26 不可解
スミアに戻った魔王は自分の椅子にすわり一息ついた。主の帰りに悪魔が部屋に入ってきた。
「失礼します。どうでしたか? 聖女はつれて帰らなかったのですか」
悪魔は魔王の行先はだいたい察しがついていた。
「ああ、邪魔が入ってな」
魔王は面白くなさそうに呟いた。
ラーフの登場に内心動揺してしまった。だが、彼の登場によってレンジュの表情は明らかに変わったようであった。
「ところで、新しい悪魔の方はどうだ?」
「はい。うまくできそうです。何しろ材料が人食い鬼の長姫のものですからね」
前回、魔王が殺したカリアの肉体を利用し新しい悪魔を生成しているところであった。だいたいはこのいつも魔王の傍にいる悪魔に一任させている。
名前をシュールといい、この城の中では魔王に一番長く仕えている者である。
頭が切れ、知識が豊富で魔王も何かと頼りにしていた。
世間では魔王が多くの悪魔を生み出すと言っているが、実際はこのシュールが知識と技術を以て新しい悪魔を生成してきているのだ。
今の悪魔は大きく分けて2種類いる。魔王が作る前から存在していた悪魔たち、そして魔王によって最近作り出された悪魔たちである。前者の半分は魔王の手足として人界を動き回っていた。
新旧関係なく人に近い知恵を持つ悪魔たちは大地を腐らせ、病魔を蔓延させるのがほとんど共通の力である。
獣の姿をした悪魔はシュールによって人界のあちこちに点在され、来る人を襲わせている。その余りの肉を回収し、シュールは新しい悪魔の材料として活用していっている。
「今の悪魔でもっと人々は恐怖のどんぞこへ突き落されるでしょう。人界は魔王のものに、そして聖女に魔王の子を産ませれば神も驚く悪魔が誕生することでしょう」
シュールとしては聖女も悪魔作りの材料であった。神の力の器である聖女を母胎とした悪魔はどんなものであるかと想像するだけでシュールはぞくぞくしていた。
「そうだな」
魔王はそれにはあまり興味を示さなかった。ただ、世界が壊れ、聖女が自分の手元にあればそれでよいと思った。
◇◇◇
エリウ神殿を後にし、レンジュはさらにスミアを目指した。さすがに空気は全体的に淀んでいてレンジュが一回、二回浄化していってもきりがなさそうであった。空も少しずつくすんでいっているようにも感じた。
ただ、行く先々の村で最低限人が生きていく上で欠かせない水を浄化させ、病気を起こす瘴気をできる限り浄化していった。
エリウ神殿を出てから久々の村であった。
やはりここも水が穢れ、土地も腐っており稲が実らなくなっていた。そして、病魔で多くの人が苦しんでいた。
レンジュはここで最も瘴気の強い場所を見つけ出し、浄化を行った。
病魔が治癒した人々はレンジュに深く感謝した。
レンジュは村の人たちが用意した小屋にこもり、いつもの身の中に集めた瘴気の浄化のために病の床に臥せっていた。
これにサーシャが率先してレンジュの看病にあたった。
「レンジュ様も女の子だし、やっぱり男にみられるものではないわ」
そういいサーシャは男三人を小屋から追い出し、衣類や水、食べ物など最低限の供給以外は戸を開けないようにしていた。
今まで当然のようにやってきたことであったが、女一人一行に加わっただけでしてはならないことと言われラーフは唖然とした。マホはきょとんとしていたが、ギーラは確かにその通りだと納得していた。
「なんでだよ」
ラーフは納得できなかった。
「よく考えろ。レンジュ様は年頃の少女である」
今までしょうがなかったとはいえ、大人の男に弱っているところをみせ身を清めてもらうのは彼女にとって恥ずかしいことだったのではないか。
「今まで同行者に女性がいなかったから仕方ないと思っていたが、サーシャがこうして買って出てくれるようになったのだ」
これ以降、レンジュの看病はサーシャが休む頃合いに交代の番をする程度にとどまった。
三日程経過した頃に、サーシャの休憩時の番がラーフとなりサーシャは大きくため息をついた。とても不服そうでラーフはいらっとした。
「なんだよ。何が不満なんだよ」
「別に……いい? レンジュ様がお水を欲しがったらあげる程度でいいからね。それ以上のことしたら許さないから」
「それ以上てなんだよ。こんな子供に妙なことする変態じゃないからな」
「そう。信じてるわ」
いちいち勘の触る言い方である。
昔のサーシャとは話したことがあるが、ここまでいやな奴ではなかったと思う。
といっても妹の友人程度の関係であり、そんな話したことはなかったが。
サーシャが消えた後、臥せっているレンジュの顔を覗き込んでみる。
だいたい初日のきつい時期は超えた感じで顔色はずいぶん戻ってきていた。
(明日くらいには目が覚めるか?)
