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この世界に幸福を  作者: たにさん
第0章『帰郷』
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第3話 とある学園の視察光景

「よ、一和。おはよう!いやー、今日はいい天気だな、はは」



「……お前かよ。案内係って。」



朝。10時。

日の光が暖かくポカポカとする、そんな気持ちがいい日。

家にやってきた訪問者、和志を迎え、俺は軽く眉を寄せた。


家にやってきたのは和志だった。昨日、案内係が行くからと優香に聞き、間違いなく来るのは和志だろう。と思ってたが、見事にジャスト。

もしかしたら、「二人いる優香の幼なじみ」のもう一人の方が来るんじゃないか?とか思ってたりしたけど、やっぱり違ったか。

もう一人の方は、放浪癖が酷くて、俺と和志でさえもあまり見ない貴重な存在だから、来る筈がないと思ってた。


ちなみに、優香には二人の幼なじみがいる。まず、隣に住む和志。

そして、和志の家がある方向の反対に、那奈夜の隣にあるのが、そのもう一人の幼なじみの家だ。

もう一人の優香の幼なじみは、『桔梗ききょう』と言う名前の女の子なのだが、先ほども言った通り、放浪癖持ちで休日は滅多に見かけない。

幼なじみである筈の和志でさえ、休日はあまり見ないというレアな人だ。


「とりあえず、あがれよ。行く準備まだしてないから。」


とりあえず、と。和志に家に上がる様に言う。

俺はまだパジャマだった。というか、今さっき起きたばかりだ。

苺が起こしてくれなければ、未だに俺は布団の中で、アルマジロの様に丸まっていただろう。


「じゃ、失礼しまーす。」


「おう、入れ入れ。苦しゅうない。苦しゅうない。」


「昨日住み始めたばかりの癖に、態度のデカイ奴だなぁ。」


靴を脱ぎ、家に入った和志をリビングに連れていく。

リビングには私服姿の苺がいた。

苺は和志に気づくと、ペコリと頭を軽く下げた。苺と和志も昔馴染みとはいえ、苺は年齢的には、俺の1つ下で和志の後輩だから、やっぱり礼儀とか気にするんだろう。

よく出来た妹だ。

ちなみに俺は、どんな人間にもため口でで接したいと思っている。生意気なんじゃない。ただ物応じしないだけだ。

人はそれを勇敢と言う。



「あ、和志さん。おはよう」


「苺ちゃん、おはよう。今日も一段と可愛いね。」


ふざけた事をぬかす和志。

俺の妹に、色目を使いやがって。


「またそんな…。お世辞なんて言っても何も出ないですよ、和志さん。まぁ、お兄はお世辞すら言わないんですけどね。」


そんな色目和志に、苺が言葉を返す。が、大変遺憾な言葉だった。

お世辞すら言わない?

つねに、他人に対し、慎重に尚且つ礼儀正しく、態度を重んじる俺に対して、何とも不届きな言葉である。


「誰がお世辞すら言わないって、マイシスター?今日も一段と可愛いね、愛してるよ。」


「あら聞いてたんですか、お兄様。お兄様も十分カッコイイですわよ。」


「お世辞でも嬉しいよシスター。ハハハ、」


互いに微笑を浮かべる、俺と苺を横に和志は、

「お前ら兄妹って、たまに凄く仲良いよな。」

と言葉を投げ掛けていた。


「そういえば、何で家に和志さんが?お兄、何処か行くの?」


「まぁな。ちょっと学校見学にな。」


「学校見学?」


そういえば、苺に今日家を出るとか何も言ってなかったな。


「そ、一和と盟桜学園に見学にでも行こうと思ってさ。一和、自分の通う学校なのに、道のりとかどんな学校か知らないらしいから、案内係として俺が来たんだ。」


「まぁ、そういうわけだが。苺も来るか?」


和志に続く俺の言葉に、苺は暫く考えると。首を横に振って。。


「うぅん。止めとく、私この後用事あるから。」


と答えた。

苺も優香も今日は用事か。

優香はともかく、苺はなんの用事なんだろう。


「優香も苺ちゃんも、今日は用事か。暇人は俺たち二人だけの様だな、一和。」


暇人?


