16 鬼への生贄
レンジュはそう言いキーリに村長の家まで案内してもらった。
キーリは中に入れず、マホと共に門の外で待機することになった。
レンジュはラーフとギーラを伴い村長の家に乗り込んだ。
突然の聖女の来訪に村長は面食らったような表情をしていた。
レンジュはそんな彼に鬼女のこととキーリの子供のことを尋ねた。
それに一瞬村長はばつの悪そうな顔をしたが、すぐに平静を取り戻していた。
「何故私に言ってくれなかったのですか?」
「聖女様が気に留める必要のないことです」
「何故」
レンジュは質問を重ねる。
「子供を定期的に一人差し出せば村は鬼の脅威におびえる必要がありません」
オーサ城の主が定期的に村の子供を差し出されることにより村に危害を加えないと誓ってくれたのだ。
これを下手に手を出されればただではすまない。
「一人の子供を犠牲にするのが仕方ないことなのですか?」
レンジュは静かに質問した。
その裏に強い語気が含まれていた。
「何をそんなに怒っていますか。子供は遊女の子。大したことではありません」
「遊女の子なんて関係ありません!」
レンジュは心から怒り叫んだ。
幼く弱弱しい印象を持つ少女から想像できない怒気にラーフは内心驚いてしまった。
「わかりました。では、私が勝手にオーサ城に行きます」
思いもよらない言葉に村長は慌てだした。
「私の行動はあなたたち村の者にとってあずかり知らぬもの。万が一のことがあれば、鬼女に私が勝手に行った行動であると言ってください」
レンジュが鬼女の元へ行きどうするかというと、鬼女に村の者を殺さないで欲しいと願う。
無理であれば鬼女を退治する。
仮に失敗し鬼女に倒されることがあっても、村は知らなかったと言い通し聖女の血肉をそのまま差し出せばいいと言った。
村長の返事を待たずレンジュは村長の家を飛び出した。
ラーフたちもそれに従い外に出た。
門の外で待っていたキーリはレンジュからその話を聞き不安そうにした。
「大丈夫。必ず鬼女を何とかしてみせる」
レンジュは安心させるようにキーリに笑いかけた。
「ありがとうございます。聖女様が私なんかの子の為に動いてくださるなんて」
「自分を卑下するのはやめて」
突然降りかかった言葉にキーリは思いがけず瞬きした。
「あなたは貧しい中でも子供をしっかり育て守ろうとしている立派な母親。遊女だからと自分を卑下するのはやめて」
レンジュはキーリを心の底から敬意を表した。
それをみてラーフは複雑な表情を浮かべた。
レンジュは奴隷出身であった。衣類に隠された左脹脛の刺青が証拠であった。
親を知らないレンジュは貧しい中病弱な弟を守っていた過去をもっていた。
もしかするとキーリの子に自分と弟を重ねていたのかもしれない。
だから、レンジュはキーリの為に肉体を叱咤し動こうとしていた。
ラーフはふと先ほどのレンジュの言葉を思い出した。
「一人の子供を犠牲にするのが仕方ないことなのですか?」
その言葉を聞いてからラーフは心のどこかで引っかかるものを覚えた。それがなんなのかうまく表現できなかったが。
レンジュはラーフたちの前に向き直り改めて言った。
「お願い。オーサ城に行きたいから力を貸して」
その言葉にラーフはため息をついた。今更すぎる言葉だろうと。
ラーフが口にするより先にギーラが答えた。
「レンジュ様の思うが儘に。私はレンジュ様の眷属としてそれに従います」
ギーラは膝を地につけ、レンジュの手をとり誓った。
それにレンジュはありがとうと笑った。
「巻き込むなんて今更だろ。お前を単身乗り込ませるわけにもいかない。危なっかしい」
そう最後にごちりながらラーフは言った。
ちらりとマホをみた。マホもレンジュの行動に異論はないと言っていた。
改めてレンジュは旅の共をしてくれるラーフたちに礼を述べた。
◇◇◇
オーサ城には鬼の一族と呼ばれる夜叉族が棲んでいた。
この城に棲んでいるのは人の血肉を糧とする夜叉族の姉妹とそれに仕える使用人たちであった。
そして、夜叉族にとって食料となる人間が地下の檻の中に捉えられており、食事の時期になると夜叉族の姉妹の前に差し出される。
人はこの近辺を通りがかった旅人や行商人たちであった。
彼らは檻の中で自分の死の瞬間が来るのをおびえていた。
「うーん、やっぱり大人はどうもダメね」
この城の主でもある姉・カリアは咀嚼しながら感想を述べた。
口の端に赤い血がついている。
「大人だと肉が少し硬くて、私の好みじゃないわ」
カリアとしては柔らかみのある子供の方を好んでいた。
だからこそホシノイ村に定期的に子どもを差し出すように命じた。
それにより村を襲うことはないと。
そういえば村は喜んで子供を犠牲に差し出した。
一定期間に一人の子供を差し出せば村の者たちは鬼女におびえる必要がないからだ。
カリアはそれを狙い、使用人に命じてあえて村の者たちを襲わせず基本的な食料は関係のない旅人や行商人を標的にさせていた。
「ティーモ、あなたも食べなさい」
ティーモはじっと人であった肉を眺め、首を横に振った。
それにカリアは呆れたようにため息をつく。
「全く拒食症だなんてわが妹ながら情けないわ。そんなんじゃグラナートを育てられないわよ。あ、グラナートは元気?」
「ええ、最近は言葉をどんどん覚えていっています」
グラナートというのはティーモが最近生んだ子供であった。
カリアは引っ込み思案な妹が自分より先に子供を産むなど意外だと感じていた。
父親はだれかティーモは言わなかったが、使用人の誰かであろうとカリアは解釈した。
カリアはとくに気に留めず、妹と甥のことは自由にさせていた。
内心自分もそろそろ跡取りの子供を作らなければと考えていたが、ぱっと目これだと思える男がいなかった。
一人いたがそれは鬼の一族の者ではない。スミアに陣取っている魔王の姿を思い出した。
「そういえばそろそろ子供が差し出される時期ね」
子供から思い出したようにカリアは舌なめずりした。
村から差し出される子供の血肉は最高のご馳走であり、カリアにとって楽しみであった。
カリアは退屈な硬い肉を食器でいじっていると、使用人が現れて報告をしてきた。
「カリア様、この城に近づいている者があります」
「あら、噂をすれば」
子供を差出しにやってきた村の大人たちが城付近にやってきているのだろうとカリアは喜んだ。
傍でティーモは複雑そうに眉を寄せた。
使用人は困ったように違うと言った。
「いえ、その、確かに子供も一緒ですがいつもと違います。見たところ13歳の少女がいます」
「確かにその年齢の娘も好物だけど」
カリアは内心今回の村の者も奮発してくれたものだと感心していた。
「どうやら差し出される子供たちではありません。調べによるとその少女は救世神の聖女です」
つい先日、村に蔓延した瘴気を浄化し救った聖女だという。
それを聞きカリアは興味を示した。
「へぇ、あの伝説の聖女様が誕生する時期だったのね」
先代聖女が活躍していた時期は自分が生まれるずっと以前のことだったのでカリアは救世神の聖女と聞いてもぴんとこなかった。
「もしかして私を退治に来たとかそんなところかしら」
生意気ねぇとカリアは零して部屋の窓から外を眺めた。
かすかに感じる近づいてくる清浄な風にカリアは確かに聖女の存在というものを実感した。
「なるほどね。ここまでの清浄な風を送り込んでくるなんておいしそうな娘なのでしょうね」
カリアはぺろりと舌なめずりした。




