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荒野の決闘とひとりの死者

作者: 倉田四朗

 町外れの荒野の真ん中、年老いた牧師の前に、ふたりの男が背中を合わせて立っていた。決闘だった。

 ふたりの男たちはどちらもホルスターのエンフィールド・ピストルに手をかけて、牧師の合図を待っている。牧師は彼らの決闘の立会人として呼ばれたのだ。

 灼熱の太陽光線が彼らの肌にジリジリと突き刺さる。穏やかな風とともに砂埃がたち、男たちのカウボーイ・ブーツとジーンズに絡みつく。

「いつでもいいぜ」片方の男が言った。

「俺もだ」もうひとりもそう言った。

「もう一度、考えなおす気はありませんか」牧師が言う。

「くどいぜ、牧師さま」

「俺たちはこういうやり方でしか決着をつけられないんだ」

「しかし、神に仕えるものとしては、できれば穏便に済ませてほしいのです」

「決闘は罪じゃない」

「連邦政府も認めた、正当な権利だ。頼むぜ、牧師さま」

「……わかりました」牧師は観念して、小さく頭をふった。

「3歩前に進んだところで、振り返って撃ってください。カウントは私がします」

 牧師はひと息おき、長く息を吐き、また吸った。

「1……」牧師の言葉と同時に、男たちが一歩前に進んだ。

「……2……!」また一歩。

「……3!」

 直後、銃声が荒野にとどろき、ひとりの人間がその命を終えた。






 男はジョンといった。

 ジョンはマサチューセッツ州の大きなトウモロコシ農家にうまれ、幼いころから農業をして暮らしてきた。

 彼には4人兄弟の長男で、いずれは父親のあとをつぎ、許嫁と結婚して、幸せに暮らす予定だった。

 生活が一変したのは彼が14歳のときだった。

 ある寝苦しい夜、のどが渇いたジョンがキッチンに隠してあるワインを飲もうと一階におりると、父親が死んでいるのを見つけた。

 父親を殺したのは、そばにいた刃物を持った男で、ジョンが彼を見つけたとき、男はちょうどジョンの母親の死体を強姦していたところだった。

 男は言った。

「静かにしていれば、弟と妹には手を出さねぇ」そうして、ジョンは彼の言われるがままになり、そのまま誘拐されたのだった。

 男の名前はヴィネガンといった。ヴィネガンはジョンをつれてアメリカ東部をを放浪し、様々な犯罪をおこなった。彼の手際はつねに鮮やかで、警察は彼の手がかりを得ることは一度もなかった。ジョンは一緒に旅をするうち、奇妙なことだが、彼を尊敬するようになった。

 ジョンは積極的にヴィネガンの手伝いをするようになり、20歳をこえるころには、ジョンとヴィネガンは最高の師弟としてアメリカ犯罪界に名を轟かすことになったのだ。

 そんなヴィネガンが殺されたのは、奇しくも寝苦しい夜のことだった。ヴィネガンの死体は頭の皮を剥がされていた。賞金稼ぎのしわざだった。

 ジョンは誓った。かならずヴィネガンの仇をとると。そして彼も各地を放浪する賞金稼ぎとなった。

 それから20年、ついにジョンはこの辺境の町で彼の仇を見つけたのだ。






 男はトムといった。

 トムは西部のカンザス州のある町の保安官の家にうまれ、幼いころからとても正義感の強い男だった。しかも彼は体格にも恵まれたので、子どもたちの中心となり、毎日大勢の仲間たちとともに暮らしていた。

 ある日、14歳のトムは、町外れの洞窟にならず者たちが潜伏しているという噂をきいた。そして彼は、4人の友人をつれてならず者たちを捕まえようという計画をたてた。

 後に何度思い返しても、トムは自分がなぜこのとき、父親や他の保安官に相談しなかったのかと不思議に思う。彼はウィンチェスター・ライフルとエンフィールド・ピストルで武装し、仲間たちとならず者たちが潜む洞窟を取り囲んだ。

 真夜中を待って、彼らは洞窟を襲撃した。そして作戦は見事成功し、4人のならず者たちを捕まえることに成功したのだ。

 だがその帰途、予想だにしない出来事が彼らを襲った。

 4人のならず者たちをつれて町に戻る途中、一部始終を見ていたらしいひとりの賞金稼ぎが、彼らを襲ったのだ。不意をつかれたトムの仲間たちとならず者たちは、ひとり残らず撃ち殺されて、生き残ったのはトムだけだった。

 その後、トムは保安官となった。保安官ならば、賞金稼ぎの情報も手に入りやすいからだ。仲間たちを殺した賞金稼ぎへの復讐のためだった。

 それから15年、ついに彼はこの町でその賞金稼ぎを見つけたのだ。






 男はマイケルといった。

 マイケルはとある町の孤児院前に捨てられていた。

 その後彼は里親に引き取られたのだが、その里親がひどい男だった。

 男は幼いマイケルをこき使い、虐待した。マイケルがそんな男の元から逃げ出したのは彼が14歳のときだった。

 彼は荒野を放浪し、やがて行き倒れた。そのとき、たまたまそばを通りかかったのが修道士のアンジェラだった。

 アンジェラはマイケルを助け、彼を修道士として大切に育てた。マイケルはアンジェラに身も心も救われ、彼女を単に尊敬するだけでなく、崇拝までするようになった。

 アンジェラがヴィネガンというならず者に命を奪われたのは、マイケルが20歳のときだった。

 彼は激怒し、そして、犯罪者すべてを憎むようになった。彼は賞金稼ぎとなり、各地を放浪した。

 彼は犯罪者を多く殺した。犯罪者ならば見境なく殺した。しかし反面、犯罪者でない人間には決して迷惑をかけなかった。

 彼はアンジェラの仇であるヴィネガンを殺したあとも、賞金稼ぎとしての生き方を変えなかった。そしてある日、彼はならず者の集団がとある町外れの洞窟に潜んでいるという情報を得た。彼は早速襲撃した。

 真夜中のことであり、しかも彼らは武装していた。マイケルは勘違いしたのだ。過ちに気がついたときには手遅れだった。

 マイケルは逃げ出し、自責の念に苦しんだ。そして決意した。

 生き方を変えようと。

 牧師になって、神に仕えようと。







 この日、とある町外れの荒野で、ひとりの男が死んだ。

 生き残ったふたりは固く口を閉ざし、すぐにその場を立ち去った。

 死んだ男のことは、誰も知らない。





おわり

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