35 レンジュの好きなもの
キラにとどめをさした後、ラーフは己の喉元をふれた。
うまく声がでない。出そうとすれば口の中がひどく痛む。
「…ジュ」
ラーフはレンジュの方へ振り向いた。
大きな瞳が俺の姿を捕らえる。その色は酷く不安の中揺れていた。
大丈夫か?
うまく声が出せない。
うまくろれつが回らず途切れた声をかけながらラーフは気遣うようにレンジュの頬に触れようとした。
その声を聴きレンジュは悲しげに瞼を閉じ、両手を前にだしラーフの両頬に触れた。
瞬間、白い光が発せられた。
光の中でラーフは舌の痛みが引いていくことに気づいた。
レンジュが自分のけがを治そうとしているのだ。聖女の力を使い。
浄化だけでなく傷を治すことも可能なのか。
ラーフはそう感心ながら傷の治療を受けていたがすぐにはっとした。
浄化の力は実際レンジュの身に瘴気を背負わせレンジュ自身が病魔に侵される。
では傷を治すということは。
ラーフは急いでレンジュの両手を掴み、力を使うなと声を出した。
「っ……」
レンジュは痛そうに眉根を寄せた。
「口を開けろ」
だいぶ声が出しやすくなったラーフは厳しくレンジュに言った。
レンジュはにこりと微笑んだ。
「何笑っているんだ。口を開けろ」
ラーフはぎゅっとレンジュの手を握りしめた。力強く。
レンジュは痛みに口を緩めた。
その時口から血が流れているのをラーフは見逃さなかった。
「何でこんなことした」
力が使われた瞬間に気づくべきであった。
聖女の力は瘴気をそのまま浄化するわけでも、怪我を治癒するわけではない。
レンジュがその瘴気と怪我を身に受けるのだ。
何でレンジュはこんな大したことない怪我の為に力を使ったのだ。
ラーフには理解できなかった。こんな怪我くらいはすぐに治るだろう。
(だ、て……)
レンジュはうなだれながら声を出そうとした。舌がいたくでうまく言葉にしづらそうであった。
「わ、しの、せい」
『私のせい』と必死に言っていた。
「……お前のせいじゃない」
むしろこの存在に助けられた。
この少女がいなければ自分はどうなっていたかわからない。
想像したくもなかった。
「どうして怪我の治療をした」
「……、のこえ、……好き」
『ラーフの声が好きだから』
ろれつの回らないラーフの声を聴くのはレンジュとして辛いものであった。
役目を終えるまでの間、傍で好きな男の声を聞いていたい。
その言葉を聞きラーフは意味がわからないと呟いた。
「俺の声の何がいいんだ?」
そういうとレンジュはにこりと微笑んだ。
はじめは少しそっけない声と思っていたが、次第にラーフの声に優しさが感じ取れるようになっていた。
レンジュはそれがうれしくてラーフに声をかけてもらえるだけでうれしいと感じた。
「ああ、そういえば近道を聞かないままだったな」
ラーフは思い出したようにキラの亡骸を見つめた。
魔王の城に繋がる近道があると言われたが、実際にあるかどうか不明であった。
魔王の手下であったのが判明した今となれば自分たちを陥れる虚偽であったかもしれない。
「地道に行くしかないな」
ラーフがはぁっとため息をついていうとレンジュはこくりとうなづいた。
しばらくしてレンジュはキラの亡骸に触れた。
キラの亡骸を葬ってあげようというのだ。
「こんな……俺たちを陥れようとした敵を」
悪魔ならば倒したらそのまま体が崩れて空気の中に飛散してしまう。放っておけばキラの肉体もそのまま消滅するだろう。
「………」
レンジュは悲し気に俯いた。
今こうしてここにまだ肉体を残したままである。
このまま野ざらしにするのはあまりに悲しい。
なかなか動こうとしないラーフにレンジュは仕方ないと自分の手で土を掘り始めた。
「おい、やめろ」
そういってもレンジュは土を掘るのをやめようとしなかった。少女のか細い腕ではなかなか人一人埋める穴を掘るのは難しいことである。
ラーフは仕方ないとレンジュと一緒にキラを弔う為の墓を作ってやることにした。
しばらくしてキラの肉体を土の中に埋め終わった。
レンジュの顔に疲れがみてとれた。
「戻ったらしばらくあの洞窟で休もう」
レンジュはそれに異を唱えようとするが、ラーフは譲らなかった。
「なんだかんだいって疲れが貯まってきている。このままじゃ魔王の元へたどり着く前に倒れてしまう」
『でも』とレンジュは休憩を拒む。
「そんな疲れた顔で同行されても困るだけだ」
