鈍らせるものや、呼吸をとめるもの、脳に刺激を与えて狂気を与えるもの。特に通常の人を狂気へおとす毒に今凝っていてね。特に強そうな君なんかよさそうだなって思って試そうと思ったんだ」


 つまり新作の毒をラーフに試したかったという。

 気づけば周囲にたくさんの気配があった。後ろから生気を失った人の姿のものたちがじぃっとこちらを見つめている。


「なんだよ。こいつら」


 気味悪げに呟くラーフを他所に、ギーラは複雑な表情で彼らの状況を察した。


「人間だ」


 それにラーフはぎょっとした。


「そう、そう。こいつらは攫って実験でいろいろ試してみた奴らなんだ。もう自我なんてない。今では僕の言うことを聞くお人形さんたちさ」


 ベールの説明にラーフは吐き気を覚えた。

 元々、ごく普通の人間であったのに悪魔にここへ連れ込まれ毒の実験をさせられ自我を崩壊させてしまったのだ。

 一人がギーラに襲い掛かろうとしていた。

 ギーラは躊躇いながらも槍の柄の部分でその者の胴体を叩き倒した。

 かなりの衝撃を与えたはずだったが、その者はむくりと立ち上がっていた。生気のないうつろな瞳でじぃっとギーラを睨みつける。

 その暗い瞳にギーラはぞっとした。


「毒のおかげで感覚麻痺していて、攻撃しても死ぬまでずっと動き続けるよ」

「酷い奴だ……」


 ラーフが吐き捨てると、ベールはにこにこと笑った。


「ここは通さないよ、今から大事な儀式があるんだ」

「大事な儀式?」

「うん、結婚式。聖女と」


 それに一同は驚きの表情をした。

 ちらりとその場にいた者たちはラーフを見つめた。

 ラーフは信じられないという表情を浮かべていた。


「だから、ここを通すわけにはいかないんだ」


 ベールはくるっと指を回すと操られている人は一斉にラーフたちへ襲い掛かった。

 致し方なくラーフたちは人間とわかっていても応戦せざるをえなかった。


「ここで足止めくらっている暇はないわよ」


 サーシャはラーフたちにそう叫んだ。


「とはいってもこいつら」

「私がここを持ちこたえさせるわ。道を開けるから行きなさい!」


 そういいサーシャは手をかざし操られている人々の周囲に水の壁を作った。それでうまく左右に割り、道を開けさせた。


「急いで!」


 サーシャの叫びとともにラーフたちは急いで先を進んだ。


「行かせないよ!」


 そういうベールの目の前にも水の壁が作られその隙にラーフたちは先へ進んでしまった。ベールが無理やり水の壁からはい出たときにはそこにいたのはサーシャのみであった。


「ナージャ一族の娘がここに残るとは思わなかったな」


 ナージャ一族はデーヴァ一族と並び古くからある一族で先祖を辿ると神であったとまで言われていたのだ。歴代聖女の眷属に選ばれることが多かった。

 その一族の彼女であればここは他の人間に任せてさっさと聖女の元へ行くかと思っていた。


「ええ。この人たちを傷つけずにあなたを倒す程器用なことができるのは私くらいだもの」


 サーシャは笑って言った。水の壁でベールの操り人形と化している人びとを閉じ込めて動けないようにしていった。


「無駄なことを。そいつらはすでに死んだも同然。ここで君が守っても毒によって精神、肉体を蝕まれ数週間程で死んでしまう」


 それにサーシャはきっとベールを睨みつけた。


「気に食わないわね。人をまるで駒のように扱う悪魔のような男」

「ああ、だって悪魔だからね」


 ベールは当たり前のように笑った。


「あなたはこのサーシャ・ナージャが倒す」


 サーシャは指を動かしベールを指差した。すると無数の水の矢が現れベールを襲い掛かった。

 すべてがそれに命中しベールは倒れこんだ。


 一瞬やったかと思ったがサーシャはすぐに緊張を取り戻した。

 倒れたベールはすぐに起き上がり、傍の水の壁に手を突っ込んだ。

 一人の男を出してそれに向かい大きく口を開けた。

 そのときベールの顔が異常に大きくなった。一口で人を飲み込む程の大きさであった。ぱくりと人を飲み込み、顔は元の大きさに戻った。ベールはばりばりと咀嚼してごくりと飲み込んだ。そしてサーシャから与えられた傷はすぐになくなってしまった。


 悪魔の一連の動作をみて、サーシャは恐怖に震えた。

 ここの人間たちはただの操り人形ではなく悪魔の食料としても存在しているのだ。

 そして回復の道具として利用されている人がいる限りどんなに攻撃しても無駄だと感じた。


 サーシャは頭を抱えつつも、どこかでレンジュがこの場にいなくてよかったと思った。

 おそらくレンジュは魔王の元へたどり着く前にここの人たちの為に聖女の力を使おうとするだろう。

 敵の本拠地で、本懐を達成する前に力を使い果たしてしまうだろう。


(でも、レンジュが魔王に誘拐されかどかわされるのは困る)


 レンジュが魔王の妻になってしまえば、聖女の力は失われる。ただの娘と化してしまう。

 次の聖女に相応しい器が誕生するのに時間がかかる。


(……つくづく、私って酷い女ね)


 ナージャ一族の娘として聖女の眷属として世界が救われることを優先して考えている。

 レンジュの前では味方だ、理解者だという顔をしつつもレンジュを一人の娘としてではなく聖女として利用しようとしている。


(あの子が、ラーフに心を開き気を許してしまうはずだ)


 サーシャも、ギーラも一族から与えられた知識で物事を考え、レンジュを世界を救う聖女として見てしまう。

 マホもレンジュの末路を知っていて無意識のうちにそう接してしまう。火の神の器というマホの将来を考えるとレンジュも自分の弱さを諭されないように気遣ってしまう。


 気遣わずにすむのはラーフだけであった。

 ラーフはレンジュを一人の娘として扱っていた。

 レンジュは聖女として世界を救う為に覚悟は決めていた。

 だが、どんなに覚悟を決めていてもレンジュは一人の少女である。

 一時でも自分をただの少女として扱ってくれるラーフに心奪われてしまった。


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