それは、ある魔法の基本。
祭となると、臨時のバイトが多い。
アルト達いわく、バイト人間なんてことを影でこそこそ言われている小時朗は、意気揚々と朝からバイトをしていた。
が、それはつい今しがた終わった所だ。
一応、遊び盛りの高校生。
朝から行く代わりに、六時ごろには終わるようにシフトを組んでもらっていたのだ。
まだまだ明るい七月の空を見ながら、小時朗は祭の雑踏を歩いていた。
道の横には露店が立ち並び、女の子の好きそうな宝石や、マシンガンやゲームのくじ引き、金魚すくいのような子どもの喜びそうな遊びの他に、カステラやチョコバナナ、夏の定番かき氷に祭の定番リンゴ飴、様々な屋台があった。
どうせ、小三時や椎、帷緒、武蔵、菜奈たちは祭に来て買ったり遊んだりしているのだろう。が、一応兄として何か買って行こうか。
なんて、アルトが聞いたら『見た目と合ってないっ』なんてことを言われそうなことを考えながら歩いていた。
「――ん?」
なぜか、視線を感じる。
振り向いても人、人、人。
知り合いなんて見つからない。と思っていた小時朗のすぐ真横に、いつの間にか知っている青年が立っていた。
「しっ、師匠っ!? お、驚かさないでくださいよ」
「ん? すまない。ところで、今からバイトか?」
前々からバイトばかりだからだろう、そんな事を夜神さんは問う。
ちなみに、師匠と呼んでいるのはなんとなくかっこいいからだったりする。
「あ、いえ。今日はもう暇ですけど」
「そうか、ならちょっと付き合え」
「はい?」
今からですか? と、聞き返すと、なにやら愉快そうに彼は言った。
「魔法とは、卓上で教えられるよりも、視たほうが勉強になる。ということで、ちょっとした実習だ」
連れてこられたのは流留歌市の中心に近い神社だった。
その境内には屋台が並び、観光客が所狭しに歩いている。
そんな中で、もっともスペースを取っているのはお化け屋敷の一幕。
境内の中の公園だった場所、もちろん遊具の無いところに大きなテントを張っている。
ひとの少ない、というより入ってこないそのお化け屋敷の裏に、なぜか連れてこられた。
「えっと、師匠?」
「なんだ?」
「実習って、その? しかも、なんでお化け屋敷なんですか?」
「あぁ、ここの中にどうやら不届き者が混じっているらしい。人を襲う前にとりあえず捕まえる」
「不届き者……」
普通なら、変質者とか犯罪者を思い浮かべるだろうが、以前化物に襲われたことを思い出す。
まさか、あんな奴の事?
だとしたら、なんでこんなに冷静で、しかも余裕の表情で彼はテントを見ているのか。
「あの、早く行かなくていいんですか? もう、客も入ってるみたいですけど」
「『あいつら』は、そこまで短慮では無いからな。この流留歌でなにかをすれば、誰が出て来るのかを知っている。それを知りながら不届き者が行動するときは、『あいつら』が居なくなった時だろう」
「はぁ?」
よく解らない理由だ。
『あいつら』とは一体誰なのか。
それに、話を聞く限り、『あいつら』と先ほどの不届き者は別人のようだ。ということは、二人以上敵がいるってことになる。
「さて、準備はいいか? 魔法使いの戦いを目の前で見られる珍しい機会だ。よく見ておけ」
自分が頷くとともに、夜神さんは従業員が使うであろう裏口を開けはなった。
と、同時に風が扉から噴き出す。
中は見る限り真っ暗闇。一寸先は闇とはこういう事かというほどだ。
なにか、いやな感じがする。
中を見ている内に、気持ちが悪くなってくる。
「どうやら、迎えられているらしい」
普通ならありえないほどの闇の中から、何かの手が出される。
真っ白な、人間の手。腕の先は闇で見えない。
本当に人間の手なのだろうか。
それが持っているのは灯りのついたランプだった。
「行くぞ」
「は、はいっ」
その言葉を舞っていたように、真っ白な手は奥へと進む。
不気味だ。
にもかかわらず、夜神はさっさと後をついていった。
