18 鬼の妹ティーモ
「ティーモ、何の用だ?」
「聖女を食べるのはもうしばらくお待ちになった方がいいかと」
それにカリアはじろりとティーモを睨んだ。
ティーモはまっすぐとカリアを見つめた。
「聖女の血肉は滅多に手に入るものではありません。それに村から差し出された少年の贄も来ています。ここで一気に食するよりはじっくりと楽しんだ方がいいと思います」
それを聞きカリアは成程と感じた。
今宵の食事のときまで楽しみにしておこう。
食事の際はまずは少年を食らい、それから聖女を食らった方がずっといい。
今回差し出された少年は思ったよりも大きい子で、カリアが望む五歳以下の子ではなかった。
病魔のせいで幼い子がいなくなってしまったというのだから残念であることだが。
おそらく聖女の後に食べる少年は味気ないものに感じることだろう。
それならば先に少年を食べ後で聖女の血肉を楽しんでいた方が得でる。
「確かにお前の言うとおりだ。おい、あの少年を食事のときまで牢屋に閉じ込めておけ。あと、人かごを持ってこい」
カリアは使用人に命じ、部屋に大きな籠を運び込ませた。
それは鳥かごのような形をしているが鳥を入れるには大きなものであった。人が入る大きさのものであり、カリアはその籠の中にレンジュを放り込み籠の鍵をかけた。
「お姉さま? 聖女は牢屋に閉じ込めるのではないのですか?」
「ここがいいだろう。今宵少年をここで食すのだ。その様子を聖女に見てもらおう」
カリアはレンジュが目の前で少年が殺されていく様を見せたかった。
そしてその様をじっくりと拝見してみたかった。
後は絶望のまま打ちひしがれた聖女の血肉をじっくりと楽しもうとしていたのだ。
それを聞かされティーモは眉を寄せたが、すぐに元の平静を取り戻しカリアに進言した。
「では、この少年は」
「食事の時まで牢屋に放り込ませておく」
そう言い使用人に命じてマホを部屋から引きずり出した。
牢屋のある部屋へ向かわされたマホはとりあえずレンジュがすぐに殺されることはないという状況に安堵した。
しかし、いつ鬼の気が変わるかしれない。我慢できずに味見をしてしまうかもしれない。
何とかラーフたちと合流できないかと考えていた。
途中、使用人たちの話声に耳を傾けていた。
「なぁ、あの聖女うまそうだったな」
「私たちにもおこぼれがないかな、せめてあの血を一口味わいたい」
使用人たちはじゅるりと涎を垂らしながら先ほどのレンジュの血肉についての話をしていたのだ。
すぐそばにいるマホも一応将来の火の神の器ではあるが、人食い鬼たちには聖女のレンジュの方が魅力的な血肉のようだ。
「俺は早くあの聖女が絶望に苦しむ顔が見てみたいな」
「また、お前の趣味が出たな」
「ああいうか弱い娘は加虐心をそそるんだよ。聖女じゃなければ、食事の時が来るまで牢屋の中で可愛がってやるのに」
心底残念そうにつぶやくその声にマホはぞっとした。
「はぁ、こんな坊主じゃ何も面白みはないし……ん?」
使用人は周囲が熱くなるのを感じた。
何だと考える前に隣を歩いていた使用人仲間が炎に包まれていっていた。
悲鳴をあげる間もなく高温に晒され、彼は息絶えていた。
「っひ」
仲間の焼死を目の当たりにし、使用人は声をだし仲間を呼ぼうとした。
しかし、その前に自分の一瞬の炎に包まれてしまった。
2つの焼死体をマホは冷たく見つめ、その中に光るものを見つけマホは拾い上げた。
鍵の形状をしており、何かの役に立つだろうと懐にしまった。
どうやったらラーフと合流できるか頭を抱えた。
自分ひとりで先ほどの部屋へ行き、カリアと戦うことになっても別に構わない。
だが、ひとりではレンジュの安全を確保しながら戦う余裕がなかった。
とりあえず出入り口がないか探すことにした。
そこからラーフたちを城の中に呼び込まなければ。
マホはなるべく使用人たちに見つからないように城の中を移動した。しかし、至る所に使用人がおり、移動距離が限られてしまっていた。
(困ったな……やっぱりレンジュのいる部屋に戻った方がいいかな)
ここで出入り口を見つけられないまま途方にくれるくらいならそちらの方がずっと良いかもしれないと考えた。
物陰で隠れていると後ろから背中に何かぶつかるものを感じた。
思わずびくりとしてマホは後ろを振り返った。
そこには赤い髪にくりくりとした翡翠色の瞳を持った少年がいた。
年の頃は5つ程であろうか。
自分より幼い子供を目の前にマホは硬直した。
幼子はまじまじとマホを見つめ、にっと笑った。
「君は新しい使用人か?」
その口調から幼子は人食い鬼の子供だと理解した。
確かにカリアの大好物である人の幼子がこの廊下で自由にできるはずがない。
幼子はマホを使用人と勘違いしているようであった。
ここで騒ぎ立てたくなかったマホはこくりと頷いた。
「お前、木の実とか果物に詳しいか?」
突然の関係のない質問にマホはどうこたえていいかわからなかった。
「どうなんだ」
「知っている」
一応これでも山の中で育ったのだ。
山の木の実や果物についてはある程度熟知していた。
名前やそれに関する簡単な知識は現火の神の器であるカイから教えてもらったし。
マホの応えに幼子は嬉しそうに笑った。
「ならば私の部屋へ来るがいい」
そう言い、幼子はマホの手を引っ張りだした。
◇◇◇
ティーモはため息をつきながら廊下を歩いた。
(どうしましょう。思ったよりお姉さまは聖女を離そうとしないわ。それに、あの子。早めに牢屋から出してあげないと)
マホのことも気がかりでティーモは足早に牢屋のある方へ向かった。
すると廊下から焦げ臭いにおいがして首をかしげた。
(何の匂いかしら?)
