第3話 とある妹さんの交通事故
ガタン、ガタン。
リムジンの中、広い車内で俺は椅子にもたれ掛かり、
ただ、ただ沈黙していた。
『苺が交通事故にあった』
その言葉だけが、俺の頭に反響する。
優香からの電話は、苺の身に起きた事故を知らせるものだった。
電話後、俺は家を直ぐ様飛び出そうとしたが、和志に制され、止められた。
優香の話によれば、苺は信号無視をした車と衝突したのだという。
現在は、何故だか分からないが、那奈夜本家で安静にしているらしく、俺と和志は急いで、本家に向かおうとした。
マンションを出た所で、リムジンを運転している使用人に声をかけられた。
恐らく、優香が俺たちを送る為に待たせていたのだろう。
そして、現在。
俺と和志は、リムジン内にて沈黙していた。
車が、本家のある高級住宅街に差し掛かる。
そして、本家前。門入口の前で車は止まった。
「!」
俺は直ぐ様、車から飛び出す様に出る。
入り口には使用人が二人いて、直ぐ様俺に寄ってくる。
「坊っちゃん!」
「坊っちゃん!」
「苺は!?」
使用人に直ぐ様語りかける。
いま、頭の中は苺の事で一杯だった。
「苺様は、いま大間に……」
「大間だな!分かった!!」
使用人の言葉を途中に、俺は走った。
「おい、一和!」
後ろから和志の声が聞こえたが、今はそれどころでは無い。
大間とは、那奈夜本家の中でも一番の広さを誇る広間だ。普段、宴会や大事な行事に使われる広間だが、そこに苺はいるのだという。
急いでそこに向かわなければ。
と俺は全力で本家まで走った。
入り口から本家玄関までの距離が異様に長く感じる。鬱陶しい、今はただ早く、苺の傍に行かなければいけないと言うのに。
苺は無事だろうか。
優香の声は深刻だった。
まるで、昔の優香を思い出すみたいに、あの時の寂しい声に似ていて、
それが、俺の心を更に圧迫する。
暗い庭を駆け抜ける。
そして、俺の視界の先に、ようやく玄関は現れた。
明かりはついていない様だが、そんなのは関係無い。
「…、ハァ、!、」
息を切らせつつ、ドアに手をかける。
本家の中は、誰もいないかの様に真っ暗だった。明かりさえついていない。
それに、誰もいない、苺達さえいないと思わせるくらいに人の気配が無い。
直ぐ様、靴を脱ぎ、本家に入る。
暗くて廊下、玄関など分かりにくいが、伊達にこの家に住んでいない、大間への行き道は真っ暗闇であろうが理解していた。
「苺、苺、苺ォォォォォォオオ!!!」
いくつもある襖を開け、大間を目指す。
大切な妹を求めて。
大丈夫なのか?ただそれだけを知りたくて。
そして、
たどり着いた大間へと至る最後の襖。
俺はそれを開けようとして、
躊躇した。
あまりにも静か過ぎる本屋が、俺の想像を駆り立ててしまっていた。
この襖の先には見たくない景色が広がっているのではないか、などと。
怖い。もしかしたら、なんて事を考えてしまうから。
けれども、
『お兄。』
笑顔で笑う妹の姿が、脳裏に焼き付いた。とにかく真実を見なければならないんだと。
例え、どんな現実が待ち受けていようとも、自分を保たなければならないんだと。
それが、兄。なんだと。
心配だ。たった一人の妹だ。
だから。
俺は。
襖を。
苺の元に至る最後の扉を。
開けた。
パッ。
開けた瞬間だった。
目映い光が、俺を照らす。
そして、俺の目が、今映し出している映像を俺に見せる。
「え?」
俺の口から、そんな声が漏れる。
俺を迎えたのは、俺が考えていた最悪の結末でも、最悪な展開でも無く。
本家で働く使用人達と、優香と優香の家族と。
此方に正座して、身体には怪我をした感じすら無さそうに、大きなプレートを掲げた苺の姿だった。
大きなプレートには、ただ大きく。
『ドッキリ大成功』
などと、不吉な言葉が書かれているんだが、あの、これはその、あれですか?
