〈2〉ここは、BAOの世界です
「到着っー。ほらキミ、目なんか瞑ってないで開けて開けて。」
少女にせかされ、俺はおそるおそる目を開いた。
宵闇の部屋ではない。雲の隙間から太陽が覗いている。
しかし、そこは今まで住んでいた日本ではなく、天国や地獄などと詠われている世界でもなく、街だった。
地面はタイルで敷き詰められ、周りには出店や屋台が立ち並んでいる。
少し遠くには、東京ドームのような競技場らしき建物。
周りを歩く人は、皆、マントや鉄の鎧などを着て、手には剣や弓矢などを持っている。 まるで、RPGに出てくる世界だ。
「ここは...…?」
俺の問いに少女は答える。
「ここは、とあるゲームの世界だよ。BAOって聞いたことあるかい?」
ここはゲームの世界。予想通りではあるが、いまいち信じきれない。
それに、BAOという名前。俺が最近ハマっていたゲームがまさにそれだ。
さっきの男――GMも、ゲームマスターと読み替えれば納得できる、かも。
「でも何でBAOなんだよ? お前は何者なんだ? 道化師」
「疑ってるみたいだね。でも、ボクはキミを助けたんだ。感謝してほしいくらいだ」
助けた? 感謝? 話が見えない。何か、まだ隠してることがあるはずだ。
「頭から落ちて気を失ってる。そんなに高くはなかったけど、今も意識は戻ってない。そんなキミを偶然通りかかったボクが病院まで連れてって……ほら、これでも感謝しない?」
要は自分が助けてやったって自慢か……
でも、道化師の話には、ここに連れてきた理由がない。
「キミには協力してもらいたい」
「協力?」
突然何を言い出すかと思ったら……
「そう、協力さ。リファイン・プロトタイプって知ってるよね?」
リファイン・プロトタイプ。人格を持ったAI。BAOの製作会社、ギガゲイムズが開発し、ゲームに取り入れている。
「ボクたち、バイトを雇って人間の行動パターンを研究しているんだ」
「つまり、俺もその一員になれ、と?」
道化師は、パアッっと明るい表情になり、頷いた。
「断る」
途端に、道化師の顔は暗くなる。
「どうして!」
「いや、普通に考えて怪しいだろ。俺はお前に信頼も何もないんだ」
俺の言葉を聞くと、道化師は口をとがらせた。
「でもでも、命を助けてやったボクにする態度がそれ? おかしいよね。ほら、どうする?」
そう言われたら……
「あー、もうわかったよ。やればいいんだろ」
投げやりに言った俺に対して、
「ホントに?」
道化師は手を上げて喜んだ。
こうして、俺はBAOの世界で生きていくことになったわけだが……
「えっと、道化師。俺は具体的に何をすればいいんだ?」
「とりあえず、サポーターAIとして、プレーヤーを先導してもらいたい。あくまでもキミはリファイン・プロトタイプ。しゃしゃりでることはないようにね」
引き受けたは良いが、注文が多い。
「あぁ、それと――」
道化師はシルクハットの中からタブレットを取り出した。
「キミの担当は決まってるから。このプレーヤーとバトルオリンピアで優勝する。これがキミをもとの世界に戻す条件さ」
は? 何言ってんの?
「キミのデータは活用させてもらう。さあ、カケルくん、行っておいで!!」
道化師が光輪のスペルを展開する。
ここがBAOだとわかった途端、受け入れられるようになってきた。
白い光はあっという間に俺を包み、光がなくなるころには、俺は空を飛んでいて――空?
「うわあぁあああぁぁああ、落ちるうぅぅううぅう」
雲と同じ高さにいたのが、どんどん床が近くなっていって――
ドスン、と石畳に体を打ちつけた。
「きゃあ!!」
道化師とは違う少女の声。
声のした方を見ると、銀髪の少女が俺を見下ろしていた。
銀髪を一つにまとめ、レモン色の初期装備のワンピースを着ている。
彼女はおろおろしながら周りを見、俺に手をさしのべた。
「大丈夫? サポーターAIの……カケルさん、だよね」
――サポーターAIとしての生活が今、始まった。