「お前は何を言っているんだ?」


「え?」


「よく考えてみろ。苺と優香は用事、確かに暇人は俺とお前の二人の様にみえる、だけど、実質、暇人はお前だけだ。」


「それはおかしいぞ一和。暇人は俺とお前の二人の筈だろ?暇人は俺だけのはずがない。」


「良く聞け、和志。俺は今日、本来優香と盟桜学園に行く予定だった。だけど、優香が来れなくなった。ここまでは理解できるな?」


「あ、あぁ。」


「来れなくなった優香は、行けなくなった自分の代わりに、別の人間を案内係として行かせる事にした。今日!予定が空いていて暇な人間を案内係として行かせる事にした!」


「ま、まさか!」


「そうだ、和志。案内係としてお前はこの場にいる。何故だかわかるか?」



『暇・人・だ・か・ら・だ・よ!!』




「うわぁぁぁぁあ!!!?俺は暇人だったのかぁぁぁぁぁ!!!」

勢い良く発言した言葉に、和志は悲鳴にも似た声を上げて、その場にガクリ、と膝をついた。

俺は、密かに優越感を胸に抱いた。


「二人とも、何してるのよ…。」


『え、朝のコント。』


俺と和志の馴れ合いに呆れ顔の苺に、和志と言葉を合わせつつ、苺にそう返す。


「っていうか、お兄。せっかく和志さんが迎えに来たんだから、いい加減パジャマ脱ぎなよ。」


「脱いでいいのか?」


そう言って、俺はパジャマを脱いだ。


「きゃー!ここでじゃない!自分の部屋で着替えてよ!」


トランクス一丁の俺の姿を見て、苺が顔を真っ赤にして叫ぶ。

何だよ、脱いでっていうから脱いだのに。

仕方なく俺は、颯爽と自分の部屋に飛び込み。

一分後、見事、俺は私服姿になってリビングに戻ってきた。が、苺は俺に対して微妙な目線を向けていた。


「変態。」


遂に、

妹に変態と言われてしまった。


「妹にセクハラするなよ。」


「うるさい、和志。これが俺と苺とのコミュニケーションの取り方なんだよ。」


「そのわりには、結構な拒絶反応だったが。」


「いやいや。嫌よ嫌よも好きなうち、って言うだろ?あれだよ。」


「苺ちゃん、そうなのか?」


「絶対に違います。」


「違うらしいぞ。」


「お前アホか。照れてるに決まってるだろ。な、苺?」


「変態兄。」


照れというより、蔑みだった。

まぁ、そんな話は置いといて。


「着替えたし、行くか和志!」


「おうともさ。」


とにかく、ここにいても仕方がないので、そろそろ出ようと声を上げる。

寝起きなんで、身体が少しダルい気がする。というか、俺は結構、低血圧で朝にすこぶる弱い。


「兄さん、何時ごろ帰ってくるの?」


「あー、学校だけじゃなくて、その辺も探索したいからなぁ。大丈夫か?和志。」


「別に俺は問題ないぞ。学校行ったら、中央区辺りでも行くか?」


「おぉ、良いんじゃない。苺や、ってわけで夕方頃に帰ってくるわ」


「りょーかい。」


苺に夕方頃に帰ってくる意思を告げ、玄関に向かう。

まず向かうのは、盟桜学園。

俺が通う予定の学校だが、果たしてどんな所なのだろうか。

俺は、密かにワクワク感を胸に抱いて、家を出た。


「ワクワク、ワクワク。」


「言葉に出てるぞ、一和。」







桜坂街は、五つの区に主に別れている。

東区、北区、南区、西区、中央区の五つで、近代都市としてテレビにも出ており、いままさに活性している街だ。


この街は、山と海に挟まれる様に存在している。

西区の方が海、東区の方が山、そういった具合に挟まれているのだ。

ちなみに、中央区は都心であり、ビルなどが立ち並ぶ。港などは海がある西区にあり、住宅地は山がある東区にある。これらは、この街に住んでいるならば常識だ。


とはいえ、俺は久しぶりにこの街に戻ってきて、結構色々と忘れてしまっているため。こうやって、心の中で、街の形状を語りつつ復習、学習をしているというわけだ。

いやぁ、真面目だな俺。


ついでにいうと、俺のマンションは北区と東区の境辺りにある。とはいえ、住宅地の中にあるかたちになり、那奈夜の本家がある高級住宅街も東区にある。


そして。


俺が通う私立『盟桜学園』は、東区。

住宅街の中の中央にある高台。

通称『桜丘』の上に建てられているらしい。

たしか、俺が住んでた頃は、只の小さな小山程度にしか気にとめていなかったが、俺の知らぬ間に学園が出来ていたらしい。

しかも、俺が通う事となる学園とは。


とまぁ、そんな訳で。

現在。

俺と和志は徒歩で、住宅地を歩きつつ。

徒歩二十分くらい先にある盟桜学園のある桜丘を目指していた。


「それにしても、住宅地増えたなぁ。」


周りを見て思う。

歩いているだけで、昔と違う景色が辺り一面に広がっているため、全てが新しい。

しかも、昔は空き地だった場所や、畑だった場所などが住宅地に変わっているのは、俺的には異変に近い。


「俺は、一和が街を離れてからもずっといるから変化に気付きにくいけど。四年ぶりとなると、やっぱり気づくか?」


「そうだな。昔の景色が焼き付いてるから、どうしても気づいちまう。」


懐かしい、と周りを見渡しつつ歩く。

時代の移り変わりとは、何とも早いモノだ。


「で、聞きたいんだが。盟桜学園ってどんな学園なんだ?」


歩きつつ、和志に主な質問を聞く。

俺が通う予定の盟桜学園はどんな高校なのか、興味が無いと言えば嘘になる。というか、無いわけが無い。


「盟桜学園ってのはな、――」


そして、和志の説明が始まる。


私立盟桜学園。


新都市として成長過程にある桜坂街に今年から設立された、新しい私立高校だ。

まだ、開校はしてないらしく、故に今日、お偉いさんが視察に来ているらしい。


その位置は、住宅地中央。桜丘と呼ばれる高台に建てられていて、坂道を上がる事で学園に着く。


学園の規模は、普通の高校のおおよそ五倍。

三つの校舎、二つの体育館、そして様々な施設を軸に、それぞれの科の専門施設が敷地に立っていて、マンモス校と言わざる得ない規模だ。

さらに、学校の科は、普通科、機械科、福祉科、情報科、農業科、の五つに別れていて、普通科、情報科が二つずつの、のべ8クラスあるらしく。

一学年の生徒数は300を越え、全体で1000人もの生徒が通う予定らしい。


なぜ、そんなに生徒が多いのかいうと。


私立盟桜学園は、桜坂街の東区に存在する三つの私立高校が合併出来た高校で、って!


