異変、それは唐突に起こるもの。
南部活動棟、通称ぼろアパート、もしくはお化け屋敷。
そこの一階に神楽同好会はある。
「最近事件事故多いよね」
「そうだね」
「特に、誰かさんの近くで」
「……悪うございました」
がらくたが積み上げられた部室で、ソファに座りゆったりとくつろぐ伊莉那を睨みながら、私は買ってきてあったスナックを開けた。
神楽同好会部室。四畳半くらいあるその部室は、かなり生活感がある。
ちょっと古いソファにテーブル。肘掛椅子が二脚に毛布やまくら。漫画やら小説やらが並ぶではなく積み上げられた本棚に、ガラクタが大量に散乱していた。
主に、私達の私物。先生たちには内緒さ。
けっこうばれていて、黙認されているだけなのも内緒さ。
「でも、最近は本当に多いらしいよ」
「ふぅん?」
なぜか新聞を読んでいた心麗が、顔を上げる。
「なんかね、最近犯罪とかアルトちゃんが今朝出くわしたような事故とか、あと、女子高生の誘拐とか、多いみたい。アルトちゃん気をつけてね」
「む。了解です」
でも、なんで君は新聞を読んでいるんだ。そもそも、どこから持ってきた。
まさか……家から?
「心麗ってば、休日のおじいちゃんか!」
「えぇっ?! い、イリナちゃん、おじじさまはもっとかっこいいよ!」
「ねえ、君達。論点違うよね、それ」
心麗はなぜか『おじじさま』とよぶおじいちゃんを信仰している。
いや、本当に信仰している訳ではないけど、信仰に似た尊敬の念っぽいのを抱いているみたい。
時々、話題に上がる。
「会ってみたいわ、心麗のおじじさま」
「ほんとっ? 今日、家に来る日聞いてみよっかっ?」
「あら、家に住んでないの?」
「うん。なんかね、世界を旅してるんだって!」
「ふぅん」
「へー……って、なにそれっ、今の時代に世界を旅?!」
なんて言うか、さすが心麗のおじいちゃんというか。
世の中、いろんな人がいるもんだ。
「そうだよ。でも、携帯持ってるし、連絡は取れるよ。あ、そう言えば、今度来るかもって……っえ?!」
突然、地面が揺れる。
あまりの揺れに、地面に手をついた。
「なっ、なっ」
「うあああっ?!」
な、なに?
地震?
地面から唸り声のような音が響くのがわかる。もともと古くて老朽化の進んでいた南部活棟は、鴬張りの廊下もびっくりな音を立てて軋む。
まさか、つぶれたりしないよね?
まわりの本やガラクタが棚から落ちたり崩れていく。
たしかあの中に、初回限定版のCDとか置いたままだった気がするっ?!
いろいろな不安の中で、床に頭を守りながら座り込んだ。
と言っても、本当に一瞬。
永そうで、本当に短い時間だった。
「わ、止まったかな?」
「みたい、だね……こ、こわかったよ……」
ふと見ると、心麗は新聞紙を抱きしめていた。
「高二には見えないよね、アルト」
「うん」
高所恐怖症の私が、タワー行った時の姿を言われると何も言えなくなるけど。
「ひ、ひどいよ、イリナちゃん、アルトちゃん」
自身が嫌いらしい心麗は、涙目になりながら抗議した。
「とにかく、外いこ。余震あったら怖いし」
また地震があったら、今度こそつぶれそうだし。このアパート。
ほんと、いつ建て直したりするんだろう。
外に出たとたん、異変に気づいた。
「あれ?……誰も、いない?」
心麗が心細い声を上げた。
よく考えて見れば、あれだけ大きな地震があった時点で避難の放送があったはずだ。
放課後とはいえ、私達のような学校に残っていた人はたくさんいたはずだし。
なのに、誰もいない。
おかしい……?
「あら。まるで、この世界にいるのがうちらだけみたい」
「こ、恐いこと言わないでよう……」
縮こまっている心麗に、伊莉那はクスリと笑う。
「まあ、どうにかなるでしょ」
その自信はどこからきているのだろう。分けて欲しい。
「とにかくさ、誰かいないか探そう?」
「そうね」
「う、うん。あ、ちょっとまって」
「え?」
突然、心麗は南部活動棟に戻って行ってしまう。
「ちょっと、『おかしもち』はどこ行ったの!」
たしか、地震があった時には、合言葉のおかしもち『押さない駆けない喋らない戻らない近寄らない』だったはず。
おもいっきり戻るとか、それでいいのか心麗。
「大丈夫だから!」
そう言って、一分もしないうちに戻ってきた。
なぜか、自信満々で。
「……なにしてきたの?」
「いや、ちょっと、お守り持ってきたの」
「ふうん……」
乙女だ。
どこで道を間違えてしまったんだ、心麗!
そう言えば、小学生の時にあんな事やこんな事を……そのせいっ?!
心麗がこうなったのは、私達のせいかもしれないな。
ちょっと、これからの心麗の将来が心配になった。
「アルト、どうしたの? 行きましょ?」
「あ、うん」
伊莉那にせかされ、とにかく歩きはじめようとして足が止まる。
「あ……」
まただ。
校舎の窓。そこから、お昼に見た鮮やかな金髪の人がまた見えた。
すぐに、壁に隠れて見えなくなるけど、きっと、あの人だ。
「ちょっと、アルト?」
「あ、ごめん」
なぜか、それを二人に言えなかった。
「でも、どこに行くのさ?」
「まあ、やっぱり基本はグランドじゃない?」
「あ、そっか」
「そういえば、避難するときは、グランドに行くんだよね」
「そうそう」
南部活動棟から、グランドはまあまあ遠い。
歩いて三分程度だろうか?
その間に、中央管理棟を通るが、やはり生徒の姿はもちろん、先生も職員も誰もいない。
なんとなく薄気味悪い校内を通過しようとする。
「ねえねえ、今、声聞こえなかった?」
「え? さぁ、聞こえなかったけれど」
なぜか、そこで心麗が止まってしまう。
「どうしたの、心麗。恐いの?」
「うんうん。違う。ただ……やっぱり」
「やっぱり?」
何がやっぱり? え、ちょっと、なんか怖いんだけど?
そう聞こうとした時、風が吹いた。
心麗がばっと手を伸ばして腕をつかむ。そのまま、結構強い力で引き寄せられた。
「きゃあっ?! ちょ、シンリ?」
び、びっくりしたっ?!
いきなりの事に戸惑いながら、隣を見た。
「あ、え……? イリ、ナ……?」
いない。
さっきまで、確かに隣にいたのに。
居ない。
「な、なんで? ちょっと、どこに隠れたのっ?!」
「お、落ち着いて、アルトちゃん!」
「で、でもっ。なにさ! こんな時まで意地悪しなくてもっ」
カツーン
「?」
音がした。
なにか、嫌な予感しかしない、不吉な者の音。
伊莉那は、どこに行ったの?
後ろにいるのは、何?
解らない。
なにが起こっているのか分からない。
ただ意を決し、後ろを――見た。