その皮肉にレンジュは苦笑いした。
彼の言葉の中に彼なりにレンジュを気にかけているのが感じ取れたのだ。
「ほら、行くぞ」
ラーフがそう言い洞窟に戻るように言うとレンジュはこくりと頷き後を追おうとした。
その瞬間レンジュの後ろから手が伸び彼女の腕をとった。
「っ……」
後ろにいる存在に気づき、ラーフはレンジュへ手を伸ばしたが遅かった。
レンジュは後ろから伸ばされた腕に引っ張られ暗闇の中に消えようとした。
「心配するな。何もしない」
暗闇から男の声が響いた。落ち着いた声であった。
聞き覚えのある声にラーフはぎりっと唇を噛んだ。いずれかの日に出会った魔王の声であった。
「どういうことだ。レンジュを返せ」
「何。聖女が疲れている様子であったから、私の城で休んでもらおうと思ったのだ。お前も休むのには賛成だろう」
「お前の元でなければな!」
どこにいるかわからない声にラーフはいら立ちを覚えた。
「レンジュを返せ」
しばらく辺りは静かになった。魔王は何かを考えているのだろうか。姿がみえずラーフにはそれはわからなかった。
「大事か? レンジュが」
ようやく魔王は声を出した。ラーフに質問を投げかけているようであった。
「悪いのか?」
ラーフは否定することなくそう言った。
「なら、何故大事にしない。神の眼の届かない場所に隠してしまえばいいのに」
「何を言っているんだ?」
「つくづくお前を見ていると腹が立つ」
魔王に何故ここまでののしられなければならないのだろうか。
さっぱり理解できなかった。
「とりあえずレンジュには私の城で休んでもらおう」
「おい! 待て!!」
気配が消えるのにラーフは慌ててあたりを探し出した。しかし、暗闇は引いていき、魔王の気配はなくなってしまった。
◇◇◇
自分の部屋に戻った魔王は腕の中に抱いているレンジュの姿を見つめた。彼女は瞼を閉ざし眠りについていた。
魔王は愛しげにそれを見つめ、レンジュをベッドの上に横たわらせた。
「魔王様……」
シュールが魔王の方へ近づき報告した。
「クベラは……」
「死んだのだろう。残念なことだ」
とても残念そうに感じている風にはみえなかった。
実際、ラーフとしてはクベラはごく最近仲間にした程度のものであった。
「あいつにはいろいろ学ばせてもらった。人間がいかに欲に弱いかを……」
天女が天からの刺客に討たれる直前、天女はある将軍を堕落させていた。
立派な武人であったといわれている。
それが、領地内の気にいった下女を誘拐し凌辱し最後には殺す畜生に落ちてしまった。
天女がいなくなれば誘惑は途切れ、元の立派な人物に戻るかといったらそうではなかった。
領土内の下女を漁り、また見回りの中見初めた少女にまで手を出す有様であった。
元々そうした気質であったようだ。
今まで幼い頃から叩き込まれた教育と訓練で理性を作っていったが、クベラはそれを取り壊し将軍は改心することをしなくなってしまった。
将軍が手を出した娘の中にさる領主の一族の娘もいたという。
クベラが誘惑する男たちはかつて傑物であった。だが、クベラの手であっさりと堕落し、クベラが去った後も改善することはなかった。
その様をみて魔王はつくづく人というものに呆れた。
「それよりもそろそろできあがったか?」
思い出したように魔王はシュールに質問した。
「はい」
シュールが合図をすると部屋の中に四体の悪魔が現れた。
「魔王様の仰せのとおり、各地に点在していたクベラ以外の四凶をあらかじめ集め強化しています。そして、クベラの後任は先ほどできあがったばかりのこの悪魔にさせようと思います」
「上出来だ」
予定通りに自分の命令通りに人材をかきあつめたシュールに褒め言葉を与えた。
「これで聖女の眷属を叩き潰そう」
すでに聖女は自分の手の中にある。
後は眷属に取り戻されないようにすることである。
もう少し待つつもりであったが、ラーフのクベラとの戦いに苛立ち姿を出してしまった。
(全く、あんな天女に何手こずっていたんだ)
心底腹が立った。
そしてその時負った傷をレンジュに治癒してもらうこと自体に嫌悪を抱いた。
レンジュの口の中を確認すると傷口はまだ閉じていない。後で治療ができる悪魔を呼んでもらおう。
「眷属を倒したら、この者たちを世界に放て……そして、人の世界を徹底的に壊すのだ」
魔王の命令にシュールと三体の悪魔たちは礼をした。




