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19 感謝の言葉

 レンジュは目が覚めると自分が檻の中に閉じ込められていた。

 周りをみると部屋自体はさきほどいた部屋だとわかる。


「あの……」


 レンジュは当主の椅子に座すカリアへ声をかけた。しかし、カリアはレンジュの声を無視し杯に注がれた血の酒にうっとりとしていた。


 自分の言葉に耳を貸すつもりはないといったところか。

 何度か声をかけても反応してもらえずレンジュはしゅんとした。後ろにさがろうとするとくらりと足がもつれ尻餅をついてしまった。


「……」


 首筋にふれるとじとっとした汗が出ているのがわかった。

 頭がくらくらして気分が悪い。

 人の血の匂いのせいだけではなさそうである。


(やっぱりまだ……)


 肉体が回復しきれていなかった。

 体の中で病としてため込んだ瘴気がまだわずかに残っているのを感じた。


 無茶をしてしまった。


 そうは思っても、ようやく目覚めたときは女性の泣き声が聞こえてなんとかしなければと思った。

 自分の管轄外のことでもこの女性が大事にしている子供を何とか守ってあげたかった。


 女性の涙をみて何故か顔の知らぬ自分の母親のことを考えてしまった。

 物心ついたころには母親というものはおらず、病弱な弟しかいなかった。

 幼い子供二人、しかも片方は病弱で手がかかる子供に絶望した母親は病んでしまい自殺をしてしまった。


 そう同じ奴隷の女性が言っていた。

 もし、母親が生きていたら、もし自分が早くしっかりして支えられるようになっていればあんなふうに自分と弟を想ってくれていただろうか。


 考えると切なくなり、女性と子供を助けたいと願った。


(自分には無理だったかな)


 話し合いで解決できるはずではないというのはわかっていた。

 先ほどカリアが言うように人食い鬼の栄養分が人の血肉であるのは自然が決めた摂理なのだ。


(でも……何か方法はないのだろうか)


 レンジュはそっと胸元の連の印に触れた。

 奇跡を起こした神の力でこの摂理を変えることはできないのだろうか。

 そう考えると胸元がふわりと温かい気を放った。


(? ……救世神)


 自分の心に反応し、遥か天上にいる救世神がレンジュに何か語りかけようとしているようであった。レンジュはそっとそれに耳を傾けるように瞼を閉ざした。



 時刻は夕暮れであり、カリアの夕食の支度がはじまりつつあった。

 カリアは使用人に命じ牢屋へ閉じ込めておいたマホを連れてこさせようとした。

 それを待っている間にカリアは楽しそうにレンジュに言った。


「今からあの贄の少年を食う。そのあとにお前の血をじっくりと楽しもう」


 翌日には血を抜いたレンジュの肉で調理をし、それを食事にいただこうと考えていた。

 美味しそうな聖女の血肉にカリアは心躍らせた。

 一方レンジュは恐れるようすもなくじっとカリアを見つめた。カリアは首を傾げた。


「恐ろしくないの?」

「ええ、だって私を迎えにくる人たちがいるもの」


 そういいレンジュは笑った。眷属のことを言っているのだとカリアは思ったが、彼女が失望するように言った。


「言っておくがこの城には私と同じ人食い鬼の使用人たちがいる。ここにたどり着くまでの間、お前の眷属はあいつらの食事になっていることだろう」


 カリアがけたけた笑うと部屋の中に先ほどの使用人たちが慌てて入ってきた。

 マホをつれた様子はなくぼろぼろの状態である。


「どうしたのだ?」


 カリアが問うよりも前に部屋へラーフとギーラが現れた。


「レンジュ、やっぱりこうなるか」


 ラーフは人籠の中に囚われているレンジュをみてやれやれとつぶやいた。


「なんだ、お前たちは。どうしてここまで!」


 ラーフたちの後ろにティーモがいるのに気づき、カリアはぎりっと歯ぎしりした。


「この裏切り者め! 今まで好き勝手してきたのを大目にみてやっていたのに姉を裏切るなんて」

「姉さま。でも、私はあの少年も、聖女も死んでほしくない」


 妹の愚かな発言にカリアは笑った。


「あの少年をみて、情でも移ったか。お前は昔から子供が好きだったからね。でも、聖女は元来私たちの敵よ」


 古くから聖女は人を救いへ導く存在であり、鬼や悪魔は人を絶望へ突き落す存在であった。

 聖女にとっては鬼と悪魔は、鬼と悪魔にとっては聖女が敵なのである。


「だって、私の愛しい人を奪った病魔を浄化してくれました」


 ティーモはそうつぶやき、レンジュの方をちらりと見つめた。

 妹の思わぬ言葉にカリアはどういうことだと首を傾げた。

 しばらく考え、まさかとカリアは驚いた表情を浮かべた。


「私は城の外で、ホシノイ村の青年に出会いました。そして私は一目彼をみて恋に落ちました。彼も同様でした。私が鬼であるとわかっててもあの人は私を愛してくださり、子供を授けてくれました。でも、私が産褥の中にいる間、彼は村に蔓延していた病に倒れ亡くなってしまいました」


 ティーモは深く悲しんだ。そして村に蔓延している病を憎み、その病を浄化した聖女に感謝した。


「ありがとう。あの人は帰ってこないけど、大事な人を失う人はこれでいなくなる」


 ティーモはそれがうれしく聖女に感謝した。

 その聖女が人食い鬼の人食いをやめさせるために城へやってきたときはどんなに驚いたことか。

 何とか助けられないものかと考えていると城に忍び込んだラーフと合流し現代にいたった。

 レンジュは鬼から感謝されるとは思っていなく照れくさそうな表情をした。そしてティーモの表情に母親を重ねてしまった。

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