今までの看病の経験から予想する。たまに早く起き上がって無理することがあるが、今回はそれはないようである。
表情からずいぶん疲れた様子である。普段移動をしている間はそんな素振りをみせないが、浄化後の病床についている間は隙が生じ疲労の表情をみせるようになっていた。
(疲れないわけない)
行く先々の村や人の住む集落で悪魔によって汚された瘴気の元があればできるだけレンジュはそれを身に受け入れ浄化していった。これで何件目であろうか。
レンジュの病床のすぐ傍の窓を開けてみる。
空には月が隠れていた。
正確には魔王の居城付近はこのように空が闇で覆われて薄暗くなっているのだ。
今日の月日で考えるとかなり月が明るい夜のはずである。
(何故この村の奴らはここから離れない)
ラーフは心の奥で引っかかる疑問があった。
エリウ神殿の場合は神殿の助力を得て何とか生活できているが、このように少し離れた地ではその恩恵を受けられない。
役に立たない腐った水と土地で病気に苦しみながら過ごしていくしかない。
だが、この土地を離れエリウ神殿付近か、もっと魔王の力が及ばない土地に移ればいいのではないか。
「わからないな」
「何が?」
突然質問されラーフはぎょっとした。レンジュがじっとラーフの方を見上げていた。
「起きていたのか?」
「うん、さっき……目が覚めたの」
レンジュはよいしょっと声をかけ、上半身を起こそうとする。それにラーフはゆっくりしておけとレンジュの肩を抑え寝かせた。
その時触れたレンジュの肩は相変わらず肉が薄く弱弱しく感じた。
「どうしたの? 今言っていたわからないって?」
「いや、なんでここの奴らはこの土地を捨ててもっと安全な場所に住もうとしないんだろうって」
ここの村だけではない。レンジュたちが今までであった悪魔の瘴気で苦しんでいた村や町の者たちにも同じ疑問が浮かんでくる。
「しょうがないよ。先祖からずっと守ってきた土地だもの」
レンジュは笑って答えた。
「土地を捨てて無事な土地に移り住むのももちろん間違っていない。でも、それができない人たちもいる」
例え、病気に苦しんでしまうことになっても彼らはここを離れることはできなかった。
「そういう人たちはここを捨てるのは死ぬよりもつらいことなんだよ」
「それでいつか来る聖女の力に縋るのか?」
ラーフは皮肉げに笑った。
この村で死んでもいいから離れないといっておきながら、汚れた水や病魔を何とかしてくれる存在が現れた途端それに縋る姿はラーフには理解できなかった。
その為にレンジュが精神と肉体を酷使することになるというのに。
ここに誰も住んでいなかったらレンジュは浄化せずにスミアへ向かっただろう。
困る人がいたからレンジュは力を使った。
そして、ここで今まで村が苦しんでいた分の瘴気を身にため込み浄化が終わるまで瘴気に肉体が蝕まれるのを受け入れていた。
旅を続けてラーフは少しずつ感じるようになった。
レンジュに力を極力使わせたくないと。
そして苦しむとわかっていながら勝手に住み続けている村の者たちは自業自得ではないか。ラーフは時々そう思うようになっていた。
「ラーフ」
レンジュはラーフの手に触れ、ぎゅっと握りしめた。
「あのね……私もね、この村の人たちと同じ」
自分が苦しむとわかっていても、村の為に力を使った。
「そうしないと私、前に進めないから」
レンジュはそう笑った。
力を温存するため通りかかりで浄化するのは省いて、スミアの魔王の元へ向かうという選択肢もレンジュにはできたはずだ。だが、レンジュにはそれができなかった。
「だから、私が勝手にしたことなの」
レンジュがレンジュであるためにここで力を使うことを選んだ。
しかし、それによりラーフにひどく心配をかけてしまったのだ。
「ごめんね」
レンジュはぽつりとそう呟いた。
「謝るな」
ラーフはそう言いレンジュの手をぎゅっと握った。