「って、まさか!」


そう叫び。俺は和志を見た。

和志は、気付いたか。と言った具合に唇を歪めた。


桜坂街の東区には、私立高校が三つ存在する。


桜花高校。

湖陵高校。

帝土高校。

の三つなのだが。


俺の記憶が正しければ。


和志、桔梗、優香、苺。

俺の親しい人間達はその大半が、私立高校である桜花高校に通っていた筈だ。

そして、

盟桜学園は桜花高校と二つの学校が合併して出来た学校。ということは、つまり。


「和志、お前も盟桜学園の生徒なのか!?」


という事になる。


「正解。気付いた通り、桔梗も優香も苺ちゃんも、みんな盟桜学園。」


「なんじゃそりゃ…。」


ここにきて衝撃の事実。

盟桜学園に通う事になるのは、俺だけだと思っていたが、まさかみんなも。とは。

それに、この辺の私立高校が合併となると、知り合いは大半が盟桜学園に通う事になるの筈。

とはいえ俺友達いないから関係ないけどね!!。


何故、東区に存在する三つの私立高校がこうして合併する事になったのか、というと。老朽化、都市の成長に合わせた学生の統制、理事長の趣味など、様々な理由があるらしい。


ちなみに、盟桜学園の理事長は、『睦月孝蔵』。

桜坂街に暮らす人間なら誰しもが名前くらい聞いた事があるほどの有名人だ。

何故ならば、

睦月家とは、桜坂街に存在する。

四大名家。


那奈夜ななや

桃華條とうかじょう

白川しらかわ

睦月むつき


の内の1つであり、投資家などとしても知られている名家である。


そんな、金を持った名家が、作り上げたのが盟桜学園らしい。


「まぁ、他にも詳しい説明は。」


そう言って、和志はパンフレットを俺に渡す

。盟桜学園パンフレットという題名のそれは、今年から設立となるマンモス校の説明書だった。

中を開けば、盟桜学園についての細かい詳細やシステムが明記されている。が、これについては、後々、ゆっくり説明しておこう。


「どんな学園?って思ってたけど、まさか私立高校が合併したマンモス校とは、恐れ入ったぜ盟桜学園。」


パンフレットを眺めながら、そうため息をつく。


「俺も、新しい学校が出来て、合併するって話は一年くらい前から聞いてたけど、パンフレット見て驚いたからなぁ。生徒1000人!?って感じで。」


「1000って凄いよな。しかも、この学園、スポーツジムがあるとか、スゴすぎだろ。ってか、体育館が三階建てって」


二人で、そんな話をしながら、歩く。

そんなこんな学園の話をしている間に、桜丘の坂の下に着いた。

この坂を上がれば盟桜学園だ。


「家からここまで、思ったより近いな。これなら徒歩で来れるか。」


桜丘まで徒歩十五分ほど。道のりも大通りだし、夜道の心配も無い。

これなら、徒歩で来る事も出来るだろう。バスの定期券を買ったりするのはしんどかったから、好都合だ。


「羨ましいな、徒歩。俺なんか、自転車で来ないといけないんだぜ?しかも、この坂を上がらないといけない、自転車で。」


「プラス思考に考えろ、和志。帰りは坂道を一気に下れるんだぜ?」


「そ、そうだな!」


まぁ、桜丘の坂道を自転車で下ったりなんてしたら実際、間違いなく事故死だろうけどな。

なんて、和志には黙っておこう。



斜め傾斜の坂道を歩くこと、五分過ぎくらい。

それは、俺たちの視界に現れた。


盟桜学園の文字のプレートがついた、巨大な校門。

しかも、校門以外からは盟桜学園の敷地内に入れない様にするため、校門から敷地内を囲うように壁が建てられている。

まるで、寺の様である。


「なんじゃこりゃ…」


その光景に唖然とする俺と和志。

和志は、パンフレットで校舎内、敷地周りがどんな風かは大体分かっていた様だが、実際見た事が無いらしく、俺と同様に唖然としていた。


「とりあえず、入るか。」


そう言って、俺は校門に足を伸ばし。敷地内に足を踏み入れた。


瞬間。


ブー!ブー!


「!?」

「!?」


校門につけられた警報器が鳴り出した。


「君たち、何をしてるんだ!!」


と同時に声。

横を見ると、警察っぽい恰好をした警備員が二人ほど此方に走ってきた。

校門に警備員室が設けられているらしく、って、警備員がいるのかよ。


ブザーの鳴る中、俺は近くに来た警備員を見つつ、


「何だかんだと言われたら!」


と叫ぶ。


「答えてあげるが世の情け!」


和志も叫ぶ。


「一和!」

「和志!」


互いに叫び。


俺たちは、警備員に連行された。

悪ノリが過ぎたらしい。









「今度からは気をつけてよね。」


「はいすみません。」

「失礼しました。」


俺と和志は頭を下げつつ、校門に設けられた警備員室から出た。

優香から昨日、連絡はつけてある。という話は聞いていたので、那奈夜家の者であるという証明をしたらあっさり解放してくれた。名家の力、バンザイ。


警備員の話によれば、校門には最新式の、センサーがついていて、不審人物が敷地内に入るとブザーが鳴り出す仕組みになっているらしい。

外部の人間が入るさいには、警備員室にまずは連絡して、了解を得なくてはいけないらしい。


さらに、特殊チップの埋め込まれたゲストカードを渡されて、初めて敷地内に入る事が出来るという。

この特殊チップがあれば、そこからセンサーが反応して情報を読み取り、不審人物では無いと判断してくれるらしい。


生徒の場合、初日に、そのチップが埋め込まれた生徒手帳を渡されるので、それを持っている限り、センサーは反応しないというわけだ。

この様なセンサーなどの最新式の警備システムは、敷地内、至る場所にあるらしく、侵入者などは敷地内に入っても分かる様になっていて、スーパーコンピュータがそれらを統制している。


ぶっちゃけ、生徒は生徒手帳を持っていればセンサーに反応しないと聞いたが、無くした場合とかえらい事になるんじゃないか?

まぁ、その辺についての説明は通ったさいに説明されるだろうから、急ぐ事は無いだろう。


とりあえず、校門を抜ける。


「まさか、いきなりブザーが鳴るとは。」

本当に冷や汗をかいた。


「パンフレットに確かに、センサーが云々って書いてあったけど、まさかあんな簡単に反応するなんて」


和志の言葉に同感。


「足踏み込んだら、ブー!だぜ?たまったもんじゃないね。」


俺は、首に巻かれた、ゲストと書かれたチップ入りプレートを手でいじくりつつ、そう言葉を吐く。


デカイ校門を抜けると、直線の長い道が。

周りは木に覆われていて、森の様になっている。パンフレットによると、これは森林らしい。

学校の敷地内に森林って。


そして、直線の先に。

校門から数百m離れた位置、噴水を挟んで、それは建っていた。


盟桜学園校舎。


四階建ての校舎が、校門前から遠くにだが見えた。

っていうか、校門から離れ過ぎだろ。とか思ったら敗けだ。


数百m歩き、校舎の前につく。そして、校舎を見上げる。

確か、話によればこれが教室練だったはずだが。大きいね。とても。

校舎の前、玄関前は中庭の様な広さが保たれていて真ん中には噴水、さらに校門から直線にそう様に、噴水が立て続けに三つ。

玄関自体が広く、流石、マンモス校とあってか沢山の生徒を受け入れる姿勢は万全という事が見てわかった。

しかも、校舎、地面、敷地内にあるものすべてが新しい。新品である事は見ただけで分かった。

だって、傷が少ないんですもん。


入口横向こうを見れば、これまたデカイ駐車場。

車がちらほら見えるが、明らかに高級車。今日はお偉いさんが来てるんだったな。と思いつつ、

和志に、校舎に入ろうぜ。と声をかけようとし、


和志を見ると。


和志は真面目な顔で校舎を見据えていた。

そして、


「……、スマン、一和、」


そう言葉を吐いた。

真面目な表情、見据えた視線。今日、初めてみせる和志の表情。

そしていきなりの謝罪の言葉。


ただならぬ気配をみせる和志に、俺は大事の気配を感じた。

和志は、俺に続けてこう言った。


「腹が痛い。トイレ行ってきていいか?」


「………。いいよ。」


俺は真面目な顔で、黙って頷いた。







トイレを探して走っていった和志を見送り、俺は噴水に腰かけた。

校門を抜けた辺りから腹が痛くなったらしいが、我慢していたようだ。


というか、トイレぐらい行ってくればいいじゃん。と思いつつ携帯を開く。


和志にはトイレを出たら連絡してくれと言ってあるのでさしたる心配は無い。

とりあえず、和志がトイレに行っている間に何をするか。だが、

何をしよう。


適当に、その辺を散歩するか。


と腰を上げた時だった。


「ん?」


水しぶきを上げる噴水が視界に入る中、それは目についた。


―――巨大な団子。


それが、地面を転がっていた。


いや、団子、なのか?

とにかく白くて丸い。

そんなのが、噴水前をボヨンと、そしてコロコロと転がっている。


それは遠巻きには大きな団子、というか小さなバレーボールというか。何だかんだ、言ってよくわからん。


けれど、俺は見た。

噴水脇にある草むらから、それがバウンド、さらに転がって出てきたのを。


「何だ、これ?」


近くに行って、地面に転がるそれを視察。

良く見ると、表面はフサフサしているのが分かる。

つか、これ毛じゃね?


