〈6〉ここは、サポーターAIが住む世界です
「おかえり、カケルくん」
スズがログアウトした後、俺は宵闇の部屋に自動転送された。
裸電球が吊るされている、あの場所だ。
「あぁ、道化師か。ただいま」
道化師は、戻ってきた俺を迎えた。
「ボクたちの世界はどうだった? サポーターAIじゃ、見える世界も違うだろう?」
俺が発言をする前に、おいで、と道化師は手招きした。
再び、暗闇の中を歩く。道化師の姿はよく見えないが、足音でなんとなく近くにいるのがわかった。俺は、足音だけを頼りについていく。
少し歩くと、微かな光が見えてきた。裸電球のそれとは違い、ぼんやりとしたものだった。
「着いた」
連れてこられたのは、カプセルとモニターがたくさん並んでいる場所。カプセルの中には人のような何かが収蔵されているが、おそらくサポーターAIだろう。モニター上のグラフや文章を見れば、それとなく予想できた。
「ここは、宵闇の部屋にある、サポーターAIたちの調整施設さ。といっても、ただデータが収められているだけなんだけど」
そう言って、微笑を見せる。
カプセルの上をなぞった道化師の指先は平面を撫でるようで、データが収められているだけと言った意味がわかった。
ここにいる人間は俺と道化師だけ。それ以外は全てただのデータだということ。
サポーターAIで俺だけが特別だった。
「なぁ、道化師」
「なんだい?」
ようやく聞ける。この世界に召喚されてからずっと気になっていたことだ。
「どうして俺を助けたんだ? たとえ偶然でも、サポーターAIとして働かせるなんて、普通は考えないよな。なんか理由があるって思うのが普通じゃないか」
「気になる?」
道化師は、ずいっ、と顔を近づけてきた。
あまりに近いから、少しだけビクッとした。見た目は少女なのに、なんともいえない迫力があった。
近づけた顔の口元をニヤッと歪ませるのが見えた。
「教えない」
「はぁ!?」
聞けると思ったのに。
道化師は近づけていた顔を離し、手を後ろで組んでくるっと回った。
桜色のツインテールが揺れる。綺麗な曲線を描いた双尾は宙を動き、そのまま道化師の肩にパサリとかかった。
その動き一つすら艶やかで、見惚れてしまいそうだった。
スズの可愛らしさとは違う、大人のような美麗な雰囲気。
道化師の見た目とは裏腹な美しさは、違和感なく俺の中に刻まれていった。
「そうだなぁ、キミがバトルオリンピアで優勝したら教えようかな。だって、それが最終目標だし」
バトルオリンピアで優勝だなんて、今のスズには不可能だ。けれど、それを条件にするからには、何かあるのだろう。
「そっか、わかった」
「案外簡単に受け入れるんだね」
道化師は不服そうに口をとがらせた。
「俺はそれで良いって言ってんのに、不満なのか? 無茶苦茶だな、道化師って」
「子供みたいだって思うかい?」
あぁ、そうだ。とは言わなかった。
代わりにこう言った。
「お前みたいに無茶苦茶なヤツを知ってるよ。だからもう、慣れっこだ」
ふーん、と興味がなさそうな反応を返された。しかし、彼女の目は確かにこちらを見つめていた。
「そのコのこと、ちゃんと覚えてる?」
「あぁ、覚えてる」
今でも、記憶の片隅に生きている。
忘れるわけがない。
なぜなら、彼女は――
「そう、なら安心だ」
道化師はフッと微笑んで、一番端にあるカプセルを指さした。
「眠くなったらそこで休みなよ。大丈夫、人間用だ」
言うだけ言って帰っていった。
結局、道化師の問いの意味はわからなかった。