言葉通りの意味なんですか?
理解不能に、その場に立ちすくみ、硬直する俺を視界に、苺が声を上げる。
「せーの!」
それと共に巻き上がった言葉は、
『お帰りなさい、一和!!』
というモノだった。
そして、
声と共に、部屋にクラッカーの音が鳴り響く。使用人達、全員が俺に向けて、クラッカーを鳴らしていた。なんていうか、凄まじい笑顔で。
その使用人達の背後で、巨大な垂れ幕みたいなモノが捲れる、そこに書いてある言葉は、おかえり一和。
ふと、呆然としつつ、視界を前に向けると、優香が此方に歩み寄ってきた。
そして、カラフルな三角帽子を俺の頭にとりつける。
「えーもんやろ?」
さらに、耳打ちでえーもんやろ、という言葉。
状況がイマイチ飲み込めない俺の肩を、背後から誰かが叩いた。
ゆっくりと後ろを見ると、『成功』と大きくかかれた鼻眼鏡をつけている和志が俺の肩を叩いて、笑顔を浮かべていた。
俺は頭を前にやり、視線を苺に戻す。
「……苺、、、―、け、怪我、は?」
しどろもどろに、苺にそう語りかける俺。
「えへへ、」
苺は可愛いらしい笑みを浮かべると、俺に持っていたプレートを差し出した。
『ドッキリ大成功』の文字が嫌でも視界に映る。
その瞬間、俺は自身に起きた出来事を全て理解した。
優香の電話、苺の交通事故、全てが嘘。
俺をここに誘き寄せる為の餌だったのだと。
そんなバカな。
あれだけ心配して。
肉体的にも精神的にも疲労したというのに、全てが無駄骨だった。と。
「あはは、は」
「坊っちゃん?」
あかん。これはあかんでぇ。
ドッキリってなんやねん。
「あははは、」
「一和?」
もう考えるのはやめよう。
「お兄!!?」
俺は、頭から地面に倒れ込んだ。
『黒崎一和君歓迎会』
そんな看板を背後に、俺は座布団の上に。
非常に、不機嫌な顔で、胡座をかいていた。
そんな不機嫌な俺など眼中に無いかのごとく、俺の視線の先では本家で働く人間達や那奈夜当主がおおはしゃぎしていた。
「……。」
「まだ、不機嫌なのかよ。」
不機嫌な俺の傍に、成功とかかれた鼻眼鏡をつけた和志がやって来て言う。
「そろそろ、機嫌治したら?」
さらに、ドッキリ大成功とかかれたプレートを持った優香までやってくる。
「けっ!」
俺は、頭に三角帽子を付けた状態で、むすっ、と二人を見た。
「黒崎一和歓迎会」
というのが今回の計画名らしい。
俺が帰ってきて、はや3日。
苺と優香と和志は秘密裏に、俺の歓迎会を那奈夜本家全体で開こうと思っていたらしい。
四年ぶりに会う幼なじみの為に、そこまでしようだなんて何とも泣かせる話ではないか、と思うんだが。
話はここから可笑しくなる。
優香がドッキリを混ぜよう。と言い出したらしい。
理由は簡単。
面白いから。
そして計画は遂行された。
まずは、優香は俺を家から離れさせて計画の事を気付かせまい。と企んだ。だからこそ、今日、学校にわざわざ、和志という「案内役」兼「監視役」兼「計画内通者」という存在を付け、行かせたらしい。
その間、苺と優香は用事があるように俺には匂わせつつ、密かに合流。計画の実行に移ったらしい。
俺が帰ってきたのを見計らって、事故の電話。
何かあったかと思わせる為に、あえてブレーカーを落とし、部屋を暗くし、不安感を演出。
和志は俺の背後で、電話のタイミング、帰る時間、俺の状態をメールをして知らせる。
そして、あらかじめ用意したリムジンで本家に送還。
本家協力、使用人協力のもと、まるで何かあったかのごどく演出。
そして、焦り、走り、大間にやってきた俺を迎え、ドッキリ大成功。
というのが今回の計画らしいのだが。