「――毛?」


毛?

って何だ?

まさか生き物?この丸いの生き物なのか?

どうみても、俺には丸い毛の固まりにしか見えない。フサフサの猫が丸まった状態、とか。

ありえる。


「……とりあえず、つついてみるか。」


わからなければつつく。

分からねばつついて見せよう、丸い毛玉。ホトトギスじゃないよ。


こういうのは触るに限る。

物騒な物体。という訳は何となしに無さそうだから、まぁ、安全だろう。

もし危険物ならば。

苺や、こんな好奇心旺盛な兄を許してくれ。とはいえ、朝、変態と言われてたから許してくれんだろうな。


とにかく。


ツンツンと、つついてみる。と、


―――フルフル。


「ひょ?」


バサッ!


「――おわぁ!」


つついた瞬間だった。

目の前の丸い物体が大きく開いたのだ。

思わず焦って、後ろに尻餅をついてしまう。


――ヤバい物体だったのか!


と、一瞬。

頭の中を走馬灯が流れ。


苺、強くいきろよ。そんなカッコイイ自分が脳内リプレイしつつ、


俺の物語は終わる。

ご愛読ありがとうございました!

そんな想像を浮かべて、、



「くー」



それは姿を現した。


それは。


「―――イタチ?」


白色の小さな動物。

つまり、


イタチだった。





白色の物体はイタチだった。

以上、説明終わり。


誰だよ、団子とかぬかしてた奴。

まじ死ねよな、バカじゃねぇの。

というか、


丸まってたんで、イタチだなんて全く気づかない。

見た限りなら、分かる人間は少ないだろう。

逆に当てた人間には、「おめでとう」の言葉を。

団子と言った人間には、「同志」の言葉を送ろうではないか。


っていうか。

いまの問題は、何故ここにイタチが?


「くー」


イタチが小さく、足元にて鳴き声を上げる。

俺はそれを見て、こう思った。


「可愛いから、どうでもいいや!」







初めて、イタチという存在を生で見た。


まぁ、道を俊足の速さで通り抜ける瞬間、横切る瞬間は何度か見たことがあるが、直視して見れたわけじゃない。

というか、そんな瞬間をもし捉える事が出来たならば、俺の目はスーパースローモニター付きカメラにも劣らぬ存在として、花開くだろう。


実際、こうして間近で見たのは初めてだ。


桜坂街にも腐る程に、ペットショップはあり、動物園もあったりするため、見る機会はいくらでもあるんだが。


まぁ、苺とかは動物好きだったりするから、ペット・ショップとか動物園とか行ったりして、見たりするんだろうけど。


俺みたいな、男一匹がペットショップに行ったり、動物園に一人で行ったりするわけが無い訳で。


とにかく。


「あー、彼女ほしー」


じゃなくて。


めっさ可愛いじゃん!

なんつーか、テレビとかで見るのとは明らかに印象が違うといいますか。何というか。


「お前、可愛いな。」


しゃがみこみ、イタチの顔を覗き込む。

何と愛くるしい顔立ち。


つか、触ってみる。

フサフサした背中を撫でようとして、



―――イタチは逃げた。



「何故に!?」


いや何故も何も無い。

忘れていたが、我ら人間は食物連鎖の頂点にいると言われる程の生き物。

つまり、捕食者なのだ。


イタチ。いや、彼らにとってはこれほどに無いほどの敵。

畏怖の対象。


さっきから、くー、くー、鳴いていたのは怖がっていたに違いない。


とにかく、


「待たんかい、わらぁー!!」


追いかける事にした。







「――ハァ、ハァ、どこかなぁ?どこかなぁ?」


危険なセリフをばら蒔き。なおかつ体から発するオーラは不審。

そんな見るからに怪しい空気を放ちつつ、草むらを徘徊する彼は。


変質者。


ではなく、普通の少年。黒崎一和。


イタチを追いかけて、追い込んだ先は何と草むら。木々の茂る、こんな場所にまで来てしまった。

周りは草と木々だらけ。

木の隙間、頭上に校舎の裏っぽいもい壁が見えるって事は、つまり、噴水のあった入口からぐるりと回って、校舎裏まで来てしまったらしい。


全然気づかなかった。


つか、イタチ追いかけるのに必死で。何たってイタチ。

素早さにかけては、人間を凌駕しているからな。

そういう、イタチはというと。


完全に見失った。


伊達にカマイタチとまで讃えられている訳では無いという事か。

すばしっこいわ、小さいわで、追いかけるだけでかなりの神経を使ってしまった。


もしいま、警備員に発見されたら間違いなく不審人物として連行されるだろう。


「それにしても、イタチはどこに。」


そう考え、辺りを見渡す。

周りは木と草むらだらけ、イタチは愚か、他の生き物まで現れる雰囲気がとても怖い。

熊が出たらどうしよう。

とりあえず、優香を召喚しよう。彼女ならば勝てる。

ちなみに、優香は喧嘩めちゃくちゃ強い。俺と和志二人かがりでも、圧倒的大差で俺たちを倒すくらい強い。

奴の戦闘力は、曙十五人分だからな。


俺の戦闘力は、熊と象と蛇を足して、2で割って、砂糖を小さじ3杯くらいかな。


とりあえず、と。


イタチが駆けていった方向にひたすら進む。たしか、この森も学園の敷地内の筈だ。流石は盟桜学園、敷地内に森とは驚かされる。

というか作った意味あるの?


でも、どうせこの辺りも、最新の防衛システムがあるに違いない。

怖いわ。


そんな事を考えていると。


自分から離れた位置。

前方、森の先にから光が溢れていた。

というか、広場があって光が射し込んでいるっぽい。


「こんな、森の中に広場?」


とりあえず、広場に向かい歩いていく。

数十m進むと、森を抜けた。

そして、森を抜けた先で辿り着いたのは確かに広場。森を円に大きく切り開いた出来る様な広場だった。


「うわ、マジで広場かよ。」


半径は数十m、テニスコートが四つ入るくらいの広さ。

そして、広場の真ん中には噴水があって、その周りには、様々なオブジェや、円を型どった草の固まりなどが立っている。見るからに人工物。


「くー」


「ん?」


何処からか、聞き覚えのある鳴き声が。

いや、明らかにある。


というかさっき聞いた。

そうだ、あのイタチの声に違いない。というか、間違える筈がない。


声は噴水側から聞こえる。

直ぐ様に駆け寄る、すると噴水の裏側。俺から斜めの位置に、イタチの尻尾が見えた。

見つけた!


ニヤリッ、と笑みを浮かべて、いや変態か俺は!?

