視認、できる人とできない人。
「ミーツケタ」
「っ!!」
声が、頭上から聞こえた。
上を見た瞬間、黒い靄が漂っていた。
伊莉那の姿は見えない。
「なっ」
「アルトちゃん、逃げて!!」
「え?」
心麗が、ポケットから何かを出した。
「それ……」
「お守り……補助魔具だよ」
いつも、鞄についている星型のキーホルダー。
それを、取り出して何やら声を張り上げる。
「我が名は心麗。真理に向かう者。我、ここに誓う、我、其を導く者なり」
「ちゅ、厨二病?!」
なんて、こっぱずかしい文句っ!
でも、その声に応えて、キーホルダーの星が仄かに光った。
そして
『ふむ。呼んだか、シンリ』
「なっ、なっ……」
なにこれ?
心麗の周りに、少女めいた顔立ちの、無駄に露出度の高い和服を着たヒトが漂ってた。
立っていたでは無く、漂っていた。
青白い光を仄かに放ちながら……飛んでる。
足が、無い。
「狙いはアルトちゃんだから、逃げて!!」
「え?」
どういう事?
私が、狙い?
この現象は、私のせい?
でも、なんでそんな事を心麗が知っているの?
「早く!」
「あ……む、無理に決まってんでしょ! シンリもっ!」
『なんともまあ、自らの分もわからぬ姫よ。さっさと去ねばいいモノを。魔法も信じぬ者が、この領域に口出しをしよるでない』
「プシュケ、けんかはダメだよって、おじじさまにいつも言われてるでしょ!」
『むむっ。ここ外れた世界故、あの精霊王モドキにはこちらの出来事は届かぬ。まあ、ワシのやりたい放題と言ったところだな』
「プ、プシュケっ」
『それにな、そなたが土に還れば、ワシもお役目ごめんで晴れて自由の身になるのでな』
「えぇっ、そんな。ダメだよ! それだけはダメ!!」
つまり、シンリは自ら不利益になる奴を呼んだという事か。
ああ、もう、なんでもいいから、説明をしてよっ。
心麗が魔法使いで変なの従えてるのに見捨てられて、私は私で変なのに狙われるとか、なんなの?
「捕マエタッ」
「っ?!」
突然、足を引っ張られた。
そのまま、勢いのままにつまずいて床に倒れる。
「痛っ。なんなのさっ!」
脚を見た。その足首に、何かがある。
でも、その何かが見えない。
「?」
判らない。解らない。分らない。
なんでこうなっているのかわからない。
見えないから。
いったい、何が足を掴んでるの?
じれったい。
なんで、見えないの?
「アルト! 逃げて!!」
「え?」
空に、何かがかすめたような気がする。
でも、見えない。
どうしても見えないのだ。
その間に心麗が入った。
心麗の右腕には鎧のように何かが絡みつき、その手にはひと振りの剣を携えていた。
何かを断ち切る。すると、足を捕まえていた物が無くなったのがわかった。
同時に、心麗は攻撃か何かを防いでいる。
心麗には、見えているみたいだけど、なんで私は……見えないの?
「早く! もうすぐ、おじじさまが来るはず。それまで、逃げて!」
心麗の髪が風であおられる。
同時に、何もしてないのに頬が切り裂かれた。
「……あ」
逃げないといけない。そう思った。
これが本当に現実で起こっていることなのか、夢なのか判らない。
このままここにいれば、心麗に迷惑がかかる。
心麗にはあれが見えている。何かが、見えている。
でも、私には見えない。
このままじゃ、足手まといになる。
「……ごめん」
ちょっとためらった後、後ろを振り返って駆けだした。
もう、わけがわからなかったけど、混乱はしていなかった。
さっきは何がなんだかわからず心麗に連れられて走ってここまで来た。
だから、ここがどこだか分らなかった。けど周りを見てようやく気づく。
ここは、たぶん中央管理棟の入って右にある、旧校舎だ。
いつの間にか旧校舎への渡り廊下を越えていたみたいだ。
とにかく、渡り廊下には外にでられる扉がある。
そこから逃げて、この学園の外に――
「あ、れ?」
扉が、ない?
渡り廊下についたのに、扉がない。
なんで?
それなら、下駄箱の昇降口から出れば。
渡り廊下を渡って、中央管理棟にはいる。
幾つもの教室を横目に、昇降口に行く。
ここから一番近い昇降口は、一年生の昇降口だ。
「あれ?」
昇降口もない?
まるまるない?!
