23 別れ
禊を終わらせたレンジュはエリウの霊魂が眠るとされる奥の間へ入っていた。供としてサーシャが入ることになっている。
ラーフは眷属である自分たちが入れないのか不可解に感じていた。それにギーラは呆れて言った。
「奥の間は男子禁制だ。だから、サーシャ殿が供をするのだろう」
そうはいってもずっとレンジュを守ってきた者ではなくついさっきであったサーシャがというのは納得できなかった。
それにギーラは笑みを浮かべた。
「お前、変わったな。はじめはレンジュ様の眷属は面倒ながらも処刑から助けられた恩の為に仕方ないという感情が全体から滲み出ていたというのに」
今ではレンジュが瘴気の浄化の際は率先して看病をするようになった。悪魔が襲ってきたときは一番レンジュの安全が確保される陣形を組むようにしていた。強力な火の神の力を有する戦いに不慣れなマホにはレンジュの傍につき遠距離攻撃をしサポートにまわるように指導したりしていた。
「あー、あいつは危なっかしいからな」
ラーフは頭をかきむしっていった。
「私は今もお前を信用しきれない」
言われなくてもわかっているが、ラーフはそうですかとため息をついた。
「だが、お前に出会ってからレンジュ様は甘えるということを覚えるようになった」
それだけでもギーラはラーフに感謝していると言った。
「あいつは昔から、自分を大事にしないところがあったんだな」
「ああ、恐らく弟君を救えなかった後悔がさらに彼女を急き立てているのだろう」
行く先々の腐敗した土地や水を浄化し、病魔を治癒していくたびにレンジュは強く感じていた。
この力があったら弟を死なせずにすんだのに。
弟の弔いも含め、レンジュは自分の身に鞭を打つように神の力を酷使していった。
そのたびに倒れ、高熱でうなされることの連続であった。
そして、少し体力が戻るとすぐに次の場所を目指すことの繰り返しであった。
「知ってたんだな。弟のこと」
「ああ、何しろ私がはじめの眷属だからな」
ギーラは誇らしげに言った。そして悲しげな瞳に移した。
「はじめての看病の時、レンジュ様が朦朧とした意識の中よく呟いていた」
ごめんね、ごめんね。
「救えなかった弟の名を呼び、ずっとゆるしを乞うその姿はあまりに悲痛だ」
だが、ギーラと旅をしていた初期のころに比べレンジュは相変わらず無茶するがその頻度は減った気がする。
ラーフに甘える姿をみてどこか安心した気がした。
だが悲しくもあった。年頃の娘を持った父親の心境に似ているのではと感じていた。
そう思うとおかしくてついギーラは笑ってしまった。
「なんだよ」
気持ち悪いとラーフは言い放った。別にとギーラはそう言い奥の間の入り口をじっと見つめた。
◇◇◇
エリウの霊魂が眠ると言われる奥の間でレンジュは瞑想を続けていた。
それを見つていたサーシャは声をかけた。
「エリウ様には会ったのでしょう」
そう言われレンジュはびくっと震えた。不安そうにサーシャを見上げる。それにサーシャは優しく笑った。
「あの……」
「私もね、信じられないの。でも、それが真実なら今のうちにあなたはラーフを手放した方がいい」
この神殿に来るまでの道中、ラーフとレンジュのふれあいをみてサーシャは昔を思い出した。
それはまだ幼い頃のラーフが妹のシャロンへの扱いに似ていた。
「ラーフにとって聖女様はシャロンの代わりでしかない。だから、今のうちがお互いの為だと思うの」
その先のことを聞く前にレンジュの頬に涙がこぼれる。
それをサーシャは優しくぬぐってやった。
「聖女様はラーフのことが好きなのね」
そう言われてレンジュは首を傾げた。
「よくわからない」
はじめは彼があまりに悲しい存在すぎて手を差し伸べたくなった。
もしかすると妹を助けられなかった彼の姿が、自分と弟と重なったのかもしれない。
気づけば彼は自分を優しく包み込んでくれる存在へと変わっていった。
ギーラに甘えることもせず気を張る日々を過ごしていたレンジュはその温もりに身を預けることがしばしばあった。
「あんな男だけど、優しいし好きになるのも仕方ないわね。シャロンもそうだった」
それにレンジュは首を傾げた。シャロンはラーフの妹ではなかっただろうか。
「シャロンの初恋はラーフなのよ。まぁ、身近な自分より大人な男に恋をする典型的パターンてやつ」
サーシャに出会ったころのシャロンはまだ兄への恋情を捨てきれずにいた。
だが、それはしばらくして落ち着いていきふつうの初恋であったというのに変わっていった。
「私も……初恋だったに変われる?」
「ええ、少し時間はかかるけど」
そう言いサーシャはレンジュをぎゅっと抱きしめた。
「あなたには感謝しているの。ラーフの悲劇を止めてくれたから」