だが、いまはそんなこと考えている暇は無い。

イタチに逃げられる前に、奴を捕獲せぬば。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


俺は咆哮一発、直ぐ様にイタチの尻尾目掛けて走ると、地面を蹴り、胴を伸ばし。

決まったぁ!

ヘッドスライディング。


「く?」


俺の手が、イタチへと接近する。イタチはエサを食べているのか、こちらに気づいていない。いや、否、気づいても遅い。


捕ったぞ、イタチ。

我が勝利を確信し、スライディングを決めながら高笑いを浮かべ、


確信した。


瞬間だった。


イタチと俺との間に人影が現れた。

オブジェで視界に入らなかったのか、人影が現れ、イタチに接近する。

つまり、俺の車線場に人影が現れた訳で。

俺は、ヘッドスライディング状態。

人影はこちらに背中を向けている。


つまり。


ぶつかる!?


「ちょ、っま!!!」


「きゃぁーー!?」


そして俺はバカな事に、そのままなすすべなく、というか空中で方向転換出来たらどんなに良いのだろうか。

などと変な事を考えつつ。

人影に激突し、


地面を転がった。







ギャー!!


そんな悲鳴を上げて地面を回転する私、黒崎一和。

などと、暢気な事を思い浮かべている場合ではなく。


俺はそのまま誰かにぶつかり、

その誰かと共に地面を転がった。


人影はどうやら悲鳴からして、女の子だったっぽかったが、大丈夫だろうか。


「痛たたた、」


実際、痛みなど感じないが、とりあえず痛いと言っておく。芸人なら当たり前だよね。

イタタ、

と、後頭部をさすりながら、


目を開く。と。



目の前に、俺と一緒に転がったであろ女の子のパンツがあった。

というか、女の子の股に顔が突っ込んだ状態になっている俺。


簡単にいえば相手を押し倒し、股部に顔がある図。


知っているぜ。

これはラッキースケベってやつだろう?

最近よく見るやつだろ?


明日から、この物語のタイトルは『とら☆ぶる』になります。本当にありがとうございました。

とか現実逃避してる場合じゃなくて。


目の前にパンツ。この光景に俺は、




「…beautiful。」




素直な感想を告げた。


少し話をしよう。

世界には絶景と呼ばれる景色がある。

それは富士山の山中から見渡した景色であったり、アルプスから見渡す草原であったり、とにかく自分にとって素晴らしい瞬間を見せつけ、心に美しいという感情を刻み込む。

それが絶景だ。


ならば、いま。私は。このパンツを前に叫びたい。


絶景。だと。


深層心理の奥、男の感情が高ぶり声を上げる。


パンツは明らかに女の子仕様だった。

つまりぶつかったのは。やはり女の子だったのだ!!今さらだけど!!


ぶつかった女の子はというと、

女の子はううん、と唸っていて、今の状態に気づいていない。


しめた!!


俺は、パンティの光景を頭の中、プライベートフォルダの中に記憶する。

この光景、3853キロバイト。


帰ったら早速、この光景を忘れぬ内にデッサンにしよう。皺のキメ細やかな流れまで絵にするのだ。

そして部屋に飾ろう。

苺に侮蔑されるだろうが、そんな事気にしないくらいにこの光景は素晴らしい。


じゃなく、ワケわからん事を考えている場合じゃなくて。

とにかく、急いで退かないと。と、

女の子から離れる。

そして、


「大丈夫ですか?」


とにかく、女の子の身が心配だ。

倒れてる女の子に語りかける。

さっきまで、女の子の股に顔を突っ込んでいた人物の挙動とは思えまい。


「痛たた、」


女の子が頭を押さえて、起き上がる。

どうやら、目立った怪我はしてないようだ。

良かった。

他人の怪我ほど怖いものは無い。


無事で良かったぜ。


と女の子が顔を上げ。

俺と目が合い、そこでハッキリ互いの顔を見るのだが、

あれ、この子は…。


という違和感。ではなく、最近見知った顔なんだが。


「あれ?」

「あれ?」


あっちも、俺の顔を見て、何かに気づいたのか。俺と同じセリフを吐き、同じ反応をみせて。


「君は…」

「アナタは…」


互いに言葉。

もしかして、君は!?


と、

その女の子は、


昨日の転んで怪我をしていた女の子だった。






「ごめんなさい。やりすぎちゃいました。」


俺は某CMの男の子の様に、深々と女の子に頭を下げた。

というか土下座した。

こういう時、男に求められるのは潔さだと思う。

ってか、ぶつかっておいて謝らないのは人道では無いだろう。


「いえいえ、怪我とかしてないから気にしないで下さい。それに避けられなかった私にも非はありますし。」


女の子が、柔らかい微笑を浮かべて、土下座する俺に対して、そんな言葉を放つ。

なんと、優しい女の子なんだろうか。

見ず知らずではないが、地面に押し倒され、さらにパンツをガン見されたというのに、というか後半は知らないか……。

とにかくそんなひどいことをした俺を彼女は許すというのだ。

この子は天使に違いない。


俺は、土下座状態からすぐさま立ち上がる。

そして女の子に語りかける。


挿絵(By みてみん)



「それにしても、君とまたこうして鉢合わせするとはね。しかも、まさに衝撃的と言わざる得ない状況で。」


「そうですね、昨日会ったばかりなのに。本当に偶然ですね。」


まさかだった。

昨日、優香と苺の待ち合わせの時に、女の子が転んで怪我をしていたから絆創膏を女の子に貼ってあげたんだけど。

まさか、その女の子とこうしてまた出会うなんて。


しかも、こんなカタチで。


とりあえず、と、


「あ、そういえば自己紹介がまだだったね、俺の名前は――」


自らの名前を言おうとして、


「黒崎一和君ですよね?」


先に言われた。


「えぇ、俺は黒崎一和ですよ。……じゃなくて、何で俺の名前を!?」


なぜ俺の名前を知っているの!?

もしかして、俺って有名人?

いやいや、それは無い。

悪行も何も起こしてはいないつもりだが。

確かに、昔からロクなことはしてませんよ。

そりゃ、優香と悪さもしましたし、腹黒などと影で言われる私ですが、そんな人道を離れる事はしてないつもりですよ。えぇ。


「何で、名前を知ってるのかって。私の事、知りません?覚えてないですか?」


覚えてないですか?という問いかけに、俺は?を浮かべる。

女の子曰く、俺と彼女は何処かで会った事があるっぽい。昨日以外で。

昨日、去り際に俺の名前を言っていた気がしたが気のせいでは無かったらしい。


それにしても。

と、俺は女の子をまじまじとみる。


薄茶色の髪色が印象的な女の子だ、しかも顔があり得ないくらい。

か、可愛いい。

上の中?いや、アイドルクラスの顔立ちをしたその子。しかも声もアニメ声っぽい。

目の前の女の子は、歩けば男が振り向くくらい可愛いい子なのだが。

覚えてないか?と問う女の子に悪いけれど、昨日も言ったとおり、見覚えはある気がするんだけど。


思い出せない。


でもどっかで会った事がある気がする。


「私です、空乃そらのです。」


女の子が自らの名前を言う。


「……覚えてませんか?」


頭に?を浮かべる俺。

この女の子、空乃と言う名前らしいが。


あれ、空乃?

