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30 聖女の幸せ


 川辺で綺麗に咲き誇る桃の木はファルのお気に入りであり、自慢でもあった。一族が研究し、植えた桃の木はこの村が魔王の居城付近でも比較的安全を保っている象徴でもあった。


「見てください。綺麗でしょう」


 ファルは自信に満ちた声でレンジュに言った。


「綺麗」


 確かにファルの言う通りでレンジュは思わずほっとした。


「ここは特に清浄な気が流れている。驚いた。魔王の本拠地近い村でこんな場所があるなんて」


 それはファルの一族の村を悪魔の瘴気から守ってきた努力の証のようにもみえた。

 おかげでこの川の水は汚されておらず人の生活に困ることはなかった。


「あなたもあなたのおじい様もすごい人ね。こんな場所を作って守っていたんだもの」

「私は何も、祖父はただ人々に手伝っただけですよ」


 人は自然の恵みを当然のように与えられそれを使いきろうとする。それに限りなどないと信じているように。


「人は自然のものを使う代わりにそれを守ろうとしなければならない。ですが、ずっと人はそれを怠ってきた。その結果が魔王や悪魔の侵略です」


 ただ瘴気の浸食を待ち何もしないのではなく、自分たちで残された大地を守ろうとしなければならない。


「じゃないといくら聖女が世界を救っても、今度は魔王ではなく人が世界を滅ぼしてしまう」

「そうだね。でも、今回のことで人は自然のありがたみを理解したと思う。だから大丈夫だと思う」

「あなたは優しいですね」


 ファルは悲しげに呟きレンジュの髪を撫でた。


「ただ人を信じ人の為にそのすべてを捧げようとする。並みの者にはできないことです」

「そうかな」


 レンジュは照れたように笑った。


「ですが、自分のことを忘れがちです」


 気づけばファルは真剣なまなざしでこちらを見つめていた。


「何故、あなたはそうなってしまったのでしょうか。ここまで他者の為に尽くし、自分の幸せを考えないなんて、歴代の聖女たちもそうでしたが、彼女たちのは使命感に近かったようです。でも、あなたは違います。あなたの行動は異常です。歴代聖女でもここまで浄化の力は使わなかったと思います」