妹を助けようとしても助けられず、妹を凌辱し死なせた憎い男を殺しその末が反逆罪としてとらえられて処刑だなんてひどい悲劇である。
それを聞いたサーシャは父にラーフを救うように懇願した。
しかし、シンファ国の属領であるナージャ国が言える問題ではなかった。
「ひとつの悲劇を終わらせても、またさらに悲劇が待っている。あなたも嫌でしょう。その悲劇が……」
サーシャに言われ、レンジュはようやくこくりと頷いた。
「大丈夫。ラーフの代わりに私があなたを守るわ」
◇◇◇
奥の間から現れたレンジュを迎え入れたラーフは彼女から出た言葉に首を傾げた。
「今、なんていった?」
「ラーフ、今までありがとう。あなたの眷属としての任を解こうと思うの」
レンジュの言葉は冗談ではなかった。
空色の瞳がまっすぐとラーフを見つめる。
それにはっとラーフは笑った。
「解雇か?」
「違う。あなたはよくしてくれた。十分すぎる程の働きをしてくれたからあなたを自由にしようと思うの」
「同じだろ!」
ラーフの叫びにレンジュはびくっと震える。
「何故だ? 俺に言ったよな。スミアまで一緒に行ってほしいて」
解雇する理由があるなら言ってほしい。ラーフはそう叫んだ。
レンジュはその剣幕に押されつい後ずさった。それをサーシャが支える。
「サーシャ」
「レンジュ様は優しいから私が代わりに言おう」
サーシャはラーフの前まで出て言った。
「お前はシャロンを失い、復讐を成し遂げひどいくらい精神がすさみ衰弱していた。あのまま処刑から助けても、お前は生きていけない。そう考えたレンジュ様はお前の精神が安定するまで傍に置こうと考えた」
眷属にするという理由をつけて。
「そして、お前はだいぶ落ち着いてきた。シャロンが生きていたころの健康な精神に戻っている。レンジュ様が傍におかなくても生きていけると考えたんだ」
「何だよそれ」
確かにあの時の自分の精神状態は不安定で、あのまま釈放で放り出されてもどう生きていいかわからなかっただろう。
レンジュに出会い、レンジュを守るという理由ができそれで少しずつ荒んでいた心が潤っていくのを実感していた。
「どうせお前のことだ。アーシェ領に戻る気はないだろう」
シャロンを見捨てただけでなく反逆者となったラーフを一族の恥じと言い勘当した一族にラーフは戻る気など一切なかった。
「ナージャ国へ行くと良い。ある程度の地位と衣食住は確保してくれる」
サーシャはそう言いラーフに文を渡した。
「レンジュ」
ラーフはじっとレンジュの方を見つめた。レンジュはふいっと視線を逸らした。
「おい、こっちを向け」
そう言われてもレンジュは視線を戻せなかった。
「ラーフ、私から離れて。お願い。これ以上私に頼らず生きて!」
震える声で言われラーフは眉をしかめた。
「俺が邪魔なんだな」
レンジュはぎゅっと目をつぶり黙った。
「わかった」
ラーフはそう言いサーシャから文を受け取り、レンジュの前から離れた。
神官たちに送られる形でラーフは神殿を出た。
「何か言いたそうね」
ラーフがいなくなった部屋でギーラは不可解そうな表情を浮かべた。
「ラーフの戦力はとても頼りになりました。レンジュ様もラーフを信頼していた」
だからこそ信じられなかった。レンジュの言葉が。
「ですが、きっとわけがある、のですよね」
それは口にできない内容であってもギーラはそう信じるほかなかった。
レンジュはラーフが傍にいないことを実感し、その場で崩れそうになった。
それをサーシャが再び支えた。
「ごめん。ちょっと疲れているみたい」
「しばらくここで休みましょう。疲れがとれてから出発するのが一番よ」
弱弱しいレンジュの声にサーシャは優しく提案した。
部屋を二つ用意され、片方はギーラとマホがもう片方はレンジュとサーシャが使用することとなった。
「ギーラ、理由て何?」
マホは首を傾げ、ギーラに質問した。それにギーラはわかりませんと言った。
「だけど、レンジュ様のあの声、何かあるに決まってます。ラーフもそう感じ、引いたのでしょう」
気がかりなのは今のレンジュの心情である。きっと辛かったに決まっている。
ここは同じ女性のサーシャに任せるほかない。そうギーラは考えた。
レンジュたちが使う部屋で、レンジュは布団にくるまって震えていた。
それにサーシャは優しく包み込むように抱きしめ頭を撫でた。
「大丈夫。これでよかったの」
そうささやく声にレンジュはふるふると首を横に振った。
「ごめんなさい。ラーフ、私に頼らずなんて違う。私があなたを頼ってきていたのに」
ひどいことを言い勝手なことを言って手放してしまった。仕方ないことだと頭で言い聞かせてもラーフが傍にいないこの不安感は辛すぎる。
「直に慣れるわ」
それまでここでしっかりとここで休んでいけばいい。