有るはずの場所で、有るはずの無い教室を見る。
「なん、で?」
廊下を見ると、どこまでも教室が続いていた。
どこまでもどこまでも。昇降口も階段も、なにも無い。
「うそでしょ?!」
とにかく、走ってみよう。
だって、終わりのない廊下なんて、ないんだし。
でも、そんな願いは打ち砕かれる。
「……どうして」
なぜだかわからない。
どこまでも廊下は続いているのだ。
走り続けた末に、心麗と先ほどまでいた物置代わりの空き教室の前まで来ていた。
先ほどの戦闘の後が残っている。
でも、あの黒い靄も、心麗もいない。
「シンリ……まさか……」
ありえない。
最悪の予想に首を振り、また走った。
きっと、これは夢だ。
ありえないもん。
どこまでも続く廊下の果てに、またあの場所まで戻って来る。
延々とループしている。
「なんなの?」
またもや戻って来てしまった空き教室の前で、私は思わず膝を抱えた。
疲れた。
今日は、なんて厄日なんだよ。
これが夢なら、早く醒めてほしい。
「……ん?」
空き教室の中に、キーホルダーが落ちていた。
心麗がお守りと言っていた物だ。
「……心麗」
そのキーホルダーを手にとって、違和感を覚える。
なにやら、ぬめりと気持ち悪く濡れているのだ。
「赤い……血?」
うそ……。
まさか、怪我した?
慌てて床をみた。
何箇所か、赤い血の飛沫が残っている。
そこまで出血はしていないと思うけど、そもそも血が滴るほどの怪我は大けがと言うよね……。
無言でその血痕をさらに調べる。
もう少し離れた所に無いか、探す。
「あった……」
一メートルほど離れた所に、また血痕があった。
さらに、もう一メートル。
辿っていけば、真理と伊莉那の所に行けるかもしれない。
「……」
行って、いいのだろうか?
心麗は、助けが来るまで待てって言っていた。
でも……。
「嗚呼っ、もう何考えてんの! 友達がいなくなったのにうじうじ考え込んで!」
もう、着たとこ勝負だ!
夢でも現実でも、なんでもいい。
魔法使いだか化物だか、知らんがな!
その血痕を追って、私は走った。
血痕を辿っていくと、先ほどはありえなかった道にいつの間にか入っていた。
昇降口から左に行ったところにある、特別教室棟だ。
そこの一階から、二階へ。
さっきまでなかったはずの階段を上がると、近くの教室の中まで血痕は続いていた。
まるで、道標みたい。
皮肉なことだけど、心麗の血が無かったら、ここまで来る事が出来なかった。
「ここ、科学室だよね……」
さすがに、いきなり入れるほど勇気はない。教室の外をちょっと調べてみた。
中は曇りガラスのせいで覗けない。
科学室は大きなテーブルが何個もあって、いろんな薬品が並んだ棚があったはずだ。
「なんか、武器になる物とか……ないかな」
近くにあった掃除用具入れを開けると、ちょうど壊れたモップがあった。
モップの、布の部分だけ取れてしまった、柄だけのやつ。
すこし心ないけどしょうがない。
それをとって、科学室の扉の前まで忍び足で行った。
よし、行こう。
扉に手をかけて、開けてみる。
でも、何もない。誰もいない。
「……む」
怖い。
中に入って、ゆっくりと横を見た。
「イリナ! シンリ!」
前にある黒板近くに、伊莉那と心麗がぶら下がっていた。
何かに捕まっているようだが、その何かが見えない。
しかも、二人は意識が無いようだ。
何も考えず、二人に駆け寄ろうとして、中央付近で止まる。
「あ……」
「来タ……ネ」
黒い何か。
何かが飛んでくる音がして、思わずしゃがんだ。
後ろでテーブルの上にあった椅子が吹き飛ぶ。
「一体、なんなの?!」
さらに、何かが放たれる音がして、とにかくテーブルの後ろに隠れた。
がらがらと椅子が落ちる。
ゆっくりと顔をテーブルから出して、伊莉那達の方を見た。
すでに、黒い靄は移動してどこにもいない。
どこに行った?
てか、なんで見えないの?
攻撃も、敵の姿も見えない。
それが、もどかしい。
なにかしら、見えるだけでも対処のしようがある。
心麗は見えていた。
じゃあ、なんで私には見えない?
「出テ来イ。これガ、ドウナッテモイイノカ」
「え?」
もう一度伊莉那達を見る。
すると、二人の周りに黒い靄が蠢いているのが見えた。
「ひ、卑怯者!!」
立ちあがって、モップの柄を構えた。
武術なんて習ったことないけど、振り回すだけでも攻撃できるはず。
そんな甘い考えで、黒い靄に向かって突進した。
が
「あ、あれ?」
柄が、動かない。
引っ張られる?
そのまま黒い靄に捕まりそうになって、柄を離す。
すると、それは黒い靄に捕まって、真っ二つに折られた。
なんなの?
突然、まわりの椅子が浮いた。
そのまま、私を狙って落下してくる。
「う、わぁっ」
どうにか避けるが、さらにもう三つ。
大きなテーブルが置かれた科学室で、逃げ回るのは不利だ。
テーブルが邪魔。
逃げている内に、椅子が壁際にあった棚を壊した。
ガラスが降り注ぐのを、必死に後退して逃げる。
せめて、見えれば。
何が起きているのか、見る事が出来れば……。
「きゃあっ」
何かに、捕まった。
さっきは足で、すぐに心麗が助けてくれた。
でも、今度は違う。
おなか辺りを、左手と共に何かが拘束する。
見えれば。
視えれば。
黒い靄を、きっと睨んだ。
見えないなら、視ればいい。
誰かが、そう言う。
同時に、何かが……何か、ガラスのようなモノが壊れる音がした。そう、感じた。




