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17 夜叉姫カリア

 オーサ城へ近づくと想像していた通り悪魔があちこちに存在していた。

 レンジュ一行に襲い掛かってきて、ラーフたちは応戦していた。


「意外に悪魔の数が多いな」

「そりゃそうですよ。オーサ城の鬼の一族・夜叉族はずいぶん前より魔王につき従っていますから」


 つまりオーサ城の領域は人の領域ではなく悪魔の領域と考えた方がいい。

 草むらから現れては襲い掛かってくる悪魔は清浄な気をまとうレンジュに襲い掛かってきた。彼女は自分にとって大事な瘴気を浄化する力を有するため悪魔はそれを敵視しているのだ。

 ラーフたちはレンジュを取り囲むようにし、四方から襲い掛かってくる悪魔を切ったり燃やしたりしていた。


「本当にありがとう。君たちがいなかったら私は城に近づけなかったよ」


 レンジュは心から三人に感謝した。

 彼女の力はあくまで瘴気を浄化することである。

 悪魔の気に中てられた者を治癒することはできても、悪魔自身を倒すことはできなかった。

 ラーフたちが悪魔を倒し、レンジュが悪魔の瘴気や人を苦しめる病魔を浄化する。

 今ではそんな構図が成り立っていた。

 戦えないレンジュはいつも自分の無力さを恥じた。


 しかし、ラーフたちはレンジュのように浄化の力は持っていない。

 適材適所だとラーフは考え、戦えないレンジュを責めるつもりはなかった。

 そうこうしているうちにオーサ城へたどり着いた。

 すると城から使用人と名乗る男が現れた。夜叉族の男だろう。


「救世神の聖女ですね」


 そうだとレンジュがいうと使用人は言った。


「珍しい客人に主はたいそう喜んでいます。ぜひもてなさせてほしいとのことです」


 思いもしない歓迎にラーフは眉をしかめた。予想通り条件を出してきた。


「ただし、城の中に招待するのは聖女だけです。眷属の方々は外でお待ちください」


 それにラーフは苦笑いした。


「そんな要求に誰が従うか」


 相手は人を食べる鬼女だ。

 きっと戦えないレンジュだけ招き入れて食べようとする魂胆なのだろう。

 剣の柄に手をやろうとするとレンジュはそれを制した。


「折角話し合いの場を与えてくれるていうから従うよ」

「甘い! もし罠だったらどうするんだ」

「でもここで無暗に争ってもよくはないと思う。それに」


 レンジュは城の外観を眺めて言った。


「この中には罪のない人が閉じ込められている」


 レンジュとしては人質をすでにとられている気分であった。

 ここに来る途中レンジュは途中知り合った旅人から話を伺っていた。


 オーサ城の鬼女は村以外の者、旅人や行商人は遠慮なく捉え城に閉じ込めていると。

 ホシノイ村は自分たちに危害が加えられていないためそれは放置していた。


 それを聞き、ラーフはホシノイ村の無情さに呆れていた。

 レンジュとしてはまだ生きているであろう城に捉えられている人も救いたいと願った。

 だからこそことを荒立てないようにまずは交渉できないかと考えた。

 それに一番に同意したのはギーラであった。彼は大き目の砂時計をとりだした。


「レンジュ様、この砂時計が5回落ちきるまで待ちます。それでレンジュ様が戻ってこなければ私たちは剣を持ち城に乗り込みます」


 レンジュに囁くように言うギーラの言葉にラーフは舌打ちした。


 なんて甘いやつなんだ。


 レンジュを大事と思っているのなら危険の中に一瞬だけ単身向かうことを止めろよ。

 ラーフの苛立ちをよそにギーラは使用人に言った。傍らにマホを侍らせいう。


「この少年も一緒に中へ入れてくれ。今回の村が差し出す子供だ」


 使用人はマホをじっと見つめた。


「うーん、いつも送られる子供よりちょっと大きめじゃないか」


 鬼女に差し出される子供はだいたい赤子から五歳程の子供が多かった。

 マホはまだ子供とはいえ、それより大きめだと使用人は評した。


「仕方なかろう。この前まで村に襲い掛かっていた病魔のせいで幼子は死んでしまったのだ。今村が差し出せる精一杯の子だ」


 ギーラはぽんぽんと適当なことを言い使用人を言い負かせた。

 マホがいくら火の神の器候補で、火を操る能力は協力だったとしてもラーフは心配であった。

 感じ取っているのか、レンジュはラーフの前に出てじっと見つめてきた。


「お願い、ラーフ」


 レンジュはじっと上目使いにラーフへ懇願した。

 決して揺らがない意志と強い懇願にラーフはため息をつき折れた。


「わかった。だけど、俺は長く待てるか自信はないぞ」


 ある程度は待つつもりであるが、というラーフの言葉にレンジュは苦笑いした。


  ◇◇◇


 レンジュはマホとともにオーサ城の中へ入った。

 城の中が珍しいのかマホはきょろきょろしていた。