「あの、これって罠とかじゃないんですか?」
「罠だとしても、対応しきれる自信がある時は別にかまわないだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず」
「……」
自信過剰に見える場合は止めたほうが良いのだろうか。
たしかに、その通りだけども。
「あまり気にするな」
「いや、気にしますよっ」
こちらの様子に気をつかったのか。
でも、その発言は……その……逆に気にするのだが。
中は、意外な事に明るかった。
確かに暗いが、視界が不自由になるというほどではない。それに、真っ白な腕の持ったランプもある。
ちなみに、腕は腕しかなかった。
お化け屋敷に本物がいるのか……。なんて考え深い。
「ところで、コジロウは魔法にとっての天敵はなんだかわかるか?」
「え? ……科学、とかですか?」
いきなりの問い。
夜神さんは時折、突然質問をしてくる。
今回も、あまり脈絡の無いその問いに、とりあえず考えて答える。
魔法というと、神秘とか奇跡とかそんな言葉を思い浮かべる。
科学で証明できない事象。科学では出来ない現象を起こす。
そんなイメージだ。
だから、魔法の天敵というと科学なのではないか。そんな思いで答えてみた。
「残念。不正解だ。世界には魔科学なんぞ、魔法を取り入れた科学も存在する。意外と魔法と科学は相性がいい」
「えっ、そうなんですか? まさか、この辺にもあったりするんですか?!」
「いや。大和国では無いな。科学の発展したレンデルやシエラル、セレスティアにならあるが」
「……結構遠いですね」
まさか、魔科学なんてものがあったとは。
ハイテンションになったのもつかの間、夜神さんにひとことで斬られる。
レンデル国もシエラル国も大和国とはかなり離れている。セレスティアなんて他の大陸だ。
そういえば、夜神さんはよく世界一周の旅をしているとか。
だから、ものしりなのだろうか。
「それで、答えはわかったか?」
「えっと……魔法の天敵ですよね……魔法……まほう……?」
「時間切れ」
「えぇっ?」
見れば、何も無かったはずの道の先に、扉があった。
こちらを誘うようにその扉はかってに開く。それと同時に腕とランプも消えていった。
「これは何にでも言えることだが……魔法の天敵は、人の心だ」
「……え?」
夜神さんは躊躇い無く扉の向こうに向かう。
と、手を出してこちらに入らないようにと示した。
部屋の中はさっぱりとしていて、なにも置いていない。
奥の方に、ごちゃごちゃと研究室みたいにいろいろな物が積み上げられていた。
「どうやら、面白い結界があるらしい」
「結界?」
夜神さんは前を向きながら下を指さす。
そこには、アルファベットのような文字が一面に描かれていた。
それは突然発光を始める。
夜神さんがこちらに戻ろうとすると、見えない壁がそれを阻む。
「あの、それなら俺がこれを消せばいいんじゃないんですか?」
「やめとけ。御苦労な事に、これは神話の時代の魔法だ。下手に触ると暴発するぞ」
「暴発って」
あわてて離れる。
俺の能力は触った魔法を無効化するとかなんとかのはずだが、暴発したりするものだろうか。
それでも、魔法についての先生である夜神さんの言う事だから、やばいのだろう。
とりあえず、もうすこし夜神さんは慌てたほうが良いと思う。
「床に書かれたこの文字たちは、一字一字に意味がある。これは意味と意味の相乗効果や関連性などを計算に入れて作られた魔法陣だ。一文字でも間違えば……一文字でもコジロウが消せば、計算が乱れてなにが起こるかわからない」
「えっと、とにかく、消したらいけないんですね?」
「そういうことだ。魔法陣などは、数学とよく似ている。計算が間違っていなければ答えは必ずでる。魔法の詠唱式が間違っていなければ魔法は必ず発動すると、こういった具合に」
「数学……」
数学は苦手だ。
こういう魔法陣とかは細かい作業がひつようなのだろう。