確かに何処かで聞いた事がある名前だ。


確かに聞いた事が、ある、

だけど思い出せない。


「ぐぬぬ、」


頭ん中の記憶を必死に掘り出そうとしても、中々記憶が出てこない。


「…お…おぉ」


思い出せ俺!!


そうあれは、36万年前だったかな、確かあいつの名前は、イーノ…

いや、これは違う!


「数年ぶりなんですけど、覚えてないですよね…。」


数年ぶり?

いつ?いつ会った事があるの俺達!?


思い出せば、確かに過去会っている様な気がしなくもない気がしなくもないんだけど。

というか、記憶が薄れてて分からない。

それほど、過去なのだろうか?

だとしたら、

逆によく俺の事を覚えていたね、つか良くわかったね。と言いたいくらいだ。


「ごめん、思い出せない。本当に、ごめん!」


俺は素直にそう言った。

そんな俺に彼女は、怒るでもうつむくでも無く。


「いやいや、仕方がないですよ。数年前の事ですから。」


と笑顔で返してくれた。

天使だ、天使がおる。空乃ちゃん、マジ天使。

というか、数年ぶりと彼女は言った。

それはいつの頃の俺なのだろうか。

疑問だ。


「逆に、数年ぶりだっけ?なのに、俺の事、黒崎一和だって良く気付いたね。というか、俺を見て思い出したの?もしかして、昨日も気づいてたのか?」


「はい。気づいてましたよ。一目見た瞬間に、ビビっと。」


凄ぇ。ニュータイプがおる。


「私、記憶力だけは凄く定評があるんです。昔から、一度印象に残った事は忘れにくくて。それに、黒崎一和君は初めて会った時の印象がだいぶ強かったから。」


「印象が強い?……俺、記憶に無いんだけど。君と初めて会った時、どんなんだった?何かしてた?」


「そうですねぇ……。初めて会った時は、俺に近づくな!右手が疼く!とか言ってましたよ。」


「厨二病か!!」


「他にも、刺身を見て、この刺身を作ったのは誰だ!って怒ってたり。」


「雄山か!!」


なんだその俺の黒歴史。

そりゃ、印象に残るわ。

というか、色んな意味で毒されてるな俺。

彼女の言葉に、俺はぐっ、と黙り込む。

面識ある筈の人が、自分の事を覚えて無かったらそれはショックだろう。


「ねぇ、聞きにくいんだけど。もしかして、俺と君って結構面識あったりする?」


「結構ありますよ。」


なのに、覚えていない俺。

最低じゃね?。


「というか、思ったんですけど、こんな所で何をしてたんです?ここ、学校の裏庭で人があまり寄りつかない場所なのに。」


あぁ、やっぱりここ裏庭なんだ。

と思いつつも、彼女の質問に耳を傾ける。

そういえば、俺、何しにここに。

って、イタチを追いかけて来たんだった。


「実は、かくかくしかじか」


とりあえず、イタチを追いかけてきたら此処に着いた事を説明する。

そう言えば、さっきからそのイタチの姿を見ていない。彼女とぶつかった際に、逃げてしまったのだろうか。


「もしかして、そのイタチって見た目白じゃないですか?」


「確かに、白かったな。」


むしろ真っ白すぎて丸まったら、団子にしか見えない。


「もしかして、というかこの子です?」


と、彼女は、俺に手の平が上になる様に、腕を掲げ、俺の眼前に手をもってくる。


その手の平の上には、丸く白い大きな団子が乗っていた。


やっぱりどう見ても団子にしか見えない。

と俺は微妙な顔つきでそう思った。








「この子の名前は、クーって言うんです。名前の由来は、クー、クー、鳴くからなんですけど。」


そう言って、空乃という名前の女の子は、手の平に乗っていたイタチを肩上に乗せる。

イタチは、彼女の肩の上で小さく鳴いていた。

小さな声で、くー、と鳴く。

道理で、くー、という名前なのか。


「なついてるね、イタチ。オス?」


「えーと、正確には、イタチじゃなくてオコジョですよ。ちなみに、この子はメスです。」


「オコジョ?」


「んー、イタチの仲間みたいなもんですね。」


イタチ科みたいなものだろうか。

それにしても、チーと呼ばれるイタチ、俺を見て一目散に逃げたのに、彼女には嫌がる素振りを全然見せていない。

明らかに彼女になついているのが見て分かる。


触れようと手を伸ばす。

ささっと逃げてしまう。

明らかに彼女になついているのが見て分かる。


「それ、えーと、空乃さん。」


「空乃で良いですよ。」


「じゃ、空乃、って呼ばしてもらうよ。その「クー」は君のペットなのかい?」


「いえいえ、この子はペットじゃなくて、一応野生ですよ。最近、この学園の敷地に現れる様になって、こうしてたまに餌をあげたりしてるんです。」


「へー、そうなんだ。」


そう言って、空乃は肩のオコジョに、袋から取り出した餌を食べさせる。

そのオコジョの仕草がなんとも可愛らしい。

この学園に、生徒が通い出したら、間違いなくアイドル的存在となるに違いない。

[アイドルマスター「クー」]

