ヤガミの魔法
それは、四月の始まりの頃。
僕が家に帰ってくると、その人はいた。
「お、おじじさま?」
「久しぶりだな、心麗」
誰も居ないはずの家に、お父さんと少しだけ似ている横顔。
おじじさまだ。
僕にとって、魔法を教えてくれた師匠みたいな人。
そして、小さい頃にいつも忙しく働いていたお父さんやお母さんの代わりに面倒を見てくれた兄みたいな人だ。けど、兄と呼ぶには少し年が離れすぎている。
「お久しぶりです。来るとは聞いてましたけど、早かったですね」
「チビキから呼び出されてな」
チビキとは、アルトちゃんのご先祖様である音川さんのことだ。
音川さんは、今は輪と名乗っているけど、いろいろな呼び方をされている。
音川の婿さんとか白峰の代行さんとか……おじじさまもだけど、いろんな名前が在りすぎて混乱する。だから、僕はとりあえず音川さんで統一している。
おじじさまは、よく『チビキ』とか『音川』と呼んでいるけど。
なんでも、おじじさまと音川さんは昔からの友人らしい。
小さい頃には音川さんもおじじさまと僕の家に来てたのをおぼろげながら覚えている。
「それに、アレに襲われたと……」
「……」
この前のことだろう。
学校で襲われた時、なにも出来なかった。
あの三人の中で、唯一事態を理解して行動できたはずなのに、なにも出来なかった。
「……すみません」
「なぜ謝る」
「なにも出来なかったし、伊莉那ちゃんにも怪我させて……僕は……」
魔法使いに、ならなかった方が良かった。
むかし、一度だけおじじさまに言われたことがある。
魔法使いになるのを止めろって。
今、魔法使いは減少し続けている。
その中で、わざわざ魔法使いになる必要はない。
魔法なんて知らないまま、普通に生活してもいいのだと。
そもそも、僕みたいな半端者が魔法使いになっても、危険なだけだと。
魔法使い達は、自分にあった魔法を探して修めていくのが普通だ。
自分に合って無い魔法をいくら習っても、習得するのは難しいからだ。
アルトちゃんは、風術師になるだろう。
それに特化しすぎた体質の持ち主だから。
風術師以外の選択肢を持っていないのだ。
それに比べて僕は……どれにも特化していない。
多くの魔術を習得することが出来る代わりに、しっかりと自分に合った魔法として習得した人達と比べると劣化した様な魔法しか使えない。
広く魔法を習得できる。けど、それは狭く深くが基本の魔法使い達にとって、異端で半端なのだ。
それがわかっていたから、おじじさまは最初に反対をした。
それでも、魔法使いになろうとしたのに……どうすればいいのか、判らない。自分の限界をいつも感じている。
今はただ、おじじさまに教えてもらった基本的な魔法だけを習得しているだけの状態。
こうなることは分かっていたはずなのに、もうなにをしていいのか分からない。
「……だめだめみたいです。このままじゃ、アルトちゃんたちの足を引っ張ったりしそうだし……最悪だ」
「……」
「まだ基本的な魔法しか使えないし……約束したのに、プシュケときちんと契約できない……」
ひたすらマイナス思考に陥っていた僕に、おじじさまは大きなため息をついた。
それが、さらにネガティブにさせる。
けど。
「馬鹿者。男なら、もっとシャキッとしろ」
思いっきり、額を突かれた。
不意打ちの攻撃に驚いていると、おじじさまは苦笑していた。
「僕が言えることじゃないか。……心麗、お前は考えすぎだ」
「でも……」
「そんなことで、プシュケの契約者になれると思ったら大間違いだ」
「……ですよね」
「ちょっ、落ち込むな」
まったく、しかたない。
そういいながら、おじじさまは空を見上げた。
「心麗、お前に一つ……魔法を教える」
「え?」
ぽん。と、頭を撫でるように叩かれた。
「大丈夫だよ。心麗はよくやってる。この前の件も、心麗の判断のおかげで最悪の事態は起こらなかったんだ。それ以上、自分を責めるな。責めるのなら、禍物の侵入を許したチビキを責めてやれ」
「でも……結局僕は捕まっちゃって、アルトちゃんを逃がすことしか出来なかった……」
「心麗。そもそも、不意打ちで禍物と一対一で戦って、勝てる魔法使いなんてそうそういないんだぞ。しかも、守らない者がいる状態で、そこまで戦えたのなら、誇るべきだ」
「……」
それは、魔法だった。
風を操るとか、奇跡を起こすとか、そんな派手な魔法とかじゃない。
もっと、精神とか心に影響を及ぼす魔法。
言霊
誰もが使う言葉。会話。
それは、時として魔法と成り、無意識に発動する呪いとなる。
いじめとかが最も代表な例だろう。
死ねとか、消えろとか。心ない言葉が、それを浴びせられた人の心を抉る。
魔法使いが絶滅しかけているようなこの世界で、未だに誰もが中途半端に使っている魔法。
それが、言霊。
すごくはずかしい。
僕は魔法使いで、言霊のこととか分かっていたはずなのに、自分で自分を呪っていたんだ。
「出来ないと言えば、本当に出来なくなる。自分はダメだと評すれば、本当にダメになる。負の言葉を言紡ぐな」
「……はい」
言霊使い。
おじじさまは、そう呼ばれている魔法使いだ。
魔法使いの中でも、本当に数少ない言霊使い。
それは、どんな人でも言霊を使うことはできるけど、言霊使いと名乗れるほど操れないからだ。
もうひとつの理由として、言霊使いになった人は破滅しやすいということもある。
さっきの僕のように、負の言葉を紡いで自滅してしまったり、意図せずして発動して他人を殺してしまったり。
一度放ってしまったら元通りに戻せない。
その影響力は、未知数。
負の言霊を放ては、自分も周りも傷つける諸刃の剣の魔法。
でも、
「もっと、自信を持て。胸を張れ。自分が思っている以上に強いのだから」
使い方によっては、とても優しくて、温かい魔法。
「……ところで、心麗」
「なんですか、おじじさま?」
「そろそろ、おじじさまは止めないか。こう見えても、外見はお前とそう変わらないし」
「えっと…………」
「?」
「…………」
「…………なぜ黙る」
少し、短編が続きます。




