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36 夜明けの出発

 魔王の城では盛大な宴が繰り広げられていた。魔王の手に聖女が落ちたのである。


「いやー、めでたいです」


 女悪魔は嬉しそうに赤ワインの瓶を掲げあちこちの悪魔にちょっかいを出していた。

 城にはたくさんの悪魔が集められていた。

 みな、世界のあちこちへ点在しその大地を汚し病魔をばらまいていた。

 中には人の心を直接惑わす悪魔もいた。その者たちは指導者や英雄を堕落させ人々に恐怖を植え付けさせた。


「カパリ……ほどほどにしましょう」


 カパリと呼ばれた女悪魔は舌をだして笑った。


「何さ、めでたい宴席、明るく酒を楽しまなければいつ楽しむんだい?」

「ああ、ですがそれは聖女の眷属をすべて一掃してからです」


 ラーフたちはレンジュを救いに必ず魔王の城へやってくるだろう。魔王と聖女の元へたどり着かせない為に自分たち四体は用意されたのだ。


「彼らはクベラを倒しました」

「クベラねぇ。あんなおばさん倒しても何の自慢にならないよ。強いのは魔王様が力を分け与えたからなのに偉そうでさ」


 カパリは瓶を高くあげそれを傾けた。上へ顔をあげ口の中にそれを運んだ。

 ごくりと一飲みしたカパリは満足げに舌をだし口まわりをなめとった。


「いいよ。私がその眷属を倒してあげる」


 そう言いカパリは窓の外を見つめた。そろそろ一行は城の門までたどり着いていることだろう。


 ◇◇◇


 夜が明けると木々の奥からスパルノが現れた。

 城への出入り口を確認したため、それを報告するために急いでいた。

 その途中、一人で奥へ向かう男を見つけスパルノは足を止めた。


「あれ? なんで一人でこんなところに来ているんすか?」


 スパルノは首を傾げてラーフに声をかけた。

 ラーフは焦燥した表情で答える余裕がなさげであった。


「何かあったんすか?」


 スパルノが質問し、ラーフの瞳が揺らいだ。理由を早口で言われ、かなり動揺していた。

 これはただ事ではないことが起きたなとスパルノはサーシャがいるであろう方向へ視線を向けた。


「この奥に魔王の城があるんだな」


 ようやくまともな言葉が出て、スパルノは頷いた。


「ええ……」


 ラーフは急いで奥の方へ歩もうとした。すると後頸に衝撃が走りくらりとしその場に崩れてしまった。


「悪いねぇ。旦那……こっから先は敵地なんで単独行動は控えておいた方がいいですよ」


 そういいスパルノはラーフを抱え、サーシャたちのいる洞窟へ向かった。途中、洞窟からすでに出発しているサーシャたちと遭遇する。


「ラーフ! 心配したのよ。朝になったらいないし」


 サーシャはラーフの方へ走り寄った。

 彼女の声で、ラーフは目を覚まし、スパルノはやばっと彼を置いて離れた。

 怒った彼はスパルノの方へと睨むが、距離がずいぶん遠くになって手が出せない。


「レンジュがいないわ。あなた知らない?」


 そういうとラーフはひどく動揺していた。


「何があった?」


 後ろからギーラが声をかけた。ラーフは不安げに上を見上げて呟いた。


「それにキラは?」


 先日悪魔から逃げてきた女性の消息も消えていたのだ。

 ラーフは頭の中で必死にいうべきことの順序をたてていった。


「あの女は魔王の手先だった。倒したが、その後魔王が現れて、レンジュを連れ去った」


 ギーラは大きく目を見開いた。そしてラーフの胸倉を掴んでラーフの左頬に拳を振った。


「っちょっと!」


 サーシャの制止も聞かずギーラは転げ落ちたラーフの胸倉を再度掴んだ。


「お前、……おめおめ魔王にレンジュ様を差し出したのか?」


 そのギーラの言葉にラーフは不愉快そうに眉根を寄せた。


「そんなことするわけないだろう」


 確かに自分がいながらレンジュを攫われたのは失態である。それに関して責めは受けよう。だが、魔王に差し出したという言い方はかなり不愉快であった。


「……取り戻す」


 魔王の城に急いで忍び込み、レンジュを救い出す。ラーフは宣言した。


「そして次はお前がレンジュ様を攫うか?」


 ギーラの質問にラーフはますます理解できずにいた。


「さっきからなんだよ。俺は確かに罪人だったし、人に褒められるような人間じゃない。だけど、そんなことをするわけないだろう」

「……そうか」


 ギーラは怒りの表情をようやく解いた。

 冷静になったのだろう。ラーフを解放した。