「ここまでされて、不機嫌にならんわけあるまいがバカもんが。」
何とも不愉快な話である。
何故かというと、奴等は楽しかっただろう、俺をハメて。
だけど、俺は面白くないのだ。
それに、
「俺がどれだけ苺の事を心配したと思う?」
凄く心配したのだ。
大丈夫なのか。と。
怪我はしてないか。と。
なのに、それを利用するなんて。
「まぁ、面白かったし良いじゃない。」
「鬼か!」
「まぁ、お兄、落ち着いて。」
横を見ると苺がやって来て、横に座っていた。
「とりあえず、お兄。これでも食べて落ち着いたら?」
そう言って、苺は俺の前に料理を差し出す。
大間は、俺の歓迎会場となりたくさんの使用人達も合わさり賑わっている。
真ん中には長机が幾重にもあり、机の上には数々の料理が並んでいる。
とりあえず、苺の持ってきた料理を口に入れる。
「おい、シスター。こんなので俺の機嫌が治るとでも、、、って、うまい!」
「でしょ?これ、とある地方の伝統料理なんだってさ。」
「あぁ、確かに美味い。この味噌の風味がたまらん。」
「お兄、これも美味しいよ。」
「マジで?、美味い!」
「これも食べてみる?」
「食べる!」
モグモグと次々、料理を食べる俺の背後では和志と優香が「単純」と呟いていた。
その言葉に、俺はハッ!
と目を覚ました様に、料理から身体を離す。
「その手にはのらんぞ!」
危ない所だった。もう少しで懐柔されてしまうところだった。
流石は、マイシスター苺、俺の妹というところか。
「まぁ、落ち着きなさい、一和や。」
「じ、爺さん。」
今度は爺さんがやって来た。
というか、あんたもこの計画に絡んでたんかい。二つ名が泣くぞ。
「優香達とて、お前さんの歓迎会が少しでも楽しくなるようにと、ドッキリを計画したんじゃ。その気持ちをくんでやってもいいじゃろう?」
「爺さん…。」
爺さんは、「黒崎一和歓迎会台本」と書かれた台本を読みつつ、俺にそう語りかけ、
って。
「思いっきり言わされてるじゃねぇか!!」
「まぁ、とにかく。今回の事は許そう。俺の歓迎会な訳だしな、寛大でいてやるよ。」
とりあえず、気にくわないが許す事にした。
ドッキリで俺をハメたにせよ、こいつらが俺の為に歓迎会を開いてやりたい。と思った事に嘘偽りは無いだろうから。
「流石は一和、懐が広いわね、素敵!」
「言っとくが優香よ、2度目は無いからな。次、俺にドッキリとかまじ止めろよ?」
「分かってるさ一和。」
鼻眼鏡をつけた和志が続けて俺に言う。
「とりあえず和志、お前その成功って書かれた鼻眼鏡外せ。」
無性に腹が立つ、その眼鏡。
「それにしても、一和の躍起になった姿ったらとても笑えるわね。」
優香はそう言うと、携帯を取り出して軽く操作する。
携帯画面では、ムービーが再生されていた。
『苺ォォォォォォオオ』
というか、俺が凄い剣幕で叫びつつ走ってる姿が映し出されたムービーだった。
「おい、優香、お前ッ!」
「ピンポーン。監査モニターで見てました。しかも録画してました。しいていうなら携帯にもムービーデータはあるよん。」
「消せ!」
「いやよ。」
携帯を奪おうとするが、軽くあしらわれてしまう。
「ふふ、これだけじゃないわよ一和。」
『苺ォォォォォォオオ!』
「着ボイスもあります。」
「止めてーー!!!」
「いいな、それ!俺にもくれよ!」
「いいわよ、和志。」
「止めてーー!!!」
本当にロクでもない幼なじみ達だ。
「そう言えば、一和よ。」
「なんだよ爺さん。」
「お前にお土産がある。グアムに行っている息子夫婦と婆さんからじゃ。」
お土産?