角を曲がり匂いのある方へみる。
そこには2つの焼死体が転がっていた。
思わぬ光景にティーモはその場に崩れ落ちてしまった。
「これは、いったい」
目の前の光景に呆然としていると、後ろから首の方へ冷たい感触を覚えた。
首を動かさず目線を冷たい感触の方をみると鋭い刃物が自分の首にあてがわれていた。
「へたに騒ぐなよ」
男の険しい声が聞こえる。城に侵入者が入ってきたのか。
「聖女がどこに閉じ込められているか教えてもらおうか?」
それを聞きティーモはようやく男が何者か悟った。ラーフだった。
「あなた、聖女の眷属ね」
「……聞いているのはこっちだ」
ラーフのいらだった声にティーモは慌てて言った。
「待って、あなたを聖女の元へ案内するわ。だから、お願いがあるの」
「なんだ?」
「ここに閉じ込められた聖女と子供を助けてあげて」
思わぬお願いにラーフは首をかしげた。
「お前は人食い鬼だろ?」
それなのに被食物である聖女や少年の身を助けてとは理解できなかった。
「だって、幼い子たちが死ぬなんて嫌だもの」
「何故だ」
「私にも子供がいるから」
ティーモは自分の子供について話した。
自分には幼い子供がいる。
とても愛らしくてティーモはその子をとても愛していた。
育てているうちに、ふと考えるようになってしまった。
自分が今まで食い殺してきた人間について。
大人が死ぬときはその者たちにも幼い子供がいるのではなかろうか。
親を失うとはどういうことか。
その子たちはどう感じるだろうか。
子供が死んだときはその子たちには自分のような親がいるのではなかろうか。
親たちはどんな風に悲しむであろうか。
それを考えれば考えるほどティーモは悲しくなってしまった。
そして、食事をとれなくなってしまった。
人食い鬼にっとって栄養の元となるのが人の血肉だというのに、ティーモは子供を持つようになってから人を食べることができなくなってしまった。
「それでお前大丈夫なのか?」
ティーモは悲しげに俯いて腹をさすった。
「とても辛いわ。でもね、私はもう、人を食べれない」
ラーフは刃を引っ込めた。
ラーフはまだティーモをじろっと睨みながら言った。
「まだ信用はしていない。まずは、レンジュ、救世神の聖女の居所まで案内してくれ」
「聖女は今当主の間にいるわ。人籠の中に囚われている」
そして、そこにはティーモの姉でありこの城の主・カリアがいる。
「カリアには気を付けて。あの人はとても強いから……一人では危険よ」
「一人じゃないさ」
ラーフがそういうと焦げた匂いのする方角からギーラが現れた。
「どうだ」
「鬼の焼死体が二体転がっていた」
マホの仕業だと二人は同時に考えていた。ギーラはじっとティーモの方を見つめる。その眼には不信をいっぱいにしていた。
「その鬼女は?」
ラーフもであるが、ギーラはティーモを一目みて人食い鬼の類であると見抜いた。ティーモは一見普通の女性にしかみえないというのに。
「この城の主・カリアの妹、ティーモです」
それを聞きギーラは持っていた槍を前に出した。それを払うようにラーフは剣を軽く薙いだ。それにギーラは不快な表情を示した。
「なんだ」
「こいつは俺たちをレンジュの元へ案内してくれる」
「信用しているのか?」
まさかとラーフは肩を竦めた。
「このだだっぴろい城を闇雲に捜索するのは得策じゃないだろう」
不審な行動を出ればすぐに首を刎ねるさ。そうラーフが言い、ギーラはしぶしぶと槍の構えを解いた。




