〈8〉ここは、BAOの修行ダンジョンです
「早速だが、今日は実戦をやろう!」
宵闇の部屋から中心街にとばされた俺は、スズと一緒に街を歩いている。
「実戦って、何をするの? だ、だんじょんってところに行けばいいんだよね?」
ダンジョンという言葉はスズにとって聞きなれないらしく、無理して横文字を言う人みたいになっていた。
ダンジョンに関しては、昨日少しだけ話したはずだから、それを覚えているのだろう。
「今日は説明からな。俺たちがいる中心街の周りには火、水、木の三属性のダンジョンがある。そして……スズ、上を見てごらん」
頭上――雲と同じくらいの高さのところには、空飛ぶ島みたいなものが浮遊している。
「あれが光属性のダンジョン。そんで、足の下――地中には闇属性ダンジョンがあるんだ。属性っていうのは……あ、あの人を見てみろ」
偶然近くを歩いているプレーヤーを指さす。つられてスズもそちらを見る。
全身白尽くめの少女のアバターだ。シスターをイメージしているのかもしれない。
「あの人は多分光属性だな。任意で自分の属性ってのを決めて、その属性に特化したダンジョンで経験値をあげるんだ」
俺の説明はスズに理解されたようで、彼女はふんふんと頷いていた。
「だから、今日は手始めに闇属性ダンジョンに行こうと思ってる。いいよな?」
「うん! でも、どうして闇ダンジョンなの?」
スズは首を傾げた。
「俺が闇属性だから、教えやすいんだ。じゃあスズ、スペル使って、闇ダンジョンにとばしてくれるか?」
スズは若干戸惑いながらも、VRボードを出し、『elevate』のスペルカードを出した。
昨日と比べて仕事が早い。確実に成長している。説明書でも読んで勉強したのだろう。
スズはスペルカードを掲げた。
「エレベイト! 闇ダンジョン!」
俺たちは青い光に包まれた。
青い光が晴れると、俺たちは洞窟の中にいた。
360゜岩岩岩。闇ダンジョンは洞窟の中にあるのだ。
「ここが闇ダンジョン……暗いね、カケル」
洞窟の中だけあってほぼ闇に近い。
「ここで俺の役目だ! じゃじゃーん」
VRボードを操作し、取り出したのは『月光』のスペルカード。
名前もルビも安易だが、俺は結構気に入っている。闇ダンジョンに行くときの必須アイテムだ。
スペルを唱えると、ポウッとロウソクの光のようなものが浮かびあがった。
「少しはマシになっただろ? スペルカードはどのダンジョンでも買えるから、後で買いに行こう」
そして、闇ダンジョンで経験値をあげることにしたのだが……
「うわわ、なんか飛んでる……どうすればいいの?」
コウモリのかたちのモンスターが、スズの頭上を飛び回る。
スズはというと、剣片手に走って逃げている。これじゃあ、剣を買った意味がない。
「スズ、逃げないで戦えー」
「そうは言っても……」
逃げてばかりの彼女に、助け船を出してやる。
「闇属性に有利な属性は! 剣をしっかり握って、スペルで支援だ!」
そっか! と、スズは一枚のスペルカードを取り出し、剣を持ち直した。剣道のような構えになっているが、今は気にしない。
「光纏い(カバードフラッシュ)で効果増強!」
光纏い(カバードフラッシュ)のスペルで剣の威力を上げ、攻撃。咄嗟の判断にしては良くできている。初心者では合格点といったところか。
コウモリたちは消え、アイテムがモニターに記録される。最初はコインがほとんどだが、ダンジョンのレベルを高くしていくと武器やスペルカードがドロップすることもある。
今のクエストで、スズのレベルは2。一方でレベル上限は999だ。『カケル』のレベルは62で、そこまで高くないが、バトルオリンピアはレベルで差がつくことはないから大丈夫だ。
これから地道に進めていけば、バトルオリンピアでも十分通用する。
そういえば、スズにはまだバトルオリンピアのことを話していない。
「スズ、話があるんだ――」
しかし、俺の言葉はアラームに遮られてしまった。昨日と同じ音だ。
「あ、お昼だ……ごめん、すぐ戻るから」
やはり、スズがかけたものだった。
「いや、大丈夫だよ。ゆっくり休んできて」
「ううん、私頑張りたいの――カケルのためにも」
そう言うと、スズはログアウトした。
俺のために頑張る。
意味はよくわからなかったが、なんだか温かい気持ちになった。