 マホは心配そうにラーフの方へかけよった。

 自分より幼い少年が、自分を気遣おうとしてくれてラーフはようやく自分の在り方を再認識した。

 こんなところで立ち止まっている場合じゃない。


「ああ、大丈夫だ」


 ラーフはマホの頭をぽんと撫でた。立ち上がってスパルノに案内を命じた。急いで魔王の城へ行かなければならない。

 一発殴られるのではと警戒するスパルノにラーフは声をかけた。今は何もしないから早く案内してくれと。


 スパルノの案内の元、数日山を歩き、魔王の城へとようやくたどり着いた。

 かつては救世神の聖女が朽ち果てそうになった世界を救う為の祈りの場でもあった。人が管理することのない神殿であるが、つくりはしっかりとしており何百年も歴代の聖女を迎え入れた場所だというのも頷けた。


 救世神が降臨する神聖な場であり、通常人は出入りできない。人の出入りしている雰囲気はなく人里離れた場所に置かれている古代遺跡という扱いであった。


 ここに魔王が住み着き、城を新たに築かれ、かつての神聖さは損なわれてしまった。

 人々の希望の場であったものが今では絶望しか生まない場所になってしまった。


 この数年、人々はただ絶望を甘受していたわけではない。

 国は総力をあげて何度も部隊を形成させた。何度も魔王討伐の為にこの城を目指したが、山道の途中に現れる多くの悪魔たちに部隊は全滅させられた。

 人々は魔王が現れてから百年もの間、悪魔とそれらがばらまく瘴気に苦しめられてきた。


 成す術がなく、崩壊する世界を覚悟していた頃にようやく誕生したのが救世神の聖女・レンジュであった。

 彼女は国に保護され神官たちから養育を受け、旅を始めラーフたちを旅の供にしこの山にまでたどり着いていた。

 目標はこの城に棲みついている魔王と悪魔たちを退治し、この神殿でレンジュは世界を救う為に救世神の力をすべて解き放つことであった。


 しかし、レンジュは魔王によって連れ去られラーフたちは後を追いようやく城にたどり着いた。

 入り口の左右に並んでいる2つの柱があった。上の方に大きな皿のような形を模していた。

 マホはそれをじぃっと眺めていた。


「どうした。おいていくぞ」


 ラーフにそう声をかけられマホは悩んでいる表情を浮かべて言った。


「僕、ここに残るよ」


 突然の言葉にラーフは首を傾げた。なぜだと質問する前にマホは応えた。


「この2つの柱の上のもの……多分これは火を灯す為のものだと思う」


 ラーフはその2つの柱の上を眺めた。確かに形式として神殿に火を奉るものと同じものであった。


「多分、ここで火を灯すのは大事なことだと思う」

「どういうことだ?」

「タキが言っていたんだ。火の神マコモが救世の聖女へ火を貸したことが何度かあるって。それで、世界中に散っている悪魔の勢力を弱め浄化を成功させられた。多分、ここはマコモの火が灯された場所だ」


 ここで救世神と火の神の繋がりが出てくるとは予想しなかった。

 神殿において清浄な火を灯す行為は神への供物と同等の意味がある。

 これにより魔王の手で汚された神殿を少しでも本来の姿に戻すことができるかもしれない。


 柱上へマホは両手をかざした。それと同時に柱の上の方で火が灯された。


「僕は火の神マコラ様の次の器になる。カイ程ではないけど、マコラ様の火をこの世に届けることができる」


 火がともされるとわずかであるが、城の中の空気が変わっていった。禍々しいものの中にすぅっと清らかな風が流れているようであった。

 もしかすると歴代聖女で、お供に火の神の子供を連れていた者が何人かいたのかもしれない。


 スパルノが上の方を確認すると古びた薪が置かれている層だ。

 近くから薪を用意してくれた。柱の上の皿へと薪の補充を行った。


「確かにここで火を灯すのは意味があるだろう」

「うん、だから僕はここに残るよ。ここで火をくべれば中にいる悪魔の力も落とすことができるし」

「……わかった」


 ラーフはマホの進言を受け入れた。それにマホはにこりと笑った。


「レンジュを助けてね」


 マホの言葉にラーフはこくりと頷き、城の中へ入った。ギーラもそれに続く。

 サーシャはマホを気遣うように見つめた。


「あなた、この神殿で神の火を灯すのはかなりの労力よ」

「うん、神の器に見いだされた僕じゃないと務まらない」

「くれぐれも無理はしないでね」


 そうサーシャが言い残し、マホはこくりと頷いた。


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