くっ、


「それにしても、一和君はどうして盟桜学園に?まだ、一般の人は入れないはずなのに。」


空乃からの問いに、俺はあー、と声を上げる。

そういえば、この裏庭にたどり着いた経緯は話したが、この学園に来た経緯までは話していない。

一般の人は入れないと、空乃は言っているが、という事はつまり、空乃自体もこの学園の関係者なのだろうか。


「えーと、俺、この学園の生徒になるんだよ。」


「盟桜学園の?」


「始業式からだけどな。だからその視察に来たってわけ。ちなみに、ちゃんと許可は貰ってるぜ。」


「視察……?あ、もしかして、今日、来客が来るって聞いてたけど、一和君だったの?」


「そうだけど。なんで、それを知って?」


「私のお爺ちゃんが、学園の関係者なの。」


「…関係者……だと…?」


通りで、知っているハズだと納得。

空乃自体がこの学園にいるのが謎だったが、関係者の親族と言うのなら頷ける。


そんな事を考えていると、ポケットの携帯が流行りの歌を流しつつ、震えた。


携帯を取り出して画面を見ると、「和志」という名前が。


「電話、ですか?」


「あぁ、そうみたいだ。」


空乃に言葉を返し、携帯の通話ボタンを押す。


『もしも――』


和志の声が聞こえ、


『し―――プッ』


俺は電源を切った。













『なんで、切るんだよ!!』


直ぐ様に和志からのクレームはかかってきた。

インターバル2秒くらい。


「いやー、悪い。つい人差し指が電話を切るボタンに当たっちゃって。」


『人差し指!?何で、電話の最中に人差し指がボタンに当たるんだよ!故意か!』


「鯉?」


「その「こい」じゃない!!」


「なぁ、和志。そういえば、水俣さん家の錦鯉が……」


「だから、その「こい」じゃない!!」


「産卵したらしくてな、それで、」


「話を続けようとするな!!」


ツッコミも万全だ。

どうやら和志のやつ、お腹の方は大丈夫らしい。


「腹はもう大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ない。んだが、一和、お前何処にいるんだ?」


「何処って、」


俺は辺りを見渡す。

目の前には噴水、そして。


森。森。森。


「裏庭だけど?」


「なんで裏庭にいるのかは聞くまい、が、どうする?一旦集まるか?」


「そうしますか。玄関に向かえばいいか?」


「あぁ。じゃ、また後で。」


「おう。」


そう和志に返して、電話の通話を切る。

とりあえず、今から玄関に集合する事にした。

何故ならば、そこしか場所が分からないからだ。


「友達ですか?」


後ろで、電話する様子を見ていた空乃が俺に語りかける。


「あぁ、今日、友達と視察に来ててさ、和志って言うんだけど、」


「その、和志さんがどうかしたんですか?」


「いや、俺にどうしても逢いたいって言うもんだからさ。」


言ってる事は、間違ってない筈だ。


「とりあえず合流しようかな、と。今から友達と学園の中を視察してみようか、と思ってるんだけど、もし良かったらだけど、空乃も行く?」


視察に、空乃を誘ってみる。

俺と和志はこの学園について全然知らない。

それに比べ、空乃は学園の関係者とあってか、学園についてある程度詳しいに違いない。

もしあれなら、ガイドしてもらおう。と思ってたんだけど。


「ごめんなさい。私、これから寄る所があって。」


断られてしまった。

とはいえ、。


「都合があるならしょうがないさ。」


「私が案内出来たら良かったんだけど、」


「全然いいよ。ただ出来れば、帰りの方角を教えて欲しいな。」


周りは森。

迷子になったら敵わんからな。


「ま、とにかく、俺は友達が呼んでるから行くよ。話の途中なのに、ごめんな。」


「いえ、私は大丈夫ですよ。早く友達の所に行ってあげて下さい。それに、また始業式で会えるだろうし。」


「そう言えば、聞き忘れてて、聞きたかったんだけどさ、空乃って今、高二?」


「はい、一和君と同い年のハズですよ。」


同い年だったのか。

後輩かと思ってたけれど。


ということは、同じクラスになったり。何て事もあるわけだ。


まぁ、例え。学年が何だろうと、盟桜学園の生徒なんだから何処かで会っていただろうが。


色んな話は、また会った時にでもするとしよう。


例えば、俺と出会った時の話とか。


「出来れば同じクラスになれるといいですね。」


「そうだね。もしまた会ったら、過去の話とか教えてね。」


「もちのろんですよ。」


「よろしくね。じゃ、そろそろ俺は行くよ。また始業式に会おうな、空乃。」


「うん。またね、一和君。また始業式にね!」


「あぁ。」


そう言って、

空乃と、その腕に抱き抱えられたクーに、俺は手を振り。


背中を向けつつ。


玄関に向かった。


「一和君!方向が逆!!そっちは、森ー!!」


「え?」


が、

方向は逆だった。






「おまたー。すまたー。」


最近考えたギャグを口ずさむながら、噴水というか、玄関に向かう。


「よ、結構、遅かったな。一和。」


「うるせー。ちょっと森の中で迷ったんだよ。」


微妙に森の中に迷いつつも、無事に噴水前、つまり玄関に森から出た俺を迎えたのは、先に着いたらしく待っていた和志だった。


「で、どうする?まず何処から見てまわる?」


和志の発言に俺は、


「教室棟から時計回りに学園全体を回ってみっか。」


と決断する。

正直、この学園内に何があるのかあまり知らないので、何処から行くか。など分からない。

とりあえず、と目の前の四階立ての建物に入ってみようと考えた。







時刻はもう夕方6時近く。

学校の視察を終えた俺と和志は、とりあえず中央区に買い物に行く事にした。


昨日、妹と幼なじみと買い物したばっかじゃん。

とお思いの方もいるだろうが、男友達としか買えない物っていうのがこの世にはあるのだ。と言うことを理解して頂きたい。


そして、買い物を終えた俺と和志はひとまず俺の家に行く事にした。


何故か、というと。何故なんだろう。

和志が俺の家に行きたい。と言い出したからだ。


そんな和志を横に。


「満足、満足。」


俺は、袋を両手に下げ、にこやかとした笑みで俺と和志は家への帰路を歩いていた。

最寄りの駅から俺の家へは案外近い。こういうところがあると、今の家に住んでよかったな。と思う。


「それにしても、今日は中々にハードスケジュールだったな、一和。視察に買い物、それだけで1日が潰れちまった。」


「まぁな、」


和志の言葉に共感を覚えつつ、今日あった事と空乃について思い出す。

空乃、何となく不思議な子だったな。


そーいえば、空乃は俺とは昔からの知り合いだ。と言っていた。

ならば、昔からの知り合いである和志ならば、彼女の事も知っているんじゃないだろうか。


「なぁ、和志。空乃って言う名前の女の子知ってるか?」


「空乃?……、いや、知らないが。その名前の子がどうかしたのか?」


「いや、なんでもないだけど。」


和志に聞いてみるが、和志も知らないらしい。

もしかして、と思ったが。まぁ分からない事を考えても仕方ないだろう。


「それにしても、学校バカデカかったな一和。あんな所に通えるなんてちょっと優越感だと思わないか。」


「確かに、俺はレストラン並みの大きさ、綺麗さを兼ね備えた食堂なんて見たこと無かったぜ。」