そう言えば、アニメとかで見る魔法陣には図形が描かれたシンプルな物と文字やら何やら書き込まれた複雑な物がある。
これは後者の物だ。
「――ふざけるなよ。もっと慌てろよ」
「ん、この魔法陣を描いた主の登場か」
本当に、なにも慌てていない。
ほんとうに結界に捕まっているのかわからない夜神さんのようすに、思わず俺も安心していた。
が、ここは敵陣真っ只中だ。
気づくと、声の主は結界の向こうにいた。
「まったく、理不尽な奴だな……」
夜神さんと同じかそれより上か。
長身の青年。遠くからでもわかる。濃い紅の瞳。そして髪を腰まで伸ばし、結んでいる。
研究所の奴等が来ているような服を着ているが、真っ黒だ。
まるで
「ごきぶ」
「コジロウ! それ以上、その名を呼ぶなっ!!」
「えっ? はい?!」
「その名を、呼んではいけない」
何度も繰り返す夜神さんの顔は、真剣そのものだ。
いったい、ゴキブリになにかあるというのだろうか……。
「ご――えっと、あれに何か意味が」
「ない。とにかく、それを呼ぶな」
なにやら冷や汗をかいている気がする。
……まさか、夜神さんってゴキブリが苦手……なのだろうか?
「あのさ、もっと警戒とかしろよ……つか、魔力食われてんのに、よくそんな平気な面してられるな」
奥で、なんとなく哀しそうに青年が呟いていた。
そうだ、今はゴキブリなんかよりも、この結界と青年のほうに集中しなければ。
それに、青年の言葉の中で一つだけ疑問があった。
「魔力が食われてる……? 師匠、どういう事ですか?」
「この結界は、中の者の魔力を奪う物だ。その事を言っているのだろう」
「ちょ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃない」
「ししょーっ?!」
いや、慌てろとは言わないけど、もうちょっと何か反応してくださいよ!!
思わずつっこみを入れかけるほど、夜神さんは何時も通りだった。
華麗にスルーされてる向こうの人は、無表情。
いや、頬がひきつれている。
さすがに可哀想に思ったのか、夜神さんは彼の方を向く。
「よくもまぁ、人の身でこんな物を見つけてきたな。驚いたぞ」
「……そんな、涼しい顔で言われてもぜんぜん嬉しくねぇよ」
「褒めてないからな」
「いや、褒めて欲しくないから」
夜神さんって、天然なのだろうか。
会話がコントのように聞こえる。
俺とかぶる赤髪の青年は、いらいらとした様子で応えている。
意外と律儀だ。
「だが、こんな古い物を発見して、しかも自分でアレンジをし、改良をしたことには本当に驚いた」
「……」
本当に、嬉しくなさそうだ。
苦虫を潰したように、いまいましそうに夜神さんを見ている。
「気づいてたのかよ」
「これの元を作ったのは知り合いの家族だからな」
「っ、う、うそだっ」
「でもって、元を簡単に使えるようにと改良したのは自分だからな」
「はぁっ?!」
赤髪が驚いている。
いや、自分も驚いている。
たしか、この結界は神世の時代の物だとか言って無かったか?
絶対におかしい。
まさか、夜神さんは神世の時代から生きてるって言うのか?
なんていうか、でたらめな人だ。
「言っとくが、神世の時代から生きている訳ではないからな」
「そ、そうなんですか」
訂正された。
えっと、じゃあ元を作った知り合いの家族が神世の時代から生きてるってことか……。
とりあえず、夜神さんって……一体何者?
「それで、どうするんですか? これ」
「ああ、簡単なことだ。先ほど言っただろう。こう言う物は、計算されたもの。なら、その計算を壊さないように壊せばいい。意味を書き変えて、意味の無い物に変えればいい。それだけだ」
なぜか、床に座り込む。
そして
一瞬だけ、風が吹き荒れ、光が消えた。
「こんな具合に」
微笑している夜神さん。
その向こうでは唖然としている青年。
俺の目の前で、結界はいとも簡単に消え去った。