しかもグアムからわざわざ。何故?
「お前が帰ってきた、って連絡したら歓迎会には出られないから。と。お詫びでお土産を送って来たんじゃ。」
「別にそこまで気をつかわなくても良いのに…」
「息子が四年ぶりに帰ってきたんじゃ、歓迎したいのが親心じゃろうて。智香さんなんかお前に早く会いたくてたまらん。と言っておったぐらいじゃ」
「はは、そうなの?」
智香さんとは、優香の母の事だ。
優香の両親とも婆さんとも、四年ぶりに会う事になる。
俺、全く帰って来なかったからなぁ。
「ほれ、一和。お土産ならそこに置いてあるから、帰る時に持って帰りなさい。」
爺さんが部屋の隅を指差す。
そこには、巨大な箱と小さな箱が三つ積んであった。しかも、きっちり包装されている。
先ほどから、誰のプレゼントなのだろうかと思っていたが、まさか俺へのお土産だったとは。っていうか一際長い箱があるんだが、あれの中身は一体なんなのだろう。
「中身見てみたら?」
「中身?開けてみるか。」
優香の提案を呑み、プレゼントの中身を見て見る事にする。
とりあえず、三つあるプレゼントの内、一番小さい手のひらサイズの箱から開けて見ることにする。
箱の中から出てきたのは、また小さな箱だった。さらに、その箱を開ける。
中に入っていたのは。
「ダイヤモンド!?」
小粒のダイヤモンドがついた指輪だった。というか、明らかに婚約指輪か結婚指輪に使えそうなくらいの。
「ちょっと、一和見せて。」
横から優香がずいっ、と俺の手のひらに乗ったソレを覗き込む。
「本物よ、これ。本物のダイヤモンド。しかも、中々のモノね。数十万はくだらない代物じゃないかしら」
「えー!マジかよ!」
優香は名家の娘とあってか、中々の鑑定眼を持ってたりする。その優香が鑑定したならば、そうなのだろう。
っていうか、数十万って。スゲーな。
これ貰っていいの?
困惑していると、箱の中に小さな紙を見つけた。それは小さく折り畳んであり、開いて見ることにする。
それは俺宛の手紙だった。
「お兄、誰からの手紙?」
「親父からだ。」
手紙は親父、つまり優香の父親からだった。
とりあえず内容を呼んでみる事にする。
『久しぶりだな一和。連絡はたまにしていたが、実際に会うとしたら、四年ぶりになるのか。今、私と妻と母は訳あってグアムにいる。グアムは良いぞ、とても美しい場所だ。本来ならば、お前の歓迎会に行きたかったのだが、仕事も兼ねてグアムに来ているのもあってか帰れそうに無い。だからこそ、このお土産をお前に送ろうと思う。』
『中身は見てわかる様に、ダイヤモンドの指輪だ。お前ももう高校生二年生。私は、自身が高校生を卒業する際、出来ちゃった結婚で結婚した。妻との刺激的な日々が原因でやってしまったのだ。』
やってしまったって、オイ!
『お前も男だ。いつ私の様に出来ちゃった結婚など起きてしまうか分からない。一瞬の油断でそうなってしまうかもしれない。そう言う場合は潔く結婚しろ。男は責任を取るのが一番だ。そんな事が起きても、もしもの為に、指輪を送ります。追伸、もし優香や苺に気があるならば、プレゼントしてあげなさい。父より。』
以上が父親からの手紙だった。
読んで分かったのは、何て言うか父親はやはり変わっているという事だった。
禁忌を犯した際、責任を取る為に送られてきたのが、この指輪らしい。
何ていうか、重いわ!
