〈3〉プレーヤー:スズ①
バトルアドベンチャーオンライン、通称BAO。
ここに召喚される前、俺がハマっていたゲームだ。
3年前にギガゲイムズからリリースされ、エクスパンション・クラスというハードで操作するVRMMO。
最近徐々に人気になっている。
もっとも、俺がBAOを始めたのは、ヒットする前なのだが。
そんなことは置いといて今はサポーターAIの役目を果たさなければならない。
それに、直前に道化師が言っていた条件。バトルオリンピアで優勝するというものだ。
年に一度、コロシアムで行われるBAOの頂点を決める試合。俺は、目の前の少女を優勝に導けるのだろうか。
とりあえず、少女に視線を戻す。
身に付けているのは初期装備のワンピース。多分初心者なのだろう。
身長はおそらく150前半。頭一つ半ぐらい違う。
さっきからキョロキョロ辺りを見ていて挙動が不自然だ。初心者の典型的な反応。俺も最初はこうだった。
俺は自分の左耳の辺りに手を添えた。
エクスクラス経由でログインしていたときは、このあたりに電源ボタンがあり、VRボードと呼ばれる画面が出てきたのだが……
左耳の辺りを探っていると、電子音とともにVRボードが現れた。
画面には、『プレーヤーネーム:スズ』と表示されている。
俺は、未だに不安そうな表情を見せる少女に声をかけた。
「スズ、チュートリアルを始めようか」
すると、スズは驚いたように肩を震わせた。
「わあっ、しゃべった。それに、名前……」
どうやら、名前を知ってることに驚いたらしい。
俺はVRボードの出し方も教え、プレーヤーと遭遇したときは名前を確認するように言った。
教えるとスズは新しいことを知ったような顔をする。本当に大丈夫なのだろうか。
「で、そのチュートリアルだけど……」
中断されていた話をもとに戻す。
チュートリアルといえども、教えることは今は少ない。
実際にやりながら覚えた方がわかりやすいからだ。
「俺の名前はカケル。スズのサポーターAIだ。よろしく」
スズも、もじもじしながら言う。
「スズ、です……よろしくお願い、します」
最後の方は聞き取りづらかったが、精一杯なのが伝わってくる。
コミュニケーションをとるのが苦手なのだろうか。俺も同じだから気持ちはわかるが。
それにしても――
「スッゲー可愛いな、スズって」
話すときに真っ赤になるところとか、つっかえながら話すところとか。
ゲームのアバターとはいえ、話し方は、エクスクラス付属マイクを通して話しているからスズ本来のものだ。
なんでもBAOのハードであるエクスクラスは、鼓動の早さや体調に合わせてゲーム内で表情が変わるらしい。
プレーヤーたちには意図的にネカマを演じている連中もいる、と聞いたことはあるが、スズは違うだろう。根拠はないが。
俺の独り言を聞いたスズの白い肌は赤くなっている。何が独り言だ。バッチリ聞かれている。
「え、えっと、今、可愛いって……」
そんな少女の反応に、俺は戸惑う。 少女もしどろもどろになっている。
恥ずかしさを隠しながら、説明に戻る。
「えっと、このゲームはBAOといってな……」
こうして、俺はスズに説明を始めた。
BAOプレーヤーには、2種類あること。
一人でプレイするソロ、二人以上で組むパーティー。
プレーヤー一人につき一人まで、サポーターAIをつけられること。
サポーターAIは、プレーヤーの手助けや、ナビゲーションをする。
サポーターAIはいてもいなくてもいいが、いた方が有利とは言われている。
そして、サポーターAIはプレーヤーの命令に従って行動するということ。
自分のような、リファイン・プロトタイプと呼ばれるサポーターAIだけは感情ソフトの原型が組み込まれており、プレーヤーと会話ができるのだということ。
本当は人間だということは隠し、ゲームの説明をした。騙しているみたいで心苦しかったが。
「で、ここからがゲーム内容の説明だ。俺たちがいるここは中心街、通称プレーヤーホーム」
へえー、とスズは辺りをキョロキョロ見る。
石畳がしかれた道に沿ってレンガ作りの建物や屋台が並んでいる。ヨーロッパ風の町並みに、スズは感嘆の声をあげている。
「ここでは、武器とか装備が買える。スズが着てるのは初期装備だから、戦いには不向きだと思う。後で新しいのを買おう。そんで、買うときは……」
VRボードを出し、手持ちの金を物体化する。瞬間に手の上にコインが現れる。
「BAOの通貨は、設定してる言語と一致するはずだ。数え方はコインだが、一円、五円、十円……日本円と同じ。BAOだとこれが、一コイン、五コイン、十コインってなる」
スズはゲームを始めたてでコインが無いらしく、俺のをいじっている。
それにしても、ついさっきここに召喚された俺がどうしてコインを所持しているのだろう?
今のスズみたいに初期装備以外の物を持っていないのが普通のはずなのに。
試しにVRボードを出し、メニューから自身のアカウントを開く。そこには、『カケル』の名前と持ち物、コインの残高、HPなどなど……俺がつい最近まで使っていた『カケル』のデータがあった。
不思議に思いながらも、チュートリアルを進める。
「基本事項は大方説明したけど……質問はあるか? 残りの説明は街を歩きながらにしようと思ったんだが……」
そう言うとスズはおずおずと右手をあげて、
「武器とか装備とか言ってたけど……ここって戦うの?」
何てことだ。彼女はBAOが戦闘ものだということも知らないのか。
ありえない。そう思いつつも説明を重ねる。
「バトルアドベンチャーなんて名前からして、これはバトル重視のVRMMOだ。中心街を除く五都市――後で見に行くからな――で、ダンジョンって場所があって、経験値やレベルをあげるんだ。他にも、突然バトルを挑まれたりするが、中々無いから大丈夫だろ。ちなみにサポーターAIは、スズ――つまりプレーヤーの命令にそって戦う。サポーターAIはあくまで補助だからさ、しゃしゃりでることはできないんだ」
スズは困惑している。俺の話を聞きながら顔面蒼白になっていた。
「私が指示する役……そんな……」
ここまでくると、何でBAOを始めたのかわからない。話題性があるからか、はたまたなんとなく見つけたのがこれだったのか。
「まぁ、それは練習で慣れてからでいいから」
とりあえず、元気づけておく。
今の状態では、バトルオリンピアすら出られない。出場してもらわなければならないのだ。それだけではない、優勝だ。俺は、優勝しなければならないのだ。
経験値やレベルについても説明し、やっと装備の説明に入るところまできた。
俺はスズのアカウントに入って持ち物などを確認する。
プレーヤーとそのサポーターAIはアカウントを共有でき、いつでも見ることができるのだ。
初めてということもあって、スズの持ち物は何もない。すっからかんだった。
「じゃあ、俺の金を使うか。スズ、これ使ってみて」
スズに『elevate』のスペルカードを手渡す。移動に使うのだ。
BAOはほぼスペルカードでなんとかなると言っても過言ではない。
スズは戸惑いながらもカードを受け取り、
「え、えれべいと!」
ぎこちなく唱えた。