〈1〉宵闇の部屋
気が付くと、俺は真っ暗な場所に立っていた。ただただ暗い世界。
しかし、少し遠くの方には、一筋の光が通っている。 俺は光の差す方へ体を向けた。
暗い地面の上を、光に向けて進んでいく。
一分ぐらい歩き、光の下にたどり着いた。光の正体は裸電球で、それだけが無造作に吊るされていた。
電球の下には立派な玉座があった。誰も座っていない。
材質は革のようだ。見てわかる。
触ったが、革特有の手触りがない。それどころか、触覚が失われてしまったかのように何も感じない。
高所落下のせいなのだろうか。
目は見える。音も聞こえる。カツカツと歩く音が……
真っ暗で見えないが、確かに足音は近づいてきている。
「GMー、今帰ったのかい?」
足音は突然止み、少女の声が聞こえる。
GM……人の名前だろうか? 少なくとも、俺を呼んでいるのではないだろう。
「GM? いるんだろ?」
声はすぐそこまできて、暗闇から人が現れた。
ピンク髪のツインテール、マジシャンが被るようなシルクハット、ふわふわキュロットにモノクロチェックのベストを着た、10歳ぐらいの少女だった。顔には、ハート形のシールが貼ってある。
サーカスに出てきそうな、とても可愛い女の子だ。
「誰だお前?」「誰なんだキミは!!」
二人同時に叫んだ。
「どうして宵闇の部屋に知らない人がいるんだ! 不審者は帰った、帰った」
しっしっ、と手を振られる。
俺だって、ここがどこかわからないのに……
だが、一つだけ分かったことはあった。それは、この部屋が宵闇の部屋と呼ばれていること。ただそれだけ。
実際問題、そんなこと分かっても、意味はない。
確かに、宵闇の部屋と呼ばれているだけあって、電灯で照らされているここ以外は真っ暗だ。
その間に、少女は玉座に腰をおろしていた。
腕を組んで考え事をしているみたいだ。
その時、暗闇の向こうから、足音が聞こえてきた。
カツンカツンというその音は、俺達の近くまでくると消えた。 少女のそれと違い、重みがあるような気がする。
目の前には、足音の主であろう、一人の男が立っていた。
さらさらストレートの金髪に、金色の髪飾り、切れ長の目、整った顔の男に、俺は一瞬、息を呑んでしまう。
そして、男が来たとたん、幼女は跳ねるように玉座から飛び降りた。
「GM、おかえり! もう、待ちくたびれたよ」
そんなに待ってはいないはずだが……
それにしても、GMとはやはり名前のことだったか。
当のGMといえば、俺に近づき、顔をまじまじと見つめている。
顔が近すぎて、変な気分になってしまいそうだ。
「道化師、こいつは誰だ? 見慣れない顔だが……」
道化師と呼ばれた少女はひゃい!? と裏返った声で返事をすると、おろおろとあたりを見渡した。
名前(?)は道化師だったようだ。
どうやら、俺がここにいることはずいぶんイレギュラーなことらしい。
「えっとー、それはね……なんでキミはここにいるんだ!」
俺のほうこそ聞きたい。
「キミはどうやってここに来たんだ? ここはそう簡単には入れる場所じゃないのに」
困った俺は先程の出来事を説明した。
ベランダから落ちて、気づいたらここにいたということをだ。
俺の説明に、道化師は一瞬はっ、とした顔になり、なにやら考えこむような顔になった。
「キミ、もしかして、館掛徹かい?」
いきなり名を呼ばれ、俺は驚く。何で知っているんだ?
固まっているところをYESととられたのか、道化師ははぁ、とため息をつく。
「転送先を間違えたみたいだ。ボクはこの子を送ってくるよ。GM、モニターよろしく」
俺の知らないところで話は動いてるらしい。 理解はできないが。
道化師はいきなり俺の手首を握ると、空に向けて手をあげた。
大きく、そして光輝く光の輪が上空に現れる。
「光輪!館掛徹、行くよ!ボク達の世界に!」
僕達の世界と言うのは、言葉から察するに"GM"と呼ばれていた人と"道化師"と呼ばれていた少女の世界だろう。
俺は何処に連れていかれるのだろうか。
ベランダから落ちて、死んだと思ったのは何だったのだろうか。
まったく、訳が分からない。
俺と手をつないでいる道化師が不意に微笑んだ気がした。