「お父さんらしい、手紙だったね。」
苺が手紙を覗き込んで言う。
「何て言うか、支離滅裂な内容が、らしい、手紙だったのは確かだが。」
「で、指輪はどうするんだよ一和。」
和志が俺を見て言う。
どうしようか。結婚指輪なんて今は使わないだろうから、お蔵入りだろう。
優香と苺にあげるにしても、どちらにあげればいいかわからないし。
まぁ、必要になる時までお蔵入りかな。今は彼女なんて居ねーし。
「彼女とか、好きな女の子とかいないのか?」
「いねーよ、んなもん。」
好きな女の子?
そんなのいたっけか?と考えてみる。
と、何だか左右から視線が注がれている気がして、左右を見るが、優香は手紙を読んでいて、苺は指輪を見ている。
更に周りをみてみるが、俺を見ている視線の気配は感じない。
気のせいか?
「さて、次は。」
と、中くらいのプレゼント箱を見据える。
両手で抱えるくらいの大きさの箱だが、中身はいったい何なのだろうか。
と思っていると。
箱がガタン、ガタガタ、と大きく揺れた。そして、シーン。となる。
「………」
俺は無言だった。
とりあえず、箱を開け、
ガタガタ、ガタガタガタガタ。
「なにこれ!怖い!!」
え、何が一体入っているの!?
と思っていると、箱の包装されているリボンの部分に手紙が引っ付いているのを発見した。
小刻みに揺れる箱から、手紙を抜き取る。
手紙は母さん、つまり優香の母親からだった。
手紙は至ってシンプルだった。
『一和ちゃんへ。お話は帰ってからたっぷりしたいのではぶきます!とりあえずプレゼントを受け取って下さい!お母さん、すぐ帰るからね!楽しみにしててね!』
内容は母さんらしいんだが、
中身について触れられて無い!
「お、お兄、開けないの?」
後ろから苺が話しかけ、って、苺と優香と和志は離れた位置から様子を伺っていた。
「おい、何でそんな離れてるんだよ!もっと、近く来いよ。」
「いやいや、怖いからいいよ。」
「頑張れ一和!」
「早く開けるのよ一和!それでも九州男児か!!」
言っておくが優香、おれは九州男児ではない。
くそ、なんて幼なじみ達だ。自分達だけ離れて見守るなんて。俺だって、そっち行きてーよ。
とにかく、薄弱な連中は放っておこう。そう言って俺は、ガタガタ揺れる。箱に向き直る。
何が入っているのか、全く検討がつかない。
はたして、この箱を開けた後、俺は無事でいられるのだろうか。
だが、行くしか無い!
開けるしかないのだ!
そう言って、俺は箱の上部を掴む。
後ろからは感嘆の声が。
このまま、勢いにまかせて開けるしかねぇ!
「てぇやあぁぁ!!」
俺は勢いに任せ、箱を開けた。
中には。
中には。
中
「う、うわぁぁぁぁああ!!」
秘技、章替え。
「最後は、この箱か。」
ボロボロの身体をひきづりつつ。俺は最後の箱を見据えた。
親父、母さんと続いてだから、
恐らくこの最後の箱は婆さんからだろう。
が、
それにしても。
箱がデカイ。っていうか長い。
俺の身長すら越えてしまっている。
「お兄、中身何だろうね。」
「さぁ。」
父親からは指輪、母親からは○○○○○○、と続いてだから全く検討がつかない。
というか、グアムらしいお土産が一つも無いのはどういうわけだろうか。
とりあえず、開ける事にする。
今回は、箱が不自然に揺れる事が無いので、恐れる事は無い。
箱を開け、中身を見る。
が
どうみても、冷蔵庫です。ありがとうございました。
グアム関係無い!
というか、この冷蔵庫知ってるぞ!回るん棚とか付いてる、いまCMでやってる流行りの冷蔵庫だろ?
「わー、これ私が欲しかった冷蔵庫だ!」
「え、そうなのか?」
急に喜びだした苺の横で俺は呟く。
「うん、最近、家の冷蔵庫の調子が悪くて替えたいな。とは思っていたんだけど。」
「まさか、婆さん、それを見越して!?」
なんて恐ろしい婆さんだ。家の冷蔵庫の調子が悪い事を見越していたというのか?
