15 女の願い
部屋の中に遊女を招き入れ、ラーフは彼女を椅子に座らせた。
「その、ありがとうございます」
遊女は頭を下げ礼を述べた。遊女の世間からの扱い先のようなものが普通なのだ。
男を誘惑し、みだらな行為を行い、金をせしめる女という認識で遊女は世間ではあまり好意的にとられていない。
場所によっては、遊女でも貴族顔負けの教養を身につけ、芸に秀でている為高嶺の花と称賛される者もいるが。
この村の端で細々と暮らす遊女には教養を身につける余裕はないし、そんな扱いは受けることがなかった。
「ああ、気にするな。え、と名前は何だ?」
「あ、はい。キーリといいます」
キーリは頭を下げ名を名乗った。
横からマホはキーリに水で冷やしておいた布を手渡した。
キーリは礼を言いそれを受け取り頬を冷やした。
よくみれば頬に殴られた痕の青あざがあった。
遊女としてはかなりの痛手だろう。
商売道具を傷つけられてもキーリは聖女に頼みたいことがありここまでやってきたのだ。
「それで聖女に何の用があってきた」
いざ問われるとキーリはこれを言っていいのか悩みながらも自分の要望を言った。
「……子供を救って欲しいのです」
「病ならレンジュがしっかり浄化してくれたはずだ」
もし、まだ症状が続いているのならしばらく休ませれば明日には少しずつ元気になっていくだろう。
そう説明するが、キーリは否定した。
「私の子は幸運にも瘴気に中てられることなく元気に過ごしています」
では何があるというのだ。
「私の子を鬼女から救って欲しいのです」
キーリはぎゅっと両手を握りしめそう呟いた。
「鬼女?」
思いもしない言葉にラーフは首を傾げた。
「鬼というのはあの鬼のことか?」
巻物や絵画の中に描かれているのをみたことがある。
鋭い牙におどろしい姿をして幼い頃の妹はその絵を見て怯えてしばらくは一人で寝られないと泣き喚いていたな。
「このホシノイ村の隣には森があり、その森の中にはオーサ城という居城があります。そこに古くから人食い鬼の一族が棲んでいます」
人食い鬼というのはそのままの通り人を食べる鬼ということである。
キーリが言うには古い頃から人食い鬼は森に彷徨いこんだ人や村の人を捕え、食べてしまっているという。
森の中で行方不明になった者が出れば鬼に殺されたのだと人は諦めていた。
ホシノイ村の人は鬼から逃げる為村を移動させようと考えたが、水源がある良い土地はなかなか見つけることが難しい。
別の村に移り住もうにもあまりに離れており、合併の話をするために往復している間に話はこじれ何度か頓挫してしまった。
仕方なく人は鬼に注意しながら生きるしかなかった。
そして、無事平穏に過ごす為に定期的に生贄を森の中に放り込み、鬼がたくさんの人を襲わないようにするようとなったという。
村は数人の犠牲を払うことによって比較的安全な日を得ていた。
今の城の主である鬼女は特に子供の血肉を好んでおり、生贄には幼い子を出さなければならない。
その為の生贄として選ばれたのがキーリの子供だったという。
「確かに私は遊女で、あの子の父親は誰かわからない」
けど、キーリにとっては大事な一人息子であり、その子を守るためにキーリは懸命に働いていた。
それが世間で汚れた仕事とののしられようと子にきちんとした飯を食べさせるために必死だったのだ。
その子供を失ってはキーリは何の為に生きればいいかわからなくなってしまう。
「お願いです。どうか私のぼうやをお救いください」
必死の声にラーフは困ったように眉をしかめた。
(鬼退治はあいつの専門ではないな)
レンジュの力は人の病気を癒し、大地を活性化させるための浄化の力である。
鬼を退治する力はレンジュにはない。
「お前の言いたいことはわかった。だが、レンジュの力は」
「やるよ」
まだ病床についているはずのレンジュが奥から姿を出していた。
まだ少し顔色が悪くみえるが、レンジュはにこりと笑ってキーリに言った。
「君の子が鬼に食べられないようにしてみるよ」
それを聞きキーリは彼女が聖女であるのを知り、ふかぶかと頭を下げた。
奥からギーラが困ったようにため息をついていた。
「何で?」
ギーラは疑問符を顔で表現したラーフに憮然と答えた。
「思ったより早く動けるようになってあの遊女の話に聞き耳をたてていたんだ」
突然現れた聖女にキーリは必至に頭を下げた。
「それで君の子は?」
「……村長の倉庫にいます」
それを聞き、レンジュはわかったと言い部屋を出ようとした。
ラーフがレンジュの腕を掴みとめた。レンジュは首を傾げラーフの方を見つめた。
「お前、もう大丈夫なのか?」
ラーフとしてはこの規模の浄化から立ち直るのはもう少しかかると思っていた。
トラン村のときはもう数日かかっていたし。
「大丈夫だよ。ありがとう」
自分を心配してくれる言葉にレンジュは思わず顔を綻ばせた。




