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8 誓い

 ラーフはレンジュから聞いた話にどう反応すべきか困惑した。

 それを察してかレンジュはにこりと笑った。


「聖女として迎えられる前に、弟を捜したの。村の人たちの話では私が死んだものと勘違いして悲しんで後追い自殺したんだと思っていたみたい。私はそれを信じないでしばらく捜したけど、弟は見つからなかった」


 レンジュにとって唯一の肉親で、一番救いたかった存在だったはずだ。

 聖女の力を手に入れたレンジュが真っ先に思い浮かんだ人は弟だった。

 しかし、救う前に弟は死んでしまった。

 それが彼女にとってとても苦しく悔しいことだったか想像は難くない。


 彼女の話を聞いてラーフは妹のことを思い出した。助けたかったのに助けられなかった大事な愛しい妹を。


「だから、私は誓ったの。弟や私のような子供をこの世に作らないように、この世界の穢れを浄化していこうと。この力をいっぱい使って悪魔に汚された土地や空気に苦しむ多くの人を救おうと」


 その為に先ほどのように高熱でうなされることはあるだろう。

 それがどれだけ彼女の体力を消耗するかわからない。

 成程。聖女として大事に傅かれているのにも関わらず肉付きが異常に悪いのはこのためだったのか。

 元奴隷だった為、年齢よりもずっと幼くみえる。

 今年で16歳だというが、ラーフの目からは13歳にみえる。とても自分より2つ年下の少女とは思えない。


「お願い。ラーフ。私を魔王の元へ連れて行って欲しいの」


 レンジュ一人の力では魔王の元へ行くことは難しい。

 道中、自我のない凶暴な悪魔がうじゃうじゃいる。魔王の元へ近づくほど悪魔は強くなっていく。

 とてもレンジュ一人で魔王の元へ辿りつくことはできない。

 だからこそ、力を持つラーフやギーラのような猛者が必要なのだ。


「魔王の元へ行ってお前はどうする? 退治するのか」

「……ええ」

「どうやって」

「私の力は悪魔の穢れを浄化することができるの。そしてこの力をもっと使用すれば大本の魔王を倒すことができる」

「魔王を浄化するのか」


 レンジュはこくりと頷いた。確かにどんな勇者も倒すことができなかった魔王でも、聖女なら何とかできるかもしれない。


「だが、ひとつ言うぞ」


 ラーフは意地悪だと思いながら彼女を試すように言った。


「魔王や悪魔がなくなっても、昔のお前や弟のような貧しい奴隷はいなくならない」


 これは悪魔など関係ない。何百年も前に人間が作ったシステムなのだ。

 支配者がいて、奴らが使役する奴隷はいなくならない。

 魔王がいなくなってもみじめな生活を続ける奴隷はたくさんいることだろう。

 世の中の道理を知らない少女が後でがっかりしないように今教えてやろうとした。

 それにレンジュはにこりと笑った。


「うん、わかってる。けど、悪魔のせいで蔓延した穢れや作物の実らない腐敗した大地や病魔に恐れることはなくなるでしょう。元々病弱だったとはいえ弟のように瘴気にあてられてどんどん衰弱していく子供は少なくなるでしょう」


 どうにもならない事態に何度もはがゆく思っただろう。

 だが、それを何度目の当たりにしてもレンジュは自分の目標を変えることはしなかった。

 その真っすぐな瞳にラーフは「はぁっ」と大きくため息をついた。

 それにレンジュはきょとんと首を傾げた。何か悪いことを言ったのだろうかと。


「お前、馬鹿だな」


 ラーフはむにっとレンジュの頬をつねった。


「何するの」


 レンジュはむむとラーフの手を握った。とても華奢で細い手だった。

 その目標の為にどれだけ体を酷使しているんだ。


 ラーフは考えた。

 自分よりずっと幼い少女がここまでする価値があるのかわからない。

 だが、彼女は全く後悔しないと真っすぐな瞳で断言したのだ。


「馬鹿な娘だ」


 思わず声を漏らす。レンジュも自覚しているようで困ったように笑った。


「その馬鹿に命拾われたのは俺だが」


 ラーフはぽつりと皮肉げに笑った。


「お前についていくよ。一度は捨てようとした命だ。お前のその魔王退治に使わせてやるよ」


 それを言うとレンジュは嬉しげに笑った。

 両手を広げラーフにしがみついた。

 ラーフは反射的にレンジュの身体を支えた。

 ああ、本当に華奢な体だ。

 改めてそう感じた。


 ◇◇◇


 レンジュの目が覚めた翌日旅立つようになった。

 村からはお礼の為もう少し滞在してほしいと懇願されたが、レンジュは先を急がなければと首を横に振った。


「レンジュ様、あまり無理はなさらないでください」


 ギーラは心配そうにレンジュの身体を気遣っていた。


「次の行き先はちょっと遠いからなるべく早くいきたいの」

「わかっています。あまり先走っていかないでくださいね。お体のこともありますが、まだ悪魔がそこらに潜んでいないとも限りませんから」

「そうね。ギーラとラーフに無茶させるわけにはいかないものね」


 レンジュはにこりと微笑んだ。


「別に……ここらの悪魔はもう雑魚しか残っていないんだ。大した労力にはならない」


 ラーフは相変わらずぶっきらぼうな口調で言った。

 しかし、冷ややかで他人事のような声音ではなく、レンジュは嬉しそうにラーフに笑いかけた。


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