冷蔵庫を開けてみると、中には手紙が。
そこには一言。
『冷蔵庫の調子が悪いらしいので送ります。』
か、カッコイイ!
婆さん最高だぜ、俺は強くそう思った。
とりあえず、箱は全て開け終わった。
中々に個性的な内容の品物ばかりだったが、良かったではないかと思う。
そして、現在。
俺は、座って飯を食べていた。
周りでは相変わらず、ドンチャン騒ぎにも似た宴会が続いているが、たまにはこういうのもいいのではないかと思う。
そんな事を考えていると、優香がこっちに歩み寄ってきていた。
「楽しんでる?」
「楽しんでない様に見えるか?」
語りかけてきた幼なじみにそう告げる。
俺の顔は、先ほどの不機嫌面では無い。
それを見た優香はフ、と笑みを浮かべると横に座った。
「正直さ、安心した。」
「何がだ?」
「アンタが全速力で走ってるのを見て。もう手と足は治ってるみたいだから。」
「大丈夫だって二日前に言ってただろ?」
「そうだけど、アンタたまにその場しのぎの嘘つくから半信半疑だった。」
「ひ、ひでー」
「けど、しっかり走るアンタの姿見て、確信した。嘘じゃないって。」
そう言う、優香の横で俺は自嘲気味に笑う。
「四年間か、長かったね。」
優香が俺にそう語りかける。
「長かった。けど、ちゃんと歩ける様になった時は、案外時間が立つのが早く感じたよ。遣り甲斐があったからかな。」
「そう。」
俺の返しに、優香は黙っていた。黙ってご飯を食べる。
その表情はどんなだろうか。と思っていても、俺の角度からは見えない。
いや見せるつもりが無いのだろう。と思う。
こういう時の優香は、みんな、らしくないと言うが、俺はこの優香も優香らしいと思う。
そんな事を考えていると、
優香が、いきなり立ち上がった。
そして、
「今から、一和から乾杯の音頭が始まるよ!」
無茶ぶりかよ!
使用人達がジョッキやコップを持って、此方を見る。苺も和志も爺さんも。
みんなが俺を一斉に見る。
優香は、俺の方を見ると。
ニヤリッ、としてやったかの様な顔をしている。
こ、こいつ!
そう思ったが、何とも。こちらの優香も優香らしいと思ったので反論はしない事にした。
明らかに、意図的な無茶ブリだが。
ハマってやろう。と思った。
何故ならば、今日は俺の歓迎会なのだから。少しくらい弄られてやってもいいかもしれない。
ならば、その無茶ブリに答えてやろう。
俺はジョッキを持ち、皆を見渡した。
乾杯の音頭を初めよう、と。
「えー、皆様本日は私、黒崎一和の為にお集まり――――」
そして罠にハマるのだ。
『乾杯!!!!』
「俺の話の途中ーーー!!!」
爆笑が部屋に響く。
ほら、無茶ブリもたまには悪くないだろ?
楽しい楽しい、歓迎会は終わり近くを迎えていた。
だが、部屋の中は、まだ慌ただしくしている。
俺は、とりあえず。と庭が見える廊下に出ていた。
正直、酒を飲んで酔っ払った、爺さんや優香に絡まれたくないの一心で逃げてきた。
奴ら、酔っ払ったら非常にタチが悪いのは俺がよく知っている。
飯も食ったし、使用人達とも色々話もしたし、ある程度の事はやったから、頃合いになったら部屋に戻ろう。
そんな事を考えている矢先、
「お兄。」
苺の声が聞こえ振り向く。
庭を眺めて、座る俺の横に苺はやって来た。
「何してるの?」
「何してる、って優香から逃げてきたんだよ。アイツ酒飲んだらタチが悪くなるの、苺も知ってるだろ?」
「あはは、そうだったね。」
そう言いながら、二人で座る。
「和志は?」
「和志さんは、優姉とお爺ちゃんに捕まってお酒飲まされてる。」
哀れ和志。だから逃げろと言ったのに。
救出には、、行くまい。
ゾンビとりがゾンビになってしまうからだ。すまん和志。
「お兄、ごめんね。」
心の中で和志に謝罪をしていると、苺がそう切り出してきた。
何の謝罪か分からないため、俺は頭に?を浮かべる。
「何が?」
「ドッキリの事。交通事故なんて不謹慎かな。って思ったんだけど。」
あぁ、その事か。と納得。
「どうせ、優香にそう指示されたんだろ?苺が謝らんでもいいだろ。」
「違うの。交通事故にあった。って提案したの私だから。」
「え?」
苺が?