 その内容は人に任せるべき些細な内容もレンジュは率先して動いていた。


「そんなことないよ。私は……」

「あなたが聖女に選ばれてから旅をしてからここまでの期間、あなたはどれだけの村や人を救ってきたでしょうか」


 この村にもその話は噂となって伝わっている。


「今までずっとあなたの噂を聞いたのですが、今までの聖女に比べ急ぎすぎているようにみえます」

「急ぎ?」


 自覚がないようでファルははぁっとため息をついた。


「聖女たちはきちんと自分の時間を設けながらここまで来ていますが、あなたは違う。終わったら次へ次へと進もうとして肉体を酷使し続けています」

「……」

「もっと自分のことを考えましょう……たとえば」

「たとえば?」


 レンジュはじっと大きな瞳でファルをみつめた。ファルははっきりと答えた。


「結婚とか」


 それを聞き、レンジュは顔をかぁっと赤くした。


「ま、まだ早いよ」

「早いってもうすでに成人しているでしょう」


 うぅとレンジュはうなだれた。


「ファルさんの気持ちはとてもありがたいものなんだけど……ついさっきであったばかりなのに」

「確かにそれに関しては困らせてしまっていると思っています」


 ファルは素直にそれを認めた。


「ですが、私はずっとあなたの噂を聞きあなたに会いたいと思っていました。そして、ついにあなたに出会い一目あなたの純粋な姿に心を打たれたのです」


 一目ぼれといってもいいとファルは説明した。

 ファルは噂を聞いたときからレンジュの働きに関心すると同時に不安を覚えていた。


 そんなに頑張っては崩れてしまいそうだとどんな強い娘かと思いみてみたら想像以上の華奢な少女であった。

 重荷を背負わせればすぐに崩れてしまいそうな細い体、それなのに耐え純粋な笑顔を保ち続けている。

 それをみてファルはレンジュが気になってしょうがなくなり守りたいとさえ思うようになっていた。


 出会ったばかりというのにこの感情を抱くのは初めてであるとファルは語った。

 それを聞き、レンジュは顔を赤くしたままだった。


「そこまで思ってくれてありがとう」


 レンジュはまずお礼を述べた。


「私は……魔王を何とかして、スミアで聖女の力を使うまではそれだけを考えておきたいの」

「その先を考える必要がないからでしょう」


 ファルの鋭い言葉にレンジュは目を大きく見開いた。


「知っているの?」

「ええ、スミアに最も近い村には聖女の話は書物としてたくさん残されています」


 それを読んでいたファルは既にレンジュの背負うものに関して知っていた。


「世界の為に自分を犠牲にする。私には理解できませんよ。だから、私は研究しています。神聖な果物である桃の力を使いどう他の大地を救えるか」


 すでに朽ちた土地でも実をつける桃の研究をしているのはこのためであった。聖女が犠牲になる必要がないようにするためだ。


「まだ途中ですが、あと数年すればうまくいきます」


 ファルは確信していた。そしてレンジュのすぐ目の前まで近づいた。


「あなたは十分な働きを示した。後は人のこれからに任せ、自分のことを考えてもいいのではないですか?」


 ファルはそう言いレンジュを抱き寄せた。


「やめて」


 レンジュは急いでそれから逃げた。


「ごめんなさい。あなたの研究は素晴らしいわ。それで多くの人を救えるかもしれない。でも、それでは間に合わないの」


 その数年の間に魔王は新たな悪魔を放ち、まだ汚れていない大地も浄化された大地も朽ち果てさせていくだろう。もっと凶悪な病魔も現れるかもしれない。


「魔王を倒して、私はスミアで世界の浄化を行う」


 そうしなければならないのだ。

 レンジュはそう言った。


「それで世界は救われるでしょう。でも、あなたの幸せは」

「私、幸せよ」


 レンジュはにこりと微笑んだ。


「だって、大好きな人がすぐそばにいて私を守ってくれている。時々優しく呼んでくれる」


 聖女になったときから自分の末路を知っているレンジュはすでに少女としての在り方など期待していなかった。

 しかし、ラーフに出会い、好きになってしまった。

 ラーフが傍にいてくれるだけで幸せなのだ。

 例えラーフが自分に恋情を抱いていなくても、レンジュはうれしいと感じた。


「私の我儘をここまで通してくれた」


 本当はラーフをこれ以上傍に置いてはいけないとわかっているのに、サーシャもエリウもレンジュの心境を察しぎりぎりまで傍にいさせてくれるという。

 その代り自分がいなくなった後ラーフは自分のことを忘れさせるという条件がついている。

 それでも、レンジュは最後の一時までラーフと過ごさせてくれることを心からありがたく思った。


「私はこれ以上の幸せなんてないの」


 ファルはそれを聞き大きくため息をついた。


「なんだ。既に惚れた殿方がいたのですね」


 それならそうと言ってくれればいいのに。ファルは残念そうにつぶやいた。


「ごめんなさい」

「いいえ、私が勝手に舞い上がって勝手に求婚したのです」


 ファルはそう言いレンジュの頬を撫でた。


「その方にその気持ち言ってみてはどうですか? それで何もなければまた私が求婚させていただきます」


 レンジュは悲しげに俯いた。そんなことできるはずがない。

 だが、レンジュは顔をあげて笑った。


「うん、そうする」


 そう言いレンジュはファルと別れた。

 別れた後のファルは急いで自分の家へ戻った。急いで書物をまとめ、研究の続きを行った。


「あと数年では遅いですね。ここは急がなければ」


 レンジュ一行が魔王を倒し、スミアの頂上に行くまではまだ数週間はあるはずだ。それまで桃の開発を完成させなければならない。レンジュが頂上で救世神の力を全開に使う前までに。


「これはしばらく徹夜になるな」


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