11 神の器
「おい、レンジュ。あまり前を歩くな」
ラーフはレンジュの腕を掴み自分の傍に寄せた。
はじめはレンジュが前に行くのを見逃していたが、少しずつ険しい道となっていく山の様子にラーフは危ないと感じた。ここからは勝手に彼女が前に出ることをよしとしてはいけない。
確かに先ほどまでは道先の姿もみえたが、草木が生い茂り、先がみえなくなってしまっていた。
「ラーフは心配性だね」
「お前の危機察知能力が低いんだよ」
ラーフは馬鹿にしたようにレンジュに言った。
それにギーラは馴れ馴れしいと叱りつけたが、レンジュの不用心さにも困っていたのでそこまで強く言わなかった。
「あれ……」
レンジュは首を傾げ、山の中をぐるりと見渡した。
「どうした?」
「今、助けを求める声がしたような気がする」
ラーフとギーラはあたりに耳をすませた。しかし、何も聞こえなかった。
「気のせいだろう」
「気のせいじゃない。ほら!」
レンジュは新しい声を聞きつけ、ラーフの腕をすり抜けて走った。
「誰か怪我しているのかも」
そうレンジュは言い声がする方に向かった。それにラーフは舌打ちした。
「馬鹿、あまり離れるな」
そう言いレンジュの肩を掴もうとするとレンジュの姿がふっと消えた。
驚いたラーフは草木をかきわけレンジュの消えた場所をみた。そこにはぽっかりと大きな穴が開いたかのように崖があったのだ。
生い茂る草木でわかりにくかった。
「こんな崖があったとは」
知らなかったと呑気に考えている暇はない。
「レンジュ様!」
ギーラは慌てて崖下に声を張り上げた。するとすぐに応答が出た。レンジュの声である。
「大丈夫! 下の草がくっしょんになってくれたみたい」
怪我はしていないようでとりあえずラーフは安心した。
しかし、どうやって彼女を引き上げるか考えなければならない。
まずは縄が必要である。
ギーラはただちに村に戻り、丈夫な縄をとりにいくこととした。
その間、万が一の為にラーフをここに残していく。
逆ではないことにラーフはその配置の判断を意外と思った。
ギーラは口ではラーフを信用しないと言いつつ、レンジュの万が一の際は最も頼りになるというのも認めていたのだ。
彼にとってとても悔しいこととであるが。
「おい、大丈夫か。そっちは暗くないか」
ラーフはレンジュの様子を確認するように適宜声をかけていた。
「うーん、上よりも草や木が深くて、ちょっと暗めかな」
レンジュはあたりを確認しながら感想を述べていた。
「怖くないのか?」
ついラーフはそう尋ねた。
普通の少女であれば心細く泣いていることであっただろう。
ラーフの妹も昔悪戯っ子の親戚に穴へ落とされた時泣きわめいてラーフの助けを求めていた。
「でも、へんね。助けを求める声がしたような気がしたんだけど」
「きっとあれだ」
すでにレンジュがいない場所の木の上で鳴く鳥を見つめた。
色鮮やかな鳥で人語を喋る。といっても教えられた単純なものしか喋れないが。
貴族のペットで一時流行ったことがある。自分の親が飼っていて妹がそれを可愛がっていたな。
きっと、あの鳥はこの山に迷い込んだ人の言葉を聞き覚えて時折声を発しているのだろう。
「そっかぁ。ラーフは物知りだね」
感心したようにレンジュはほほ笑んだようにみえる。しばらくして先ほどの質問を答えた。
「怖くないよ。だってすぐ上にラーフがいるもの」
それを聞きラーフは間が抜けたような感覚を覚えた。
自分という存在を信用しすぎているレンジュの人柄に呆れつつも何ともいえない感情を覚えていた。
がさがさと下で音が出ている。ラーフは何をしているのだと声をかけた。
「……」
すぐに応答があるはずなのに、レンジュの声がぴたりと止まってしまった。
「おい、レンジュ」
ラーフは内心危ないと感じた。
縄を待つ余裕なんてない。
腰に佩いた剣を確認しながら、崖下へと落ちた。崖下は思った以上に深かった。
下まで落ちると目の前の白い布を見た。白い布を適当に穴をあけ衣類として身につけているだけの姿であった。
黒いぼさぼさ髪を後ろにひとつ束ねた十程の少年であった。
小さな身体だというのに自分より大きなレンジュの身体を肩に背負っている。
レンジュの肉付きがいくら悪く軽いといっても、十の子供には背負うのは難しいだろう。
なのに、重たそうにしている様子はなく軽々と持ち上げている。
担がれているレンジュは暴れている様子はなくぐったりとしていた。
気を失っているのだろう。
「おい、そいつを放せ」
ラーフはそう言いながら剣を抜き少年に向けた。
「……」
少年は何を言われているのかわからないようにきょとんとしていた。
「そいつを放せって言っているんだ」
そう言いながら切りつけてくるラーフに少年は軽々と避ける。
草むらの中に入り姿を消す。
ラーフは見えない相手に斬りかかり、レンジュにあたるといけない為腕を振り上げ草をわけた。
両手で草をかき分け彼の姿を探した。
そこに少年の姿は見えなかった。しばらくあたりを捜すが少年の姿はない。
レンジュごと姿を消してしまったようであった。
◇◇◇
ひんやりとした感触にレンジュは目を覚ました。
目の前に十程の少年がレンジュの頬を撫でていたのだ。
「あの……」
レンジュは少年に声をかけた。少年は少し驚き手を引いた。
自分のいる場所は暗い洞窟内であった。
「ここはどこ?」
レンジュは起き上がり自分の下に敷かれているものをみた。
藁で細かに編み込んだ敷物であった。
そして自分の身の上に布団代わりで使用されている上着があった。
上着をはおりながらレンジュは今までのことを思い出した。
山の儀式の場所まで行く途中に崖から落ちてしまったのだ。そして、ギーラが縄を持ってくるまで待機していたのだが、目の前に現れた少年により気絶させられてしまった。
その少年が目の前の少年であった。
自分の身の周りのものを確認してみる。
特に何かされたとは思えない。
「どうして、こんなことしたの?」
「……あなたと話がしたかった」
少年は小さな声で答えた。人語は可能であることにレンジュはほっとした。
「僕の名前はマホ。手荒なことをしてごめん。でも、用があるのはあなただけで、他の二人についてこられると困ったから」
「マホ。どうして、あの二人は私の大事な仲間で、信頼できる人たちだよ」
「神の器ではないものをここへ通すわけにはいかなかった」
それを言われレンジュは改めてあたりをみた。
ところどころに灯りをともすための灯篭が設置されている。
そこに不思議な色合いの火がともされていた。
何の色と言われると一言ではいいつくせない。
青と思えば赤に、黄色にと様々な色に変化していく。
その不思議な火にレンジュは思わずうっとりとした。
そして奥の方には厳かな雰囲気の祭壇が建てられていた。
マホはレンジュの手を握って祭壇の方へ連れて行く。祭壇には成人した男性が坐していた。
「この人は?」
「今の火の神の器、カイといって僕の育ての親でもあった」
神の器という言葉にレンジュは反応を示した。
男性はすっと目を開きじっとレンジュを見つめた。
その瞳は人の目と異なり、金色に縦長の瞳孔で爬虫類の瞳に類似していた。
しかし、不思議とレンジュは恐ろしいと感じなかった。