二人で学校の感想を言い合う。

本来ならば、どんな風な学校でー。などと語るべきであるハズなんだが、描写が多くなるかつ説明がタルいので割愛。

まぁ、追々。

学校の説明はこまめにしていけばいいだろう。


「というか、一和。ずっと聞きたかったんだけど、」


「何だ?」


「体は大丈夫なのか?」


和志の発言に、俺は足を止めた。

その発言にデジャヴを感じつつ、


が、それも一瞬。直ぐ様歩き出す。


「大丈夫だ、問題ない。って言えばいいのか?」


ヘラヘラしつつ、横の和志を見るが。

おい、この人真顔だよ。


その真顔さに、俺はため息をつく。


「大丈夫に決まってんだろ。普通に歩いてるし、荷物持ってんじゃん俺。それにもう片方の「症状」の事を言ってんならそっちも心配ないから。」


俺のその言葉に、和志は胸を撫で下ろし、真顔を崩す。


「大丈夫なら良いんだが。」


「っていうか、身体は大丈夫?っていう質問二回目だし。」


そう言いながら、昨日の優香との帰り道、あいつの呟いた身体は大丈夫なの?という言葉を俺は密かに思い出していた。


「二回目?一回目は優香じゃないか?」


「何で、優香だって分かるんだよ。」


「優香がお前の心配をしないわけが無いし。苺ちゃんは気をつかって、直接聞くなんてしないだろうし。だから優香。」


「まぁ、正解だけど。っていうか、いちいち聞かんでも、俺が二足歩行で平然と帰ってきた時点で、あぁこいつ身体は大丈夫なんだろうなって気づけよ!」



「正直、二日前、優香の部屋で平然としてるお前見てビックリしたけど、直接本人に聞かないと大丈夫かどうかなんて実際分かんないだろ?」


「分からなくも無いけど!」


「まぁ、とにかく大丈夫で良かった。完治はしたのか?」


「完治まではいってない。けど、9割以上は治ってる。とお医者さまが言ってました。生活には支障は無いらしい。運動もばっちりっすよ。」


「なら良いんだが無理はするなよ。」


「帰ってきて、優香に投げられたんだが。」


「……無理はするなよ。」


「帰ってきて優香に蹴りを入れられたんだが。」


「………無理は…、するなよ」


とはいえ、優香が俺に投げや蹴りを喰らわせたのは、俺の身体の調子を見るためだろう。

俺がどんなリアクションをするかによって、奴は俺の完治具合を確かめるつもりだったに違いない。迷惑な話だ。


俺は自分の手と足を見た。


問題無く自然と動く身体。


そこにどんなハンデがあるのか。という事は今のところ、俺と親しい人間しか知らない。

そのハンデを克服するため、リハビリという名目で、俺はこの街を離れた。

大切な妹と幼なじみを心配させたくないが為に。








「やっと着いたー。」


マンション前に到着した俺はそう声を発した。


「やっと着いた。って駅から近いだろお前ん家。」


そう言う和志を引き連れてマンションのオートロックを開け、中に入る。

広いバルコニーの先のエレベーターの前に行き、上がりのボタンを押し、エレベーターが来るのを待つ。


「苺、帰ってるだろうか。」


「あぁ、苺ちゃん、今日用事ある。って言ってたな。でももう夕方だし、流石に帰ってるだろ。」


「そう言えば、優香も用事って言ってたな。また二人で買い物に出てんじゃないの。」


買い物か、ありえる。

というか、家を出るとき、俺は平然と苺の様子を見ていたんだが、何だか忙しないな、という印象を俺は受けていた。

それに昨日の優香の電話もそうだ、何だからしくないというか。


二人共、何か違和感があるというか。

何らかの隠し事でもあるのだろうか。


そんな俺を後目に、和志は携帯でメールを打っているらしく、ニヤニヤ、と笑みを浮かべていた。

気持ち悪い奴だ。


そんな事を考えていると、エレベーターがやって来た。

とりあえず、俺の家のボタンを押し、階に着くのを待つ。


「とりあえず、帰ったら一休みしたいな。」


そんな言葉を吐く。何だか、今日、走り回っていたせいで肩こりとか疲れが溜まってる気がするのだ。

帰ったらまず風呂に入りたいな。


そんな俺を後目に、和志がボソッ、と呟く。


「果たして、休めるかな。」


「え、何か言ったか和志?」


がよく聞こえなかった。


「いや、早くエレベーター着かないかなって。」


「あぁ、そう。」


特に会話も無く、エレベーターは俺の家のある階についた。

っていうか、先ほどから気付いていたんだが、何だか和志が怪しい。


何て言えばいいか分からないが、ただ怪しいのだ。とはいえ、俺の周りのメンツが怪しいのは日常茶飯事、何故ならば変に個性的な奴が多いからだ。

ちなみにそこに俺は含みません。


苺の態度は忙しないし、優香は飄々としてるし、和志は気持ち悪いし、何だか今日は怪しいやつ尽くしだ。

といえ、そんな事を気にしても仕方ない。


と、俺は家のドアを開け、



「あれ?」


ガチャ。ガチャ。


「どうかしたのか一和。」


「鍵が閉まってる。苺の奴帰ってないのか?」


帰っている。と思ったが、帰っていないのか?

呼び鈴を鳴らしてみるが、全然誰かが出てくる気配もしない。

しょうがないな。と俺は、苺から手渡されてる合鍵を取り出し、扉の鍵を開けた。


扉がゆっくりと開く。


「うわ、暗!」


家の中は真っ暗だった。

廊下は電気すらついて無く、リビングがガラスの扉越しに見えるが、そちらも真っ暗。人がいる気配すらしない。


「苺ー。いないのかー」


とりあえず、靴を脱いで家に上がり、壁にあるボタンを押し、玄関の電気をつけ、


って点かん!


なんでやねん。


「苺ー。」


先ほどから苺を呼んでも出てくる気配が無い。

とりあえず、ブレーカーが落ちてるのは明白だった。


ブレーカーは。確か、リビングのキッチンにあった筈だ。

そこにいかねば、

失礼します。と家に入る和志を後目に、俺はリビングのドアノブを掴み。


ドアを開けた。


リビングは真っ暗だった。


しかも、あり得ないくらい静かだった。

とりあえず、俺はキッチンのブレーカーを探し、電気をつける事にする。


「和志、ブレーカー直したから電気点けて見てくれ。」


「おう。」


和志に合図を送り、電気を点ける。

やっと、家に光が点いた。

リビングが白い光によって照らされる。


照らされた瞬間、俺の携帯が鳴った。多分、苺からだろう。と携帯をポケットから取り出すが、画面に映し出された文字は、苺からでは無く、優香からだった。

とりあえず、電話に出る事にする。



「もしもし、」


『一和!?』


声の主は優香。だが、何だか声が慌ただしい。


「どうかしたのかよ、声を荒立てて。」


『アンタ、今何してんのよ!!』


「何って、今家に帰ってきたばかりだが。」


『アンタ、アンタねぇ!』


「なんだよ、どうしたんだよ。」


『苺が、苺がぁ』


優香の悲痛な声。

いつも天真爛漫で、ワンパクで、強い心を持った彼女が揺れている。


声を震わせている。

嫌な気配がする。と俺は思った。


苺が。の言葉に、俺は直ぐ様、ある考えに至った。

それは、口に出すのも恐ろしい。というか考えたくもない事。


しかし


次の優香から発せられた言葉は、俺の想像を見事に的中させた。



『苺が、交通事故に、、あった。』







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