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14 遊女の涙

 想定していたとはいえ、熱が夜になってもなかなか下がらずレンジュは眠りについていた。

 ラーフが仲間になる前はレンジュの看病は全部ギーラが行っていた。

 村の者たちにレンジュの負担を悟られず連日看病をするのはかなりきつかっただろう。


 レンジュの介抱も夜は交代制にしてから比較的楽になっていた。

 今日はギーラが当番をするとのことでラーフは別の部屋で休みをとっていた。

 部屋といってもレンジュのいる部屋と直接繋がっている。


 自分たちがあてがわれた部屋は貴族を泊まらせる目的で作られた構造になっており、入口付近が貴族の供でる使用人用の部屋、奥に貴族の主人の部屋となっていた。


 宿屋の者が入ってきても必ず貴族の使用人たちが対応するようになっている。

 ラーフは台の上に置かれている食事を確認するように見つめた。

 いくつかは奥の方へ運んで置いたのでこれらは自分とマホの分ということになる。


 果物は桃であった。

 瘴気に閉ざされた村で唯一無事だった食物である。

 桃は古くから邪を払う力があり、悪魔はあまりよりつかないと言われている。


 その為、桃のある家は比較的被害が軽かったようである。

 その裏に村の有力者がこぞって桃を独占し、貧しい者は瘴気から守る術がないまま苦しむしかなかった。


 その事情を察してラーフは苦く感じた。

 思えば自分は瘴気の被害が軽い領地をもつ裕福な貴族の出であり、生活で困ったことはなかった。

 もしかすると幼い頃自分の知らないところで自分の領地の者が豊かな土地の恩恵を得られないまま苦しんでいたかもしれない。

 ふとラーフの視界にじっと自分を見つめるマホの姿があった。


「おい、お前も食べろよ」


 突然声をかけられたマホはびくっと震えた。

 どうもマホはまだラーフに心を開ききっていないようだ。レンジュとギーラと違い荒っぽい性格の為だろう。

 ラーフはため息をつき、桃をマホの方に投げた。

 桃を受け取ったマホはじっと桃を見つめて食べていいのかとおそるおそるラーフを見つめた。


「きちんと飯は食べろ」


 そう言われマホは桃を丸かじりした。

 齧ったところから甘い汁が零れマホの手と服を汚していった。

 それを見てラーフはマホを無理やり呼び寄せた。


「お前は道具を使うことを覚えろ」


 ずっと山の中で自然のまま過ごしていたマホは道具の扱いを知らない。

 人の社会で過ごさせるのだからある程度のことは覚えさせようとラーフは小刀で果物の皮を剥き適度に切る方法を見せてやった。

 皿の上に盛られた一口サイズの果物をマホは興味深げに見つめ、ひとつつまんで口の中に頬張った。

 まったく服が汚れず不思議な感動を覚えているようであった。

 食べやすいサイズに切っただけだというのに。


「んで、これが碗と匙だ」


 ラーフはマホの右手に匙を持たせた。

 そして目の前に碗を置いた。碗の中には鶏肉と野菜の羹が入っていた。

 どうしていいかわからないマホは困ったように眉をよせた。

 ラーフはそれに手ほどきをしながら使い方を教える。

 するとマホは匙で掬った羹をぱくぱくと食べた。まだぎこちない動作であるが。


 赤子にあれこれ教えている感じだな。


 ラーフはようやくある程度のことを教え込ませ、自分の食事をとった。

 そういえば、こいつもレンジュと同様の神の力を具現化することができていたな。


「お前はあんなにばんばん火の神の力を使って何も起きないのか?」


 突然質問され、マホは慌てた。少しぎくしゃくした声で答えた。


「使いすぎると疲れは出る」


 そうとだけ答えた。

 レンジュ程の負担になっていないのかとラーフは考えた。

 同じ神様でも器に与える負担はそれぞれというわけか。

 そう思っていたらマホはさらに口にした。


「でも、あまりに強い力を使いすぎると自分自身も燃えて灰になってしまう」


「今日の力は?」

「あれくらいなら平気。でも、長時間はきついかな」


 マホはたどたどしく喋った。

 こんなに彼がラーフに対して話すとは思わなかった。

 彼の話を聞き、やはり神の力はそれなりの負担を与えるものなのだというのがわかった。


「後……」

「何だ?」


 何か言おうと思ったマホはうーんと首を傾げた。

 しばらく考えをする仕草をしてへらっと笑った。


「何でもない」


 何か引っかかるものを感じたラーフは問いただそうと考えた。

 そこに部屋の戸を叩く音がした。


「誰だ?」


 ラーフはそちらに視線を向けて言った。

 戸は開かれそこから若い女性が現れた。

 身につけているものをみてラーフは眉をしかめた。

 額の化粧から遊女というのがわかった。

 村の者が供をしている男たちに派遣させたものだろう。


(聖女の共に遊女を送るかね)


 前の村でも思った。

 ラーフは自分が女を抱く気分は起きないし、マホはまだ子供だから論外である。

 適当に帰すしかないかなと考えると妓女がその場に額を床までこすりつけん程の勢いで土下座をした。


「おいおい」


 ラーフは呆れて遊女を起こそうとした。


「お願いです。どうか聖女様にお会いするのをお許しください!」


 遊女は必死にそう懇願した。

 思いもよらない懇願にラーフは呆気にとられた。


「ええと、何故お前がレンジュに会いたいんだ?」

「聖女様に救いを求めたくて」


 すでに救いは与えたはずである。

 この村に蔓延している瘴気を全て浄化させ、人々は疫病を畏れる日々から解放されたはずだ。

 では遊女は別のことでレンジュに頼みごとをしようとしているのだろう。


「一体何があった」


 遊女の事情を聞こうとすると宿屋の使用人が現れて遊女の頭を引っ張り引きずりだした。


「お前、こんなところにあがって! うちの宿屋としての評判が落ちるだろ」


 使用人は怒りをあらわにし遊女を引きずり出し、宿屋の外へ追い出そうとした。

 あまりの剣幕にラーフは蹴落とされながらも、目の前で華奢な女が乱暴に扱われているのをみてられず止めに入った。ラーフに対し、使用人は恭しく頭を下げた。


「もうしわけありません。この汚れた女はすぐに追い出しますゆえ」

「いや、何か事情があるようだが」


 そうでもなければ村を救った聖女が祈りの為に篭っている宿屋に忍び込んだりしないだろう。


「慈悲を……私のぼうやをお救いください」


 遊女は震える声でラーフに訴えた。


「ええいっ。お前の生んだ子なんて聖女様がお救いになるはずがないだろ」


 使用人は遊女を殴り黙らせた。


「だいたい、子供なんてまた産めばいいだろう。お前はいくらでも相手がいるんだし」


 まるでゴミをみるような見下した視線を遊女に送る。暴言を吐かれながらも遊女はそれに耐え、ラーフたちに懇願した。


「しばらくそいつを預からせてもらえないか」


 ラーフは自然とそう口にした。それに使用人はとんでもないと拒否する。


「聖女様の供の方が手を煩わせるほどではありません」

「レンジュに伝える必要があるかはこちらで決める。話を聞けば適当に宿から出せばいいのだろう」


 ラーフはそう言いまずは話を聞こうと遊女に声をかけた。

 そうまで言われて使用人は手が出しづらくなり、それをラーフは適当に部屋から追い出した。


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