「こちらに主がおられる」


 大きな扉を前に使用人がそう言い、レンジュはこくりと頷いた。

 扉がゆっくりと開かれる。通された部屋はとても広く部屋の奥に大きな椅子がおかれていた。


 城の主人の椅子であった。

 そこにすぐに目についた赤い髪の女性が座っていた。

 ふくよかな体つきに絹を贅沢に使用した衣装に身を包んでいる。

 首や手につけている赤で統一された装飾品は彼女の髪の色に合わせたかのようであった。


「ようこそ。救世神の聖女よ。私はこのオーサ城の主、夜叉族の長姫カリア・ハリティー」


 女性は自信に満ちた声で自己紹介をした。レンジュは会釈し、自分も名乗った。


「レンジュです。今世の救世神の加護を受け、旅をしています」

「さて、お近づきの印に聖女様へ我が酒を」


 そう言い使用人はレンジュの前に酒を注がれた杯を差し出した。レンジュはその杯を手に取り匂いを嗅ぎさぁっと青ざめた。

 中に注がれているのは赤い酒であるが、強い鉄の匂いが混じっていた。酒の主成分は人の血であったのだ。


「これは血、ですか」

「さよう」


 果実といくつかの酒をブレンドしたものだとカリアは言った。


「幼子が一番美味であるが、これも若い男からとったもので絞りたてだ。気に入ってくれるとうれしいのだが」


 酒を目の前に青ざめている聖女の姿をカリアは楽しんだ。


「……お心遣い感謝します。すみませんが、私は今禊を続けなければならない身、いかなる血肉も口にすることはできません」

「そうか、つまらん。ところで聖女様は人里から離れたこの城に何の用で来たのだろうか?」

「今回、こちらへ来たのはあなたにお願いがあってのこと」


 レンジュは傍にあったテーブルの上に杯を置きカリアをじっと見つめた。


「なんだ?」

「人を食べるのはやめてください」


 しばらく沈黙した。数秒程度の沈黙であったが、レンジュには長く感じた。


「それはできんな」

「村の者たちはあなたを恐れておいでです。罪のない幼子を手にかけるのはやめてください」


 それを聞きカリアは笑った。部屋中に女の甲高い笑い声が響き渡る。


「聖女様、食物連鎖というものをご存じですか?」


 突然質問されレンジュはどうこたえていいかわからなかった。


「捕食者と被食者の関係性のことです。たとえば虫は草を食べ、小鳥は虫を食べ、大きな鳥は小鳥を食べ……それによりそれぞれが生を続けています。私は人ではなく生まれたときから人食い鬼です。人を食べなければ生を続けることができない」


 カリアにとっては生きるために仕方ないことなのである。


「それとも聖女様は私に死ねというのか?」


 それを言われ、レンジュはそうでないと首を横に振った。


「ですが、罪のない人々が……幼子が、殺される様は見たくありません」

「がっかりだ」


 カリアは心底レンジュに失望したように呟いた。

 その言葉が鋭利な刃物のように強さを持ち、レンジュはどきりとした。


「聖女とはどんな女かと思えば、自分の価値観に囚われている傲慢な娘であった」

「あの……」

「今、幼子が殺されるのが嫌と言ったな。では、聞こう。この城にも一族の幼子がいる。その子も生きるために栄養が必要で、人を食べなければならない。だが、お前はそれすらも考えられず人の価値でしか推し量れない」


 カリアは椅子から立ち上がり、レンジュの方へ近づいた。

 そして、ぐっとレンジュの首に両手をかけた。

 突然首を絞められレンジュは慌てた。強い力で抗うことが難しかった。

 マホは慌ててレンジュの方へ駆け寄ろうとしたが、使用人に遮られて進むことができなかった。


「まぁ、仕方ない。お前の神はあくまで人間の神さまだからな。私たち人外など気に掛けていないのだろう」

「っ……」

「それなのに何が救世神だ! 私たちにとっては厄神でしかない」


 つよく締め上げられレンジュは意識をぷつりと手放してしまった。それを確認し、カリアはレンジュをそのまま床に放り投げた。


「魔王がお前を気にかけていたから興味があったが、聞くのも腹が立つ娘だった」


 話す価値もなかったとカリアは心底忌々しげにレンジュを見下した。


「しかし、貧弱な肉体であるが、その血肉は神に捧げられるだけあり芳醇な香りを有している。多くの悪魔が敵とみなしながらも欲する気持ちがよくわかる」


 カリアはレンジュの上に乗り、レンジュの頬に爪を立てた。そこから傷が現れ甘い香りの血が流れ、カリアは舌なめずりした。

 その光景は見てマホは火の力を行使しようとした。

 レンジュが食われる前にカリアを仕留めるつもりであった。


「お待ちください、お姉さま」


 部屋に入ってきたもう一人の赤い髪の女性がカリアを止めた。


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