てっきり優香が、面白いから。って理由で、ドッキリを計画して、苺が交通事故にあうだなんて不謹慎な事を考えていた。と思っていたが。
まさか、
「お兄、私の事心配してくれるかな。って思ってさ。本当にごめん。怒ってる、よね。」
謝る苺。
俺は、そんな苺を怒るに怒れなかった。というか、怒るつもりはないんだが。
「怒ってないよ。マジで謝る奴に怒るほど、俺は鬼じゃないぜ。」
「ありがとう、お兄。」
安堵した顔を見せる苺。
「それにしても、お兄が、私の心配してくれてた時は嬉しかったな。あそこまで険しい顔して、心配してくれるなんて思ってなかった。」
「まさか、お前もモニタリングしてたのか?」
「うん。」
優香の話によれば、ドッキリの最中。
俺の様子は、家から本家まで、最初から最後までモニタリングされていたらしい。
「お兄、ってさ。昔から、私の心配とかしてくれてたじゃん。」
「まぁな。」
「いつも私の味方で、いつも私の事を心配してくれて。でさ、四年ぶりにお兄、と再会してさ、今でも私の心配とかしてくれるのかな。って密かに思ってたの。」
「そしたら、優姉が『アイツがアンタの事、どれくらい心配して、どれくらい想ってるか、確かめようかって』。」
そこで、優香が出てくんのかよ。
というか、それでドッキリか。結局、優香の手のひらの上だった。という訳ね。
「で、結局結果は、苺的にはどうだったんだ?」
「上々かな。お兄は変わってない。私の事を心配してくれてるっていうのが分かって良かった。かな。」
「そうかよ。」
計画がうまくいったならば、いいとしよう。
苺は俺にとって大事な妹だ。
それは苺にとって、自惚れかもしれないが同じだと思う。
そんな妹を心配しない兄がいるだろうか。
いや、いない。例え、何年たっても、久しぶりに会っても、妹は妹、大切な存在は大切な存在のままなのだ。
苺の事を心配しないわけがない。
けれども行動でしか分からない部分もある。苺は確かめたかったんだろう、俺との繋がりを。
兄が私の事を想っているか、繋がっているか。不安になったのだろう。
それは離れて暮らしていた四年間、苺の胸の中に確かに積もっていたのだ。
苺には家族がいない。
俺と同じ孤児だ。
繋がりを求めたい、そう言う気持ちには共感を覚える。
だからこそ、俺は苺の兄でなければいけない。いつまでも。
苺を心配し続ける存在として、いてやりたい。と思う。
そんな事を考えていると、
「一和ーーー!」
向こうから、優香の声が聞こえた。
さらに、何か暴れる音。
「やれやれ、どっかの幼なじみが俺を探しまわってるらしい。」
俺はそう言って立ち上がる。
「行くか。苺。」
そして、苺に。俺に心配をかけさせる、お茶目な妹にそう告げる。
「うん。」
兄妹二人、大間に戻る。
結局、ドッキリにはめられ、罠に落ちた俺だったが、結局後味は悪くないのだ。
その辺も含めて、優香の手中な気がするが、とりあえずは黙認しておこう。
何故なら、今の俺は。
気分が良い。
「さぁ、飲め一和ー!」
「ぎゃぁー!こんなに飲めるか優香、ってのわーー!うぷ、ぎゃー〜!!」
けれど、色んな意味で。
気分が悪くなりそうです。